お話92 ありがとうございます
「さすが五里さんのお料理はおいしいね!」
ポニーテールの眼鏡っ子お手製の何種類かのおかずにぱくついて、うーこちゃんがご飯を頬張った。
ゴリさん出費の食材にて食らうタダ飯はたしかにうまい。
こうしてローテーブルを前に左右から可愛い子に囲まれていただく夕食は最高ではある。目の前のゲジ眉と関西弁がいなければ……
あれから数日がたち、ゴリさんから毎度夕食の提供を受けることになったのは大いに助かるのだが、彼女たちをたらしから守るという名目で毎回夕食会に実費で参加する男どもの執念というか食欲は半端ない。
ちなみにうーこちゃんからの食材の差し入れも毎回もらっている。
ヒモではないと自分に言いきかせながらだ。
今日のうるうたんのデートの相手は一慎なのでコーメー君もここに来たかったようだが、うーこちゃんに締め出しをくらっていてその姿はない。
邪魔、の一言で携帯端末の回線を切られていた。
見切ったうーこちゃんの反応は恐ろしく冷淡だ。
「ほんまうまいわこのから揚げ。五里先輩いつでも嫁にいけるやん」
「八べえに嫁ぐ用意ならいつでもしてるよ!」
「それはオレが許さん」
お茶を飲んで一服のゴリさんと男たちの会話を尻目に、俺はうーこちゃんからあーんされた卵焼きを口にしていた。ショートボブのこの子の手作りだ。
「あっうちもそれしたい」
うーこちゃんからのあーんを見て、から揚げを差し出してくるゴリさん。
にこにこと嬉しそうだ。俺は遠慮なく好物を口にした。
「明ちゃんわしもほれ」
「自分で食べな?」
「冷たいのう」
しょんぼりして気を引こうとするも、うーこちゃんはにやりとするばかり。
負けへんで、とか俺に向かって気負っていたがスルーした。
明ちゃん呼ばわりはここ数日での話。
夕食会で確実に距離を縮めてきている。予想通り油断のならない男だ。
「真昼ちゃんオレ」
「却下」
最後まで言わせず、平良を一瞥して俺の口にから揚げを放り込むゴリさん。
良好な関係だからこその明確な拒否であり、微笑だった。
「週末の温泉やらプールのリゾートて、今までで最大のチャンスやんか。明ちゃんと一気に仲良くならな」
「オレもそのつもりだ。真昼ちゃんは相変わらずふたりだけでは会ってくれんし」
その話題では意気投合するふたり。
食欲も旺盛で、から揚げは争奪戦になっている。
「うち夏までの繋ぎで、少し手を抜いた水着買ったんよね」
「あたしもそう。逆にスクール水着ならキューちゃん喜ぶかなって思ったりしてね!」
「……その手があったか」
水着に重点をおいたガールズトークを始める可愛い生き物たち。
今このときだけ花より団子の男連中は食事に夢中だ。
女の子同士のまったりした聞き心地のよい会話のなか、ゲジ眉と関西弁がひそひそ話を始めだした。肉を咀嚼しながらも耳打ちしあって何やら企んでいるようだ。
同時に俺を見ながらにやにやしている。
ろくな相談事ではないだろうが、こちらとしては只今金欠で栄養素を取り込むのに忙しい。ボロ家での賑やかな団欒は食事の後もしばらく続いていた。
そして週末。スパとアミューズメントの複合施設だけあって、休日をを明日に控えたこの日は訪れる老若男女で混雑の極みにあった。
ぼっちで目的地に辿り着いた俺は右往左往するばかり。
うるうたんはハンサム二人に守られるようにして朝早くに婆ちゃん家から出て行ったし、うーこちゃんやゴリさんも何やら企んでいた男どもに誘われて先に向かったようで、集合場所だと思っていた最寄駅で待ちぼうけしていた俺が一番遅くにここに到着した結果となった。女の子たちからのメールを受けてそれがわかった。
ゲジ眉と関西弁のにやにや顔を思い出す。
奴ら俺を出しぬいて、眼鏡っ子と小さい子ふたりを独占するつもりでいるらしい。
コーメー君と一慎も無論黒髪の美人につきっきりなのは確定だ。
近隣リゾート地でもぼっちとは、もはや宿命すら感じる。
温泉めぐりは午後からとして、あと数時間は温水プールですごさねばなるまい。
とりあえず更衣室のロッカーに荷物を保管して水着に着替え、洞窟や滝、ジャングルを模倣した南国情緒豊かな温水プール場に向かった。
ここはさすがに若い男女やお子様が多い。
小さい子たちは専用プールで泳いでいて区分けはできているので、気にすることなく男としての水遊びを楽しめるはずだ。
ちなみに到着したことは彼女たちに伝えていない。
男たちの思惑に乗っかるようでなんだが、ここは偶然会うまでソロでのんびりすることに決めた。
高校生や大学生らしきペアや集団もよく見かける。
なのでそのうちばったり会うだろう。
ジャグジーでリラクゼーションしながら、顔だけ出して仰向けになりうたた寝。
おっさん連中に自然に溶け込むおっさん気質の俺に、おっさんが呆れ顔。
若いのにのう、などとしみじみ述懐された。
そうして眠りの世界に誘われようとしたそのとき、水しぶきを伴って鳩尾に蹴りが入るのを痛感した。
跳ね起きて腹に乗せられた足を払いのけるも、むせて何も話せない。
咳をしながら見上げると、見知った男前ふたりが俺を冷ややかに見下ろしていた。
特にどうということはない男の水着の描写など割愛する。俺を含めて。
「今の……起こし方はないだろ……どっちだ蹴ったのは」
「俺だな」
ふたりが同時に口を開いた。
何故彼らが冷ややかな怒りをこめているのかは理解できないが、それにしても細いマッチョと呼ぶべき一慎の逆三角形の体型は、男の俺でも凝視してしまうほど見事だ。
それより肌が白いながらも、俺よりはよほど筋肉質なコーメー君も意外にいい体格をしている。ふたりとも腹筋は割れていた。
自分は全体的にのっぺりして痩せすぎも太りすぎもない中途半端な体つき。
むせながらもやっかみを覚えて、ついため息が出た。
「これのためにあんな格好なんてな」
「どうしてこいつがいいんだろう」
一慎が腕を組んで首をかしげる。
コーメー君がまじまじと俺を見て納得できないように目を閉じている。
ハンサムふたりは肉体美でも魅せているようで、行き交う女の子たちの視線を独占していた。
「来い変態野郎」
苛立ち紛れに悪友の蹴りを食らう。
力強いコーメー君の白い腕が、俺の手をとって立つように促した。
「天然たらしめ」
無造作ヘアのハンサムもぼそっと毒づく。
連行されつつ彼らの不機嫌な理由がわかったのは、ジャングルを模擬した人気のあまりない空間でちょこんと座っていた黒髪の美人を見たときだった。
俺が腹を押さえながら姿をあらわすと、樽のような椅子に座っていた彼女がぱっと立ち上がってこちらに歩いてくる。
これ見よがしに自慢の体型を見せ付けるようにだ。
肩口まである麗しい黒髪は、ほんのり茶系統に染めてありそれほど重たくは映らない。
切れ長でも細すぎない瞳や鋭角すぎることのない通った鼻筋、少しアヒル口な薄いピンク色の唇など、どこをどうとって見ても深窓の美少女であり、サドっ気のある性悪痴女とは誰も思わないだろう。
俺の目の前に立ち止まった彼女は、くびれた腰に片手を当てて仁王立ちをした。
「九介?」
「ありがとうございます」
褒めろ、という言外の意味を悟って、お礼を何度か繰り返した。
後ろから蹴りが来た。
俺が買った水着を着用している。
ネイビー色のビキニスタイルで、胸元にリボンがついている人気商品らしい。
店員さんのお薦めということで購入したものだ。
ボトムはホットパンツ仕立てなのだが、一見露出が押さえ気味で安心したのも束の間、どうだと言わんばかりに後ろを向いた造形美部分を見て仰天した。
購入時確認していなかったボトムのアレの部分は、ふたつの丘が半分以上丸見えのドエロ形式になっていた。
後姿から首だけ横に向いた、大いばり超得意気な彼女の横顔を見て愛想笑いを返したものの、後方のハンサムたちが怒りを抑えた小声をかけてきた。
「てめえが買った破廉恥極まりない水着を他の男に見せられないからここに避難させたんだよ、俺らが」
悪友の蹴りで前のめり。うるうたんに後ろから襲い掛かる体勢になった。
黒髪の美人さんは逃げるどころか背中から抱きしめる形になった俺の手をしっかりつかんで、似合うだろ? と笑いかけてくる。
「お尻半分丸出しの水着など贈る変態野郎も大概だが、それを堂々と着てくるうるうちゃんもそうとう露出狂だけどな」
俺の背中に拳骨を叩き込みつつ、強引に引き離しにかかる無造作ヘアの細マッチョ。
イメージにはないパワフルさだ。
「これにちゃんと見せてあげたかったんだ。先日は君たちの邪魔が入ってアパートでは見せる時間がなかったからな」
「変態に一見させたところで、その上から何か着ましょうかうるうちゃん」
つまり一慎とコーメー君の怒りは俺が破廉恥水着を送ったことと、それを臆面もなく穿いて衆目に晒そうとする彼女への抗議の意味だろう。
彼らも一度凝視して桃色気分になったところで我に返ったはずだ。
微妙に奴らの鼻も膨らんでいた。
「うーこちゃんとゴリさんたちはどうしてる?」
「濃い顔立ちの男とうるさい関西弁の男がついて回っていたな」
うるうたんがボトムを重ね着している間、一慎に他の子たちの消息を尋ねた。
コーメー君はべた惚れの彼女に傅いて、タオルで髪を拭いたり上着を着せてあげたりしている。
うーこちゃんにもそうしてきたのだろうか、意外に世話好きなのかもしれない。
とりあえずハンサムふたり美女ひとり、没個性の変態含めて4人で行動することに。
流水プールや造波プールで遊泳中も男の視線を集めるうるうたんをがっちりとガードするナイトたち。ガタイもいいので防御は完璧だ。
SPのような彼らの監視のなかでうるうたんが抱きついてきたり、背中に覆いかぶさってきたり、彼女から纏わりつくぶんは一慎もコーメー君も許容しているようだ。
「俺は朝からうるうちゃんといたが、抱きつかれたことなんて一度もないぞ……」
「あの子が水着で密着するような相手はこいつだけだ」
俺とうるうたんのじゃれあいに肩を落とすコーメー君と慣れた様子の悪友。
うるうたんは久しぶりに九介と一緒で嬉しい、と連呼していた。
そのあまりにも楽しげな様子に彼らは苦笑しつつもそれに感化され、いつしか皆で童心に返りつつのはしゃぎあいに移行していた。
そしていろんな種類のプールを巡っているうちに、もうひとつの集団に出会うことになる。
濃い顔の男とどこかの怪盗のようなもみあげの関西弁野郎、それに水着姿の色っぽい女の子たちだ。
今年最後のお話となります。
一週間ほど間を空けてから、次話を投稿いたします。




