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私と社長と食事

 遊園地に行った帰り。

 夕食も勿論梶山社長の奢りのイタリアン。

 だから、そんなことをするから女の子が勘違いするんじゃないかと、今日1日、心の中で何度呟いたのか。


 食事が少し落ち着いて来て、デザートを待つ頃、梶山社長が独り言のように呟いた。

「昨日あの後、親父に市井デパートの件を報告しに行った。市井デパートとの取引は、親父の売り込みがキッカケで始まったようなものだ。一応、報告する必要があると思った」

 梶山社長は、私が先日、市井デパートで偶然会長に会ったことを知らない。

 会長と会っていなかったら知らなかったけれど、偶然話をしたことで、私は会長が市井デパートに特別な思い入れがあることを知った。


「どんな顔をするかと思ったら、大して堪えてもいない様子だ。ショックじゃないのかと追求すると、『市井会長から先に話を受けていた』と。市井会長とうちの親父は数十年来のゴルフ仲間だ。よく考えれば、先に話があっても不思議はなかった」

 自らを嘲笑うように、皮肉めいた笑みを浮かべて、梶山社長は続けた。

「それも、聞いたら市井会長から最初に話があったのは何週間も前だと言うじゃないか。結局、俺が市井社長に会いに行ったところで、どうにもならん問題で、むしろどうこう出来ないよう、商品入替の直前の報告だったんじゃないかと思えて来た」

 梶山社長の言葉に、私は1人納得する。

 もしかしたら私が会長と市井デパートで会った時には、会長はもう知っていたんじゃないだろうか。

 だから敢えて、最後に売り場を見ておきたかったんじゃないだろうか。


「……意味はあるでしょう」

 私は答えた。

「本心は分かりません。社交辞令かもしれませんが、市井社長は、今後の我が社の新商品に期待すると言って下さったじゃないですか。梶山社長が直接、すぐに伺ったからこそ、引き出したお言葉なんじゃないですか?どこも太刀打ち出来ないようなヒット商品を開発して、さぁお約束の商品が出来ましたって、胸を張って売り込みに行けばいいんですよ」

 あの場に同席したから。

 私にも、梶山社長の悔しさが伝わって来たし、両社の関係がこのまま終わって欲しくなんかない。


 私が言うと、梶山社長は一瞬目を見張った。

 そして、

「うちの秘書は、なかなかいいことを言う」

 と笑った。

「そうだな、いっそ、向こうから是非販売させてくれと言われるくらいの商品を作ったらいい。それに尽きるな」


「……社長、私、前から疑問だったんですが」

 機嫌の良くなった社長に、私は思い切って聞いてみることにした。

「……何で、私にだけそういう喋り方をされるんですか?」

 すると、社長は、さすがに上司、しかも勤めている会社の社長に対して聞いてはいけないかと、今まで黙って来た私の気持ちを知ってか知らずか、

「……何だ。なかなか文句を言ってこないから、こいつもしかしてMなのかと思ったぞ」

 と答えた。

「茶化さないで下さい。他の女性社長は、みんな社長はお優しい方だと言ってますよ。男性社長にだって、仕事上叱責することはあっても丁寧な喋り方をされているじゃないですか。ずっと気になっていたんです。何故、私に対しては違う対応をされるんですか?」

 すると梶山社長は、面倒臭そうに頭を掻いた。

「……まぁ、そろそろ話してもいいか……。理由は、大きく2つだ」


 それから梶山社長は、私が他の人達と違う態度を取られていた理由を説明した。

「瑞穂からどう聞いているか知らないが、俺は瑞穂とは長い付き合いだし、友人として、社会人としての姿勢は今までそれなりに買って来た。瑞穂から紹介したい人間がいると聞いて、どんな素晴らしい人材が来るかと思ったら、少なくとも履歴書上は普通の経歴の、普通のOLが来た。……正直、落胆した」


 正確には、瑞穂さんからは梶山社長のことはほとんど聞いていない。

 面接の時の梶山社長の話と、会長に聞いた話で、その信頼関係を想像する程度だ。

 今の話からしても多分、特別な資格も、秘書の経験もない私が、瑞穂さんの紹介なしに梶山コーポレーションの門を叩いても、きっと採用されることはなかっただろうとは思う。


「履歴書上ではどんな奴か分からない。……だが、瑞穂が是非と言うからには、それなりの魅力があるのかも知れない。……だから、敢えて甘やかさずに様子を見てみることにした。今まで女性社員にそこまでしたことはないが、比較的無茶なことを、敢えてやらせてみたらどう応えて来るか。使えない人間なら、1ヶ月と持たないだろうと思った」

 私が梶山コーポレーションで働き始めて、もう1ヶ月なんて余裕で経過していた。


「……俺は、これ以上のことが出来るはずだと思う人間しか、叱責する気はない。会議でもそうだ。叱責するのは、やれば出来るはずのことを怠っていたり、いま一歩のところにいるのに踏み込み切れていない人間……そして、こちらの指摘を受け入れて動けると思っている人間だ。例えば、総務の女性社員は、こちらから指示した仕事に対して、一定の結果は残している。が、それ以上でも以下でもない。……叱責してどうこうという対象ではない。……日野、お前が入社して一ヶ月は経ったか。……まぁ、第1段階はクリアだ。仕事ぶりとしては、まだまだ、これからという所だがな」

 確かに、入社以来、一生懸命やっては来たけれど、社長の要望にしっかり応えられたとは全然言えない仕事ぶりなのは自分でも自覚している。

 でも、あの社長が、第1段階はクリアだと言ってくれた。

 それは素直に喜んでもいいんじゃないだろうか。


「まぁ、もう1つの理由は、単純に毎日一緒にいる時間が長くなるかもしれない相手に、仕事モードで丁寧に喋っていたら疲れるから楽な喋り方にしてるだけだ。これで満足か」

 梶山社長は溜め息をつきながら言った。

「……はい。納得しました」

 私は答えた。


 梶山社長が、そう言ってくれたこと。

 そう言ってくれる存在になったことが嬉しかった。

 ずっと、前の会社で、事務の仕事をして来た。

 異動の話が出た時、居場所を失った想いだった。

 でも今は、あそこに戻りたいとは思わない。


「面接の時に言ったな。積極的に、自分で考えて動ける人間が欲しいと。……日野、お前の評価は、これからのお前自身が決めると思え」

 梶山社長が念を押すように言った。

 私は自然と頷く。


 今よりももっと、この人に認められる仕事をしたい。

 私は思い始めていた。

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