お話87 恋する乙女
黄金週間に入り今年初めての帰省をした。
一人暮らしのぐうたらと、相変わらずの学業レベルの低さに拳骨をいただきつつも、久しぶりの手料理を堪能して団欒を満喫した。
特に変わった事象もなく平穏な一日を過ごし、翌日にはアパートに戻ったが、俺が帰省している間に男女間の進展があったようだ。
うるうたんとコーメー君の誕生日一泊デート、ゴリさんがゲジ眉の平良宗太を伴って親父さんと3人での遠出など、うーこちゃんからの連絡で一通り事態を把握することができた。
美男美女のホテルでの一泊は、本当にそのまま頬にチューして寝たらしい。
うーこちゃんが大笑いしながら報告してくれた。
そのときのコーメー君はさぞ気落ちしているかと思いきや、一慎や俺に先駆けて誕生日のホテルでの夜をすごした優越感に浸っていたのだそうだ。
最後まで、と考えていたに違いないが、チューをした後胸のなかですやすや眠るうるうたんを抱きしめて朝まですごした結果、完全に陥落しまったのかでれでれのべた惚れの様相だったとか。
今日は一慎とのデートで遅くなるようだ。
うるうたん自身からのメールが来たが、恋敵の進展ぶりに発奮した悪友の様子が綴られていた。
手玉に取るとか女を磨く、とかを旅行の際に高言していたが、本当に実行して結果を出しているのは恐れ入る。
しかし彼女自身も相手の熱に反応して恋をしているのは間違いないだろう。
その比重が今のところ悪友より無造作ヘアのハンサムに傾いている、ということだけは明白で、それには一慎側の俺としては気になるところだ。
この後アパートで休む暇もなくメイド代理としての仕事が待っている。
うるうたんにこの連休中存分に楽しんでもらうためにも、あらかじめ代理の許可を婆ちゃんにもらっていたからだ。
俺としても残りの休みは花子と会う予定もある。
やや茶色がかった黒髪の美人さんが多忙につき、触れ合う機会が激減しているのはこちらにとっても都合がよかったりする。あらゆる意味で。
夜になり婆ちゃんが寝室に引き上げたあとの応接間で、うーこちゃんやゴリさんからのメールに受け答えつつ、花子との明日の予定を話し合う。
どこに行くか何をするかは常に彼女が決めるのだが、近場でぶらぶらはすでにやり尽くした感がある。連休最終日くらいはやはり遠出か。
「遊園地」
げえ、という花子らしいリアクションが帰ってきた。
たまにはそういう高校生らしい遊び場というのもいいだろう。
おっさん臭いとこやら食べ歩きやら、自然味溢れる目に優しい場所をいつも好む花子への、慣れさせるための課題というべきか。無論見切り発車だ。
俺も女の子とそういう場所はほぼ初めてだ。
デートらしいデートの記憶は指折り数える程度しかない。
「アタシとコイチローが、遊園地て!」
「親友同士はいくもんだぞ?」
「友達に発見されたら晒し者だな」
その心配には同意するが、俺はもっと見つかるわけにはいかない。
もういろいろ説明とか釈明が面倒すぎて、この子を紹介する機会を完全に逃してしまっている。
そうでなくても男女のそれがすぐ発生する側と、異性の枠を超えて付き合えるかもしれない花子との関係は、完全に振り分けて考えたいと思っているから。
少なくとも後ろめたい気持ちはまるでない。
俺も一慎もほかの女の子も誰も、それぞれ人付き合いってやつがある。
互いに干渉は無粋だろう。
「わかったよ。コイチローがそういうなら付き合ってやるよ」
「含み笑いの意味を聞こうか」
「まあ、それは現地での話さ」
意味ありげに笑った花子が問い詰める俺を振り切って、先に回線を切った。
どういうつもりかは知らないが、まあ場所が場所だけにせめて俺はおめかししていこう。一応女の子との初めての遊園地だし。
仕事を終えてお茶休憩の応接間でまったりしていると、インターホンが鳴った。
ハンサムたちとのデートで遅くなる、といいつつもけして日付をまたぐことがないのがうるうたんとしてのけじめなのか、相手が誰であろうとそれは同じだった。
コーメー君の熱心な誘いもそれだけは譲らないらしい。
何気なく家の外を窺えば、玄関先の街道前で、ふたりの男前とひとりの美人が
なごやかなのか険悪なのか、攻防を繰り返していた。
またかと思いつつ、部屋着のまま近づいて声をかける。
「九介」
俺の姿をみとめて、うるうたんがこちらに飛びついてきた。
それに気付くも、一慎が満足げにどうだと言わんばかりの顔をしてコーメー君と睨み合っている。
逆にコーメー君は少し焦った様子だった。
「どうしてコーメー君がここにいるんだ?」
楽しかったようでよかったねえとうるうたんの頭をなでなでしつつ、無造作ヘアのハンサムに問いかけた。彼は少しばつば悪そうにライバルに視線を戻した。
「うるうちゃんから楽しいってメールが来た。それって俺よりもかと気になって悔しくてさ」
「ヤキモチ焼いて顔だけでも見たいから、ってここで待っていたらしいぜ。相変わらず女々しいな」
ここぞとばかりニヤリとして挑発する悪友。
押され気味のコーメー君はなにを、といいたげだったが嬉しそうに振り返ったうるうたんを見て思わず相好を崩していた。
「熱い男は大好きだ。一慎はやはりこうでないとな」
サムズアップで彼女の感想に応える一慎。
コーメー君としては女性をめぐって一進一退、という駆け引きの経験はないのだろう。
過去に男に遅れをとったことがないという証明をしているが如く、状況の対応にとまどって唇をかんでいた。
まあそういう所も女の子にはギャップとしての魅力なのだろうが、うるうたんはそう甘い相手ではない。
「俺も上戸とのデートを画像付きで報告とかあったし、お互いさまだろ」
「……メンタルが強いな中立は」
「慣れてるからな。俺はさんざんこいつで鍛えられている」
顎でしゃくって俺を見る悪友。
コーメー君も俺に視線をうつしてなるほどと頷いていた。
「久しぶりだな九介」
そんな彼らにかまわず、ぐりぐりと胸に顔を押し当ててくるうるうたん。
昨日とは言わずとも数日前に部室で会ったはずだが、彼女にはそれが久々なのだろうと思って黙っておいた。
「君との時間はほとんどないが、そのぶん彼らのようないい男で私は満たされいるよ。女としては幸せだ」
「そうでしょうとも」
不意にコーメー君がうるうたんの名を呼ぶ。
俺の腕のなかからひょこっと顔を出したその瞬間、無造作ヘアのハンサムが彼女の頬にちゅっと唇でひと撫でした。
「……」
頬をおさえて真っ赤になったうるうたんを見て満足したのか、コーメー君がじゃあねと爽やかな美男子スマイルで去っていく。
その後姿をじっと見つめていたうるうたんの瞳が、心なしかうるんでいるようだ。
それを見た一慎が怒り心頭で接吻した犯人を追いかけていった。
彼女の微笑んだ顔はまだ上気している。
可憐かつ照れた表情はまさしく恋する乙女だ。
はっと気がついたうるうたんがこちらを窺って、わざと不貞腐れたように唇を尖らせた。
「見るな!」
「可愛いから目が離せません」
ぽかぽかと頭を叩かれる。
空っ風が街道を吹きぬけたのと同時に、心にも冷たい何かが吹きぬけた。
まだまだ精進が足りない。
これから見届けなくてはいけないものを、これくらいでへこんでいては先が思いやられる。
細々とした家事手伝いとしての仕事がある彼女と別れる際、このごろ接触がないことを嘆かれたがそこは俺も花子と予定があることで、いきなり明日デートと決定されても断固として受けるわけにはいかない。
というか女として満たされているのなら、俺とのデートなど必要ない。
不承不承に納得してもらってからアパートに戻るためにうるうたんに背を向けた。
視線を感じるのだが、今この時だけは不感症でいよう。




