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私と社長とパーティーと?

「日野、明日は空いているか」

 金曜日の夕方、梶山社長から突然の打診があった。

 大抵、急にこうやって誘われる時は、遊園地のお誘いだ。

「空いてますよ」

 どうせ独り身ですからね。

 私は心の中で毒を吐く。

 明日も朝から晩御飯までご飯代が浮くかなぁ、なんて考えていると、今度は

「お前、パーティーに着ていくような服はあるか?」

 と問い掛けられた。

 遊園地にそんな格好で行くはずがない。


「……遊園地じゃなかったんですか?」

 思わず真顔で尋ねてしまい、

「お前、俺が誘うのは遊園地だけだと思ってないか?」

 と不機嫌そうに返された。

 だって、ほぼ遊園地じゃないですか。


「明日、母の兄が経営している会社のパーティーがある。開催は以前から知っていたが、参加するのも面倒だし、出ないつもりでいたんだが、親父から必ず出るようにとお達しがあった。……お前、付いて来い」

 母の兄が経営する会社。

 社長はさらりと言ったけれど、やっぱり社長のお母様もお嬢様だということらしい。

 真奈美ちゃんは贅沢な生活はしてないと言っていたけど、やっぱり庶民は生活水準の違いを感じてしまう。


「何故、社長のご親戚のパーティーに私が参加する必要があるんですか?女性を連れて行く必要があるのなら、他にパーティーに同伴するのに相応しい、綺麗な方がいらっしゃるんじゃないですか?」

 パーティードレスなんて去年友達の結婚式に出席した時のドレスくらいしか当てがないし、それを着て行って正解なのかも分からない。

 何のパーティーか知らないけど、社長の親戚の経営する会社のパーティーなんて、出席する人もみんなお金持ちなんじゃないだろうか。

 私のお給料からしたら大分高かったんだけれど、1着3万円で買った私のドレスなんて、浮いてしまう気がする。


「……だから、いつも言っているだろう。下手な人間を連れて行って、親戚にも連れて行った女にも勘違いされたら困る。お前なら、部下だと説明すればいい」

「……でも、私を連れて行くメリットは、やはり感じないですが……」

 私はそれからもしばらくごねたのだけれど、最終的には梶山社長に押し切られてしまい、何が何だか分からないまま、パーティーに同伴することになってしまった。


 翌日。

 迷った末に『しのはら』に寄って帰り、真奈美ちゃんからドレスを借りることで、私はドレス問題を解決した。

 真奈美ちゃんは、パーティーのことは聞いてはいたそうだけれど、身重なこともあり、出席しないらしい。


 真奈美ちゃん曰く、今日は梶山社長と真奈美ちゃんのお母様のご実家の会社の創立百二十周年記念パーティーらしい。

 会社の規模や歴史からすると、梶山コーポレーションよりも歴史が長く、大きな会社だそうだ。

 ますます、梶山社長が私を連れて行こうとするのが理解出来ない。

 ドレスは真奈美ちゃんから、恐らくそれなりに高価なんだろうものを借りて、見た目としては誤魔化せても、きっと立ち居振る舞いとかに違和感が出てしまうと思う。


 梶山社長と並んで、会場であるホテルの大広間に入ると、場違い感を更に感じて、私は逃げ出したい気分になって来た。

「堂々としていろ」

 横から、梶山社長が指摘する。

「こういう場に慣れているような顔で、背筋を伸ばしていろ。背中を丸めていると、自信のなさが丸分かりだぞ」

 だって、慣れていないんだから仕方がないじゃない。

 心の中で思いながら、言われた通りに背筋を伸ばした。

 言われないだけで、実はもの凄くこの場で浮いていたりしないだろうか。

 自信なんてまったくないけれど、背筋だけでも伸ばしておかないと、梶山社長に後で怒られそうだ。


 どうにか背筋を伸ばし、会場の中に入って行くと、見覚えのある人の姿を見付けた。

 会長だ。

 会長は、本当に隠居を決め込んでいるらしく、直接会うのはこれで2度目、市井デパートで会って以来だった。


「なんだ一至、お前結局秘書さんを連れて来たんじゃないか」

 会長に言われ、私は頭を下げる。

「ご無沙汰しております」

 と挨拶すると、会長は、

「ああ、いいよいいよ。秘書さんも大変だねぇ、休日まで上司に付き合わされてね」

 と言った。

 梶山社長の就任前から勤めている他の社員達とは違い、私は会長が社長を退任して会長職に退き、ほとんど会社に出社しなくなってから入社している。

 最初に会った時に挨拶はしているはずだけれど、会長は私の名前は覚えていないようだった。

 まぁ、会うのも2度目なのだから仕方ない。


 私が、何と答えたらいいものかと曖昧な笑みを浮かべて誤魔化していると、横にいた梶山社長から思い掛けない言葉が発せられた。

「……いえ、この秘書の日野が、今私が1番大切にしている女性なんです。勿論、ゆくゆくは結婚を考えています」


 何。

 今、何て言ったのこの人。

 親の前でも丁寧口調の猫被りなのかとか、どうでもいいことも考えたけど、そんなことは問題じゃない。

 取り敢えずどういうことだと横にいる梶山社長を睨むと、腕を引き寄せられ、耳元で

「……話を合わせろ。後で説明する」

 と小声で囁かれた。


「そういうことなので。……これで、納得いただけたでしょうか。さて、私達は適当に親戚連中に挨拶を済ませたら失礼させていただきますので」

 梶山社長は、会長にそう宣言すると、一礼してその場を離れて行く。

 私は混乱した頭のまま、同じように会長に一礼し、社長の後を追った。



「……どういうことですか、これ」

 パーティー会場を退出し、梶山社長と2人で彼の愛車に乗り込むと、私は溜まっていた気持ちを吐き出した。


「何で会長にあんなこと仰ったんですか。会長が本気にしたらどうするんですか。誰が1番大切な人ですか。私と社長は全然まったくそんな関係じゃないじゃないですかおかしいですよ」

 すると、梶山社長は

「……お前、今日はキャンキャンと煩いな」

 と面倒くさそうに答えた。

 この私と社長の温度差が、癪に障る。


「だって、おかしいです。分かってますよ、社長は、会長にわざと近付いて行ったように思えました。大方、会長に結婚するように言われて、相手はいると言ってしまったから誤魔化したいとか、そんなでしょう?だとしたって、せめて先に言っておいてくれるとか出来たじゃないですか」

 それに梶山社長は、会長と別れた後、確かに親戚の方達に挨拶して回ってからパーティー会場を出たけれど、会長以外の人達には敢えて同伴している私の説明はしなかった。

 そちらの女性は?と問われた時に、秘書の日野です、と答えていたくらい。

 会長に説明したような言い方はしていなかった。


「……親戚連中にまで説明したら、後で面倒だろう……それとも、全員の前で親父にしたのと同じように説明して欲しかったのか?」

 梶山社長は私に噛み付かれても悪びれた様子は少しもない。

「……だからっ、そういうこと言ってるんじゃないでしょう!何でですか!」

「……まぁ、大体お前の想像通りだ。わざと、親父にお前を紹介した。どこぞの社長令嬢との見合いをさせるために、今日顔合わせをしたいと言うから、相手はいると答えたら証明のために連れて来いと言われた。だから、お前を紹介しておけば、後で別れたとでもどうにでも説明出来ると思ったんだ」

「私、これからも社長の元で働くのにですか?別れたらこんな、いつも一緒にいなきゃいけない仕事続けますか普通。それとも社長は私を辞めさせたいんですか」


「……まぁ、落ち着け」

 誰のせいだ、誰の。

 私は心の中で呟きながら、梶山社長を睨み返した。

 そもそも。

「……前から思っていたんですけど、何で特定の相手をお作りにならないんですか。社長令嬢、いいじゃないですか。そうじゃなくても、今まで、言い寄る女性が沢山いらっしゃったでしょう。何故、この歳までご結婚なさらなかったんですか?」

 梶山社長は今年33歳だ。

 性格はこんなだけど、猫を被るのは得意だろうし、見た目も悪い訳じゃない。

 特定の相手がいないなら、お見合いでも何でも、身を固めてもいいんじゃないだろうか。


 すると梶山社長は言った。

「俺に近寄って来る女は、大抵社長夫人として楽な暮らしをしたい奴ばかりだ。そんな奴を伴侶にする気はない。社長令嬢も面倒だ」

「……お見合いされるお相手も、会ってみないと分からないのでは?社長が思うような人ばかりじゃないかもしれませんよ」

「……どうだかな。別に母親を嫌っている訳じゃないが、身近にいる社長令嬢がとにかく何も出来ない人だったからな」

「……だからって。会長に対して誤魔化すにしても、せめて先に事情を説明いただくとか」

 私が溜め息をつくと、今度は

「先に言ったら、お前、今みたいにキャンキャン吠えただろう」

 と、まったく反省の色はない。

 終いには、もう乗り掛かった船なのだから、もう少しの間協力しろと言われ、私はなし崩し的に臨時・社長の婚約者(偽)になったのだった……。

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