延長12回表のピンチ
「さあ、試合再開です。ノーアウト1,2塁で、5番の小松。タイガースのピッチャーは、ベテラン左腕の島本。左vs左の対決」
島本はセットポジションから投げた。ストレートが外角低めに決まり、審判もストライクとコール。
「今のはいい球でしたね」
実況の言うとおり、誰が見ても素晴らしいボールだった。
2球目は外角に逃げるスライダー。バッターは思わず手をだして、ファール。早くも追い込んだ。
「今日は調子がいいわね、島本さん」
「そうなのかしら?」
「私ね、高校のとき野球部のマネージャーやってたから、島本さん知ってるのよ」
「そういえば、そうだったわね。なんか恥ずかしい」
雪子は島本と同世代。プロになってからは、いつも応援していた。
まさか旦那がプロ野球選手になって同じチームに入るなんて夢にも思っていなかったが。
3球目は胸元をえぐるストレート。ボールにはなったが、これもキャッチャーの要求通り。カウントは、1-2となった。
そして、4球目。内角低めにスライダーを投げ、空振りを奪った。
「やったわ、三振」
雪子と夏実は思わず声を上げた。しかし、テレビに映る島本は表情ひとつ変えてなかった。
「今のもいいボールでした。小松を三振にとって、1アウト」
実況も声が弾んでいた。
「次は6番の今野。今シーズンからは選手会長を務めています」
その今野が右打席に入った。
「ヤマをはるバッターだから、気をつけた方がいいですな」
村野に続いて、竹崎も言う。
「そうですね、僕もここは気をつけた方がいいと思います。ワンヒットで勝ち越されますからね」
すると予感的中。今野は外角にやや浮いたストレートをとらえた。
しかし、打球はギリギリライト戦の外に落ちた。
「あーっ、ヒヤッとする当たりだったね」
「うん、ちょっと外れてるボールで助かったって感じね」
雪子と夏実は、ほっとした感じだった。
しかし、マウンド上の島本は表情ひとつ変えてなかった。
「さあ、2球目は何を投げますかね?」
「変化球だと思いますが、外してくるでしょう」
そして、その2球目は意外な球だった。
「すーっと落ちたから、チェンジアップだよね?」
「うん、そうだと思うわ」
テレビの表示もチェンジアップになっていた。
「島本さん、新しく覚えたのね。今までは直球系の変化球しかなかったのに」
雪子も意外なボールを投げたのは、やや驚いた。
「今のはチェンジアップですね」
実況も驚いていた。手元の資料にはデータがなかった。
「そうですね、ボールを抜くことを覚えれば投球の幅も広がりますからね」
竹崎も知らなかったので驚いていた。
そして、3球目は外角のスライダー。これも外れたため、バッターも見逃した。
「さあ、2ボール1ストライクとなりました。次は何を投げるでしょう?」
「思い切って内角がいいかもしれませんね」
「竹崎さんは?」
「僕も同じです」
サイン交換をしたあと、島本はセカンドランナーを見た。そのあとで投げた。ボールは内角へ行って、すーっと沈んだ。
「内角のチェンジアップ!?」
思わず手を出してしまったという感じで、ボールがバットに当たりショートへ。ショートは獲ると、セカンドへ送球。
セカンドはベースを踏んだ後、ファーストへ送球。
見事なダブルプレーを完成させ、球場は大きく盛り上がった。見事、ピンチを脱出。
「これでタイガースの負けはなくなったわ」
3人はよかったと、ほっとした。