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私と社長とみんなの幸せ

 今まで黙っていた会長夫人が口を開いた事に、1番驚いた顔をしたのは、彼女の夫である会長だった。

「私、あなたにずっと言わずに来た事があるわ。……本当はもっと前に言っていたら、真奈美の時にもあんなにゴタゴタする事はなかったのかも知れないわね」

 妻の言葉に、会長が困惑の表情を浮かべる。

「どう言う事だ……?私は、何かお前に不満を持たせるような事を今までして来ていたのかい?」

 会長が言うと、夫人は首を振る。

「不満なんて。あなたはいつも私や一至や真奈美……家族のために一生懸命働いてくれた。感謝こそすれ、不満なんてなかったわ。私が不満に思っていたのは、自分自身の事なのよ」

 そう言うと、会長夫人は私に向き直って言った。


「美里さん。私はあなたが羨ましいのよ。一至の側で、一至の力になれるあなたが」

「どういう、事ですか……?」

 私が尋ねると、彼女は答えた。

「主人は、一至と同じように先代の息子で、会社を引き継いで。会社の社長同士って、何かと繋がりがあるのよね。他の会社で社長をしていた私の父と知り合って、私を見初めてくれて、私達は結婚したの。この会社も、ここに来るまでに何度も岐路に立たされて、その度にあの人は一生懸命働いて、時に遅くまで仕事をして帰って来ない事があっても、仕事の愚痴も家では少しも言わなかった。私、その度に歯がゆかったのよ。私に少しでも仕事の事が分かれば、話位聞いてあげられたのかしら、この人の力に少しでもなってあげられたのかしら、って」


 今度は、会長が驚く番だった。

「……そんな事を思っていたのか」

 会長は言うと、夫人は少し寂しそうに言った。

「あなたがそんな事を私には求めていない事も分かっていたのよ。それに私は、会社の事なんて何も勉強していないし、思ったって現実には何も出来なかった。……だから、美里さんが羨ましいし、私で力になるのなら、協力は惜しまないでいたいわ。勿論、美里さんなら極力、子供のために時間を割こうとすると思うけれど、美里さんがどうしても子供の面倒を見てあげられない時に、代わりに見るのなんてお安いご用よ。むしろ、きっとすごく幸せな事だわ」


 会長は、呆然とした顔をしていた。

「……何だ。そんな事なら……私は何のために一生懸命反対をしていたのか、分からないじゃないか」

 会長が呟くと、夫人は答えた。

「だから、ごめんなさい。真奈美はね、実は私が本当なら仕事でもあなたの力になりたいと思っていた事を知っていたのよ。だから、あの子も旦那様と一緒に働く道を選んだのかも知れない。ねぇあなた、私も、美里さんには頑張って欲しいわ。駄目かしら」


 夫人が言うと、会長は深い溜め息をついた。

「……私が、君に頼まれて断れた事があるかい?」

 苦笑を浮かべながら、会長は答えた。

「……分かった。1人で反対していた私が間違っていたようだ。……一至を頼むよ、美里さん」

 そして、会長は初めて、私を『秘書さん』ではなく、『美里さん』と名前で呼んだ。

 それは、会長が私の事を一至さんの恋人として認めてくれた証だった。

「……はい!」

 思わず涙ぐんで答えた私に、すっかりいつもの調子に戻った会長夫人のおっとりした一言が降って来た。


「それにしても2人共。まだ結婚の時期は決まっていないと少し前には話していたのに、もうそんな話をしているなんて。もう、本格的に結婚の準備を始めたと言う事でいいのかしら?今度こそ、美里さんのご両親にご挨拶に行く準備をしなくちゃかしら」

「あ!」

 私は思わず叫んだ。

 そう言えば、会長に反対された事をきっかけに、結婚しても仕事を続けるのかどうかなんて、すごく核心的な話をしていたけど、私達はまだお付き合いを始めたばかり。

 結婚の時期もまったくの未定なのだから、今からこんなに悩まなくても、もっと結論を先延ばしにすることもしようと思えば出来たんだ。


「お母さん、駄目ですよ。美里が結婚ありきで悩んでいるから、このままなら、上手く行けばすんなり式場や日取りを決める所までトントン拍子で進められるんじゃないかと思って、わざと黙っていたのに」

 一至さんが、にっこり笑って言った。

「あら、そうなの?それなら私も黙っておいた方が良かったかしら。でも、ここまで話が進んだんだもの。美里さんも、もう心の準備は出来たんじゃない?」

 会長夫人も、にっこり笑って答えた。


「……美里さん。これを見れば分かるだろう。私はこの家で1番立場が弱いんだよ」

 会長が溜め息混じりに言った。

「真奈美だってそうだ。私は、篠原君の事も彼が料理人である事も否定したつもりはなかった。ただ、真奈美にやって行けるのかと、一国一城の主となる彼を支えて行けるのかと心配したんだよ」

 会長は不満気に呟くと、私に向き直って言った。


「お互い、手強い相手に捕まってしまったものだ。……まぁ、捕まってしまったものは仕方がないと腹を括って、仲良くやるとしよう。……今まで、気分を害すような事を言ってすまなかった。これから、一至をよろしく頼むよ」

「……はい」

 私は答えた。


 結果から見れば、大団円で、しかも、どうやら私は自分で結婚の時期を早めてしまった事になるらしい。

 多分、この感じでは、一至さんはすぐにでも私の両親へ挨拶に行くと言い出しそうだし、会長夫人はやれドレスだ自分も挨拶に行くだと騒ぎ出しそう。

 そしてきっと会長は、そんな私達をどこか遠巻きに、見守るんだろう。

 それが、楽しみだとどこかで思っている。

 私は今、幸せだと思う。 



 それからの一至さんは、勢いを止めなかった。

 一至さんの実家を尋ねてからすぐ、一至さんは

「もう、本格的に結婚の準備を進めてもいいな」

 と私に念を押して、私の両親の所へ挨拶に来た。

 社会人になってからはずっと1人暮らしをしているし、仲が特別悪い訳でもないけれど、何でも逐一報告するような年齢でもない。

 両親には、転職した事は知らせてあったけれど、お付き合いをしている人がいる事は伝えていなかった。

 紹介したい人がいると言うと、30歳目前の娘がついに彼を連れて来る、と両親は盛り上がっていたようだったけれど、その人が転職先の社長だった事にはさすがに驚いていた。

 勿論、驚きはしても、うちの両親が反対する筈がない。

 どうぞどうぞ、こんな娘でよろしければと喜んで差し出されてしまった。


 私の両親の了解を得ると、一至さんはもう障害は何もないとばかりに、結婚の準備を始めた。

 結婚式は、お義母かあさん達も結婚式を挙げたと言う老舗のホテルで、会社社長と言う事で来賓も多く呼ぶ必要があるので、大きな会場を押さえて行う事になるらしい。

 会長夫妻……一至さんのご両親の事は、結婚前から本人達の希望もあって、プライベートでは『お義母さん』『お義父とうさん』と呼ばせてもらうことになった。

 2人のサポートもあり、結婚式を挙げるなら、お色直し1回位はしたいな、程度の希望を持っていた私は、それが遥かに高いクオリティーで叶いそうな事に、ただただ驚くばかりだ。

 もし、私が単なる一至さんの秘書のままで、一至さんがどこかの社長令嬢と結婚していたのなら、私は結婚式の会場にいたとしても受付で来賓の方をお迎えしていただけだっただろう。

 でも、私の居場所は、一至さんの隣。

 1番眩しい場所になった。


 一至さんはすぐにでも式を挙げたいと言ったけれど、日取りのいい日に大きな会場を押さえる、というのが難しかった事と、真奈美ちゃんが今すぐに結婚式を挙げられると身重の自分は出席出来ない、絶対に出席したいから子供が産まれて少し落ち着いてからにしろと一至さんに詰め寄ったので、結局の所1年程先になった。

 正直ちょっとホッとしたのだけれど、一至さんがあまりにも残念そうにしているのが少し可愛く思えてしまって、私達は、私からの提案で式の半年前に入籍し、一緒に暮らす決意をした。

 しばらくは忙しくなりそうだけれど、一至さんの側で、彼と同じものを見て、一緒に考えて生きて行く道を選んだのは私だから、頑張って行こうと思うのだ。

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