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私と運命の分かれ道

 1日休みをもらって私が向かったのは、瑞穂さんの家だった。

 最近、相談事と言うとついつい『しのはら』に行ってしまっていたけれど、一至さんとのこととなると、真奈美ちゃんは一至さんに任せていれば私は心配しなくていいと言いそうだし、もう大分お腹も大きくなって来た彼女に、あまり心配はさせたくない。


 突然連絡を取り、平日は梶山コーポレーションで働いているはずの私が相談があると言ったので、瑞穂さんはとても驚いていた。

 けれど、それだけ大事な話だと感じ取ってくれたようで、すぐに訪問を快諾してくれた。


 瑞穂さんに会うのは久し振りだ。

 しばらく会わないうちに、1歳になった彼女の子供は危なげながらも歩くようになっていて、人の子供の成長の早さに驚いた。

 私はまず、しばらく振りなのに突然押し掛けて来てしまったことを詫び、そして、一至さんと付き合い始めたことを告げた。

 瑞穂さんは驚いていたけれど、

「ああでも……そうね。何となく、予想してたのかも。一至はクセのある奴だから、迷ったけど何となく美里ちゃんとはウマが合うような気がしてたの」

 と言った。

 そして、会長に結婚を反対されていること。

 反対の1番の理由が、私が結婚後も一至さんの側で働き続けたいと思っているからだと考えられることも。


 すると、瑞穂さんは、

「……多分、何人もの女の人が、そうやって悩んで、それぞれに折り合いを付けて、生きてるんだよね」

 と言った。

 そうして彼女は、今まで私には話さなかった、彼女が退職を決意するまでのことを話してくれた。



「私、仕事が恋人と言うか、仕事に誇りを持っていたの。男性に囲まれて仕事をしていても負けたくなかったし、とにかくがむしゃらにやる位の気持ちでいないと務まらなかった。今の旦那様と付き合い始めても、彼はそんな私でいいと言ってくれたし、子供が出来たとしても、お休みするのは一時期だけ。育休が終わったら、普通に働くつもりだった」

 瑞穂さんも本当は職場復帰するつもりだったと言う事を、私は初めて知った。

 彼女は営業職だったから、最初から自分で退職を選択したんだと思っていたのに。


「結婚してすぐ位からかなぁ。年下の男の子達に、少しずつ担当の取引先を引き継げって指示が出始めたの。上司に理由を聞いたら、君、その歳で結婚したんだから、すぐにでも子供が欲しいだろう、今のうちから準備をしておくからって言われて。こちらから何も頼んでないのに、何をするんだって思った」

「……そんな事が、あったんですか?」

 瑞穂さんは女性だけど、男性に負けない成績を持つ営業さんだった。

 まさか、そんな事があったなんて思わなかった。

 瑞穂さんは頷いて続けた。


「前に、子供が産まれたばかりの頃に美里ちゃんが訪ねて来てくれた時は、一応まだ美里ちゃん、会社を辞めてなかったから言わなかったんだけど、あの会社は今にして思えば古い考えの会社だったのよね。表立ってするなとは言えないから、産休育休の制度はあるけれど、本当は女は結婚したら家庭に入れと思っている……まぁ、そんな会社、実際には多いのかもしれないけどね」

 瑞穂さんは、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「まぁ、そんなこんなで、子供が出来た時に営業を続けて行くのはいよいよ厳しいなと思って。どうしても仕事を続けるなら、私は営業の中では事務仕事も苦手ではなかったし、事務でならって打診もあって。どうしようかと思っていたら、旦那様のお母さんがね、言ったの」

 ドキリとした。

 瑞穂さんも、旦那様の家族に反対されたんだろうか。

 私は思ったけれど、瑞穂さんの話は少し違っていた。


「うちの旦那様ね。小さい頃にお父さんが病気で亡くなっていて、お母さんに女手1つでで育てられたの。だから、一生懸命働くお母さんのことをずっと側で見て来て、誇らしく思っていて、私が働くことにも反対はしなかった。でもね、そのお母さんが、子供が出来たことを知らせた時、ぼそりと私に言ったの」

 それは、同じように働く女性として、胸が苦しくなる話だった。


「自分は、自分が働かないと子供達を育てて行けなくて、必死で働いて来た。でも、心苦しく思う事が、いっぱいあった。例えば小学校の夏休み、平日に保護者同伴のイベントがあって、参加させてあげられなかった事。送り迎えをしている時間がなくて、好きな習い事をさせてあげられなかった事。宿題も、学校の話も、もっと丁寧に見て、聞いてあげたかった事。だから、どうしても働かないとやって行けないんじゃなければ、少し考えてみて欲しいって」

「だから……退職されたんですか?」

 私が尋ねると、瑞穂さんは

「……旦那様に相談したらね、ひとまず1度退職してみて、余裕が出て働きたいと思ったらその時また考えてみたらどうかと言ってくれたの」

 と答えた。

「正直、会社に対する不信感もあったし、一旦辞めて子供のことを考えてみようって。そうしたら、目まぐるしいスピードで成長して行くのよね、赤ちゃんって。今は、まだ仕事はお休みでいいかなぁって思ってる。育休だったら、もう仕事復帰してたものね。そういう意味では良かったって思うのよ」


 そこまで話してから、瑞穂さんは、

「でもね」

 と言った。

「それは、私の話だから。それぞれの家にそれぞれの事情があって、それぞれの考え方がある。私と同じ道を美里ちゃんが選択する必要はないし、それが1番良い選択だったかどうかも分からないの。ただ、さっきも言ったけど、何かを選んだら何かを我慢しなきゃいけなくなるかもしれない。自分達にとって1番いいと思う方法は、ちゃんと2人で話し合って決めたらいい」

 それぞれの家にそれぞれの事情がある。

 そう言われて、私は泉のことを思い浮かべていた。

 泉が退職する時、彼女の決断を非難した。

 でも、それは泉が、色んな事を考えて出した決断で、私がどうこう言えるものではなかったんだと今は分かる。

 泉と同じ分かれ道に、今私は立っているんだ。


「いい?ちゃんと一至に相談して、一緒に考えるのよ」

 最後に、瑞穂さんはそう言って、いたずらっぽく笑った。


 瑞穂さんと別れて、1人になってしばらくして、一至さんからメールがあった。

『仕事が終わった。これから会って話せないか』

 私は了解であることをメールで返信すると、一至さんに何をどうやって話せばいいか、考え始めた。

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