お話9 勝算あり?
俺と一慎はB組、うーこちゃんはD組、ゴリさんはA組とそれぞれクラスが違うので用があるときは当然他の教室を訪れなければならない。
なのでゴリさんのダイエットの是非などは偶然会う機会に恵まれない限り直接赴くしかないのだが、クラスメイトが多数いる教室の中に入って「どう減量の調子は?」などとほざけるはずもなく、数日たったのに状況がわからないままでいた。
アドレスを知っていればその限りではないが。
「しばらく九介と会ってないとか多聞ちゃんがご機嫌ななめなんだが、このあとどうよ時間」
生徒会役員であるうるうたん待ちの一慎が、帰り支度を整えながらやれやれと言いたげに聞いてきた。しかしデートの邪魔はできない。
「んーご招待に応えたくとも、ゴリさんのアレの経過が気になってな」
「ああ、あの子か」
「あれから会ってないから様子を見に行こうと思って」
また俺自身もご機嫌伺いに行くよ、と適当な受け答えをしながら後方の扉を開けて廊下に出ると、窓際にもたれながら待っていた目当ての女の子の姿を確認した。
にっこりとはにかんだように微笑んだ彼女につられてにんまり笑い返す。
「やあゴリさんこっちから窺おうとしてたんだよ」
「そっか。お互い波長があったわけよね」
「そいつは何より」
減量の成果を聞こうとしたのだが、どうやらゴリさんは音楽鑑賞同好会に連れて行くつもりでいるらしい。
まあ相手の行永利という先輩の実物も見てみたいしちょうどいいだろう。
俺も音楽バカとして個人的興味もある。
喧騒から離れた校舎の物置部屋のような部室に案内されると、ヘッドホンをかけた男子生徒がドラマーのような動きででリズムを取っている場面に遭遇した。
後ろ向きなので相手は気付いていない。
漏れてくる音はガレージパンクのようだった。いい趣味だ。
「利くーんお客さまですよー」
「えひゃい」
なんだその擬音は。
驚きすぎてコントみたいに椅子から転げ落ちた行永先輩だったが、初めて見る俺の姿を確認すると落とした眼鏡を拾い上げて向きなおった。
今更キリっとしても遅いのだが、挙動がおもしろいなこの人。
「真昼くん、もしかして入部希望者かい?」
「自分も音楽好きでしてね。彼女から話を聞いてちょっと興味が」
このくらいの腹芸ができなくてなんの仲人人生か。
ゴリさんも連れてきた理由は勿論同じだろう。
「興味本位でも歓迎するよ。一応部長のつもり、3年の行永利」
「1年の八方九介です。なるほど噂どうり」
「余すことなく天然でシュールな部長でしょ」
初対面なので即答はさけたが、自然に出た苦笑は隠せなかった。
机の上には参考書が数冊積み上げられている。
受験勉強の息抜きをしてたのかもしれない。
「君が八方君か。僕も噂はいろいろ聞いてるよ」
万年振られ野郎ですからと肩をすくめると、行永先輩は俺とゴリさんに座るように促しながら自分も席についた。
「いやいや違うさ。美人や可愛い子に異常になつかれている特異体質の1年がいる、って話だったな」
「懐かれているってのは逆ですかね。俺が彼女たちに懐いてるというか」
特異体質ではなく厚かましさの問題だと言い切れる。
振られたのに距離近いし。
「僕の周りの生徒はみんな羨ましがってたよ。女の子のほうがデレデレだってね」
「デレというかペット扱いでしょう。俺に決定権や異論の余地はないですから」
「そーなんよ! 明春さんと一緒のときうちいたけど、あれ懐かれてるというかいろんな意味で愛されてるよ八べえは。あんなふうに感情むき出しで男の子に接する彼女見たことないって友達驚いてたもん」
興奮気味でゴリさんも参戦してきた。
噂話で時間が過ぎそうなので軌道修正。
「そういう先輩はどうなんです? 受験が大事でしょうけど、そういうのに自分が関わったりとかするのは」
ゴリさんの椅子をひいた音がした。
眼鏡先輩も不意打ちをくらったようだ。うーんと首をひねっている。
「僕ねえ……僕こそもてないからなあ。いい友達終わりで何度も泣いたよ」
続けてどういうタイプの子が好きなのか、重視するポイントはどこなのかなど会ったばかりなのにつっこんだ質問を連発したが、彼はそれを不思議には思わない人だったようですんなりと事情聴取を完遂した。
美人が好きなのは男として当然のこととしても、分相応に拘りなどはないということ。よく喋る子が好きということ。琴線に触れる部分が同じということ。
……なんだゴリさんこれもう成ったも同然じゃね?