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お話89   散財の連鎖

「九介!」


 襟足をつかまれハンサムに引き立てられてきた俺の情けない姿を見て、凛々しい黒髪の美人の面持ちが満面に輝いた。

 ぱっと喜色をあらわして飛び込むように抱きついてくる。

 後ろのコーメー君の舌打ちが聞こえる。

 うるうたんと共に長椅子に座っていた一慎がやれやれ顔で肩をすくめていた。

 

 セレクトショップが並ぶ、女性の姿が多く見られるお洒落な空間での一幕だ。

 ぐりぐりと胸に顔を(うず)めてくるうるうたんをよそに、コーメー君が背後から糾弾の声をあげた。


「ストーカーだな。うるうちゃんが気になって後をつけてきたのか」

「……九介がストーカー? こいつにそんな情熱や執着があるのかねえ」


 悪友がそれを受けて哀れむように俺を見た。

 援護射撃をするのか射撃をしてくるのかはっきりしろ。


「ふふっ、九介も可愛いところがあるじゃないか。仕方がないなあこの男はもう」


 何を勘違いしたのか、うるうたんはにへら顔、一慎は不可解に、コーメー君は憮然として3人のみで話し合っている。

 この間俺はいやちがうんだよ、とかあのねこれには深いわけが、とか不審な身振り手振りで言い訳を始めるも、それはすべてスルーされて当事者は何故か蚊帳の外。

 しかしどうしたものか、一刻も早くカフェで待つ花子のもとへ戻りたいのだが、ハンサムたちと話しているうるうたんがしっかりと俺の服の袖をつかんで離してくれない。


「着信音だ。出ないのか九介」

「知らん。どうせつんつんかもっさりだろ」


 クラスメイトの男友達に泥をかぶってもらいさりげなく回避。

 嘘つきも極まってきた。

 おそらく花子の催促だろうが、今だけは出るわけにはいかない。

 というか悪友キラーパスをするんじゃない。


「私がそこまで気になるのなら、しょうがないから九介も混ぜてやろう。一慎と高明の懐の深さに感謝しろ?」


 ……どう考えてもお前邪魔だろ目線で4つの目が威嚇してくるんですけど。

 うるうたんと男前たちの温度差がひどい状態だ。


「ちょっ、うるうちゃん」


 俺の手をとって歩き出そうとする黒髪の美人の肩に手をやって、承服しがたい無造作ヘアのハンサム。一慎も同意見のようだ。


「まさかこのたらしと手をつないで前にふたりで?」

「うん、そうなるな」


 当然顔のうるうたんに一慎がひでえ、と失笑ぎみに呟いた。

 こういった事態になると奴のほうに余裕が出る。


「男同士並んで歩くの俺ら……それはないよ?」

 

 少し泣きそうなコーメー君の頬をひと撫でしたうるうたんが、うふふと笑った。

 まごうことなき小悪魔だ。


「今回は許せ。これとデートは久しぶりなのだ」


 うう、とさらにべそをかくコーメー君。

 母性本能をくすぐられたのか、うるうたんは耳打ちしてあとでちゃんと手をつないであげる、とか(ささや)いていた。

 性悪の男たらしと言われてもしょうがないぜと言いつつ、悪友がやれやれ顔でため息をついている。その一言で頷いて気をとりなおすコーメー君は子供のようだった。

 普段冷静で大人びている彼がこういった態度をあらわすのはめずらしい。

 サドっ気のあるうるうたんでさえ、情にほだされるほどの無意識ぶりだ。

 というか痛いから尻を蹴らないでくれふたりとも。


 とにかく言い訳。何か用事を作ってここから離脱しないと、いろいろ詰む。

 周りを見渡す挙動不審な俺にうるうたんが首を傾げた。

 その姿も可愛いと、コーメー君がにへら顔で見惚れている。

 一慎は冷静に何考えてやがると疑惑の目を向けていた。

 しばらくして俺の目に付いたのは、夏を先取り温水プールで彼氏に見せる自慢のスタイルとかいう見出しの、水着売り場コーナーだった。

 変態として見切り発車を発動させるのは今だ。

 周囲に聞かれないよう店と店の間にある狭い通路にうるうたんを連れて行き、小声かつなるべく平然とした面持ちで生真面目に告げてみた。


「うるうたんへ贈り物したいと思って、ここに来たんですよ実は」

「贈り物?」


 壁を背にした彼女へ詰め寄って話す姿は、まるでナンパ野郎が女性を追い込んでいるように映っただろう。即効コーメー君が髪を引っ張って邪魔してきた。


「み、水着をですね」

「水着だあ?」


 悪友が聞きとがめて至近距離で面を合わせてくる。ならず者のようだ。


「まさか八方、俺らが服を進呈したのに対抗して水着をうるうちゃんに贈るつもりか」


 髪を引っ張りつつ膝で尻を蹴り上げながら、コーメー君も話に割り込んできた。

 痛いが、絶妙な間合いでアシストする彼の洞察力には感謝しておこう。


「煩悩の塊かてめえは」


 一慎の拳骨を受けるも、目の前のうるうたんは思案顔で何か考えていたが、ふと納得したのかにっこり笑って頷いていた。


「つまり、君との久しぶりのデートは温水プールという提案なわけだな?」

「……そうでして」

「うるうちゃんの水着、だと!」


 コーメー君も目をむいている。うるうたんの色気半端ない水着姿はまだ拝んだことがないはずだ。彼を引き込めば見切り発車のでまかせも磐石になる。


「コ、コーメー君も一慎も誘って皆でプール遊びに行きましょう」


 数瞬の沈黙の後、ふたりの男前は一斉にテンションが上がって、俺のでたらめ提案に飛びついた。悪友もやはり男。うるうたんの水着姿で眼福といきたいのだろう。

 おあずけをくらいまくっているコーメー君は尚更賛成の様子だった。


「いいじゃん行こうようるうちゃん! たらしがいるのは気に食わないけど、俺と一緒なら守ってあげるしきっと楽しいよ?」

「お前が一番危険だ。ということで当然俺も行く」


 うるうたんの手を握ってこれ幸いと口説きにかかるハンサム。

 間に入って邪魔する熱い男前。

 その睨み合いを見て彼女はそうだな、と破顔した。


「高明にはずいぶん我慢してもらっているし、一慎に対しても最近素っ気なかったから、この機会にご褒美として私の麗しい姿を見せてあげるとしようか」


 同時に歓声を上げ、手の平でぱしっと打ち合って意気投合するふたり。

 髪をかきあげて可愛いな君達はと嬉しそうなうるうたん。

 完全に上下関係が出来上がってしまっている。やはり基本的に彼女はサドだ。


「ということで今から水着を厳選しますので、ふたりとデートを続行してください。根をつめて買い物するので、一人でじっくりと見回ります」


 ふたりの煩悩野郎に目視で促す。こういうときの男たちは以心伝心だ。

 さあデートの続きをしようとコーメー君が手をとって立ち去る。

 一慎も負けじと反対側に立ってうるうたんと手をつないでいた。


「え、じゃあ九介は」

「あとのお楽しみということで、うるうたんには現物を婆ちゃん家で渡します」


 早く立ち去りたい俺は背中を向けて逃げようとしたが、ハンサム二人をおいてうるうたんが駆け寄ってきた。口を尖らせている。駄々っ子モードか。


「ダメだ! また君は一人で帰ろうとするのか。そうしてすぐ私を突き放そうとする……」


 勢いというのは恐ろしいものだ。

 というか花子という待ち人ありの状態、ましてやこれ以上コント仕立ての嘘演技にもうんざりしてたので、かつて覚えのない強引さで彼女を抱きしめた。

 そして彼ら邪魔者との距離があるうちにうるうたんの唇へ吸い付こうとしたとき、反射神経に優れた年来の悪友が俺の後頭部をつかんだ。


「させるかよばかたれ」


 コーメー君も我に返り、うるうたんに抱きついていたのを引き離してきた。

 つまりは羽交い絞めの状態だ。


「死にたいか八方」


 死にたくはないから別れの挨拶をしてさっさとずらかろうというのに、事情を話せないのは痛恨だ。そして鳩尾に一慎の鉄拳が入って前のめりになった際、うるうたんがそっと近寄って俺の頬を左右の手のひらで優しく包んだ。

 ふたりの男前の動きが止まる。


「ん」

「……」


 目を閉じて唇を突き出すうるうたん。

 えっという彼らの絶望の声が聞こえた。


「ん!」


 さらに唇を尖らせるこの子はまさしく駄々っ子。

 色気ではなく保護本能に負けた形でちゅっと軽くキスをしておいた。


「うん」


 ぱっちりと綺麗な目を見開いた黒髪の美人に超至近距離で見詰められたまま、しばらく時間は過ぎた。

 男たちは石。ショップから流れる音楽と人通りの流れる音だけが響いている。


「今のは、男だったぞ九介?」


 ちゅっちゅと何度もキスしてくるうるうたんに俺も石化。

 男前ふたりは呆然として声もない。


「嬉しいよ。強引な男は嫌いだが、君は別なんだ」


 彼女の感極まった面持ち。

 だけど今は泣かないからな、と少し赤い目をしながらもにこにこしている。

 何かに拘束されたような男たちが行動を再開するまで、接吻攻撃は続いた。

 そのあと憤怒の鉄拳攻撃が続くのも様式美なのだろう。


 変態魔人から逃れるようにして、ナイトふたりがうるうたんを守って遠ざかっていく。これ幸いに彼女へ手を振る俺。うるうたんも喜色満面で手を振り返していた。

 頭や頬や尻が痛いし、奴らの軽蔑の目が突き刺さったままだが、昇天するよりよほどいい。黒髪の美人さんの寛容さに感謝しつつ、脱兎のごとくカフェに戻る。

 店内で花子を発見するも、ジト目不機嫌全開の様子だった。

 怒っている証拠として、パスタやケーキを食べることで鬱憤を晴らしていたように見受けられる。おそるおそる声をかけて席についた。


「メールも連絡もした」

「……ハイ」

「なのにあんたは何していた?」

「すいません、知り合いに捕まっていました」


 カンカンとケーキのなくなった皿をフォークで叩く。完全におかんむりだ。


「待ち時間の間にたくさん食べた」

「……お味はどうでした?」

「おいしいよ。コイチローのおごりだからな」

「もちろんです」


 財布がどんどん軽くなる。うるうたんの水着も買わなくてはならない。

 女の子たちに振り回されているのか、俺が振り回しているのか、彼女たちの機嫌をとるのに俺はひたすらもみ手で平身低頭。

 下僕扱いだろうと秘密を保持するためには仕方がない。

 花子を伴ってうるうたんのための水着売り場に行ったはいいものの、彼女の疑心をさらに呼び、それを払拭するために花子の分も買う始末。

 散財の連鎖だ。

 自業自得だとはいえ、今月はご飯に塩をかけてすごすことになりそうだ。

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