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お話90   関西弁

「ようソロ好きのたらし先輩さん」


 いつもの昼休みの風景。中庭にてうるうたん作のお弁当を食らっていると、長椅子の横に馴れ馴れしく座り込んできた後輩らしき男子生徒が気軽に声をかけてきた。

 ツーブロックショートの髪型で、もみあげがどこぞの怪盗のように長い、少しギョロ目気味の相手を見返す。


「わし1年の羽場圭(はば けい)ちゅうねんけどな」


 一慎には及ぶべくもないが、ワイルド系の雰囲気を漂わせる関西弁の男だ。

 聞いたばかりの名前はもう忘れた。関西弁というあだ名に決定する。

 爽やかな風が中庭を吹き抜けた。男同士というのだけが難点だ。


「口の利き方しらんから勘弁してくれや」


 へへっと何が面白いのか笑って脚を組みだした。

 こういっては何だが、俺よりずいぶん背が低い。

 しかしながら身長に対して脚は長かった。


「あんたさ。わしら1年の間でもかなり有名やねん。多聞先輩や五里先輩に明春先輩、美人さんばかりどえらい好かれとるってな! あの3人より可愛い女子おらんやん。全学年の女調べたったわ」


 関西弁は何が自慢なのか全学年の女の子を調査してきたようで、学校のトップ3を挙げていた。

 すでに2、3年生の男にとっては周知の事実なのだろうが、、新入生からすればすでに一ヶ月以上が経った今でも、あの子たちの一挙手一投足は注目の的になっているらしい。

 うるうたんは女子にも人気があった。うーこちゃんはキュートで誰からも好かれていたし、母性溢れるゴリさんは一番男からの人気が高いようだった。


「1年の女どもが色めき立っとる中立先輩とか、圧倒的な格好よさがあるわけでもない。可愛い子に纏わりつかれるあんたが不可解でな」


 自分のどこがいい、と聞かれてそうですねえと答えられるほどの長所はない。

 変態であることのほかに目立った特性はないから黙っておいた。


「話術か、性格か、雰囲気か。どれも腑に落ちんことだらけや」

「俺も腑に落ちない」


 ほお? と胡散臭げにこちらを見つめてくる。

 言っておくがこのから揚げはやらんぞ。

 

「多聞先輩には中立先輩ちゅう反則的ないい男がおる。五里先輩にも取り巻きが多くてなんや顔の濃い男がいつも虫除けでひっついとるから近づけん」


 こいつは小さいながらも立派な狩人だ。

 とすれば残るは決まった男の影がないうーこちゃんになるが。


「明春先輩一番可愛らしいやん? 近寄りがたい雰囲気もないし、邪魔もんもおらんし」

「楽なほうを選ぶって?」

「わしの身長にも似合う。髪形もショートで好みや。明るくよく笑うのもな」


 現実的な男だ。そして相手を選んで狩るというのは特に非難されるべきではない。

 少なくとも俺が指摘することではない。


「つまりはあんたに宣戦するっちゅうこっちゃ」

「さいですか」


 うーこちゃん狙いと宣言したこの関西弁はどこまで本気なのか多難な道であろうことを理解しているのか、まあそれを忠告するほどの知り合いでもなし、適当に答えておこう。


「せやかてもうとっくに振られてんねんけどな!」


 ご飯を吐いた。お茶で一息とっておく。


「でもまあ諦めへんのがわしの美点や。1回や2回で引き下がるかいってなもんでな。これからもっと仲良くなって落としたるわ」


 もう顔見知りになっとるからなと意気揚々だ。

 ここまで前向きだと本人も幸せだろう。少し羨ましくなった。


「タイプの違ういい女に好かれとるあんたも調査したいねんけど」

「謹んで拒否する」

「そんなこと言わんと」


 自分で自分のいいところがまったく見当たらない俺を解剖しても、出てくるのは色魔とか色ボケとかの残骸しかないだろう。

 後輩にそこまで薄っぺらい人間と思われたくはないので、深く知り合うのは勘弁願いたい。


 遠くで演劇部の仲間と歩いているうーこちゃんが校舎の窓からこちらに手を振っている。これも昼休みの時間のなかではよく見る光景だ。


「わしに手ぇ振ってるやん、めっちゃ可愛いなあ!」

「……」


 にへら顔は俺そのもの。いやらしい(つら)をしている。

 鏡を見ているようで、これからの自省に弾みがつく……わけもない。

 鳥頭なので明日には忘れているだろう。





「あんたの行動はお見通しや。放課後の一服はここが多いやろ」

「ストーカーか君は」


 体育館裏で缶コーヒーをいただきながらの一息中、関西弁はまた姿を現した。

 調査したいねんとしつこいので逃げたのだが、すでに行動予測はついていたようであっけなく捕捉された。隣でコーラをがぶつく関西弁。妙に人懐こい男だ。


「俺を調査したところで、得るものなんか何もないぞ?」

「中身がなさすぎてかい?」


 素直に頷いた。怒らんのかいと勢いよく突っ込んでいたが、まあ事実だ。


「そんなわけあるかい。すっからかんの男にいい女が3人も寄りつかん……」


 関西弁がそう言いかけたとき、体育館の入り口がある表通りからすらりとした肢体の、長い黒髪の麗しい美人がこちらに向かってくるのが見えた。

 凛々しくも颯爽とした姿だ。目ざとく隣の男が呟いた。


「ほんま、綺麗やなあ。モデルさんも涙目の美人さんや」


 うるうたんが目の前に来て、腰に手を当てて仁王立ち。

 俺のそばにいる関西弁の存在など眼中にないようだった。

 奴はまだ綺麗や、とのたまっている。

 彼女がにこりと笑った。このごろ学校でもこうした優しい表情を見せるようになった。鉄火面と評された以前の無表情のほうが、今では珍しくなっている。


「今朝会ったとき君にもらった贈り物だが」

「ああ、アレですね」


 水着とは言えない。関西弁に教える情報はなるべく少ないほうがいい。


「さっそく試着してみた」

「お気に召していただけましたか」

「うん。どぎつくもなく地味でもない。私のような美人でスタイルのいい女にはぴったりの代物だったよ」

「それはそれは」


 関西弁は事情が飲み込めない顔をしていた。俺はスルーしてコーヒーを飲んだ。


「今穿()いている」

「……」


 もうこういった驚きは何度も経験している。

 噴き出すこともむせることもなく、口のなかでしばらく滞在させた液体をしっかり飲み込んで粗相(そそう)を避けた。


「着替えたんですかわざわざ」

「九介に見てもらいたくてな」

「学校で?」

「学校で」


 大いばりのうるうたん。

 披露したくてうずうずしているのが今までの付き合いでわかる。

 横の狩人のような後輩がいるなかで、そんな破廉恥は容認できるものではない。

 彼女を追って後からやってきた一慎に、即効この場からうるうたんを連れ去るよう目視と身振りで合図する。


「必ず、あとで確認します」

「ほんとだな?」

「うるうたんが嫌がるほど凝視しますね」


 ド変態の本領を発揮するも、うるうたんはそれに満足してうふふと笑った。

 一慎と手をつないで去っていく露出狂の美人。

 おそらく悪友は着替えの見張りなど従者のような仕事をさせられているのだろう。

 俺に向かって肩をすくめながらため息をついていた。


「お似合いやね。美男美女」

「そうね」

「何の話かわからんかったけど」

「知らんでいい」


 遠くでうるうたんが今日は高明とデートだけど早く帰るねーと手を振っていた。

 はーいと返事をして俺も手を振る。コーメー君合掌。


「たかあきらって誰や?」

「知らんでいい」


 今日知り合ったばかりなのにもうそんざいな扱い。

 それにめげる様子がない男と判断したためだ。


 帰り際、競歩のごとく振り切り追いつきを繰り返していた俺と関西弁の前に、ゴリさんとゲジ眉野郎の平良が通りかかった。校門前でのことだ。


「八べえだー」


 俺と偶然会うといつもそう呼んで飛びついてくるポニーテールの可愛い眼鏡っ子。

 平良のごきげんようという力をこめた握手もいただいた。


「五里先輩やん。こんちは!」


 首をかしげて誰だろう状態のゴリさん。

 可愛いなあとまた同じ感想の関西弁。

 ゲジ眉はなんだお前は、と冷淡な様子だった。


「わし羽場っていうねん。このたらし先輩と知り合いや、これからよろしくってことで」


 いつから知り合いになったのか、奴は馴れ馴れしくも堂々とゴリさんに近づいて握手しようとした。それを許す平良ではない。


「1年か。真昼ちゃんに気安く触るな」

「なんやあんた彼氏か?」

「でなくともお前には触らせん」


 睨み合うゲジ眉と関西弁。

 ゴリさんはさほど気にした様子もなく俺に話しかけてきた。

 腕を組んで上目遣いに誘ってくる。帰り際ショッピングモールに付き合って、というものだ。食材を買うというお母さんらしい理由だが、俺も金欠ながら安物を物色する必要がある。喜んで同意を伝えた。

 平良は当然の顔で、関西弁も当たり前のように後からついてくる。

 子供のけんかのような声が聞こえた。





 いがみ合う先輩後輩の男を背後に、母性溢れる可愛い眼鏡っ子と金欠の男はショッピングモールで食材の買い物。

 自分のカゴの中身が見切り品ばかりだと心配したゴリさんが、アパートでの食事提供を決定事項として宣言した。

 貧乏人に恥も外聞も存在しないので、謹んでありがたく(うけたまわ)る。

 実家にて夕食が確実にあるであろうふたりの男は除外。

 不満を示す平良と関西弁だが、ゴリさんは一度決めたことに関して結構頑固だ。

 反対意見を完全スルーして俺と買い物を続けた。

 後ろの関西弁が夫婦みたいやなあと呟いていたすぐ後、平良のはたきを受けていた。

 痛いやんけ、やかましいなどというどつき漫才が成立しているのを見返してゴリさんが笑う。大好きな彼女に微笑んでもらってにへら顔のゲジ眉。

 さり気なく年上の集団に溶け込んでいる関西弁は、結構なコミュニケーション能力があるのだろう。

 

 買い物を終えて休憩処に移動しようとしたとき、イベントらしき催事スペースでカランカランと当たりの鐘が鳴り響くのを確認した。

 周りの客の声とともに、回転式抽選器を前に喜び合って手をとりあう一組の美男美女を発見する。

 これほど見目良い男女はそうはいない。

 つまりは顔見知りだ。無造作ヘアのハンサムと、長い黒髪の麗しい美人さんだった。

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