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憑鬼人 弐の巻

作者: 松田 一

 今回はコメディを少し入れてみました。苦手なんだけどね。

 どうも。

 夜白 亜紀(やしろ あき)改め、楠 亜紀(くすのき あき)です。

 先輩に助けて貰い、先輩の家に居候して、二週間経った。

 初めは何もわからなかった先輩のことも、だいぶわかってきたような気がする。

 まず、先輩は低血圧。普段はピシッとして、カッコいいんだけど、朝、特に寝起きは本当にだらしない。

 浴衣は何とか着てるけど、ほとんど脱げてるのと変わらないし、髪もボサボサ。まあ、ちゃんとシャワーを浴びている所はやっぱり、先輩かな。

 目を覚ましてきた先輩は、住み込みの美人な家政婦さん、雪子(ゆきね)さんから、キンキンに冷えた麦茶をもらって、一気に飲み干す。それが先輩の日課だとか。

 先輩は暑がりでもないし、寒がりでもなく、好き嫌いもなく(でも、甘い物が結構好きだとか)、人にまるで興味がないという振る舞いをする、だけど、常に人のことを気にかける、そんな人。

 じゃなかったら、私を助けてくれるはずないし……

 私はそんな人、宝仙 弾(ほうせん だん)の家に、居候している。


「おはよ〜っす」

 いつも通りの朝、いつも通りののんきな朝食風景。

「おはようございます」

「おはようございます」

「先輩、おっはよ〜〜!!」

 いつも通りの私と雪子さんの挨拶の後、いつも通り、先輩に飛びつく、先輩が大好きな美少女中学生、銀狐(ぎんこ)ちゃん。そして…

 ベシッ!!

「きゃう!」

 いつも通り、それを払いのける先輩(先輩は普段、銀狐ちゃんが飛びついてきても、平然としているけど、朝は嫌がる)、いつも通り。

 私はだいぶ、この生活に慣れてきた。

 先輩は自分の席につくと、雪子さんから麦茶をもらう。そして、それを一気に飲み干す。やっぱり、いつも通り。だけど、

「先輩、聞いてください!!!」

 普段は一度で辞める銀狐ちゃんが、もう一度、先輩に飛びついてきた。

 バシンッ!!

「ふぎゃ!!!」

 先輩はそれを反射的に払いのけるけど。

「シクシク…先輩、二度も銀狐を野良狐、じゃない、野良犬のように払うなんて〜…う〜…」

 払うのはいつものことだと思う。それに、二度払ったのは、銀狐ちゃんが二度も飛びついたからだと思う。

「うるせえなあ、なんだ、朝っぱらから」

 先輩は箸とご飯がのった茶碗を持ってから、めんどくさそうに聞き返す。

 ショックを受けて、泣いていた銀狐ちゃんはすぐに、復活した。…現金なものだ。

「実はですね〜、もしかしたら、鬼に憑かれるかもしれない人を見つけました!!!」

 ピクッ

 先輩の手が、そんな感じで動いた。

 鬼…

 鬼。それは人の心の闇が呼び寄せ、人に憑いて、その人の心の闇を糧に強くなり、やがて憑いた人間を乗っ取る悪霊。

 それが、鬼。

 そして、先輩はその鬼を退治し、憑かれた人を救う、鬼狩り。

 私も以前、鬼に憑かれて、そこを先輩に救ってもらった。

「それで、その人とはどういう人なんですか?」

 容姿端麗、清楚でおしとやか。欠点なんて見当たらない…いや、昼ドラ好きで、ドロドロ大好きで、修羅場大好きで、いたずら好きな家政婦の、雪子さんが銀狐ちゃんに聞く。

 銀狐ちゃんは飛びつけない先輩を諦めて、私に擦り寄ってくると、しばらく唸る。

「え〜っと〜……あ、思い出しました!中等部で私と同じクラスなんですけど……」

「どうでもいいけど、そろそろ出るぞ。遅刻する」

 すると、銀狐ちゃんが唸っている間に朝食を終えた(早ッ!!!)先輩が、カバンを持って玄関の方に歩いていく。

「「…え?」」

 私と銀狐ちゃんは時計を見ると、時刻は六時二十分で、私達が通う、私立、清廉学園(せいれんがくえん)の登校時刻は、中等部からは七時二十分が原則…

 あ!そう言えば、先輩の家って、学校から遠くて、歩きだと一時間ぐらいかかる!

「それもそうね。銀狐ちゃん、話は歩きながらにしよ」

 そう聞くと同時に、銀狐ちゃんもカバンを持って、立ち上がる。

 私達は先輩を追いかけようと、居間を飛び出すけど、そこには先輩の姿はなし…早すぎですよ、先輩!!!

 先輩の家はさながら、迷宮。私はおろか、銀狐ちゃんでもまだ把握し切れていない。この家の構造を完全に把握しているのは、先輩と雪子さんともう一匹…

「な〜」

 噂をすれば。

 先輩が飼っている黒猫の、ネマさんが私の足元に擦り寄ってきた。どうも、動物に好かれるみたいなんだよね、私。

私は膝を折って、ネマさんの前にかがむと、ネマさんの首筋を撫でる。するとネマさんは『ゴロゴロ〜』と言って、気持ちよさそうにする。…可愛い。なんて、和んでる場合じゃないね。

「ネマさん、玄関まで案内してほしいんだけど……」

「な〜」

 返事をした後、ネマさんはタッタッタと私達の前を走る。それを、私と銀狐ちゃんは必死に追いかける。

 やがて、ネマさんの案内で、玄関についた。

 玄関の外では、先輩が戸を開けて待っていた。ちゃんと、待っているあたりが先輩らしい。

「遅い」

「先輩がさっさと行っちゃうからじゃないですか!!!私達はまだ、この家の構造をわかっていないんですよ!?」

 文句を言うけど、先輩は何も言わない。私の文句が半分冗談(半分は本気だけど)だっていうことに気づいているみたい。

「せんぱ〜い!!!」

 ビッシイイン!!!

「ふぎゃああ!!!」

 先輩は懲りずに飛びつく銀狐ちゃんに、三度目の張り手を叩きつけた。

 今、今までで一番凄い音したよね?…


「ゴロニャ〜ン」

 やっと先輩に抱きつけた銀狐ちゃんはご機嫌。…どうでもいいけど、銀狐ちゃん、妖狐(ようこ)半妖(はんよう)だよね?『ゴロニャ〜ン』って……

 先輩はしつこく食い下がる銀狐ちゃんに嫌気が差して、何もしない。いつも、こうやって先輩に抱きついているんだ…

「それで?鬼に憑かれそうっていうのは、どういう人なの?」

 私が聞くと、銀狐ちゃんは一瞬、首をかしげた後、ポンと手を叩いた。忘れてたな…

「あ…」

 先輩もですか!?

「え、えっとですね。その憑かれそうな人というのは、中等部で私と同じクラスの男子の、林家 双樹(はやしや そうじゅ)という人なんですけど、その人、どうも万引きをやっているようなんですよ…」

「「万引き?」」

 私と先輩のセリフが綺麗に重なる。だけど、万引きをしていることがどうして、鬼に憑かれることになるんだろう?

 先輩は口元に手を当てて、少し考えた後、銀狐ちゃんに聞いた。

「その、双樹とかいうのはどういう奴なんだ?」

 銀狐ちゃんはスカートのポケットを探って、小さい手帳を取り出した。

「え〜っとですね、林家 双樹。年齢は十四、身長百六十五センチ、体重五十七キロ。好きな食べ物は…」

 ベシイッ!

「ひぎゃう!」

 先輩が銀狐ちゃんの調査報告の途中で、銀狐ちゃんにチョップをかます。先輩、相手が銀狐ちゃんだと、容赦ないですね。

「誰が、そんなことを聞いた、誰が!俺が知りたいのは、そいつの性格だ!!!」

 性格?どうして、性格が?…

「性格は至って真面目だそうです。実際、その真面目さや誠実な人柄、勉強も出来て、スポーツも万能、おまけにイケメン。それにリーダーシップもあって、中等部の生徒会長もやっている上に、先生からも信頼されている、そんな完璧人間です」

「え?そんな人が、どうして万引きをするの?それに、どうして、万引きをすると鬼に憑かれるの?」

 不思議だった。

 義父(とう)さんは私にあんなことをしても、まるで平気そうで、犯罪をしている人はそんなことはどうでもいいと思っているもんだと、ばかり思っていたのに……

 だけど、先輩は首を振る。

「まず、お前の初めの質問だが、それは多分、そいつの立場からだろうな」

「…立、場?」

「ああ。頭がよくて、運動神経もよくて、顔もよくて、周りの人間からも尊敬、期待、信頼。全てが寄りかかってるんだぜ?普通の中学生なら、すぐに潰れちまうな。で、その潰れそうな自分を、何とか保とうと、たまっていた物を吐き出そうとする。そいつは多分、それを万引きに求めたんだ。

 だけど、元の真面目さが出て、犯罪をやっちまった自分に嫌悪感と、罪悪感を抱くんだ。だけど、万引きって言うのは一度やりだすと、抜け出すのは相当、難しいって言うからな〜。そいつは、また万引きをして、また、自分に嫌悪感と罪悪感を抱く。そして、その心の闇が、やがて鬼に漬け込まれちまうんだ」

「そう、なん、ですか?」

 信じられなかった。犯罪って、自分の欲を満たすためにするんじゃないのかな……

「そうなんだよ。実際、自分に対する嫌悪感や罪悪感のせいで、《憑鬼人(ひょうきじん)》になっちまった人間だって、俺達のすぐ近くにいるぞ?」

「え?」

 誰?聞きたかったけど、先輩はさっさと話を進めてしまう。

「だけど、その万引きは本当なのか?」

 銀狐ちゃんは自信を持ってうなずく。

「本当ですよ!!!その人から、何か妖気みたいなのを感じて、つけてみたら、万引き現場でした!!!」

「あっそ。だけど、これは厄介だな…」

 そう言って、先輩は打開策を考える。

「え?私の時みたいにその人に、《羅生門(らしょうもん)》の出口を渡すんじゃ駄目なんですか?」

 先輩は手を振った。

「無理だね。仮に渡したとしても、そいつは多分捨てちまうよ。おまえみたいに、助けを求めていたわけじゃないからな。むしろ、自分にやましいことがある人間は初対面の奴から、いきなりもらった物は信用できなくて、すぐに捨てちまうだろうし……あ」

 そこで、先輩は気がついたように、指を弾いた。

「銀狐。おまえ、確か口寄せが出来たよな?」

「出来ますけど、それが?」

 先輩は急に銀狐ちゃんに顔を近づける。ちょ、ちょっと!?

「せ、先輩、こんな朝から…で、でも、先輩がそうしたいなら…」

 そう言って、銀狐ちゃんは目を閉じる。え、えええ!?

「何、勘違いしてんだ」

 ベシイイッ!!

「あいったああ!!!」

 あ、五度目の張り手と五度目の悲鳴。

「俺とおまえの《狐霊(こだま)》が契約するんだよ。それで、その契約した狐霊に四六時中、その双樹とかいうのを見張らせるんだ。そして、鬼が行動を起こしたら、狐霊に俺を口寄せさせる!完璧だ!」

「なるほど。それなら、狐霊なら、不眠不休、飲まず食わずでも平気ですから、見張りには最適かもしれませんね。それじゃあ、放課後に契約の儀を済ませて、すぐに見張らせましょう!!!」

「よっしゃ!」

 あ、あの〜…何にも知らない、私にもついていけるように、説明しながら話してほしいんですが〜…無理だな、こりゃ。


 放課後、学校が終わって、私と先輩と銀狐ちゃんの三人は一緒に歩いていて、今朝の口寄せのことを話していた。

 先輩の説明が始まる。

「口寄せというのは、契約した《式神(しきがみ)》を何処でも、呼び出せるようにする、いわゆる術というやつだ」

 先輩が銀狐ちゃんの頭に手を乗せる。

「こいつは子狐の幽霊の、狐霊を口寄せすることが出来てな。その狐霊に俺を式神として、契約させ、双樹を見張らせる。双樹が鬼人化したら、すぐに俺を呼び出させるというわけだ」

「わかったような、わからないような……」

「別に、詳しく理解する必要はないね。おまえは戦闘方面に関しちゃ、別に何もしなくていいんだから」

 グサッ

 う…今の、ちょっとショック…

 銀狐ちゃんが私の心境に気づいてか、珍しく先輩を肘で小突いた。それに反応し、先輩はイライラしたように頭をかいた。

「あ、あのな、関わるなって言っているんじゃなくて、あ、いや、戦闘方面に関しては関わってほしくないんだけど…えっと、つまり…」

「私は足手まといって言うわけですね…」

「い、いや、そんなことじゃなくてな!?」

 先輩は弁明しようとするけど、私は先制する。

「いいですよ、別に…え〜え〜、私は足手まといですよ…勝手に、先輩の家に転がり込んで、勝手に手伝うとか言っているんですから。え〜え〜、足手まといって言うことは、私が一番わかっていますよ…」

 ブルーな雰囲気を全身から出して、ぐちぐちとつぶやく。

 そんな私を見て、先輩はやきもきしていたけど、やがて、

「ああ、もう!!!」

 そう声を上げて、私の肩をつかんで、私の目をじっと覗き込む。…視線が鋭くて、すごくドキドキする…

「いいか?俺が言いたいのは、おまえには危険な目にあってほしくはないってことなんだよ!それから!お前は足手まといなんかじゃない!おまえは、銀狐や雪子さん、ネマさんと同じ、俺の家族なんだよ!家族に、足手まといもくそもあるか!!!」

 そう言って、私に背を向けて、黙り込んでしまう。

 …家族。

 家族、か…なんか、嬉しいな。

 じわじわと顔に笑みが広がっていっているのに、気がついた。

「よ〜し、それじゃあ、早く帰りましょうよ!私、お腹すいちゃいました!」

 銀狐ちゃんが私と先輩の手を引いて、走り出す。

 銀狐ちゃんに引っ張られながら、先輩と顔を見合わせる。その後、私達はいつの間にか笑いあっていた。

 だけど、その瞬間、思い出した。

『俺達のすぐ近くに、自分への罪悪感と嫌悪感のせいで、憑鬼人になっちまった人間がいるぞ?』

 …誰なんだろう?それ……


 夕食を終え、今は銀狐ちゃんとの戦争…もとい、入浴中。

「こらあ!大人しくしなさいってば!!!」

「嫌ああ!!水に濡れるのなんて,嫌あああ!!!」

 銀色の狐姿の銀狐ちゃんを抱きしめて、必死に大人しくさせようとするけど、全然駄目。

 あ、銀狐ちゃんは夜と昼で姿が変わって、昼は人間だけど、夜はメスの銀狐になるの。

 原因は、銀狐ちゃんの本来の姿はこの狐の姿なんだけど、昼間は人間の姿をとっていて、その姿をとるためのエネルギーみたいな物を、先輩は妖力(ようりょく)って呼んでいるんだけど、銀狐ちゃんは半妖で、その妖力の容量が純粋な妖怪と比べて、驚くほど少なく、人間の姿を取っていられる時間は、せいぜい、昼の間なんだって。

 で、夜になると使える妖力が切れちゃって、充電という意味も兼ねて、姿をこの狐の姿に戻してるんだって。

 さて、銀狐ちゃんの変化の理由の説明もこのくらいにして。

「あ、こらああ!!!」

「うわあああん!!!」

 私の胸から、すり抜けて逃げ回る銀狐ちゃんを、追い掛け回す。すると、

「そんなやり方じゃ駄目ですよ」

 そんな声とガラガラと、浴場の戸を開ける音がする。

 見ると、そこにはバスタオルを体に巻いた雪子さん。かなり、色っぽいです…

 あれ?だけど、雪子さん、普段は一人でお風呂に入りたがるのに…

 私が疑問に思うけど、雪子さんは銀狐ちゃんの前に立ちふさがる。だけど、銀狐ちゃんは見事な九十度旋回で、雪子さんをかわす、しかし、

「甘い!」

 雪子さんが銀狐ちゃんの尻尾をつかむ、その瞬間、

「ふっへひはあああ!?」

 意味不明の悲鳴とともに、銀狐ちゃんの体から力が抜けていく。

 あ!そう言えば、銀狐ちゃんは尻尾や耳を触られるのが苦手だったんだ!

 雪子さんは逆さ吊りの銀狐ちゃんを持って、満面の笑みを浮かばせていた。


「うえええ、せんぱ〜い…」

 綺麗に洗われた銀狐ちゃんは、先輩の元へと走って言った。

「あらら、泣いちゃいましたね。可哀相に…」

 雪子さんが一応、可哀相って言うけど、目は笑ってた。…この人、侮れないよ…

「それじゃあ、私達は裸の付き合いといきましょうか?」

 そう言って、雪子さんは湯船の中に浸かる。ちなみに、タオルは取っていました…

「あ、はい…!」

 私も湯船に浸かるその時、雪子さんが髪を書き上げたんだけど、ちらりと見えた。…雪子さんの手首の幾つもの傷…

 湯船に浸かった直後、切り出してみた。

「あの、雪子さんはどうして、先輩と知り合ったんですか?」

 雪子さんは私を、続いて自分の手首をもう一度見た後、手首の傷を私に見せた。

「弾さんから聞きましたよ。今回は、被害者じゃなく、加害者側の心の闇ですよね?」

 私はこくりと頷く。

 雪子さんは湯船から、腕を出した状態で、遠い目をしながら、言った。

「…私も昔、憑鬼人になって、そこを弾さんに助けて貰ったんですよね」

 それから、雪子さんは話してくれた。雪子さんと、弾さんの出会いを…


 私と弾さんの出会いは今から、四年前、私が十八歳で、弾さんが十四歳の時でしたね。

 その時、私は清廉学園(せいれんがくえん)の生徒だったんですよ。

 え?ああ、確かにあそこは規模が大きくて、生徒数も馬鹿になりませんから、亜紀さんが私のことを知らなかったのも無理ないですね。

 私のクラスでは、頭がよくて、綺麗で優しくて料理も完璧な凄い人がいましてね。この人を、《彼女》と呼ぶことにしますか。

 みんな、彼女を頼りにしていたんですが、それは表の顔で裏は人を平気で傷つける、いわゆる、いじめっ子って言う奴ですね。

 ただ、そのやり方が半端なくて、実際、彼女のいじめのせいで不登校になってしまった人は何人もいましたね〜…

 ええ。酷いことですね。…だけど、私もそのいじめをする側の方にいたんですよ。

 自分がいじめられたくなくて、彼女の命令を聞いて、何人も人をいじめて…言い訳がましいかもしれませんが、辛くて仕方がありませんでしたね。

 そんな時でしたよ、弾さんと出会ったのは。

 その時は声をかけられて、羅生門の片割れを渡されただけですが、不思議な人でしたね…

 それから、私は彼女の命令を聞いて、ある生徒をいじめていたんです。

 その人は地味で、引っ込み思案で、無口で、頭もいいというわけではありませんが、何処か、不思議な魅力を持っているらしく、男子に彼女と並んで人気があったんですよ。

 それに嫉妬したのか、彼女は次のいじめのターゲットにその人を選んだんです。

 私は彼女の命令でその人の、物を隠したり、無視したり、机に落書きしたり、しまいにはトイレに閉じ込めて、水を引っ掛けたりと…

 嫌でしたよ〜…だけど、自分が傷つくのはもっと嫌だから…

 でも、それも終わりになっちゃいました…

 ある日、そのいじめの標的の人…校舎の屋上から飛び降りたんですよ。たぶん、私達のいじめに耐えられなくなってしまったんでしょうね…

 その人は何とか一命を取り留めましたが、いつ、命を落としても不思議じゃなかったそうです。

 耐えられませんでしたね…自分のせいで人が一人死んじゃったら…私は人殺しなんじゃないか、って…そう思うと怖くて、怖くて…

 辛くて、逃げたくて、手首を切って…それでも死に切れなくて、それがまた嫌で…

 そこを鬼に漬け込まれたんですよ…

 私は憑鬼人になって、でも、そこで弾さんが羅生門を使って、駆けつけてくれて。

 私を助けてくれた弾さんは、私を無理矢理引っ張って、標的になった人の元へと行きました。

 その人は全身、怪我ばかりで、意識不明の重体でしたよ。それを見た途端、私は怖くなって逃げ出そうとしました…でも、弾さんが私の腕をつかんで、こう言ったんです。


『逃げるな!!!ここで逃げたら、あんた一生、苦しむことになるぞ!!!』


 …遠い目で語る雪子さんは、何処かすっきりした表情。雪子さんの話は続く。

「その言葉で動かされた私は、その人のベッドの脇に膝をついて、手をついて、泣いて謝ったわけですよ。『ごめんなさい…ごめんなさい』って。自己満足でしかありませんが、何か吹っ切れた気がしました…

 それを感じて、少しでも鬼に憑かれた人を助けられたら。弾さんを少しでも支えられたら…そう思って、ここにいるんですよ」

 私と同じだ…

 雪子さんは笑いながら、『だけど、家事方面でしか役に立ってない気がしますけどね』なんて言ってるけど、そんなことないと思う。

 役に立つとか、立たないとか、そんなことどうでもいい。私達は家族なんだから…

 気になってることを聞いてみた。

「…今、その人はどうなったんですか?」

「…目を覚ましましたそうです。もう、二度と歩けないそうですが…」

「そうですか…」

 それっきり、お互いにだんまりを決め…あれ?なんだか、目がぐらぐらして、回ってる…あ、あれ?なんか、熱い…

 そう感じた瞬間、私の目の前は真っ暗になった…


 うーん…頭がぼーっとする…

 風を感じる、薄目を開けてみると、何か白い物がパタパタと動いている。

「お、目が覚めたか?」

 白い物が消えて、先輩の顔が出てきた。

「…先輩、あれ?私、確か雪子さんとお風呂に…」

 起き上がって辺りを見回すと、雪子さんが布団に寝かされて、側では銀狐ちゃんが小さい体を懸命に動かして、団扇で扇いでいた。

「いつまでも出てこねえから、銀狐に覗かせたら、二人して逆上(のぼ)せて気絶してたんだぞ?まったく、俺が引き上げなかったら、危うく溺れて…」

「ちょ、ちょっと待って!」

「なんだ?」

「…先輩、さっきのもう一回、言ってくれません?」

「さっきの?…あ…」

 その瞬間、先輩の顔が劇的に真っ赤になった。

「え、えっと…あ、もう、大丈夫そうだな!よし、後は自分で扇げ!俺はもう寝るから!」

 そう言って、先輩は持っていた団扇を私に押し付けて、立ち上がって、居間から出て行った。…先輩、私と雪子さんの裸、見てたのかな?


 後で銀狐ちゃんに聞いてみたけど、先輩はあまり女の人の体を見ることが出来なくて、無我夢中の時ぐらいじゃないと、鼻血を噴いちゃうらしい…ちょっと意外。


 それから一週間、先輩は別に慌てている様子もなく、いつも通りに振舞っている。

 でも、睡眠時間を少し削っているのがわかる。多分、いつでもいけるようにしてるんだ。

 最近は私も先輩に付き合って、一緒に夜更かししてることが多い。

 今日も先輩に付き合うつもり。

 先輩は狐の姿の銀狐ちゃんを膝に乗せて、窓の縁に座り月を見上げている。私は先輩の近くの床に座って、ネマさんを膝に乗せている。

「なにも、俺に付き合うことはねえのに…」

 先輩がぼそりと言った。

「いいじゃないですか。私が好きでやってることなんだし」

「ふん…」

 そう鼻を鳴らして、また視線を月に戻す先輩。

「…先輩」

「ん?」

「…人って、難しいですね」

「…」

「人は悪いことだってわかってても、どうしてもやってしまう…それが自分の首を絞めて、それでも辞められなくて…難しいですね…」

「まあな」

「…どうしたら、そうならずに済むんでしょうか?」

「…必死に助けを求めるしかないだろ。どんな相手にだって、言わなくちゃわからないことがあるんだよ」

 先輩は何処か、遠い目をしている。

 私はそんな先輩を、見つめることしか出来なかった。


 突然だった。

 ドッタンバッタンという音に目を覚ますと、先輩が玄関に靴を取りに来た時だった。

 先輩が着ているのは普段の浴衣じゃなく、先輩いわく、先輩の戦闘服の制服。

「先輩、どうしたんですか?」

「双樹が鬼人化した」

 靴を履きながら、ばっさりと言った。

「鬼人化って、ええ!?じゃあ、今からいくんですか?」

「ああ、それじゃあな」

 先輩が靴を履き終わって、立ち上がると同時に先輩の足元から、私の時の鬼を封じるための魔方陣みたいな、妙な図形が出てきた。

「先輩!」

「あん?」

「…気をつけてくださいね」

 先輩は少し黙った後、ニヤリと笑った。

「誰に言ってんだよ」

 その直後に、先輩が煙と共に消えた。

「先輩…」

 胸に当てた手を握り締めた。


「よっと」

 弾は狐霊に口寄せされた場所に降り立った。

 そこはどうやら、双樹の家の近くだったらしい。実際、近くの家から《妖気》を感じるし。

「あそこ…か!!!」

 弾は人間離れした身体能力で、その家の二階の窓を破って、部屋に飛び込んだ。

 ゴロゴロと受身を取って、すばやく立ち上がると、いた。

 亜紀の時の鬼のように三本の角を持った、しかし普通の鬼とは違い、足がある。そもそも、鬼は霊の一種で足はないのだ。

『あん?鬼狩りか!!邪魔はさせんぞ、俺はこの体を使って、暴れてやるんだ!!!』

「そういうわけにはいかねえよ。おまえを狩るのが、俺の仕事だからな」

 その時、ドタドタと言う音がしたかと思うと、部屋の扉を開けて中年の女性と男性が入ってきた。どうやら、双樹の両親らしい。

「双樹!!!な、なんなのよ、一体!!!??」

『ヒャッハアア!!こいつらを人質に…』

 皆まで言わずに鬼が飛び掛る、だがそこで、弾が懐から札のような物を取り出し、鬼と男女の間に割り込ませる。

 すると、オレンジ色の壁のような物が現れ、鬼を遮った。

『ギヒャ!!な、何しやがんだ!!!』

「おまえの相手は、この俺、だ!!」

 『だ』の所で懐から四枚の札を取り出し、正方形の四隅に置くように、札を投げる。

 札がそれぞれの配置につくと同時に、そこに書かれた文字がオレンジ色の光を放つ。

 弾はそれに合わせる様に、手で印を結ぶ。

「結界術、《閉》!」

 その言葉と共に、札から放たれるオレンジ色の光が閉鎖空間を作り出す。

『ぐ、くそが!だが、貴様を倒せばこの結界は消えるはずだ!!!』

 そう言って、鬼は弾に飛び掛る、だが弾は鬼から飛びのこうともせず、鬼の攻撃を簡単にいなす。

『ぐ、この!こいつ、ちょこまかと!!!』

 鬼は悪態をつくが、そうも言ってられない。何故なら、弾が左手に持っている銃を鬼の左足に向けているから。

 ガッ!!!

 引き金が引かれ、鬼との戦闘道具、《封武(ほうぶ)》の弾丸が鬼の足に確かに命中し、そこから光の紐が現れ、鬼を地面に縛り付ける。

『ギガアアア!!!』

 鬼の悲鳴が上がるが、弾は容赦しない。

 そのまま、鬼の右足にも弾丸を放ち、鬼は地面に縫い付けられた。そこから、鬼の両腕にも弾丸を放つ。弾痕から光の紐が現れ、鬼を縛り付ける。

『な、貴様アア!!!』

 縫い付けられて動けない鬼を尻目に、弾は左手の銃をしまって、代わりに右手の銃の弾倉を入れ替えると、その銃を鬼に向け、何の躊躇いもなく放つ。

 弾丸は鬼の額に見事に決まる、その瞬間、その弾丸から光が放たれ、鬼を包み込んでいく。

 しばらくして、光が消えた時、鬼はそこに縛り付けられたままだったが、鬼に重なっていた少年が倒れた。

 おそらく、この少年が双樹なのだろう。

『ぐ、くそがあ!貴様、何をしたアアア!!!』

「さっきから、うるせえ。鬼狩りが鬼と人間を引っぺがす道具を持っているのは当然だろ」

 言い放った後、じろじろと鬼を観察する。

「ふーん、五級鬼か。じゃ、別に用はねえわ」

 そして、銃を向ける。

『ま、まて!話せばわかるはずだ!な!?』

「聞く耳もたん!!」

 弾は鬼の足元に銃を放つ、その直後、弾痕から《封印陣(ふういんじん)》が現れ、鬼を吸い込んでいく。

『が!くそお!くそおおおおお!!!!』

 鬼は陣に吸い込まれ、そして封印された。

 弾は銃をしまい、結界を解く。結界が解かれた瞬間、双樹の両親が倒れている双樹に駆け寄る。

「双樹!双樹!!」

「お母さん、落ち着いて。お父さんは救急車をお願いします。一応、見ておいたもらった方がいい」

「あ、ああ」

「双樹!双樹!」

 必死に双樹を起こそうとする、母親を何とか引っぺがした。

 そこから先は、彼女を落ち着かせたり、事情説明と忙しかった。


 先輩に呼ばれ、近くの総合病院に来た。

「先輩!」

 慌てて、双樹君が寝ていると言う、病室に入る。

「よお。今、事情を話し終わった所」

 先輩はベッドの脇に座っている。ベッドには中学生ぐらいの男の子が寝ている。

 そして、先輩と反対側のベッドの脇に、中年の男女がいる。多分、双樹君の両親かな。

「ほ、本当なのか?本当に、双樹が…」

 お父さんと思われる男の人が、先輩に聞く。

「…俺も、その場を見たわけじゃないから、わからないんですけどね。だけど、情報をくれた奴が俺に嘘を付くっていうのは、まず無いことなんですよ。あいつ、単純型で嘘をついても、すぐに顔に出るタイプで、嘘をついているかどうかすぐにわかる」

「確証も無いのに、双樹を万引き犯にするなんて!!」

 お母さんが涙目で先輩に訴える。あれ?この人…

 先輩も顔をしかめた。その時だ。

「先輩が言っていたことは本当だよ」

 眠っているはずの男の子が口を開いたから、びっくりした。

 そのまま、男の子、じゃないな、双樹君が上体を起き上がらせる。

「双樹!大丈夫!?気分、悪くない?」

 途端にお母さんが双樹君に飛びつく、やっぱり、この人、過保護な人みたいだ。

「母さん、辞めてくれ」

 そう言って、お母さんの手を払った後、先輩を見据える。

「俺が万引きをやっていたのは本当だよ」


「…う、嘘よ。そんな、だって、真面目で悪いことなんて出来ない双樹がそんな…」

 お母さんは信じられないように、何度も『嘘よ、嘘よ』って言っている。

 だけど、双樹君は首を振った。

「本当…なんだよ。俺…本当は別に、勉強も初めから出来たわけじゃなくて、睡眠時間必死に削って、何とか母さんの期待に答えられるように、って…だけど、生徒会長になって、母さんの期待だけじゃなく、先生やみんなの期待ものしかかって…俺、耐えられなくて…つい、やっちゃったんだ…」

 双樹君は自分の腕を握り締める、爪が食い込んできて、血が流れてくる。

 双樹君の話は続く。

「自分が万引きやったって気づいた時、辛かったんだよ。誰にも相談できなくて、自分が犯罪者って思うのが怖くて…それが重荷になって、気づいたら、また万引きやってて…のしかかって、重荷になって、万引きして、それがまた重荷になってのしかかって…」

「その闇が鬼を憑かせるきっかけになっちまったんだ」

 双樹君は頭を抱える。

「どうしたらいいんだよ!!!俺、どうしたら、万引きやめられんだよ!!!どうしたら…」

 もう、じっとしてられない!

 私は双樹君の手を握り締める、私以外のその場にいた、みんなが目を見開く。

「双樹君、辛いかもしれないけど、謝ろう?辛いかもしれないけど、それは自分がやったことなんだって、逃げずに認めて、そして謝ろう?私はそれがいいと思う…ですよね?先輩」

 話を振られ、先輩はため息をついて頭をかく。

「そうだな。それが手なんじゃね?それから、お母さん、お父さん」

 先輩はまだ、現実逃避をしているお母さんと、そのお母さんを支えるお父さんに目を向ける。

「双樹がどっちを選ぶにしろ、万引きのことは知らせるべきですよ。じゃなかったら、双樹は一生苦しむことになる」

 その言葉に、双樹君のお父さんは俯くだけだった。


 それから、十日後。

 私と先輩はいつもの如く、高等部の校舎に向かっている途中。

 双樹君、どうなったかなあ…

 銀狐ちゃんから聞いたけど、双樹君は学校を休んでいるらしい。うーん、心配。

 そう思った時、やたらと元気のいい声に呼び止められた。

「楠先輩!!」

 振り返ると、そこにはカバンを肩にかけて、元気に走る双樹君。

「双樹君!学校に来れたんだ!!」

 双樹君は私の前に立った。

「へへ、どうもッス。先輩、俺、あれから一人で万引きやった店に、謝りに回ったんです」

「一人で!?凄いじゃない!」

「へへ…謝る時はホントに怖かったんですけど、土下座して謝ったら許してくれて…そりゃあ、怒られる所もありましたけど、なんだか、逆にすっきりして…全部終わったら、肩が軽くなったみたいで…」

 そう話す双樹君、今、凄くいい顔をしてる。

「本当に、ありがとうございました!」

 そんな風に頭を下げられると、何か照るな…

 だけど、頭を上げた双樹君は何だか照れくさそうにしている。どうしたのかな?

「どうしたの?」

「あ、えっと…先輩…」

「ん?何?」

「め、メアドとケータイの番号、教えてください!!」

「え、ええ!?な、何でまた?」

「や、えっと…何か悩みが出来た時、先輩に相談したくて…それで、教えてほしくて…」

「だけど、そういうことなら…」

 先輩の方がいいんじゃ…そう思って、先輩を見たけど、先輩は手を振った。

「おまえのを教えてやれば?実際、そいつはおまえに言ってるんだし」

 う、うーん…まあ、いっか。

「わかったよ」

 そう言うと、双樹君は嬉しそうに笑った。


「双樹はおまえのことが気に入ったらしいじゃん」

 双樹君と別れて、然程しないうちに先輩が言った。

「え?気に入ったって、どういうことですか?」

 すると、先輩は驚いたような丸い目で、私を見た。その後、ため息をつきながら手を肩の辺りまであげた。え?呆れられた?

「まあ、それは別にして。よかったな」

 え?

「だってさ、あいつ、おまえが助けたんだぞ?自分でわかってるか?」

 私が?私が、双樹君を助けた?…私にも、人を救うことが出来たの?

「よかったな」

 先輩はそれだけ言って、また歩き出す。

 先輩…

「…待ってくださいよ!!」

 流れてきた涙を拭って、私は先輩を追いかけた。

 私にも、人を救うことが出来るんだ!!




 実はこの憑鬼人シリーズ、予定としては第六弾まで書くつもり。次はどうしようかな…

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