最後の審判
俺はほっとして、マウンドを降りた。
たまたま間を開けるために投げた牽制球が、アウトになるなんて思ってなかった。
でも、これで最後だったとしても、悔いはない。十分やったという充実感でいっぱいだった。
試合が終わると、すぐに監督室へ呼ばれた。
部屋には監督とコーチの3人だけ。俺は緊張していた。
結局、ライバル全員が結果を残すと展開。だけど、これで落ちても悔いはなかった。
今、自分のできる最高のピッチングができたからだ。
「最後まで悩んだが……」
俺はドキドキしていた。これまでのことを振り返っていた。
高校時代、同級生のエースがケガをして急遽2番手で登板。
試合には負けたが強豪校に善戦。
大学時代は無名だったが、ドラフト1週間前に指名のあいさつ。
初めての1軍登板。最後の2軍戦でセーブ。運命のトライアウトで被弾。
どこからもオファーがなく、一度は引退を決意。
そして、まさかのメジャー挑戦。走馬灯のように頭に巡っていた。
「いっしょにメジャーでがんばろう」
そう言われたが、俺はすぐに反応できなかった。
「喜ばないのかい?」
監督が手を差し出してきたので、俺もガッチリ握った。
それで初めて俺は喜んだ。信じられないという気持ちもあったが安堵した。
その後、淡々と説明された。
はじめは実績のない選手をスカウトした山城さんを疑問に思っていたこと。
しかし、年齢のわりに、どんどん吸収していることに驚いていたとのこと。
スピードもアップし、コントロールもよくなっていった。
あとは自信を持つことやマウンドを経験すること。そういう判断になったらしい。
また、牽制球がよかったと評価された。
監督室を出ると、俺はすぐにテレビの取材に呼ばれた。
すぐに連絡をしようと思っていたが、まさか中継してたことを知らなかった。
開幕を晴れてメジャーで迎えることを伝えると、家族は喜んでくれた。
「水川さん、今の気持ちはどうですか?」
スタッフに聞かれ、こう答えた。
「一度は終わったと思ってたので信じられないという気持ちです。これから、夢のつづきを見ます」
次の日の朝刊は“WBC優勝”が大きく飾ったが、自分のことも載っていた。
“水川、開幕メジャー入り”
新規球団・スターズに招待選手としたキャンプに参加していた水川は、オープン戦で好投を続け、見事開幕メジャー入り。昨オフ、東京エドモンズから戦力外通告。1軍での目立った実績がなく、最後の挑戦として臨んだトライアウトでも声がかからなかった。そんな35歳のルーキーの快挙に驚きと祝福の声が寄せられている。
テレビでもメジャー特集でも、自分の名前が出ていた。
解説者に転身した竹崎さんは「もしかしたら、チャンスはあるかもしれないと思ったが開幕に残るとは思わなかった。とにかく頑張ってほしい」とコメント。
島本からは「お前がメジャーか。俺も行けたかな?おめでとう」
同じ立場だった島本も、日本のオープン戦で好投。
6試合連続無失点で、開幕1軍の切符を手に入れた。
先輩である北田さんからは「まだ勝負はこれから。夢のつづきをずっと見るには、これからも大事」と叱咤激励された。
自分も新人のスカウトとして頑張ると言っていた。
チャンスをくれたスカウトの山城さんも喜んでくれた。
「自分の目は間違ってなかった。自信を持って、これからもやってほしい」
そして、何より自分の気持ちに気づいて後押ししてくれた家族。
家族がいなければ、頑張れなかったと思う。
俺は投げられるという喜びを感じながら、メジャーの初マウンドに向かっていた。