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私と猫被り

(こんの、猫被りめっ……!)


 私は心の中で叫んでいた。

 誰って、私の雇い主、梶山一至のことである。

 

 面接の時、彼は面接相手で年下の……格下の相手である私に対し、一貫して丁寧な口調で説明してくれた。

 一見穏やかそうな眼鏡男子な外見の印象もあって、私が総務の男性か何かだと勘違いしたくらいだ。

 まぁ勿論、面接の時に面接官が丁寧口調なのは、何も彼に限ったことではないと思う。

 確か、前の会社でも、入社説明会くらいまでは担当者に丁寧な口調で説明を受けた気がする。

 いわば、お客様扱いでいられた間は。


 梶山社長は、私が新卒で入社して以来6年間勤めた会社を正式に退社し、梶山コーポレーションに初出社すると、面接の時と同じように丁寧な口調で対応し、私を社員を集めた朝礼の席でみんなに紹介した。

 朝礼の場での社長の言葉も、すべて丁寧語で、朝礼後、社員に呼び止められて何がしか話している時もそうだった。

 だから、最初私は『もしかしたら、誰にでもこういう話し方をする人なのかも』と思った。


 先代から代替わりをしたばかりだという32歳の梶山社長は社長としてはまだ若い部類に入り、朝礼で見渡した社員の中には明らかに社長よりも年上だろう年配の社員が何人もいた。

 だから、年配社員への気遣いもあって、社員にも丁寧語で喋る人なのかもと思ったのだ。

「すみません、お待たせしました。社長室に案内します。今後、社内で仕事をする時は、基本的には社長室で私と仕事をしてもらうことになりますから」

 社長が何人かの社員の話に対応している間、側に控えて待っていた私にそう声を掛けた時も、恐らくそうなのであろうと納得したのだ。

 けれど、彼は社長室に入り、私と2人きりになると態度を豹変させた。


「さて……瑞穂が是非にと勧める、そのお手並みを拝見させてもらおうか」

 社長室の扉を閉め、室外と遮断されると、梶山社長は言った。

 先程までの紳士的な態度とは違う、高圧的な態度で。


 先程までの態度が特別だったんだろうか、でも、私に最初だけ『お客様扱い』していたのなら、他の社員と喋る時まで丁寧語で喋る必要はなかったんじゃないの……?

 不思議に思いながら仕事を始めると、どうやら、彼は私と2人きりの時以外は、あくまで紳士的な社長であることが分かった。

 同じ『私と話をする』でも、他の社員が見ている社長室の外では丁寧語で喋るし、私のことは『日野さん』と呼ぶ。

 これが社長室の中や、社長に同行して社外で2人きりの時には『日野』と呼び捨てになり、口調も乱暴になるのだ。


「とにかく、早く客先に出す商談用の資料作成が出来るようになってくれ。そうでなければ、わざわざ人を入れた意味がない。俺が自分でやった方が早いのでは、本末転倒だからな」

 ちなみに、彼の一人称も、2人きりの時には俺、そうでない時は『私』になる。

 今まで秘書を付けずに自分で様々な仕事をこなしていたと言う社長直々に仕事の説明を受け、見よう見真似で言われた資料を作成すると、今度は

「まだまだこのままじゃあ使い物にならねぇな」

 と駄目出しをくらった。

「言われたことを言われた通りにやることなんて、誰にでも出来る。まず、この資料が何のために使われて、うちが相手により強く伝えたいことは何なのか、そのために必要なのはどんなデータで、どんな見せ方をすればいいのか、考えて動け」


「そんな……まだ入ったばかりで……」

 思わず言いかけると、間髪入れずに

「出来ない、とか言うなよ」

 と突っ込まれる。

「確かにお前は入社したばかりだ。だから、しばらくは大目に見てやる。だが、何ヶ月もたっても出来ない、ばかり言うようであれば、雇用契約は打ち切るから、そのつもりで」

 まだ試用期間中の私は、彼が期待していた人材ではなかったと判断すれば、職を失う立場だ。

 でも多分、建前上半年は試用期間と謳っていても、半年で契約を切られるというのはよっぽどの人で、ほとんどの会社では気が付いたら半年を過ぎているくらいなんじゃないかと思うのだけれど……この人なら、本当にやりかねない。


 そして、悔しいことに、彼の指摘はいつも、的確だった。

 毎度毎度リテイクをくらうので正直イラつきはするのだけれど、ここをこうした方が効果的だろうと説明されれば、確かにその通りなことばかりで。

 だからこそ、余計にイラつく。

 いつか、この人に文句を言われるんじゃなく、驚かせるくらい非の打ち所がない仕事をして、ぎゃふんと言わせてやれたらいいのに。



 入社して2週間程経った頃。

 私は社長直属だけれど、組織図上は一応総務部の一員ということになるらしく、総務部の人達が歓迎会を開いてくれた。

 ちなみに、梶山社長は欠席。

 飲み会の場には、基本的には不参加らしい。

 まぁ、社長が飲み会の場にいたら、みんなが好きなように喋れないから、気遣ってくれているんだろう、と誰かが言った。


「日野さんいいなぁ。毎日社長と一緒でしょう?」

「社長って、普段どうなの?素の顔とか見れたりする?優しい?」

 総務の同世代の女の子達の関心は専ら梶山社長らしい。

 まぁ、一見は穏やかな眼鏡男子だし、社長様だし。独身らしいし。

 あわよくば、と思う社員もいるのかもしれない。

 私は、さすがに『とんでもない猫被りです』とは言えず、苦笑いで

「えっと……結構、厳しいよ……?」

 と答えた。


 普段の梶山社長の様子を知らない総務の女の子達は、私の答えをプラスの方向に捉えたらしい。

「ああ、でも梶山社長、うちらみたいな事務の子達には優しいけど、会議とかの時は結構厳しい指摘するって聞くよねぇ」

「あぁ、聞くかも。おじさん達タジタジらしいよねぇ」

「日野さんは、近くで仕事する人だし。そこそこ厳しくするつもりなのかもね」

「えー。でも社長にならされてみたいかもー。鬼畜眼鏡ってやつ?」

「あんた何かの見過ぎ」

 総務の女の子達はそのうち、勝手に盛り上がり始めた。


 確かに、よく見てみると、私以外の社員に対しても、梶原社長はただ穏やかなだけの人ではないようだった。

 同席するように言われて、商品の開発に関わる定例会議に参加すると、梶原社長は自分よりも年上の社員達に向かって言った。


「その試作品で、あなたは実際何回遊んでみましたか?」

 言われた社員が口ごもると、間髪入れずに突っ込みが入る。

「私は、ここの出っ張りがない方が、より安全な商品になると思います。あなたは感じませんでしたか?」

「……あの、ここがないと、こちらの動作に支障が……」

 この会議に通されるまでに、プレゼン中の社員も何時間もかけて商品を開発して来ているはずだ。

 梶山社長の鋭い視線に動揺した表情ながら、何とか答えた。

 けれど勿論、彼はそこでああそうですか、で済ませる人ではない。


「あなたは、今の構造のままで商品化することを優先に開発をされていませんか。そうやって商品化を急ぎ、発売後にお客様からクレームの方向が相次いでは、意味がありません。構造を変えてでも、より安全な商品が出来ないか、検討して下さい」

 丁寧な口調ながら、反論を許さない言葉に、プレゼンをしていた社員は

「……再検討させていただきます」

 と答え、資料をまとめて席に戻って行った。


 総務の女の子達にはいつも丁寧語で優しくて、でも男性陣には言葉は丁寧だけど時に厳しくて。

 そして私には、言葉も乱暴で、厳しい。

 梶山社長のこの対応の違いは、一体何なんだろう。

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