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お話98   必要だって言ってる

 特別目新しい何かをするわけでもない女の子ふたりとの放課後は、自分にとって予想以上の癒しと楽しさに伴われて時間がすぎた。

 お互いこうしてデートのようなもので一緒になるのはいつ以来だろうか。

 稀にしかこういう場面を作れなくなっていることに、ゴリさんもうーこちゃんもあらためて思い知ったようだ。


「うち八べえといつでもこうしていたいのに、用事や付き合いとかで結局ほとんど接触できてなかったんよね。おかしいよねこれって」

「ほんとだよ! 本末転倒っていうかね。ていうか誰かさんは一切会いにきても誘ってもくれないしさ」


 左右に挟まれ、腕を引っ張られながら集中する不満の砲火。

 このふたりはいつ何時もお誘いや遊びの相手に事欠かない。

 用事を除いた時間ではほぼ周りに誰かがついており、男女関係なくその相手に忙しい身だ。

 ぼっち気味の俺から色々気を向ける必要こそあるのだろうが、自身の性格からしてこの子たちを積極的に引き込む行動は以前も今も全くないため、彼女たちが多忙になると必然的に疎遠になる。そのことをジト目で指摘されている。


「一緒にいられないぶん、他の男の子を見る機会も増えたと思うんだけど」

「うん」


 少し考える様子のゴリさんに、うーこちゃんが賛同の意を示して頷く。

 ショッピングモールで食材を買い足して、施設外のテーブル席でお茶休憩。

 散策買い物ショップの物色と健康的でほのぼのしたデートコースだったが、彼女たちは一通り俺を引っ張りまわしたことに満足しているようで、黒髪の美人さんの件で少し落ち込んでいた様子から復活していた。


「ハンサムは中立くんで見慣れてるから何とも思わないけど、一緒にいて楽しいっていう男友達はいる。いろんな男の子と遊ぶ機会が増えたとしても、この人それを阻止しようとしないから」

「そうだよねえ」


 またジト目が突き刺さる。

 梅雨前ということで久々の快晴の空を見上げつつ、目線を逸らした。

 日が沈むのもあと少しだ。


「あたしもつきまとってくるうるさい関西弁とか同級生とか年上とか、いろいろ見てるよ。放置されてるおかげでね」

「うんうん。それでさ、最近うち自身がこなれてきてるなって思って。結構冷静に比較できるようになったんよ」

「男の子の対応ってやつ?」

「そう」


 ガールズトークに男の出番はない。

 それにしてもシロップ入れすぎて甘すぎるコーヒーに辟易だ。


「結論とかっていうほど大げさじゃないけど、この人」


 袖を引っ張ってくるゴリさん。

 シロップのせいで量があまり減ってないから、紙コップごとそう揺らさんといてんか。


「八べえに会った時だけ、うち帰ってきたなあって実感するの。会話なんていらないんだ。触れてるだけでじーんって来る」

「ああ!」


 ガタっと椅子を動かして、うーこちゃんも接近してきた。

 腕を絡み付けてくると同時に、ショートボブの頭を添えてくる。


「……そうだ。これだよね」


 顔を上げて、反対側で俺に密着するゴリさんににっこり返答。

 ポニーテールの眼鏡っ子もにっと受けあっていた。


「何か放出してるのかあこれ。女を寄せ付ける成分かな?」

「うちらだけが感知するってやつね!」


 身を乗り出すようにして顔を近づけあうふたりの可愛い生き物。

 いい匂いを放出されて悦に浸る俺。確かに言葉はいらない。


「……だからうちは多聞先輩を一切責めることはできないんよ。どんなに他でいい男がいようと、この人だけは別だから」

「別だね。うん別だよ」


 声のトーンを落としたゴリさんの憂いの表情に、うーこちゃんも反応してしんみりとした面持ちになった。双方からつかまれる手に力がこもった。


「もし八べえが明春さんを選んだら、うちはどうなるのかも考えた」

「……」


 うーこちゃんが押し黙った。少し唇をかんでいる。


「たらしだ変態だ変人だとか言われても誰かひとりをを選んだとすれば、この人は多分うちにこうしてくれなくなる気がするから」


 俺の腕を胸の中に抱え込む眼鏡っ子。結構なシロモノに埋まる腕。

 片方もうーこちゃんに抱えられた。


「周りの男の子がいるからそんなことはすぐ忘れて、新しい恋をするんだとか前向きに想像しても、出てくるのは涙ばっかり」


 俯いた彼女が鼻をすすった。想像で涙ぐまれたことにひるんだが、うーこちゃんは冷静に見守っていた。心なしか頬が上気している。


「逆にうちを選んでくれたのなら、明春さんがこういう想いをすることになるもんね」

「……うん」


 雰囲気が一気に重くなった。

 それとともに暗くなり始める空。雨でも降るのだろうか。


「でも結局一番傷つくのは八べえだけど」

「自分以外の人に気を向けさせようとしてるからね」


 マゾなの、といううーこちゃんの呟きと、ゴリさんのため息が聞こえる。

 しかしながら勘ぐりすぎな想像には応えられない。


「あと2回、多聞先輩を失ったのと同じ想いをするわけだ」


 うーこちゃんが席を立ち、俺の膝に乗ってきた。ちなみに馬乗りだ。

 周りからの反応を俺は断固としてスルーする。


「たらしのくせに変に真面目で不器用で、優しいとかじゃ表現できないほどバカなんだよねキューちゃんて」


 ぺちぺちと頬をはたかれる。絡み酒ならぬ絡み紅茶か。

 バカの部分が強調されていた。


「3人一度に請け負う気概がないのが珠に傷かな」

「……外道ですか俺は」

「すでに外道なんよ?」


 うーこちゃんに頬をはたかれながらも、少し怒り気味なゴリさんと会話を展開する。

 手の甲を眼鏡っ子からつねられていた。


 そうしている間に時刻は夕食の時間に近くなり、久しぶりにボロの我が家でゴリさんが手料理をご馳走してくれるという提案に甘乗っかりした俺は、両手に花の状態で家路についた。

 左右の可愛い子たちと大手を振って歩いていると、婆ちゃん家の前で座り込んで頭を抱えるコーメー君を発見する。これで2度目だ。

 気配に気付いて彼が顔を上げた。

 心痛と心配で疲れきった様子の無造作ヘアのハンサムに、幼馴染が声をかけた。


「多聞先輩の様子、どうだった?」


 うーこちゃんに問いかけられた相手は頭をふって俯いた。


「高明」

「……ここのお婆ちゃんから俺だけは部屋に入ってもいいって言われたよ」

「で?」


 俺とゴリさんが顔を見合わせる。

 うーこちゃんが続けて質問すると、彼は俯いたままため息を吐き出した。

 このハンサムにとって幼馴染のうーこちゃんはスルーできる対象ではないらしい。

 もしこれが俺なら無言で殴られているだろう。


「抜け殻だった」

「……」

「俺に気を使って話をしたり微笑んでくれるけど、心ここにあらずっていうか。起き上がって窓の外を見る彼女の横顔に、生気は感じられない」

「病気の類じゃなかったんだね」

「明日は登校するって言ってたよ」


 隣のゴリさんがほっと安堵したのを確認して俺も内心気が楽になったが、無言で舗装されていない私道に入った。無論アパートに戻るためだ。

 うーこちゃんを促して立ち去ろうとするも、コーメー君が腰をあげて俺に近づいてきた。


「見舞いにも行かず、今の話も興味なしか」


 鋭い眼差しには非難と憤りの色があった。

 それを見返す俺の視線は恐ろしく冷たかったと思う。

 そうでもしないと、いろいろな感情が振り切れないからだ。

 さらに無言で背を向ける。今の彼には何を言っても負け惜しみかつ素っ気ない言葉しか出てこない。

 後は任せたと宣言した以上、俺が関わることはなるべく避けたい。

 それでもすぐに肩をつかまれた。


「君の存在自体があの子を苦しめる。近くにいても遠くにいてもだ」

「……」

「卯子も五里さんも、これに(とら)われる前に距離をおいたほうがいい。関わりあいになると君らが不幸になる」


 疫病神扱いか。だが距離をおいたほうがいいというのには抗弁しようがない。


「それだけキューちゃんがいい男だってことだよ」


 街道を吹き抜ける風が、ブラウンのショートボブの髪を揺らした。

 携帯端末をいつのまにか手にしていたのをコーメー君が怪訝そうに窺っている。

 ゴリさんもうーこちゃんの所作に見入っていた。


「卯子」

「不幸になるならないは、あたしが決めること」


 幼馴染に近寄るうーこちゃんの様相は達観と言っていいものだった。


「多聞先輩を(すく)い取るには、高明では少し重荷かな?」

「何言って……」


 彼が青ざめた。ただでさえ生気のない表情が歪んだ。

 ハンサムな顔立ちが苦しそうにあえいでいる。


「この人は言い訳しないし、誰かの責任にしない。見返らないし、誰にも当たらない」

「……」


 言葉を重ねるたびに、コーメー君が俯いていくのがわかる。

 うーこちゃんの真っ向からの視線を受け損ねているかのようだった。


「不幸になるわけないじゃんね。あたしが不幸のわけがない。そんな人を好きになって、後悔なんてするはずもないよ? 多聞先輩はいつ気付くのかな。キューちゃんから一番気にかけてもらってるのに、余所見ばっかりしてる。一番甘やかされてるから、わかりきったことが見えないんだろうね」


 息を吸い込んだゴリさんの気配がする。

 コーメー君が歯をくいしばりながら、キッと俺を睨んだ。

 陽が沈もうとしている。それでも皆の表情ははっきりと見えた。


「この人の変人ぶりが、多聞先輩を支えているんだ。あたしも、五里さんも……理屈や言葉にできるものじゃない。触れ合って感じるその瞬間、体が八方九介を必要だって言ってる」


 うーこちゃんが持っていた携帯端末を掲げた。

 回線はすでにつながれているようだった。

 皆に見せている。つながった先は、うるうたんの携帯だった。


「聞こえますか多聞先輩。いつだって自分は後回しのこの人と一緒にいて、その想いを最も長く受けてきたんでしょ? だったら理解しなきゃ。このどうしようもない気遣いの極道が、どうして先輩を捨てたのかを」

「……抜け殻になっている場合じゃない、てことよね?」


 携帯に向かって話しだしたうーこちゃんを見て、ゴリさんも微笑みながら言葉を付け足した。

 端末の向こうで明らかに身じろぎした音と、うるうたんの息遣いが聞こえる。


「大好きだからこそ捨ててやるって言われたから、死ぬに死ねないんですよね。生意気なこと言う八べえを、懲らしめなくていいんですか?」

「……」

「多聞先輩、キューちゃんは誰のもの?」

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