試合前
「行ってきまーす」
子どもたちは学校へと行った。9月になってから1週間が過ぎていた。
あの話をしてからも、俺にはチャンスが巡ってこなかった。
「あなた、今日は何時ごろになるかしら?」
「えーと、6時くらいかな?」
「じゃあ、夕飯はいるわね」
「ああ・・・」
そう言いながら、自分も荷物をまとめていた。バッグにスパイクやユニフォームを入れた。
1軍では、東京ドームで、18:00〜巨人戦が組まれている。
2軍は本拠地・神宮球場で昼間に行なわれる。自分自身、少し不愉快だった。
俺は車のキーを持って、家を出た。今日こそ、出番は来ないかと思っていた。
車を走らせて、約1時間。球場に着いた。
まず、ロッカールームに言って、ユニフォームに着替えた。
それから、挨拶をしてウォーミングアップを始めた。
「おはよう」
最初に声をかけてくれたのは、先輩の島本。
と言っても、同い年。島本は高卒で入団したから、プロ生活は4年長い。
「おはよう。今日は早いね、島本」
「ああ。もしかすると、今日は登板のチャンスがあるかもしれないしな」
「えっ、どういうことだよ!?」
俺は耳を疑った。
「いやー、昨日の練習で西山が故障したらしい」
「そうなのか」
1軍の選手には失礼だが、2軍の選手は主力選手の不振や故障を期待している。
そうなれば、自分に出場のチャンスが広がるからだ。
「でも、誰が昇格するんだろう?」
「鳥居じゃないか。あいつは、そこそこ結果も出してるしな」
「2年目だし、そろそろ1軍で投げてもいいよな」
「そうなれば、今日の2軍戦に俺らが登板できる」
俺らは顔を見合った。
「よし、がんばるぞ!」
そのあと、ミーティングが始まった。予想通り、故障した西山の代わりに鳥居が昇格した。
監督からは「今が昇格のチャンスだ」と言われていた。
チームは、もう優勝する可能性がなかった。クライマックスシリーズも絶望的。
残っているのは、最下位脱出。これだけは絶対に避けたかった。
また、今日は球団の幹部が見に来ていた。なんとしても、アピールしたいところだ。
「おい、島本、水川」
2人は、監督に呼ばれた。
「今日は、お前たち2人を終盤で使う」
「分かりました」
「ベテランらしい投球術を若手に見せてくれ」
「はい」
「今日の出来次第では、1軍昇格もあるぞ」
そう言われ、思わず嬉しくなった。久々の1軍昇格へ向けて、しっかりアピールをしよう!
俺は久々に気持ちを引き締め、試合に臨んだ。