プロ野球選手の娘
「ただいまー」
家に帰ると、妻の雪子が夕飯を作っていた。
「ねえ、あなた。今日、電話があったんだけど・・・」
「誰から?」
「テレビ局の人よ。戦力外通告を特集してる番組の」
「えっ、そうなの!」
「いきなりだったから、忙しいと言って切ったわ。全く失礼よね」
雪子は少しイライラしていた。
「実はもう話をしてきたんだ」
「えーっ・・・いつよ?」
雪子は驚いて振り返った。
「今日の昼頃。悪い人じゃなかったよ」
「そう?なんか見せ物みたいな感じがして嫌だわ。子どもたちはダメ。私だけならいいけど」
「うん。俺もそこで迷ってるんだ」
「えっ、あなた取材を受けるつもりなの?」
「いや、まだ分からない。だけど、出演料も多少は入るんじゃないか」
「やめた方がいいわ」
雪子は反対の意見のようだ。毎年、見ていたが、雪子はあまり見ていなかった。
いつか、こういう日が来るという想像をしたくなかったからみたいだ。
「だけど、俺以外にパパは、いないらしい」
俺は取材の理由をポツリと言った。
「でも、出演して受かるとはかぎらないわ」
「そうだけど、収入があるからさ」
「出るなら、あなただけが出ればいいわ。私はやっぱり嫌」
「さっき私だけならって言わなかったか?」
「やっぱり無理よ。テレビに出たら、絶対に何か言われるわ」
そんな感じで軽い口論になっていた。
「ただいまー」
夏実が学校から帰ってきた。
「何かあったの?」
夏実がマジマジと見てきた。
「いや、別になんでもないのよ」
雪子は包丁でにんじんをみじん切りにしていた。
「テレビに出るって、ホント?」
「えっ、聞いてたのか?」
俺は思わず夏実の方を見た。
「うん。坂本って人じゃない?声かけたの?」
「何でそれを知ってんだ?夏実」
「坂本って、となりのクラスの坂本くん。お父さん、テレビ局のディレクターなんだ」
「そうなのか?雪子」
俺は雪子の顔を見た。
「あっ、そういえば、聞いたことあるわ」
「テレビに出ればいいんじゃない?パパのアピールにつながらないかな?」
夏実はカバンを床に置いた。
「いや、そうともかぎらないんだ」
「だけど、お金ももらえるんでしょ。私、いいよ」
夏実は冷蔵庫を開け、ジュースを飲んだ。
「むしろ学校のみんなに、もっとパパのこと知ってほしい」
夏実は下を向き真剣に話し始めた。
「みんな、プロ野球選手っていいよね?言うんだよね。
だけど、実際、パパは3年くらい前までは、よく遠征に行ってたでしょ?正直、寂しかった」
俺は黙って、夏実の話を聞いた。
「今は家にいることが多いから、寂しくない。
だけど、それはあまり活躍してないってことだから、とても複雑なんだ」
夏実は俺の方を向いた。続けて言った。
「それに身の保障がない世界じゃん。今回でよく分かったよ。
友達のお父さんは、みんな普通のサラリーマン。ずっと係長とか言ってるけど、安定はしてる。
もちろん、一般企業だって、リストラや倒産があるのは分かってる。
でも、プロ野球選手と比べたら、絶対に安心よ。
だって、プロ野球選手は、定年まで続けられるものじゃないんだから」
俺はそれを聞いて、はっとした。分かってはいたが、プロ野球選手はずっと続けられるものじゃない。
「私、プロ野球選手の娘として、みんなに知ってもらいたい」
夏実は雪子の方を見て言った。
「ママのことだって、そう。苦労も多いってことも。例えば、食事に気をつかっていることとか。
だから、ママお願い。テレビに出ること許して。パパの頑張りをみんなに見てもらおうよ」
夏実はそう言って、手を握りながら雪子にお願いをした。
雪子は夏実の手を握って言った。
「分かったわ。夏実がそこまで言うならいいわ」
雪子は俺の方を向いた。
「あなたは、どうするの?」
俺は夏実の成長した姿に感動していた。
「分かった。取材を受けよう。世間にプロ野球選手の大変さを見せるよ」
こうして、俺と家族は取材を受けることになった




