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お話93   補給

 滝に見立てた施設の岩陰に隠れている。今逃亡中だ。

 隣にはショートボブでブラウンの髪をゆらしてぴったりと寄り添ううーこちゃんの姿があった。


「水着の感想を聞こうかな」


 物陰にふたりして隠れているので、彼女も小声だ。

 フェミニンなバンダナ柄で白地にネイビー色のビキニ、ショーツのサイドはヒモで結んでいる。


「可愛いしセクシーですぜ」

「スクール水着のほうがよかった?」


 にかっと破顔する屈託のないからかいに、俺もにへらにならざるを得ない。

 体の小さいうーこちゃんだが、均整のとれたスタイルで俺としては十分眼福に値する。表情がゆるむのは仕方ないだろう。

 ちなみに今かくれんぼもどきでで逃げている最中だ。

 高校生にとって今更お子様の遊びなのだが、童心に返ってじゃれあっていた俺とうるうたんとハンサム二人のテンションはそれを違和感なく受け入れた。

 関西弁の発案だとしても、こうして逃げ回っていると意外に楽しい。

 うるうたんは一慎と、ゴリさんは平良とそれぞれ逃亡し、言いだしっぺの関西弁が鬼になった。巻き添えで男と鬼を担当することになったコーメー君には再度の合掌をしておこう。


 周囲で水がはねる音や賑わう声が聞こえる。

 岩陰の暗がりで俺とうーこちゃんの呼吸音が重なった。

 膝を組んで姿勢を低くして座りながら、しばらく無言。

 彼女が肩に頭をそっとのせてきた。虚空を見つめたまま何を考えているのか、めずらしく物思いにふけっているようだった。


 俺の視線に気付いた彼女が、まじまじとこちらを見つめてくる。

 顎を肩にのせたり、頬にちゅっとしたり、言葉はなくともこの子の想いは十分伝わっている。

 ほぼ石でそれを受けていたものの、そのうちちゅっちゅに熱がこもりだしたうーこちゃんが、標的を唇に定めて接触してきた。深い接触だった。


 手馴れた感のあるうーこちゃんのキスに流されるまま、人目を避けて隠れる環境の中、長い間それは続いた。首に手を回して膝立ての彼女は本気を示すように強く抱きつき、いつまでも唇を離そうとしない。

 すでに男の体は変化をあらわして隠す必要もない状態になっている。

 それに気付いたうーこちゃんが目を細めて含み笑いをしたので、さすがに我に返った。小さい体のわきの下に手をいれてひょいと引き離す。

 頬を高潮させつつも目線は変化の先へ。興味津々のいたずら顔に羞恥心が最高潮になりつつも、女の表情の色っぽさが半端ない彼女を促してプールの中へと移動。

 ゆらゆらと流れにまかせて遊泳し、煩悩を退散させた。


「キューちゃんのえっち」

「自然現象です」

「おうちで続きとかしたいな。もっといろいろ」


 多聞先輩がエロいからあたしも感化された、とささやいてくる。

 彼女を妹扱いしていた今までの自信はどこへやら、本気になったうーこちゃんにやせ我慢は通用しないようだ。


「みーつけた」


 うーこちゃんを抱きしめている俺の背中から、元気な声とともに白い腕が回されてきた。この肌の白さと綺麗さは背後を確認しないでもわかる。

 ポニーテールがよく似合う可愛い眼鏡っ子だ。


「五里さんだー。あの濃いひとは?」

「逃げてるうちにはぐれたんよ」

「幸いにして、キューちゃんを探しまくったってわけね?」

「わけよね」


 俺の背中に飛び乗った形になったゴリさんが、眼下のうーこちゃんを見て一笑した。

 密着して抱きつくということはつまりアレだ。いろいろ重なるのだ。

 そしてこの子は出るとこへこむとこ秀逸なものをお持ちで、うるうたん以上に色っぽい。それを自分で理解しているのか、ぐいぐいを押し付けてくる。


「このごろ八べえに触れてないから、そのぶんだけべたべたしよっと」

「あたしはさっき補給したよ!」

「へえ」


 首元に顔をにょきっと突き出してきたゴリさんが舌なめずりした。

 そういえば水の中だけに眼鏡はしていない。

 黒目がちな大きい瞳と濃い眉が凛々しい、目鼻立ちのはっきりした顔がこちらを凝視している。

 周りの賑やかな声のなか、前にうーこちゃん、後ろにゴリさんのサンドイッチにあってすでに色魔の様相は最大出力になっていた。


「ひ、人のいないとこへ」


 息を乱しつつ、流水プールを後にする。その言葉は勘違いさせるに十分だった。

 ゴリさんは嫣然と微笑み、上下赤の紐ビキニを誇示するように俺に見せ付けた。

 このくびれから造形美の曲線はどエロすぎてもはや犯罪だ。


「ゴリさん自重しないと俺がやばい」

「えーうち襲われるん?」

「あたしも~」


 両サイドから腕に纏わりつかれ、捕まった逃亡者のように人ごみをさけて移動する。

 前屈みでひょこひょこと歩く姿に、面白がって前のめりに観察する小悪魔たち。

 冷や汗で真っ青になりつつもようやく脱衣所へと続くメインの施設裏に逃亡し、ヤシの木のそばにある閑散とした踊り場のような場所でへたりこんだ。

 小走りだったので息も荒い。


「それにしても五里さんむちむちぷりぷりすぎだね! 赤が映える色っぽい水着でうろうろするなんて、男の子からたくさん声かけられたんじゃない?」

「かけられたー」

「片手間水着じゃないじゃんね」

「ふたりの油断を誘うため?」


 へたりこむ俺の前に女の子座りするゴリさんがポニーテールをゆらして抱きついてきた。抱きしめられるもいつもの石でなすがまま。

 眼鏡のない彼女は可愛いというより整った顔立ちの美人さんだ。

 何度見ても白いうなじはすばらしいの一言に尽きる。


「抜け目ないなあ五里さんも」

「明春さんも本気水着だよね!」

「だってキューちゃんに色仕掛けは一番有効だし」


 だよねーと変態部分に訴えかけることに躊躇なしで同意する水着美少女たち。

 衆目のなか破廉恥も辞さないこの子たちの肝の据わりっぷりは、あらゆる意味で共通するものがある。


 一慎とコーメー君がうるうたんを隠していた理由がよくわかった。

 お色気が滲み出すぎなこの子たちを他の男の目に入れたくないと思うのは本能だろう。俺も同感だ。


 それからしばらくしてどこじゃい、と乱暴な口の関西弁とうるうたんを呼ぶコーメー君が表通りを通過するのを確認した。どうやら悪友と黒髪の美人もうまく逃げているようだ。

 ゲジ眉も単身逃亡中か。とにかく今は見つかるわけにはいかない。

 うーこちゃんのあらあら顔のなか、ゴリさんが補給と称してむちむちの体を密着させながら唇も密着中だ。瞳が妖しくこちらを見つめている。

 以前の文化祭の昂ぶりと同じ雰囲気だ。ここは俺としても絶賛歓迎中ということで、あえて補給されるがままでいた。


 第六感というやつだろうか。今そこにある危機を鳥肌として感じ取った。

 反射的に彼女の捕縛と舌の絡みから逃れて飛びのく。

 そしてそのすぐあと、ヤシの木の陰から野太く毛深い足が伸びてきた。

 声も野太く、体も野太い。

 筋肉質ではあるものの、細マッチョのハンサムたちとは違いプロレスラーのような体つきだった。呼吸を乱しながら早足でこちらに近寄ってくる。

 俺は女の子座りのゴリさんに間をとって佇み、うーこちゃんがそばにいる状態で平良に発見されることになった。


「ここにいたのか。あの関西弁しつこいんさ」

「逃げられたん宗太?」

「まいてきた」


 ゴリさんは何事もなかったかのように満足顔で立ち上がり、口元を指でなぞってふふっと笑った。妖しい笑いだったが、ゲジ眉は破廉恥な行為がこんなところで展開されたのを知るわけもない。

 彼女の悩ましい曲線をちらちら見ては鼻を膨らませていた。


「かかったな、明ちゃんみっけたで!」

「卯子」


 後ろから追いかけてきた関西弁がしてやったりといった面持ちで駆け込んでくる。

 気疲れした様子で鬼役のコーメー君も後に続いて姿をあらわした。

 ゴリさんの手を取って一目散の平良。ポニーテールの可愛い子はごちそうさまと言い放ち、俺に向かって投げちチューをしながら連れ去られていった。

 脱兎のごとく逃げていくうーこちゃんを楽しげに追い立てる関西弁。

 それを見送って脱力感たっぷりのローテンションで無造作ヘアのハンサムがこちらに近寄ってくる。


「子供の遊びは子供が強いよやっぱり」

「うーこちゃんが?」

「あれも子供だ。あの関西弁の男は遊びに手馴れているな。子供同士お似合いだ」


 コーメー君にとってうーこちゃんはいつまでも可愛い幼馴染なんだろうが、先程の接触や誘いの顔はまさしく女だ。それもかなりどぎつい色気を醸し出していた。

 それを暴露すればこのハンサムから鉄拳を食らうことは間違いない。

 沈黙は金だ。別の話を振ってみる。


「それより君の場合、大事なあの子を追いかけるのが最重要課題だと思うが」

「うるうちゃんか」


 腕を組んで空を見上げるコーメー君が、余裕あり気に笑った。

 どういう了見か尋ねてみる。


「このごろ俺は彼女を独占している。奴が気の毒になるくらいな」

 

 追いかける鬼としてはあえて放置ということか?

 目下うるうたんと一番通じ合っている自負なのか余裕なのか。


「……敵に塩?」

「そういう見方もある」


 押すばかりが口説きでもあるまいよ、と自分の言葉にまったく面白味を感じない態でコーメー君は渋くのたまった。

 髪をかきあげる美男子然とした姿は、うるうたんと所作を共有しているようだ。

 さすがにベストパートナーと高言するだけはある。


「……だけど夜は俺のものだ」

「勝者の貫禄てやつか」

「女としてあの子を満足させている自信ならある」


 コーメー君の二重の瞳と、俺の没個性な目が交錯した、気がした。

 造形で比べると死にたくなるから詳細は省く。

 ちなみに女として、というのは肉体的な意味ではない。


 同好会部室での一問一答を思い出す。

 好みの外見、相性、高揚感、女として見ればすべての面で目の前のハンサムが優っているとうるうたん自身が即答していた。

 主観的でありながらも客観的で、万人が認める正確な判断といえるだろう。


「そういう自負には縁がないな」

「君は人として満足させているんだろ?」

「安全なる番犬として、だけどね」


 動かした俺の視線に、コーメー君も振り返った。

 関西弁たちがやってきた同じ方向から、長身で筋肉質な男を連れた黒髪の美人がゆっくりと歩いてくる。

 悪友はうるうたんと屈託ない時間をすごせたのか、満面に喜色をみなぎらせていた。

 上機嫌で俺とコーメー君の間に立ったうるうたんが、追いかけっこの終了を宣言する。逃げ切った、という得意顔の仁王立ちだ。


「中立と息ぴったりで逃げてたね。知り合って長いぶん連携もしてたし」

「そうだろう。私も彼も運動能力は高いほうだ。息が合うのは当然」


 くびれた腰に手を当ててコーメー君と笑いながら見詰めあう。

 即座に一慎が割り込んで恋敵を睨み付けた。もはや見慣れた風景だ。

 遊びの終了となれば逃げた残りの連中を呼び戻さなければならない。

 背を向けて歩き出そうとしたとき、水着のパンツ部分を誰かに引っ張られた。

 男たちはノーマルで、こんな真似をするはずもない。

 強めにつかんで引っ張ってくる相手に向き直った。


「朝からほとんど何も話してないな」

「伸びますゴムが」

「まったく話をしていないじゃないか」


 男の尻など見たくないぞ、と言わんばかりにハンサムふたりは目をそむけている。

 うるうたんはまじまじと俺の尻を覗き込む。まさに痴女だ。


「デートしようと誘ってもはぐらかす、おば様の家にも来ない、アパートに帰るのも遅い」


 彼女の文句が増えるたびに水着が伸びていく。俺の下半身が晒されている。

 最重要部位だけは死守しよう。


「だから九介を補給する」

「八方を補給?」

「うん。以前学校の部室で触れ合って以来、これとまともに話すらしていないんだ。一緒にいる時間がまったくないのでさすがに私も限界に近い。元気の素を吸い取らないと、生活に支障をきたしてしまう」

「……」


 コーメー君の疑問を受け当然のように可愛らしく首を縦に振るうるうたん。

 顔を見合わせるハンサムたち。

 君たちは知らなくていいし、理解しなくていい。


「高明。君と泊まる宿の部屋を少し借りるぞ」

「えっ、いやあれは俺とうるうちゃんだけの」

「借りるね?」


 俺の水着を押し引きしつつ、反論しかけたコーメー君に向かってにっこり満面の笑み。ね、などという日頃使わない語尾の部分で首を傾げるも、受ける印象は可愛いではなく鬼気迫る威圧感だった。


「さ、彼の了解を得たことだしさっさとしけこもう九介」

「……しけこむって」


 一慎の力ない突っ込みにも動ぜず、逃げた連中のフォローを丸投げして俺の水着をがっちりとつかみながら歩き出した。

 呆気にとられて見送るハンサムたちを尻目に、鼻歌を歌いながらご機嫌のうるうたん。抵抗する気はなくなったが、次は煩悩に対して抵抗しなければならなくなった。


 少し前のうーこちゃんとゴリさんとの接触ですでに火種は出来ている。

 いつ暴走するかわからない変態は満を持して待機中だ。

 関西弁とゲジ眉の声がする。うるうたんのスルーぶりを見習って俺もスルーだ。

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