お話84 デートは妨害するもの
2対のペアにの後ろに余り者がついていく。
前を歩くのは美男美女と、同郷の初々しい2人組。
ゴリさんは仲のいいクラスメイトとはいえデート形式で男と手をつなぐことに難色を示したが、うるうたんとコーメー君の腕組みを見て、黒髪の美人から直接説得を受けるとしぶしぶ了承していた。
「せっかくこれに見せつけるんだ。うんと仲良く見せて嫉妬させてやるんだよ」
最初待ちあわせ場所に来た俺とゴリさんと平良を見たときは怪訝な様子だったうるうたんだが、事情を聞いて大いに納得したのか、コーメー君と意味ありげな目配せをしてもうひとつのペア参加を受け入れた。
王子様ふうの美少年であるコーメー君を見た平良がこんないい男は見たことないとさすがに感心しつつも、その横のうるうたんの美貌に気を移すことなく、ゴリさんとの初デートに意気あがる姿は気合そのものだ。
ゴリさんは一途な男を見分ける目があるようで、一慎に通じる男気を平良にも感じているのだろう。この眼鏡っ子が好むタイプの一端を見た気がした。
部室での自爆気味の一件で気落ちしていた彼女も、俺が無表情でないのに加え公然と許可された形となったからにはそこは女の子、気安い相手と一緒にショッピングモール内のデートを楽しみだした。
すでにうるうたんたちはふたりの世界に入り込んでいる。
雑貨を見回りながら、君の誕生日のプレゼントを考えないとな、とかささやいていた。コーメー君の生誕祭を話し合っているようで、それはまさしく恋人同士の会話だった。
「俺としてはうるうちゃん本人が欲しいんだけども」
「大胆だな。他の女にも言っているのだろう」
「言わないさ」
大胆なのは彼らの会話だ。それを聞きとめたゴリさんが唖然としている。
平良も驚きを隠せない。
「おい八方お前バカだろ」
平良の冷たい視線と声がする。この美男美女がどういう事情でこれだけ仲良くなったのか、ゴリさんの説明と大体の雰囲気で察したようだ。
「俺はもうこいつと同類になならない。君しかデートもしないしね」
コーメー君がいたずらっぽく俺を見る。うるうたんも振り返って苦笑している。
「あんないい男に意中の彼女近づけさせたらどうなるかくらいわかるだろ。特大級のバカだ」
平良がさらに言い重ねる。ゴリさんもうるうたんたちの親密ぶりをあらためて見せつけられ、衝撃を受けているようだ。
「誕生日にはうるうちゃんとふたりきりがいいな」
もはや公然と口説きにかかるコーメー君。雑貨店のなかでもおかまいなしだ。
「5月の連休なのだろう? だったら一日じゅう空けておくのだな」
「うるうちゃん!」
嬉しそうなコーメー君がめずらしく昂ぶった声をあげた。
はしゃぐ姿は本当にめずらしい。
「八方お前、本当に頭おかしいんじゃないのか?」
熱のこもるコーメー君のくどきを堂々と受けているうるうたんを一瞥して、平良が呆れ顔で言った。
うるうたんの手をとって握りしめ、お礼を述べている無造作ヘアのハンサムと、わかったわかったと微笑んで彼の頭をなでるうるうたんたちの甘々ぶりには、さすがに少し引いている。あてられているというべきか。
俺の横顔に視線が刺さる。ゴリさんのものだ。
気付いて彼女に向き直る。可愛い眼鏡っ子の表情はすこし硬かった。
いつもの慈母さながらの笑みはない。
「八べえにやけてる」
「……」
口元がゆるんでいたのを指摘された。腕を組みなおして歩き出したうるうたんとコーメー君の背中を見つめ、それからゴリさんに再度視線を戻した。
「へらってしてるのに、どうして」
唇をかむゴリさん。平良はバカだと連呼していた。
「どうしてそんな顔するん?」
「……」
また顔に出たのか。失態を再度見せた形になった。
うるうたんに指摘された、あのみっともないごちゃまぜの感情だ。
「嬉しいと思いたいんでしょ? でも本音って正直よね」
「どんなツラしてたんこいつ」
ゲジ眉野郎、よけいな口を……
「うちが見たことない、嬉しそうで寂しそうで、沈んだような顔」
「無茶苦茶だな。やっぱり頭がおかしい」
何度も繰り返さなくてよろしい。自覚はしている。
そして平良の指摘通りゴリさんの表現は無茶苦茶だ。
しかしそれを的外れだという返答はできなかった。
次の瞬間、うるうたんに駆け寄ろうとするゴリさんを咄嗟に止めた。
かぶりを振る彼女に、俺もかぶりを振り返した。
二度うるうたんに知られるわけにはいかない。
情で彼女を縛ることになるかもしれない。
「八べえ」
「問題ないさ。大丈夫だよゴリさん」
やるせない顔になったゴリさんの視線が、仲良く遠ざかる美男美女の背中に向けられた。近くにいない気配を悟った彼らが振り返る。
「コーメー君の誕生会に俺もお邪魔しようか」
先に俺がふたりに歩み寄った。
その言葉を聞いて露骨に嫌そうな顔をする無造作ヘアの男前。
うるうたんが腰に手をあてての仁王立ちをする。叱るときのポーズだ。
「そこまで妨害を許した覚えはないぞ?」
「妬けるじゃないですか。心底嫌がらせしたいから混ぜてくださいよ」
「だめだ。君は私が帰宅するまでおば様のおうちで待機しておくんだな。楽しい結果報告だけ聞かせてあげるから、それまで嫉妬に身を焦がしていろ」
「……より邪魔したくなってきました」
「てめえ」
首をコーメー君にきめられてむせる俺に、後方のゴリさんからの視線が痛い。
バカ全開だ、ともうバカ呼ばわりが止まらない平良のあきれ声も聞こえる。
休憩がてらフードコートでお茶を飲んでいる最中、うるうたんがゴリさんの元気のなさに気付いた。いつも明るい彼女の様子が違うことに不審に感じたのか、小声で何か話し合っている。
ゴリさんと逆方向の隣にはコーメー君がしっかりと陣取り、肩が触れるほど近くでうるうたんに寄り添っていた。テーブルの下では手をつなぎあっている。
「ふうん」
何を聞いたのか、うるうたんはジト目になっていた。続いた声も冷たい。
「君は五里くんや明春くんの連絡にも返事すらしていなかったようだな。本当にどこでなにをやっているのやら」
「……」
少し冷や汗をかいたが、どうやらポニーテールの眼鏡っ子は咄嗟に言い訳を考えてくれたようだ。
「助かります」
俺の失態を黙っていてくれたことに対する渾身の感謝ということで、満面に笑いが張り付いた。
それを見やって何をいってると言いたげなうるうたんをよそに、ゴリさんがまたやるせない複雑な表情を浮かべている。
ごめんね、と唇だけ動かした。
それを見たゴリさんがさらに可愛い顔を歪ませる。この流れはいかん。
「なぜ五里くんに謝るんだ?」
鋭いうるうたんの突っ込み。冷や汗がさらに出た。
ていうか、コーメー君と手をつないで座って喋りながらも観察眼が半端ない。
俺見てないで彼を見たほうがいいと断言できるのだが。
視覚的にも。
腕組みして顎に手をあて、それを見守っていた平良がぷっと吹き出した。
俺の肩をばんばんと叩く。大げさな身振りもゴリさんの親父さんとよく似ている。
彼女と波長が合うわけだ。
「こんなバカ見たことねえわ」
頭おかしいだのバカだのを連呼。大笑しながらバカバカ言い重ねている。
わはははと遠慮のない豪快笑い。
それにしてもこいつに先ほどの顔を知られたのは痛恨だ。
「まあ、たしかにそれは否定できないな。九介はバカだ。バカの見本市だ」
平良のさり気ない誘導に、うるうたんがあっさり乗ってきた。
バカバカと言われて複雑だが、今だけはこのゲジ眉のフォローに感謝する。
気が付くと、ゴリさんがテーブルの上に乗せている俺の手の甲に柔らかい自分の手のひらを重ねていた。ゲジ眉がそれを見て俺の頭をはたく。
「どさくさに紛れて真昼ちゃんを口説いてんなよ、この天然たらしが!」
「乗せたのはうちだけどねー」
「それでもこのたらしが悪い」
ようやく眼鏡っ子が笑ってくれた。頭と肩がじんじん痛むがまあよしとしよう。
その間コーメー君と誕生日デートの予定を話し合っていたうるうたんが、紅茶を飲み干して立ち上がった。
「休憩は終わり。さてデートの続きだ。九介をうんと妬かせてやる」
「腹立ち紛れに邪魔しまくってやりますよ」
「させるかよ変態野郎」
立ち上がるにへら顔と無造作ヘアのハンサム。
それを見上げるゴリさんの微妙な面持ちを、うるうたんが注意深く見つめていた。
一度決めたからには意地にかけて邪魔、邪魔。
間に割り込む、組んでいた腕をほどかせる。顔が近づくのを引っ張って引き離す。
話が盛り上がろうとするのを別の話題でかき消す。
今後の予定を聞き出して妨害工作を宣言する。
矮小な嫌がらせをさせれば、子供の俺にはどれも躊躇無くなしえる行動ばかりだ。
コーメー君の憤怒の形相と、嬉しそうに笑って俺をはたくうるうたんとの対比がおもしろい。
ゴリさんと平良はあきれてものが言えないという反応を示している。
それでも先程のような悲しい顔をしていないゴリさんを見て、内心ほっと安堵していた。しながらも嫌がらせの手はけして抜かないで続行した。
しばらくして女同士の買い物で下着専門店へ消えていく彼女たち。
男連れのわりには大胆な行動だ。
それを店先で見送って近くの椅子で待ちぼうけすることにしたのだが、散々邪魔されたハンサム君は怒りがおさまらず、トイレついでに頭を冷やしてくると外に出て行った。
すまんコーメー君、あの流れを変えるためには本気でバカをやる必要があったんだ。
心のなかで謝りつつ、ゲジ眉と並んで座って時間を過ごす。
「満足か、気になる女が別の男と仲良くなって」
「自己満足の極みだよ今は」
ぽつりと平良が呟いた。店内に流れる環境音楽と専門店から聞こえてくる洒落た音源との違いに面白味を感じながらも言葉を返す。
「泣きそうな顔しやがって」
「嬉しい成分も含んでいる」
「アホ」
なんだか一気に友達っぽくなった会話。
今日のこの時間だけで、知り合い程度にはなれたはずだ。
やな奴、という印象は無くなった。
「オレが真昼ちゃんにああやって攻めてもいいってことだよな」
「……そういうことになる」
平良が脚を組み替えた。短足な俺は似合わないから真似しない。
「何故だ」
「……うるうたんもゴリさんも大好きだからだ」
「大好きなのに遠くにやるのか」
「俺も一途だったら、そうは思わない」
これだけ気が多いと誰かに絞れないし、選べない。
うるうたんやゴリさんが他へ気を移すのならば、それを受け入れなくてはならない。
ちなみにうるうたんとうーこちゃんには正面きって一度振られている。
「後悔させてやるよナル野郎。真昼ちゃんをオレのものにしてな」
「ああ。また嬉しく泣かせてもらうよ」
バシっと肩を叩かれて、にっと笑って別れた。平良とも友達になれそうだ。




