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私と問題発生

 社長と遊園地に出掛けてから、私はもう1度気合を入れ直すつもりで、仕事に取り組むようになった。

 今までの社会人生活で、やっぱり私の根底にあったのは、新卒の頃から働いて来た前の会社で。

 梶山コーポレーションで働き始めて、いくら気持ちを切り替えようと思っても 、どうしても『前はこんなことしなくても良かった』と思ってしまうことがあった。

 今後も、前の会社で培ったパソコンスキルだったりビジネスマナーだったりは使って仕事をして行く訳なので、そう思ってしまう気持ちを全てなくすことは難しいと思う。

 でも、気持ちだけでももっと意識して変えなければ、梶山社長の期待するような仕事は出来ない。

 前の会社は、梶山コーポレーションより大きくて、それぞれ部署ごとに仕事がはっきり区分されていたので、楽な部分も少なからずあった。

 でも、梶山社長のように私を評価してくれる人もいなかったと思う。


 いわば、これは私という社会人1人に与えられた、チャンスなのだ。

 それを、逃さないでいたい。



「社長、申し訳ございません。少しよろしいでしょうか」

 社長室で梶山社長とそれぞれ机に向かっていた時、ノックの音に続いて、2人の男性が入って来た。

 社長に声を掛けたのは定例の商品開発会議でもいつも顔を合わせている開発設計部の部長、後ろで真っ青な顔をしている人も、何度か会議で見たことがある。

 開発設計部の部長に連れられていることからも、そちらの部員なのは間違いないと思う。

 部長は、商品の入った1つの箱を持っていた。

 あの商品にも見覚えがある。

 確か、来月の頭……3週間後に発売になるはずの新商品だったと思う。

 木製のキッチンシリーズの新作で、『ロールケーキ作りセット』だ。

 全て木で作られた泡立て器などの製菓用の道具と、ロールケーキのセットで、イチゴなどのフルーツをスライスしたものを模したパーツとロールケーキパーツを組み合わせて、自分の好きなフルーツ入りのロールケーキを作ることが出来る。

 入社してしばらく経ち、市井デパートにも並んでいた木製玩具は、梶山コーポレーションが大事にしている商品の1つであることを私は学んでいた。


「来月発売の新商品でミスがありました。こちらのパッケージと、中身を見て下さい」

 開発設計部長は梶山社長の机の前まで来てそう言うと、箱を開けて中の商品を取り出し、箱と商品が比較出来るように机の上に並べて見せた。

 ミスがあったと言って商品を持って来たということは、目の前のこれそのものにおかしいところがあるんだろうか。

 私は、置かれた商品を手に取り、確認している梶山社長の背後から、商品をじっと見つめた。

 パッと見ただけでは、私にはおかしな所なんてないように思える。

 一体どういうことだろうと思っていると、梶山社長が言った。


「持ち手の色が違いますね」

 その言葉を聞いて社長が持つ泡立て器とパッケージの写真を見比べると、確かに色が違う。

 パッケージの写真は持ち手の部分が水色、商品そのものの方は、写真よりもだいぶ濃い青になっていた。


「こちらの濃い青の方は、持ち手の色の選定の際、最終段階まで候補として残っていた色です。最終段階の時点で濃い青と水色の両方のサンプルを試作して実物を比較し、最終的に水色に決定したのですが、こちらのミスで、濃い青のものが千個、初回完成品として入荷されてしまいました」


 梶山コーポレーションはメーカーだけれど、全ての商品を1から自社工場だけで作っている訳ではなく、それぞれのパーツを場合によっては外注にも出している。

 木製玩具のシリーズは、設計はうちの開発設計部の担当者が行っているけれど、箱の中身となる玩具そのものは、外注先に仕様書を渡して作成を依頼している。

 それとは別に、商品を入れる化粧箱はデザイン部で担当者がデザインし、印刷所に発注している。

 それぞれ、玩具と化粧箱が別々に納品された後、梶山コーポレーションの工場内でそれぞれを組み合わせて、商品として出荷しているんだ。


「仕入先には、発売日に間に合うように正規の色で再度生産をしてもらうよう、約束を取り付けることが出来ました。ですが、今回はこちらのミスであり、色違いの方も買い取ってもらえないかと打診がありまして……。そちらについてどうするべきかのご相談とご報告に……」

 開発設計部長の方も、後ろに立っている部下……恐らく、話の流れからすると、仕入先に指示を出した設計担当者なのだろう男性程ではないけれど、苦い顔をしている。

 自分の部署のミスの報告をしに来ている訳なので、いい気分ではないだろうけれど、何だか回りくどい言い方をするなぁと思っていると、梶山社長も同じように感じたらしい。


「……簡潔に、事実を説明して下さい。こちらのミスとは具体的に何ですか」

 丁寧な口調ながら、厳しい指摘と視線に、後ろに控えていた男性の顔が余計に強張る。

「……申し訳、ございません。仕様書は、開発設計部の女性事務に指示して作成させました。勿論、毎回設計担当者である私が最終確認をしていますが……今回、彼女は色が最終決定する前に仮に持ち手の色を濃い青として記入をして仕様書を作成しており、色の決定後、修正をし忘れたまま私に提出してしまいました。更に、私のチェックミスがあり、間違いに気付かないまま、生産が進んでしまいました。本当に、申し訳ございません」

 硬い表情のまま、設計担当者の男性は言った。


 彼らのミスで、本来なら支払う必要のなかった経費が掛かることになるのだ。

 梶山社長はどう答えるだろうと思っていると、出て来たのは意外な言葉だった。


「……開発設計部長。仕様書には勿論、仕入先へ送る前にあなたのサインが必要ですね」

 突然話を振られた開発設計部長が、狼狽えたように答える。

「は、はい」

正木まさきさんと事務の女性のミスは確かですが、責任者であるあなたもミスに気付かなかった。いつもそうではないと思いますが、サインをする際には、中身をしっかり確認いただくよう、再度徹底をお願いします」

 設計担当者の男性の名前は、正木さんと言うらしい。

 私も、恐らくその場にいる社長以外の全員が、正木さんのミスを最初に叱責するかと思ったのに、梶山社長はまず、正木さんではなく開発設計部長の方に苦言を呈したのだ。


 そして、梶山社長は正木さんの方に向き直ると言った。

「正木さん。開発設計部の中で、最近1番残業が多いようですね。普段のあなたはこんなミスをするタイプではないはずだ。部長とも相談して、仕事量が多いようなら、他の人間に回せるものがないか、1度仕事の整理をしなさい。残業して無理に仕事をした結果、ミスをして残業を増やしていては意味がありませんよ」

 まさか、社員の残業時間まで把握しているなんて。

 私は内心感心していた。

 そんなことを言われるなんて、当事者である正木さんはもっと思ってもみなかっただろう。

「……本当に、申し訳ございませんでした」

 再度深々と頭を下げた正木さんの顔は、最初に社長室に入って来た時よりは少しホッとした表情になったように思えた。


「色違いの商品の処理方法は1度検討します。今回は完全にこちらのミスですから、その分は買い取るしかないでしょう。ひとまず、指示するまで倉庫で保管して下さい」

 梶山社長は言い、2人を社長室から帰した。



「……正直、もっとお怒りになるかと思いました」

 私が言うと、梶山社長は

「……あの開発設計部のタヌキじじいには、もっと言ってやりたいところだが。正木は開発設計部の中でも特に真面目な人間だ。大声で怒鳴られるとか、はっきりと叱責されることを望んでいたかも知れないが、敢えて静かに言われた方が堪えるんじゃないかと思ってな……」

 と答えた。

 ちゃんと、社員がどんな人か考えての行動だったんだ。

 この人は、ただ厳しいだけの人ではなく、実はすごい人なのかもしれない。

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