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私と社長と遊園地

 翌日。

 梶山社長から私の家の最寄りの駅前で待つように言われた私は、内心心臓をバクバクさせながら、彼がやって来るのを待っていた。

 待ち合わせ場所の駅前に着いたのは、約束の時間の10分前。

 さすがに私の方が早かったようで、昨日も乗せてもらった梶山社長の愛車らしき車も、梶山社長らしき人も見当たらない。


 梶山コーポレーションには女子の制服があるけれど、私は社長と共に外出することもあるので着用せず、普段は自前のスーツやジャケットを着ている。

 梶山社長もいつもスーツ姿。

 今日は遊園地に行くのに付き合うように言われたので、綺麗目にまとめはしたけれど、ローヒールにカジュアルな格好をして来た。

 こんな格好を見せるのも、梶山社長の休日の姿を見るのも勿論初めてなので、妙に緊張してしまう。


 昨日、突然遊園地に付き合えと言われて、私は正直戸惑った。

「あの……プライベートで遊園地に行きたいのでしたら、わざわざ私とでなくても……社長なら、他にお相手の女性がいらっしゃるのでは?」

 私の中では、遊園地というのは、家族や友達、恋人。親しい人達で出掛けて楽しいところ。

 会社の上司と行くところではない。

 梶山社長と遊園地に行くなんて、梶山社長の話で盛り上がっていた総務の子達に知れたら、何て言われるか。

 慌てる私とは反対に、梶山社長は平然としていた。


「さっき、仕事と言えなくもないと言ったのを忘れたか?俺は、この仕事を始めてから何度も、敢えて遊園地に行っている。遊園地には、この会社の商品の購入層……子供と親が大勢いる。どういったものがうけそうなのか、必要とされているのか、直接ではないにしろ、感じ取れるような気がするからだ。……まぁ、単なる気分転換の部分も大きいがな」

 ワーカーホリックというのか、休日でも仕事のことを考えてしまう人というのがいる。

 梶山社長も、そんな感じなんだろうか。


 梶山社長は更に続けた。

「他の女を連れて行けというのも、正直面倒だ。誘えば付いて来そうな相手の当てはない訳じゃないが、下手に誘うと自分は特別だと思い込む人間が多くて辟易する。……今、特定の相手を作る気はない」

 独身なのは知っていたけれど、梶山社長には今恋人はいないらしい。

 それとも、社長という立場の人だから、そのうちどこかの社長令嬢なんかとお見合い結婚したりするんだろうか。

 なんて、何かの見過ぎかな。


 それでも、梶山社長の申し出に『ご一緒させていただきます』なんておいそれと言えないでいた私が、彼に付いて出掛けることになったのは、次に続いた言葉に思わず売り言葉に買い言葉で反応してしまったから。

「ああ、一緒に出掛けるような相手がいるなら別に無理にとは言わないぞ。あと、仕事の一環であると思えず、他の女共と同じように、自分が特別視されていると勘違いするようなら、やっぱり付いて来なくていい」

「行かせていただきます。梶山社長の秘書として」

 休日に一緒に過ごす恋人がいないことも肯定してしまったようなものなのだけれど、彼に媚を売るために彼の誘いに乗るような女の人と同じだと思われたくない。

 そんな気持ちで仕事をしている訳じゃない。

 そもそもこの人、仕事中は厳しくて、そんな恋に落ちるような優しい対応してもらった覚えもないし。

 私が答えると、梶山社長は満足そうににやりと笑った。

 分かってる。これは罠で、結局彼の思う壺なのだ。



 そうこうして、待ち合わせ時間を少し過ぎた頃、

「日野、こっちだ」

 不意に呼び掛けられて顔を上げると、目の前に知らない顔があった。

 正解に言うと、車には見覚えがある。

 顔も、よく見るとどこかで見たような気がする。

 ただ、物凄い違和感。


「……しゃ、ちょう?」

「……他に誰がいるんだ。お前、他の誰かと待ち合わせしてたか?」


 していなかったはずなんですけど。

 私は、心の中で呟いた。

 いやだって、いやだって、車は確かに梶山社長の愛車だし、声もこの喋り方も間違いなく彼のものなんだけれど。


 今日の梶山社長は、私と同レベルの、ラフな格好。

 いつもは彼もスーツ姿なので、新鮮ではあるけれど、スーツで遊園地に行くなんてその方が違和感があるし、まぁ、それはいいだろう。

 いつもはきっちりと整えられている髪が降ろされているのも、正式な仕事ではなく、プライベートだと思えば、おかしくはない。

 1番の違和感の正体は、いつもはあるものが今日はないから。

 梶山社長は眼鏡をしていなかった。

 眼鏡自体も、視力がそう悪くないか、仕事以外はコンタクトにしているとか、理由は色々と考えられるので、そんなにおかしくはないかもしれない。

 けれど、眼鏡がないことと髪が下ろされていること、そして服装がカジュアルであることで、会社で会う時よりも随分若く見える。


「社長……今日は大分印象が違いますね。眼鏡もされていないし」

 梶山社長の車に乗り込んでから私が言うと、彼は大したことではないように軽く、

「普段が伊達だ。俺は目は悪くない」

 と答えた。

「だからわざわざ眼鏡をする必要は本当はないが、今の立場にいるとあまり若く見えても馬鹿にされるくらいで、特にいいことはない。気休めかもしれんが、眼鏡をかけて髪をきっちりセットすれば、幾分実年齢より老けて見られるだろう」


 知らなかった。

 女の私はそろそろ若く見られたいと思い始めたけれど……男の人は逆のこともあるんだ。

 それにしても……眼鏡男子も好きな人は多いけれど……今日の社長が会社に現れたら、それはそれで総務の女の子達が歓声を上げるんじゃないだろうか。

 実年齢より上に見られたいというだけあって、今日の、恐らく本来の社長は、むしろ実年齢より年下に見える。

 童顔と言ってもいいくらいで、20代と言っても通るんじゃないかと思う。

 どうして独身なのか知らないけど……モテるんだろうなぁ……別に好みじゃないけど。


 遊園地に着くと、梶山社長は慣れた様子でフリーパスチケットを1人分だけ買った。

 一応、財布は出してみたものの、彼が払うと言うので、言われるままに従う。

 ここで私が料金を払うと言い張るのもおかしい気がするし、それこそ、お給料代わりと思うことにした。

 後ろに同行者である私がいるのに、1人分だけチケットを買うのって、普通はおかしくないかと思うんだけど、チケット売り場のお姉さんは特に驚いた様子はない。

 チケットが1人分でいい理由は、彼自身は、年間パスポートを持っていて、1回1回チケットを買う必要がないかららしい。

 多分、彼は面倒だと言いながらも、何だかんだ普段は他の女の人と一緒に来ているんだろうと思う。


「さて。何から乗るか。ちなみに、絶叫系は得意か?」

 入場ゲートでフリーパス購入者であることを示すバンドを腕に巻いてもらい、園内に入ると、梶山社長は既に臨戦態勢といった様子。

 かたや私は、遊園地にはここ何年も行っていなくて、久し振りだったりする。

 最近まで付き合っている相手はいたものの、彼はこういう、人の集まる所は嫌いな人だった。


「子供の頃は絶叫系も嫌いではなかったですけど……しばらく乗っていないので」

 私が正直に答えると、梶山社長の目がキラリと光った……気がした。

「じゃあ、取り敢えずフルコースだな」

 要するに、手当たり次第に乗り物に乗りまくろうと言うことらしい。

「お手柔らかにお願いします……」

 一応呟いた私の言葉を理解したのかしないのか。

 私達は、園内のほとんど全部なんじゃないかと思うくらいの数の乗り物に立て続けに乗った。

 ジェットコースターにコーヒーカップ、ゲームコーナーで梶山社長の意外なUFOキャッチャーの腕前を見たりして。

 日が傾き始めた頃、梶山社長が最後に観覧車に乗ろうと私を誘った。


「ここの観覧車は、夕方になるとライトアップされるんだ。だから、いつも最後に乗ることにしている」

 梶山社長は言った。

 確かに、観覧車の外も中も、所々がライトアップされて綺麗。

 でも、毎回こんなことをやっているから、一緒に連れて来た女性は自分が特別だと勘違いするんじゃないだろうか。


「久し振りの遊園地はどうだったんだ」

 問い掛けられて、私が

「楽しかったです。でも、コーヒーカップとか、昔は回しても平気だった気がするんですけど、今日は本当に目が回りそうでした。久し振りだからでしょうか」

 と正直に答えると、梶山社長は

「それは、三半規管が弱ってるんだ。歳を取ったんだろ」

 と笑いながら言った。少しムッとして、

「社長の方が年齢は上じゃないですか」

 と反論すると、

「肉体年齢の問題だろ」

 と返される。

 話しながら、少なくとも表面上は私も梶山社長も笑えている、と気付いた。

 昨日、あんなことがあって、そのまま休日を1人で過ごしていたら、私は休日の間ずっと憂鬱な気分を引きずっていたかも知れないし、月曜日にどんな顔をして出社していいか分からなかったかも知れない。


「遊園地って、すごいんですね」

 色んな意味を込めて言うと、

「今頃気付いたのか」

 と、呆れたような声が返って来た。

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