延長12回表
試合は延長12回表、川崎の攻撃。
「開幕戦から非常に長い試合になりました。時刻は夜の10時半を回っています」
テレビ越しでも、実況の人が疲れているのが分かった。
「両チームとも打線は、もう少し工夫しないと」
やはり辛口のコメントを残したのは村野。
「チャンスは作っていますが、なかなか得点に結びつかないですね」
「今日は投手の出来がいいので、足を使ったりして揺さぶらないと」
竹崎も初解説で疲労困憊という様子が見て分かった。
<ここまでの試合経過>
川崎 三上7回 薮内2回 園田1回 六郷1回
大阪 河合7回 コッチソン1回 藤宮2回 ウィリス1回
「いよいよ、最終回ね」
すでに大輔と美裕は寝てしまい、起きてるのは雪子、愛、夏実の3人。
「この回が最終回なのよね、水川さん」
「そうよ。ここさえ抑えれば負けはなくなるから」
雪子が返した。レギュラーシーズンで旦那と全く関係のない試合にハマるのは久々だった。
「最近、タイガースは開幕戦10連敗だから、絶対に抑えて負けをなくしたいはずよ」
「万年最下位候補とか言われてるけど、そんなに開幕戦と相性悪いのね」
「でも、ここをピシャリと抑えたら、裏の攻撃で逆転できそうな気がするんです。まだ代打の葉山さんも残ってるし」
「夏実ちゃん、本当に野球に詳しいのね」
愛は夏実を褒めた。
「さあ、川崎の攻撃は、3番・北岡、4番・ブラックセル、5番・小松のクリーンナップです」
スイッチヒッターの北岡は、まだ準備をしていた。
「大阪のピッチャーは、この回から変わりました。右のアンダースロー・ベテランの河西ですね」
マウンドが映し出されると、まだ投球練習中だった。
「なんで4番、5番が左バッターなのに、右のアンダースロー投手なんですかね」
村野は投手起用にご立腹のようだ。
「オープン戦の成績は、どうなの?」
すぐに実況に聞いた。実況は手元の資料を見て「5試合に登板して、4失点ですね」と答えた。
「そんな調子の悪いピッチャー使うなんて、どうなんですかね。私ならこういった接戦では使いませんね。しかも、3番は足のある北岡。出塁したら走らせますよ」
村野に続いて竹崎も言う。
「下投げ投手は、どうしてもクセも出やすいんです。だから、僕も疑問に思いますね」
「お二人とも、この継投には疑問が付くようですね」
「まあ、チーム事情もあるので、これ以上は分かりませんけどね」
これ以上言うとチーム批判になってしまうので、自ら切った。
「では、ブルペンを見てみましょう」
実況が言うと、すぐにカメラが切り替わった。そこには島本が映っていて投げていた。
「島本さん投げてるわ」
3人とも、すぐに気がついた。
「たぶん、先頭が出塁すれば、出てくるんじゃない?」
「でも、なんで使わないのかしら?この采配は私も疑問だわ」
雪子も夏実も解説同様、疑問に思っていた。
「そうかしら?私は一度、戦力外になった人だから使わないのかなって思ったわ」
愛が言うと2人とも、はっとして「あぁ、そうかもしれない」と思った。
そんな会話をしてると、12回表の攻撃が始まった。
スイッチヒッターの北岡が左打席に入り、河西はゆったりとしたフォームで投げた。
初球のストレートは、外角低めに外れてボール。続く2球目も内角高めに外れて、2ボールとなった。
3球目はカーブ。北岡は初めてバットを振った。
当たりはよくなかったがセカンド後方に落ちるヒットで出塁。
「今のは当たりがよくないけど、タイミングはあってたわ」
雪子が言うと、夏実も続いて言う。
「やっぱり、先頭バッターを出したわね」
次は4番の左バッター・ブラックセル。昨シーズンは、28本のホームランを放っている。
「さあ、先頭の北岡が2本目のヒットで出塁。川崎は勝ち越しのチャンスですね」
「ここは1つ牽制を入れて、まずランナーを釘づけにしたいところだと思います」
竹崎が言うと、河西は牽制を入れた。分かっていたかのように北岡は1塁に戻った。
「もう1球、牽制してもいいんじゃないですかね?そうじゃないと走られますよ」
村野は続けて言う。
「完全にクセを見抜かれてますな」
そして、次の瞬間、村野言ったことが現実になった。
河西が1塁を見たあと、すぐに投球。しかし……
「北岡2塁へ向かった」
ボールは真ん中低めに外れ、キャッチャーは2塁へ送球。
だが間に合わずセーフ。これは誰が見ても分かるくらいだった。
「盗塁成功」
実況が言うと、みんな反応した。
「今のは完全に盗まれていたわね」
夏実が言うと、雪子も「やっぱり、村野さんの言うこと当たるわね」と感心した。
結局、ブラックセルには、ストレートの四球。ノーアウト1,2塁とピンチが広がった。
ここで投手コーチが、すぐさまマウンドに駆けつけていた。さらに監督も出てきて審判に投手交代を告げた。