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お話83   慣れと諦めと

「おかえり。会いたかったぜコイチロー」

「ただいま。わかってるよ、アイスだろ」


 ここ何日かの看病でさらに気安くなった俺と花子の会話は、他人が聞けば誤解するであろう語感を滲ませていた。

 ちなみに花子が会いたかったのはアイスや甘菓子を手に持つ俺であり、食欲が増して、手作りの食事を作らせようとする褒め殺しの意味もあるのだろう。

 

 テーブルで上着を羽織って暖かい格好をした花子を横目に、おかゆを作り始める。

 男の料理そのもので、簡易で雑な、塩だけでつくるシンプル極まりない病人食だ。

 梅干をのせて、土鍋のまま豪快に仕上げ、まだかーと催促するお子様の彼女の前に差し出した。


「うめえ」


 ヤケドしそうな勢いとともに、慌しくレンゲを使っておかゆをかきこんでいる。

 久々の暖かい食事に、ほっこりした顔をしながら夢中で食べだした。


「あんたいい嫁さんになれるよ」

「もう少しおちついて食べな? あとお婿さんな」

「誰もいなかったらアタシがもらってやるよ」


 花子がそういう関係の諧謔(かいぎゃく)を飛ばすのはめずらしい。

 友達然とした対応が正解と思ったので、おうそうしてくれと気安く請合った。


「まあでもコイチローもてそうだしな。女のほうで放っておかないか」


 土鍋に集中しながら、わははと笑って健康飲料を一気飲み。

 残念今放っておかれているのは俺のほうだ。


 腹を満腹にさせて水分補給したあとは、薬を飲んで寝るのが仕事。

 ベッドに横たわった彼女がいつまでここにいてくれるんだ、と窓側に顔を向けて

わざと不機嫌そうに口を開いた。


「日付が変わる前くらいにおいとまするさ」

「つまんねえな」

「いい夢見ろよ」

「何もかもおっさんくせえなコイチローは」


 ぷっと吹き出して、それから真顔になった花子を見返す。


「どうしたハナコ?」

「……あんたはいい奴だ」


 がしっとネクタイをつかんで引っ張られ、顔が間近になった。

 血色がいい。あとは体を休めるだけで回復するだろう。


「少なくともアタシには紳士だな。ちょっと他では見ない男だぜ。感謝の印に」


 耳に熱い吐息がかかる。


「これからコイチローがお触りしてきても、多少なら許してやるよ。あんただけ特別だ」

「熱のせいで明日には忘れていそうだな。ぶん殴られないように手のひらと肩くらいにしとくよ」


 呵呵大笑するハナコを横たえてから布団をかける。

 ひとまず俺も休憩のためにベッドの下へ腰を下ろそうとすると、背中越しから

彼女の声が降りかかった。


「一応女なもんですぐ分かったんだが、遠出のときアタシの尻ガン見してたろ。まあでもいざとなったらあんたはこうして生真面目なわけだし、尻くらい見てもコイチローだけは勘弁してやるからな」

「……スイマセンデシタ!」


 ベッドの下で平身低頭。くっくっと布団のなかに隠れて笑いを我慢している彼女に見えようもないが、神妙に正座した。


「鈴木小一郎は安心で安全だ。そういう気がする」


 その一言が眠りに入る合図になった。

 あのときの色魔っぷりを気取られていたとは、なんとも冷や汗ものだ。

 この子は友達。親友に邪な考えを抱くとは猛省が必要だ。


 



「ありがとうコイチロー、また今度お礼するよ。じゃあな」


 深夜に帰宅する際、花子を起こして彼女の家をあとにする。

 施錠をしてもらわないと、女の子の一人暮らしは危険だ。

 ここ数日まともに寝ていない。俺も睡眠が必要で、へろへろになりながら時間をかけてアパートに辿りついた。

 豆電球を点灯させるのみで、着替えるのも面倒だと居間の奥の六畳間にある寝床に倒れこむ。


 携帯端末を何気なく確認すると、今日のデート報告がメールやら画像やらで送信されていた。

 今度は間近で嫉妬させるから逢引の邪魔に来るんだぞ、とうるうたんの高揚した声のすぐそばで、コーメー君の幸せそうな笑い声がする。

 もうひとつの画像には、無造作ヘアのハンサムと彼女が横にぴったりくっつきながら、ふたりの姿が映し出されていた。双方ともいい笑顔だ。

 それにしてもお似合いすぎて、嫉妬どころか羨望すら覚える。

 後日必ずその現場にあって、覚悟を決めるとしよう。

 慣れと引き際と諦めが肝心だ。





平良宗太郎(ひ ら そうたろう)。真昼ちゃんの同郷で、クラスメイトだ」


 堂々とした自己紹介を受けたのは、昼休みの同好会部室でのこと。

 かねてからゴリさんと仲のいい同郷の彼が彼女とともに部室にいるのを、あとからやって来た俺と偶然出くわしたために、昼食がてら急遽名乗りでたという次第だ。

 ふたりとも弁当を広げている。

 俺もここで食べるつもりだったが、どうやらお邪魔のようなので退散することにした。


「八方九介。ゴリさんの友達ですよろしく」

「この子とデートさせてくれ」

「宗太!」


 脈絡もなく挨拶もそこそこに、いきなりの要請内容に目を見張った。

 ゴリさんが彼の名を呼び捨てにする親密さにさらに驚いた。

 彼女自身は気付いていないが、平良はあきらかにどや顔だ。

 すごいですねえと言いかけた。煽りではなく。


「いきなりだが、君がこの子と部室にいたのは」

「お前から許可をとるためさ。でないとこんな愛の巣みたいな空間に誰が来るもんかね」


 ぽかりと頭を叩かれる平良が、嬉しそうにゴリさんの腕をつかんだ。

 いきなりなにもうと叱られているが、体格のよさもそのときの反応も彼女の親父さんそっくりだ。同郷の血がゴリさんを惹きつけたのだろうか。

 眉の濃さでも彼らは連携している。


「二人きりで会ってくれんもんな。大好きな八方がいるからと」

「お土産渡したときふたりだったじゃん! あのときが初めて――」


 言い続けようとして自らの暴露に気付いたのか、口元を押さえたゴリさんが顔を蒼白にして俺を見返す。部屋に沈黙が漂った。

 あ、あとうろたえる彼女に近づいて、両手で肩をしっかりとつかんだ。

 平良も慌ててこっちに向かってきた。


「大丈夫だよゴリさん落ち着いて」


 色を失って狼狽する彼女に顔を近づけ、額が触れるかどうかの距離で目と目を合わせる。

 今の俺は無表情ではない。つまり怒ってはいないことをわかってもらうためだ。

 荒い息をつき唇を震わせる彼女の背中をさすった。揺れている瞳から視線を逸らさずだ。

 ようやく理解したのか、ゴリさんの可愛らしい面持ちに生気が戻ってきた。

 その隣で平良がどうしようもないと肩をすくめる。

 ため息とともに言葉を発した。


「真昼ちゃんをここまで縛り付けるお前の存在は、オレにはどうしても許せんでな」

「八べえ、あのときはうち」


 抱きしめることで返事をした。

 ゴリさんが抱きしめ返してきたのを見て、彼がさらに大きいため息をついていた。

 くっそという独り言が聞こえる。


「恋人でもない男に、ちょっとだけ会ったことを知られてここまで取り乱すってのはおかしいだろ。クラスのみんなと会って、その後お茶飲んだってだけなのに」

「だからデートさせろって?」

「誰がお前の許可なんか……真昼ちゃんがそう(こだわ)ったからだ」


 苦虫を噛み潰すという表現がふさわしい反応だ。

 下品な男ならここで唾を吐いてもおかしくない。


「ちょうど美男美女の逢引を邪魔する予定があったところだ。妨害つきでいいのなら、一緒にデートということで許可してやるよ」


 上から目線はちょっとした意趣返し。

 ほぼ初対面なのに攻撃的な彼への、子供っぽい嫉妬交じりの仕返しだ。

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