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お話91   ド変態のうえにヒモ

 偶然通りかかった俺とゴリさんとその他に気付いた美男美女。

 イベント会場からこちらにやってきたうるうたんとコーメー君が仲良く腕を組んだまま、双方とも興奮冷めやらぬ昂ぶりで声をかけてきた。


「九介と五里くんも来ていたのか、見てくれこの特別賞の景品を!」

「こんなこともあるんだね」


 会話が自分たちだけで完結しているようで、にっこりと顔を見合わせるふたり。

 こりゃまたえらい美男子おるな! と別の感慨の関西弁。

 うるうたんが持つチケットらしきものを覗き込んで見ると、そこには一泊無料ご招待券と銘打って、聞き覚えのある近場の複合スパリゾートの名が記されていた。

 つまりは温泉や温水プールつきの宿泊施設だ。


「特等を引きましたね! うちこんなの当たったことないなあ」

「そうだろう、高明とふたりして回して当てたのだ。互いの運がよかったのだな」

「運命の相手だからね俺たちは」


 ふっと渋みがかった微笑みで周囲を気にせず、堂々と口説きにかかるコーメー君。

 何言ってんだ、という顔の平良と、かっけえなあという関西弁の反応だった。

 ゴリさんは何故か無造作ヘアのハンサムと性が合わないのかスルー。

 うるうたんと何やら小声で話している。


 立ち話もどうかということで、人気のない休憩処に移動。

 ハンサムと美人さんが並んで座り、その前の椅子にゴリさんとゲジ眉が陣取った。

 しかし俺と関西弁はそのまま彼らの横で佇んで話の続きを促した。


「買い物の際にもらった一枚しかない抽選券で当たりを引いたんだ。正直今も興奮している」

「うるうちゃんと俺はベストパートナーだからね」


 黒髪の美人の手をとって熱く語りかけるコーメー君だが、それをなんとなく冷ややかに見てゴリさんが正面のうるうたんに尋ねた。


「それペアの宿泊券ですよね? 泊まりとなると同室でしょうけど、相手は……」


 ゴリさんの戸惑った質問に、うるうたんは隣のハンサムと顔を見合わせた。

 コーメー君は当たり前のように宣言した。美男子スマイルが眩しい。


「ふたりで一緒に引いたから、当然俺はうるうちゃんと泊まるよ? どこもおかしいところはないな」

「お前やる気だろ」


 平良もなんとなく棘のある声だ。

 (つら)のいい男は爆散しろと表情で語っている。


「心を落とすやる気ならある。まずはそこから」


 この一泊旅行なるものが最大の機会と見たのか、王子様ふうの雰囲気を漂わせるハンサム野郎は超がつくほど生真面目だった。邪魔者がいない間にとことん口説きまくる算段だろう。


「多聞先輩どうなん? 中立先輩っちゅうワイルドなええ男おるけど、この美男子とほんまにお泊りするんかい?」


 遠慮のない関西弁の声にゴリさんもコーメー君も意味あり気にうるうたんを見つめていた。

 先ほどから黒髪の美人は喜色をあらわしているものの、宿泊と聞いても一切動揺はない。以前に当事者同士誕生日デートでホテルに泊まっている経験からなのか、そういった方面での心配に及ばないのだろう。

 んーと少し考えこむように綺麗な髪を指に絡ませながら、俺に視線を向けた。


「一応この抽選は高明と引いて当てたものだ。それを他の誰かと使うというのでは、彼に対して義理が立たないな」

「そうだよね!」


 満腔の意をもって何度も頷くコーメー君。

 愛しの彼女から同意を得て目が輝いている。

 口笛を吹いて感嘆する関西弁。やる気だなと再度繰り返すゲジ眉。

 そして自分といえば反応なしの空気。ゴリさんはそっと俺の横顔を窺っていた。


「いってらっしゃい。一慎だってそこまでまっとうな理由なら、何かと邪魔もしにくいでしょうし」


 お前はどうなんだ、という皆の無言の問いかけに促されて口をひらいた台詞がこれだ。

 色々押し寄せる感情を隠しつつ、違和感なく笑顔を見せられるようになった。

 これもひとつの場慣れなのだろう。この子にはいつも幸せでいてほしいと願っているから、ただ正直に心を伝えればいい。

 自然とにへら顔になれたのは、俺の大いなる成長の証だ。


「八べえ」


 やるせない表情のゴリさんが名を呼んだとき、うるうたんが俺の制服ネクタイをつかんで乱暴に自分のもとへ引き寄せた。

 屈みこんで彼女と向かい合う体勢になり、顔が近くなる。

 二度目の関西弁の口笛が響いた。


「人事のようだが?」

「人事ですねえ」

「……」


 悲しそうな様子のゴリさんが、あれっという反応を示した。

 俺が存外に落ち着いているというか、以前のような変な我慢面が見られないと認識したからだ。

 ネクタイをつかんだままジト目のうるうたんと、威嚇するように睨んでくるコーメー君との板ばさみで空気が重く感じられた。口呼吸になった。


「君に貰った水着を着るいい機会だと思うんだ」

「……ですかね」

「贈った当人がそのときいないのは、本末転倒というものだろ?」

「そばにいて見守ってくれるハンサムがいますよ」


 ネクタイがきゅっと締まった。息が苦しい。


「九介に見せないで、着る意味などない」


 俺の名前を強く強調して、うるうたんが叫ぶように言い放った。

 顔同士があまりにも近いため、唇とはほぼゼロ距離になる恒例の向かい合い。

 コーメー君が俺の頭を鷲づかみにして力任せに間をとった。


「あとで確認しますから、心置きなく楽しんでらっしゃい」


 後頭部をつかまれているので相手を見下すようないやな姿勢でにへら笑い。

 うるうたんの眉と口角がつりあがる。逆鱗に触れたようだ。

 体勢に関しては不可抗力だが、しまらない顔は修正不可能なので仕方がない。


「また突き放すのか。だがいつも私が泣いてばかりだと思うなよ」


 彼女が颯爽と立ち上がった。

 均整のとれたすらりとした姿に、制服のチェックスカートから伸びる長い足。

 関西弁はあらためて見惚れていたし、平良もさすがに鼻を膨らませていた。

 顔が赤いぞゲジ眉。


「夜には、解放してあげるから、それまで、ずっと、私のそばにいろ」


 言葉を切った回数だけ額に額をぶつけてきた。

 お前は来るなオーラが背後のコーメー君からひしひしと感じる。

 行けませんと言いかけたのを察したのか、頬を人差し指と親指で挟まれた。

 唇がO字の形になる。さらに増幅されたまぬけ面に、関西弁が大笑していた。


「来るよな?」

「無理でしゅ」


 しゅ、の部分で平良とゴリさんが同時に吹いた。

 見てないで助けてほしいのだが、オモロイ顔、と関西弁が囃し立てた結果うるうたんも面白おかしく力を込めだすし、怒りモードだったコーメー君が笑いを堪えているように肩を震わせていた。変顔は見えずとも、言葉の間抜けさは伝わるようだ。


「変態には変態を、か」


 うるうたんが独り言のように呟き、挟んでいた頬から振り払うようにぴしっと指を離した。

 サドの所業だ。血が騒ぐのか、綺麗な顔に薄ら笑いが浮かんでいる。


「五里くん以外はついてこないように」


 ネクタイをつかんだまま休憩処から移動しだした。

 後ろからゴリさんがついてくる。

 さらに人気のない階段の踊り場らしき場所で、三角コーナーに追いつめられた。


「この自覚しない女たらしに、君の造形美を見せ付ける絶好の機会じゃないか?」


 うるうたんがネクタイをぐっと引き寄せ、ゴリさんの顔の前に俺のにへら面を持ってきた。

 黒髪の美人の言葉で、ポニーテールの眼鏡っ子の黒目がちな瞳が光った気がする。


「これと肌で触れ合って、悩殺してしまうんだ。これ以上他の女に目がいかないように、さらに言えば捨てるという暴挙に出ないようにするためにもな」

「……悩殺」


 顎に綺麗な指をそっと当てて一瞬考え込んでから、ゴリさんはにっこりと笑った。

 ポニーテールがゆらめいた。


「この人を連れて行けば、うちも多聞先輩も幸せですね」

「うん。大好きな部位を思う存分凝視できて、これも幸せになれる」


 変態には変態を、の意味はこれか。しかしながら今月はすでに金欠。

 リゾートまでの交通費くらいが散財できる精一杯の線だ。


「私のせいで財布が軽いんだろ? わかっているさ、今回は出資させてもらうよ。だから体で返せ」

「うちも出すー。そしたら体で返すんよ?」

「おっさんか君らは」


 三角コーナーに追い詰められて逃げられないのをいいことに、ふたりの痴女に抱きつかれて身もだえする自分の姿。嬉しい悲鳴だが、端から見れば異様な光景だ。


「だったらうち新しい水着買って帰ろっと」

「Tの字は遠慮してくれ。私のは今回可愛らしい水着なんだ。露出は公平にいこう」

「それはこの人の前だけですよ!」


 近隣リゾート行きはすでに決定事項になったようだ。

 コーメー君の悲哀と憤怒はいかばかりか。

 そうなれば平良もついてくるだろうし、一慎も当然呼ぶことになる。

 うーこちゃんを連れていくのは変態が暴走しないよう、抑止の意味でも必須だろう。

 それにしても女の子にたかって遊びにいくとは、甲斐性のない男にも程がある。

 そんな甲斐性のない金欠男は、このあとゴリさんが買ってくれた食材で料理を作ってもらうことになっている。

 そしてタダ飯を食らった後は、うるうたんに水着をじかに披露してもらう回避不可能なイベントもこなさなければならない。

 来週末が宿泊の予定らしいので、それまで切り詰めて少しでもお金を貯めなければただのヒモ。

 ド変態のうえにヒモとかまで属性がついては、男として沽券にかかわるというものだ。

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