お話88 シノビ
デートをしたいと駄々っ子になった黒髪の美人さんをなんとか説得し、花子との約束を秘密裏に遂行する時間になった。
かならず後日フォローという条件と、コーメー君や一慎ら男前ふたりとデートするという解決策でご機嫌をとることはできたが、昨夜頬にチューしてうるうたんの心を捉えることに成功した無造作ヘアのハンサムが意気揚々と迎えに来たのを愕然とさせるほどのリアクションを取るとは思わなかった。
婆ちゃん家の前で行ってらっしゃいと見送る俺に抱きつく。
首筋や頬にちゅっちゅする。頬ずりして離さない。
これを急遽連絡を受けてやってきた一慎が呆れ顔で突っ込むまで、延々とコーメー君に見せつけていたからだ。
無論彼からの憤怒の蹴りを尻にいただいた。
怒りの収まらないコーメー君をまあまあと抑えていた一慎には感謝しなくては。
そういう悪友からも蹴りだされてジト目気味に早く行け、と催促はされたが。
昨日の別れ際に見せた憂いの表情と背中に感じる視線に少し後ろ髪が引かれたものの、美人の相手は男前たちに任せて最寄り駅前で集合予定の親友のもとへ向かった。
待ち合わせの相手は白いフラワーシフォンのブラウスにデニムのスキニージーンズ姿で手を振っている。長身でスタイル抜群な彼女は衆目にもよく目立った。
ナチュラルな感じのベリーショートは、わずかにブラウンがかった黒髪にもよく似合っている。ちなみに性別の違いはあれど、俺の髪型もベリーショートだ。
ハイタッチは会ったときの挨拶、もはや花子とは自然にこれが出るようになった。
遊園地とは高校生らしい遊び場と言えるが、色気づいてこのかた行った覚えのない俺はこれらのアトラクションを少々なめていた。
垂直落下の絶叫マシーンやら、模擬渓谷の絶叫川下りやら、定番のコースターやらを連続して乗りこなして満面の喜色を浮かべる花子とは違い、俺はそれにへろへろになりながらもついていくのがやっとだった。
「花子ちょっとアグレッシブすぎ……すこしほのぼのしようか」
「熱い男になれよコイチロー、まだまだ行くんだぜ」
君は一慎と相性がいいかもしれん。
奴の男前ぶりと花子の男前ぶりは通じるものがありそうだ。
遊具に遊んでもらうこと数時間、その間彼女が選んだアトラクションはほとんど動きの激しいスリル系だったのは言うまでもない。
「男はアタシで、女はコイチローだな!」
満足げに昼食をとる花子を見て、青白い顔の俺はなんとか飲み物を口に含んだ。
チープ満載の好みのメニューにも、絶叫マシーンにやられてしまい食欲がない。
から揚げや焼きそばをがっつり平らげる花子を見て、せめて食べた気分に浸ることにしよう。
「男はアタシて、それうんと頷いても君からしばかれそうだ」
「ったりめえだ。体は女、中身は男、しかしながら一応乙女だからな」
上機嫌でから揚げを差し出してくる彼女。
あーんという構図になるのだが、この子がそれに気付かないうちにぱくついて好物をいただいた。
「ふん、一応あーんしたぜ? コイチローだからしてあげんだ」
「……お気づきで」
「当然。まあこれは連絡した昨日の時点でしてやろうと思ってたことだからな」
「飲み込めないから、わんこそばの要領で連続して突っ込まないでくださいね」
にひっと笑いながら今度は花子があーんしてくる。
俺としてはこれ以上咀嚼はむりなので、喜んで彼女の口に運び入れた。そして昨日の含み笑いの企みというのはあーんすることだと理解した。
彼女にとっては結構意識しなければできない所作なんだろう。
お互い食べさせあうというのはやや想定外のようだが、花子は嬉しそうだ。
「普通これ恥ずかしいんだけどな」
むっちゃむっちゃから揚げをかみしめながら、花子は平然とあーんを受け続けている。
「もう熱のときの看病を受けたおかげでよ、すっかり慣れてしもうた」
「その間に焼きそばを頬張る男らしさが素敵だな」
似非関西弁をスルー。旺盛な食欲は男前の一言に尽きるが、それを養分にこのあと一層動き回ることを考えると、少し控えろとか思わないわけではない。
絶叫系はほぼ網羅したことだし、次は場所を変えてみよう。
この子もお洒落に気を使うようになってきたようなので、レディースファッションのショップでも覗いて、さらに乙女としての磨きをかけてもらうことにする。
……アトラクションにやられて本気でびびったわけではない。
そうこれは当初からの予定だ。けして負け惜しみじゃない。
遊園地にむかう際通り過ぎた都心に戻って、レディースのセレクトショップが軒を連ねる場所に足を運んだ。
場違いな気がしないでもないのだが、今日の花子はけしてほかの女性に見劣りする格好ではない。もともと長身でスタイルがいいため、訪れる店のたびにの店員のベタ褒め攻勢にあっていた。
売りたい本音があるとはいえ、まったく心無いおせじというわけでもなかった。
彼氏さんですかと間違われるのも毎度。
親友とか友達とか説明することはないのでそうですねと即答していた。
花子はそれに一切の口を挟まなかった。
彼女も面倒臭いんだろう。ただし彼氏さんももう少し服のアレを彼女に選んでもらうといいですよ、とか告げられたのは少しへこんだ。
つまりセンスのないお前はこの子に選んでもらえ、と言いたいのだろう。
がははと豪快笑いする花子にわははと苦笑いで受け応えておいた。心では泣いた。
彼女が買ったのはローライズでベージュのコーデュロイパンツだった。
すらりとした長い足にぴったり合いそうで、好んでパンツを穿く花子の趣味と合致する。
「コイチローが好きそうだからこれにした」
というのが彼女の言い分だが、どうやらこの子にも俺が変態であるとの認識がついてきたようだ。煩悩を何一つ隠せない、ザルの理性に乾杯したい気持ちになった。
一旦集中しだすとやりこむ性格の花子はさらに上着を物色中。
邪魔をしないように自分もぶらぶら店内を所在なげに見て回る。
俯き加減の姿勢で徘徊していると、ふと目の前にスキニーデニムパンツを穿いた目をむくスタイルの造形美が視界に入ってきた。
しかしながらまったくの他人に変態を発動させるのは紳士としてありえない。
かなり薄いネイビー色、ユーズド加工のお洒落なパンツの脚はすらりと長く、気合を入れて目をそらさないと視線を集中してしまいそうなので、目を閉じ気味に女性のそばを通り過ぎ、棚を隔てた売り場に逃げ込んだ。
そこで俺は聞き覚えのある野郎ふたりの声を聞くことになる。
「これどうかな。パステルピンクの八分丈なんだけど」
「クロップドパンツか」
男女の声が聞こえる。彼氏つきか、逃げておいてよかった。
「八という数字は大好きだ。それなら可愛いし、試着してみようかな」
そうしな? と男がなにやら囁いている。
女のほうは何を言われたのかふふっと笑っていたが、そこへ荒々しい男の声が割り込んできた。
「俺が選んだレースのタンクトップに合わせたのか。相変わらずそつがないというか、女物を選ぶ目ざとさはかなわんな」
「どうせ貢ぐのなら、上下で揃えたほうがいいしな」
男同士も笑いあっている。三角関係か?
それにしても皆聞き覚えがある声色というのが気にかかる。
まあとりあえず盗み聞きはやめて立ち去ろう。
「一慎も高明も、人聞きが悪いぞ。まるで私が性悪みたいじゃないか」
ぶっ、と文字どおり吹いた。
性悪なのは事実でしょ? だとかコーメー君が突っ込んでいる。
男三人手玉に取ってるしな、と悪友も言葉を重ねていた。
誰もが目を向くスタイルの造形美の女性、とはうるうたんのことだった。
口を押さえて売り場の棚に張り付いた。シノビの要領だ。
「君らが不満なら、私はいつでも一人に絞っていいんだが?」
楽しそうに喉の奥でクックッとうるうたんが笑っている。
ハンサムたちはそれにも慣れているのか、苦笑しつつそれに答えていた。
「素のうるうちゃんがようやく少し見えてきたところなんだ。心を落として体を貰う。あんなたらしに君を奪われるわけにはいかないな」
「場所を考えてから口説け、おっさんかお前は」
コーメー君の暴走ぶりに突っ込む一慎。
うるうたんは再度含み笑いをしていた。険悪な空気かと思いきや、結構仲良くやっているじゃないか。水面下ではいろいろ駆け引きはありそうだが。
「おーいコイチローどこだ?」
花子が俺を呼ぶ声がする。彼女がコイチローとあだ名呼ばわりすることに、このときだけは感謝しよう。花子と彼らが一切面識がないのも幸運なところだ。
「コイチロー!」
でかい声の花子に俺は忍び足で近寄る。
この子と一緒のところをあの3人には見られるわけにはいかない。
俺はまだ死にたくない。
「何してんだ? 逃亡者かあんたは」
「ちよっとのっぴきならない事態になった。俺はいいから君は服を見てなさい。休憩処で待ってるから」
小声で花子に耳打ちするように囁いた。
それを聞いて彼女が頬を膨らませる。子供か。
「なんだよー、アタシをひとりにするつもりか? 連れてきたのはコイチローのくせに」
「そうだよね。しかし事情が変わりまして、店が違えばいくらでもお供しますんで」
「ふうん?」
何か察したのか、棚に張り付く俺をジト目で見つめる。
シノビの態でうるうたんたちを窺うも、花子が纏わりついてきて聞こえない。
「なんだ、知り合いでもいるのか? アタシを紹介しろよ、親友だろ!」
「ええ、まあそうなんですけどね」
連中はこちらにあまり気を向けず、3人だけのキャッキャウフフな空間を展開しているようだ。
この際彼らの仲のよさは行幸、きかん坊と化した花子をなんとか引っ張り出して、発見即死亡確定の地獄から逃れることに成功した。
普通この状況なら見つかるのが運命と思うのだが、口説く男に受ける女、邪魔する男で構成された彼らに他人のあれこれなど眼中にないらしい。
背中や横顔を丸見せで通り過ぎるも呼び止められることはなく、休憩処まで辿いついた。
とりあえず不満げな花子の機嫌を直すことが、俺の率先する復旧作業である。
「カフェに連れて行くんだな。ケーキだ」
「了解しました」
周囲に見知った人影がいないかセンサーを働かせつつ、無事店の中へ。
先に花子を席につかせた後、小用のため再び店を出た。
今の俺はシノビだ。気配を消すのだ影のように。
「ストーカー発見」
冷たい声が背中に降りかかった。
小用を足し終えた安心感からか、周囲を確認するのを忘れていた。
振り返れば、無造作ヘアのハンサムが不機嫌全開の胡散臭げな顔で俺を見つめている。腕を組んで、糾弾の様相だった。場所はトイレ前通路。
なるほど君も小用か。あるいは……




