家族会議
ー 3年2組 ー
「おい、昨日で最下位確定だってよ」
「それにしても、本当に今年は弱かった」
「来年もヤバイよなー」
ガラガラガラ
「おい、来たぞ」
康太の指示で、いじめが始まった。
「水川、最下位おめでとう」
康太がクラッカーを鳴らした。その仲間も続いて、クラッカーを鳴らした。
「何するんだよ」
大輔がすぐに反論した。
「お祝いだよ。昨日で最下位が決まったんだからな」
「そんなこと知ってるよ」
大輔はすぐに言い返した。
すると、康太がスポーツ新聞を持ってきた。
「ダメだなー。こんなに大きな見出し・・・ってわけじゃないな。やっぱり、巨人がゲーム差、広げたことが一面になってる。ハハハハー、惨めだなあ」
大輔は腹が頭に来たので、新聞を奪い取った。
「おい、何すんだよ」
ビリ、ビリッ、ビリリー。新聞をめちゃくちゃに破った。教室中が見ていた。
「まあ、いいさ。もう読んだからいらないし。でも、読まなくてもよかったのか?その記事」
康太は破れた新聞紙を指で指した。そこには、大輔にとって信じられない記事だった。
『東京エドモンズ 9選手に戦力外通告』
小さな記事ではあったが、すぐ目に入った。自分の親の名前が載っている。
思わず大輔は目を疑った。そこに康太が足を入れる。
「もう読んだから十分だろ」
記事はくしゃくしゃにされた。大輔は衝撃のあまり、その場に座り込んでしまった。
ー 自宅 ー
「ただいまー」
俺は9時過ぎに家に着いた。
「遅いわよ。もう少し早くかえって来てよ」
妻の雪子が注意する。
「それで、どうするの?」
食器を洗うのをやめて、テーブルに座った。顔は英吉を向いている。
「ああ、今日、ちゃんと伝える」
俺は荷物を置くと、すぐに子どもたちを呼んだ。
「ちょっといいか。大事な話がある」
夏実と大輔を呼んだ。
「イスに座って」
俺は1対3になるように座らせた。
「まずは謝らなくちゃいけないことがある。おとといの1軍昇格は嘘だった。ごめん」
俺は頭を下げた。3人の視線がにらみつけているように感じた。
「そして・・・」
俺はなかなか口に出せなかった。時間にして10秒くらいだったが、何時間にも感じた。
「昨日、球団からクビを言われた」
3人は無言だった。すると、夏実が口を開いた。
「それで、パパは、これからどうするの?」
「それなんだけど・・・みんなの反対がなければ、来年もプロ野球選手のつもりだ」
夏実は“うそっ”て顔をしている。雪子は黙ってうなづいた。大輔は妙に落ち着いていた。
「でも、絶対に戻れるという補償はない。仮に受かったとしても、ずっと現役でいられるわけじゃない。
また、1年後はクビかもしれない。それでもいいか?」
俺は厳しい現実があることも伝えたかった。
「何言ってんの、パパ!当たり前じゃない。パパは、まだまだやれるんだから。」
夏実が言った。少し涙目になっている。
「あなたが好きなようにすればいいわ」
しばし沈黙が流れた。雪子が続けて言う。
「私たちはどんなことがあっても、あなたについて行くわ」
俺はその言葉を聞いて涙ぐんでしまった。今日は、何回感動しているんだろう。
「大輔はどう思う?」
雪子の問いに、大輔が口を開いた。
「パパ。やるからには受かってね。新聞に載ってね」
「そうか、分かった。じゃあ、これからの予定を話すな」
そう言って、俺はカレンダーに書きこみながら説明した。
「まず、10月7日に全日程が終了する。それから、すぐにクライマックスシリーズが始まる。
その1週間後には日本シリーズだ。そして、11月の初めにアジアシリーズがある。
これが今年のパパの予定だった」
家族がうなづいて、カレンダーをじっと見ていた。
「しかし、チームは最下位だから、予定がなくなった」
俺はそう言って、マジックで予定を消した。
「そして、クビになったから、新しい予定ができた」
家族がえっという顔をした。
「11月2日と16日に、入団テストを受けることになった」
そう言って、俺はトライアウトと書き込んだ。
「パパ、トライアウトって何?」
夏実が言った。雪子もなにそれ?という感じだった。
合同トライアウトというのは、もともとはJリーグが始めたものだった。
チームからクビを言われた選手の中には、他チームで十分に活躍できる選手がいる。
それなのに、やめてしまう選手がたくさんいた。そういう選手を失くすために作られたシステムだ。
少しでも多くの人が再就職してもらう意味もある。また、挑戦の場でもある。
サッカーでは互いに試合をさせて、実力を測っている。
野球では、2001年から始まった。
それまでは各球団が独自に行なったり不定期であったが、選手の雇用を考えられ始まった。
また、クビになった選手が活躍したことも大きく影響している。
12球団のスカウトが一同に終結し、バッターとピッチャーの対戦を見ている。
即戦力として、毎年、獲得するチームも存在していて、今では欠かせないものだ。
ルールは、投手の場合、5人のバッターと対戦する。
対戦相手はランダムに決められる。また、野手も5人の投手と対戦することになっている。
ただし、毎年のようにルールが変わるので、今後はどうなるか分からない。
そして、球団は獲得を希望する選手に、1週間以内に連絡することになっている。
その日のうちに契約することだってできる。連絡が来なければ、不合格だったいうわけだ。
チャンスは、2回。2回目のテストが終わってから1週間以内になければ、おそらく本当に野球人生が終わりを告げる。
たまに合格した選手がいるが、それは本当に奇跡である。
「分かったわ。あなた頑張ってね」
「パパなら、絶対合格よ」
「パパ、絶対に受かってね」
家族の応援も受けて、俺の最後の挑戦が始まった。