投手交代
「仙崎監督、たまらず投手交代を告げました。さあ、誰でしょう?」
実況が言うと、シーンとなった。聞こえるのは球場の音だけ。
「大阪タイガース、ここでピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー・河西に代わりまして、島本」
島本はリリーフカーに乗って出てきた。
「ここで島本をマウンドに送ってきました。村野さん、どうですか?」
「使うなら、この回の頭からですね」
村野はややキツイ言い方をした。
「竹崎さんは、どう思いますか?」
「うれしいですね。去年まで一緒にやってたので、また出てくれるとは」
竹崎にとっては、同じ左投手で後輩。お互い手術を受けてるし仲もよかったようだ。
「よかったわね、島本さん」
雪子も夏実も喜んでいた。
「うん、まあね」
しかし、愛はあまり嬉しそうな顔をしてない。
「何か私たち変なこと言ったかしら?」
雪子が愛の表情を見て聞く。
「ううん、別に。ただ、ちょっとだけ複雑なのよ」
そういうと、愛は黙り込んでしまった。
「タイガースは、河西に代えて島本をマウンドに送りました。昨シーズンは、1軍での登板はありませんでした。最後に投げたのは、2年前の8月14日の巨人戦」
実況が言っている間、島本の投球練習の映像が映し出されていた。
「昨オフ、東京エドモンズから戦力外通告を受け、タイガースにはトライアウトで入団。オープン戦では、6試合に投げて無失点と結果を残し2年ぶりの開幕一軍。竹崎さん、試合前のインタビューでは何と言ってましたか?」
「今まで一度も開幕戦では投げてないので、チャンスがあればうれしいと」
「それは意外ですね」
雪子も夏実も竹崎のコメントを聞いて意外に思っていた。
「彼は5年連続で2ケタ勝利をあげましたが、開幕投手には縁がなかったんです。その間、3回は僕が投げたんですけどね」
竹崎が少し自慢げに言った。
「私も彼を推したことが一度ありましたが、ちょっとやんちゃな面もあったので直前に外したんですよ。今となっては笑い話ですが、あれは忘れませんよ。ははは」
村野の笑いに、雪子と夏実はぞっとした。これは何かやったに違いないと。
愛は2人の様子を見て、言いづらそうに答えた。
「うちの旦那もバカよ。酒に酔っぱらって、なんであのヘボ監督は自分を使わないのか?って言ったらしいのよ。偶然にも近くで監督が飲んでて耳に入ってしまったらしいの。それで外されたのよ。本当、バカよね?ははは」
それを聞いて、夏実は思わず笑ってしまった。
「夏実、笑っちゃいけないわよ」
雪子がすかさず注意すると、夏実も「ごめん。笑っちゃいけないよね。だけど、パパはリリーフだから開幕投手に縁がなかったし、候補になっただけでもすごいことよ。でも、そんな裏話があったなんてね」
「いいのよ、気にしないで。うちのは完全な野球バカだから」
そんな会話をしてると、準備が整ったようだ。5番の小松が左打席に入り、捕手とサイン交換をしていた。