家族会議・パート2
「ちょっと帰りが遅くなっちゃったな」
腕時計を見ると、夜の7時をまわっていた。
携帯を持たずに言ったので連絡をできなかった。
俺は恐る恐る玄関を空けた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
パン、パン、パン。クラッカーが3つ鳴った。
俺は突然なので、びっくりした。家族が俺を出迎えていた。
「あなた再就職おめでとう」
「パパ、来年もプロ野球選手だね」
「アメリカって、自由の女神があるんでしょ?」
雪子、夏実、大輔がそれぞれ言った。
「えっ?」
「あなたの様子がおかしかったから、封筒の中身を見たわよ。そしたら、契約したいって書いてあったから。よかったじゃない。みんな大喜びよ」
家族はニコニコしていた。
「とりあえず、あなた座って話をしましょう」
雪子に言われ、1対3で座ることにした。
「どうして早く言わないのよ。いいことじゃない。まっ、昨日は、それどころじゃなかったけどね」
俺は黙って聞いていた。なぜなら・・・
「さすがに家族でアメリカってわけにはいかないから、あなた単身赴任ね」
「えっ、そうなの、ママ」
「当たり前よ。とりあえず、1年間なんだから。それに夏実は受験を控えてるんだからね」
「そっかあ、寂しいな」
家族は楽しそうに会話していた。
「で、あなたのチームは、アメリカのどこにあるの?」
家族が目を輝かせて、俺のことを見ていた。だから、余計に言いづらかった。
「すまん、辞退しようと思っているんだ」
それを聞いた家族は表情を曇らせた。
「どうして行かないの?パパ。教えてよ」
夏実が身を乗り出して聞いてきた。
「いや、夏実だって受験を控えているし。もう野球選手はいいかなって・・・」
「何言ってるのよ。あたし、全然気にしないよ」
「それに大輔のことだって、もっと近くで見てあげたいからさ」
「どうして、パパ。もうこれからは心配かけないから大丈夫だよ」
しばらくの間、沈黙が流れた。雪子が言う。
「あなた、何を心配してるのよ。別に私たちのことは大丈夫だって。今までだって、やってこれたんだから。これからも平気よ」
俺は雪子の言葉を聞いて、ありがたかった。しかし、心は決まっていた。
「やっぱり、昨日の件で気がついたんだ。自分の未熟さを。これからは、もっとみんなのそばにいて支えていきたいと思う。仮に契約しても、また1年でクビかもしれない。そうなると、また同じことになる。就職できなければ、生活だって大変。だから、国内に絞って就職活動を続けていくつもりだ」
俺は自分の出した結論を家族に伝えた。
「何よ、それ・・・パパ、最低」
夏実が怒っていた。雪子や大輔も夏実を見ていた。
「あたし、パパが野球を続けたいって思ってるから応援してたのに。まだまだやれるって思ってたから応援してたのに。挑戦する姿がいいなって思っていたのに。バカみたいじゃん!せっかくのチャンスなのに、どうしてつかまないのよ」
「夏実、ちょっと落ち着きなさいよ」
「だって、そうじゃない。“運も必要”って言ってたじゃん。きっと、縁があったんだと思うよ。それなのに、どうして断るのよ」
夏実は続けて言った。
「あたしは納得できないわ。今のパパ、中途半端な気がする。これじゃあ、他の職に就いてもクビよ」
「ちょっと夏実、言いすぎよ。謝りなさい」
雪子が怒鳴り口調になっていた。俺は言い返すことができず、ただ沈黙していた。
「あなた、もう1年続ければいいじゃない。契約の紙を見たけど、たしかに不安定よ。でも、またアメリカだけど挑戦できるじゃない。私はその方がいいと思うわ。トライアウトも一生懸命やったけど、少し未練があるの分かってたわ」
「たしかに、それはあったけど・・・でも、俺はおまえたちのためにも」
「何言ってるのよ。せっかくのチャンスを逃してもいいわけ。あなたの性格からして、一生後悔するような気がする。それに私たちも後悔するわ」
俺はそう言われ家族に聞いた。
「本当にいいのか?」
「当たり前じゃない。私たちは覚悟できてるわ」
「また1年後はクビかもしれないんだぞ」
「別に・・・あなたに後悔されるよりはマシよ」
「お前たちを日本に置いていくことになるんだぞ」
「全然、寂しくないわ。ねっ?」
「うん、大丈夫だよ」
「そっか、分かった」
「そうと分かったら、明日から、またトレーニング再開ね」
家族がにっこりと笑っていた。俺は“夢のつづき”に挑戦することにした。