一本の電話
「もしもし」
「もしもし。お久しぶりです!山城ですが・・・」
「えっ・・・まさかスカウトの山城さんですか?お久しぶりです」
俺は声の主に驚いた。自分がプロに入るきっかけになったスカウトだ。
10年ぶりくらいに声を聞いた。
「あのさー、今日、時間ある?」
「はい、大丈夫ですけど・・・」
「じゃあ、10時に東京駅で」
そう言うと、一方的に切られてしまった。
俺は急いで東京駅に向かった。
「よーし、着いた。でも、どこにいるんだろう?」
プルルルー。もう1度、着信音が鳴った。
「もしもし」
「もう着いた?着いたら、駅前の喫茶店に入ってくれ!」
「はい」
「電話はつなぎっぱなしでいいから」
俺はつないだまま、喫茶店に向かった。
「着いたんですけど・・・」
「よし。じゃあ、店に入って奥の席に来てくれ!」
俺は言われるまま奥の席に向かった。するとサングラスをかけた人が手招きしている。
「お久しぶりで・・・」
「しーっ。すまんが静かにしてくれ」
俺はいきなりだったので、何がなんだか分からなかった。
「いやー、急ですまない。元気にしてるか?」
「はい。まあ」
「水川がクビにされたって、北田から聞いてな」
「そうなんですか」
「お前は俺が日本で取った最後の選手だったんだよ。だから、気になって呼んだわけ」
「はい」
俺は何がなんだか分からなかった。
「えっと、最初から順を追って説明してくれませんか?」
「そっか。そっか。悪かった」
そう言うと、山城は最初から語ってくれた。
社会人からプロに入ったが、わずか3年でクビ!そのあと、スカウトになった。
まったく注目されていない無名の選手を獲得して、活躍させるのが夢。
「自慢になってしまうが、それなりに獲得した選手は活躍したよ」
笑いながら話していた。20年間スカウトを勤めた。
「その中で一番の成功例は北田なんだ。あいつは2000本安打を達成してな。俺は嬉しかったよ」
俺は北田さんから聞いた話を思い出していた。そういえば、この間、北田さんも言ってたな。
しかし、気になったことがあり、恐る恐る聞いた。
「でも、どうして退団したんですか?」
山城は少し考えてから答えた。
「首脳陣と育成方法でケンカになってな。たしかにスカウトの俺がガミガミ言ったのは、まずかったと思ってる。だけど、有名な選手を取って来いとかムチャを言うんだ。契約金も違反しても構わないとか言ってたしな。だから、頭にきてやめたんだ」
「そうだったんですか」
裏金という噂を聞いたことがあったが、まさか本当にあると思わなかった。
しかも、うちの球団でもあったなんて信じられない。
「まあ、今はないだろう。経営も厳しくなってるし」
山城はコーヒーを口にした。
「水川。本当はもっと活躍させるつもりだったんだ。ところが首脳陣は、変化球を主体とした投手に育てようとした。俺はストレートを生かしてやってほしいって頼んだんだよ」
俺は初めて聞いた。そんなことがあったなんて知らなかった。
「さっきのケンカの話もお前も含まれているんだ。結局、あまり1軍で活躍することができずにクビ!しかも、他球団も獲得することはなかった。すごく残念に思ってる」
俺は山城さんの無念そうな表情を見た。
こんな感じで話が進んだが、肝心なことが分からなくて聞いた。
「それで山城さん。今はどうしてるんですか?」
山城はゆっくりと口を開いた。
「今はアメリカでスカウトをやってるんだ。言葉も分からない中で始めたから苦労したよ。ひとつずつ階段を昇って、来年は“インター”というマイナーチームのスカウトに昇格することになった」
「全然知らなかったです」
「まっ、知らないよな。ひっそりアメリカに渡ったからな。インターネットを通じて、日本のニュースはチェックしてたけど、10年ぶりの帰国。だから、マスコミにも知られたくないわけ。だけど、この喫茶店が俺の原点だから」
そーいえば、プロに入る前に呼ばれたことを思い出した。たしか、この席で契約したっけ?
山城のサングラスがキラっと光った気がした。
「それで球団から“右のリリーフ投手で活躍できそうなベテラン選手”を獲ってきてほしいと言われたんだ」
俺はつばをゴクっと飲んだ。
「水川……メジャーに挑戦してみないか?」