お話81 異性の親友
新年度を迎え、校舎を変えて高校生活も2年目に入る。
進級するごとに脳みそもしわを増やし続けてくれるといいのだが、その努力を怠る気が満々なので高望みしないことにする。
クラス分けの結果、一慎とは別になった。
うーこちゃんやゴリさんとも一緒になれず、それぞれがみな分配されてバラバラに。
うるうたんは3年生になり、最上級生としての貫禄と凛々しさがより一層引き立つ美貌ぶりをふりまいていた。
以前にも増して艶やかになったその姿形に、新入生は入学当初から大騒ぎをしていたが、もともと学校では凛々しくも一線を引いた佇まいの彼女に、当たって砕けろの何人かが実験台になっただけで、そのすべては成功しないまま玉砕となっていた。
そばにいつも中立一慎という長身の男前がいるのも理由のひとつだろう。
逆に1年生の女子がそのハンサムぶりに色めきたつくらいで、学年通してうるうたんにまとわりついては肘鉄をくらう男が現れては去り、の繰り返しだった。
うーこちゃんもゴリさんも人気者だが、彼女たちには演劇部の男女や、クラスメイトたちのガードがあるぶん相手からの接触はうるうたんほどではない。
俺といえば、彼女たち3人の女の子とは温泉旅行以来、特に目立った進展はない。
うーこちゃんは新入生の演劇指導やらで忙しくすごしていたし、ゴリさんは
新たなクラスの友達が出来、さらに交友関係を広めたようで学業に遊びに全力だ。
うるうたんは学校の男どもを一顧だにしなかったが、春休み以降2人の美男子たちと交代制のデートや3人での遠出など、順調に親密さを深めている。
特にコーメー君との仲はそれが顕著にあらわれ、あまつさえ高明と呼び捨てに
しだしたことで一慎を驚倒させた。
コーメー君からの懇願だったらしいが、うるうたんもそれをあっさり受け入れるあたり、結構呼び捨てを気に入っているらしい。
つかず離れずの絶妙な距離。
というのも俺と彼女たちはそれぞれに相手が存在し、ここ最近はそれと向かいあってすごしているためだ。
うるうたんとハンサム2人、ゴリさんと同郷でまた同じクラスメイトになった男の友達、うーこちゃんと部活の仲間。
彼女たちとはメールや直接の連絡、時には俺のアパートに遊びに来たりして、決して疎遠になったわけではない。
うるうたんはデートのたびに結果報告にあらわれ、毎回頭をなでなでしろ褒めろと密着してくる。それ以上変態行為が無くなったのは幸いで、長い黒髪が麗しい美人さんもこのごろ衝動的な昂ぶりが消えて久しい。性的なものも含めて。
おそらくいい男との接触が彼女を心身ともに満足させているのだろう。
ちなみにこれは性的な意味ではない。
充実した晴れやかな笑顔を見せる彼女へ心身ともに満足しているねと伝えると、落ち着いた微笑みを見せて嬉しそうに頷かれた。
しっとりと大人の雰囲気を漂わせる彼女に若干の寂しさを感じつつも、頭をなでなでして別れるの毎日。
そういう俺も実は女の子たち以外に花子と接する機会を増やしており、異性の親友をつとめる自覚と自信を得るべく、放課後は彼女と行動を共にすることが多くなった。
こうして4月の大半は以前のような変態と葛藤の日々とは無縁で通り過ぎていく。
やはり事件や騒動があるからこそ平穏のありがたみがわかる。
何事もない日々など退屈すぎておもしろくないと思うのだ。
「寝冷めしたのかなあ。なんだかボーっとするわ」
週末恒例となった花子との遊びで待ち合わせした際、普段元気印の彼女が力なく長身をふらふらさせて椅子に座り込んだ。
高速道路下の公園で人気はない。
夕方にさしかかり今からが遊びの時間ということで、彼女は違和感がありながらも無理をして外に出てきたらしい。
俯いて腰掛ける花子の額に手を当てる。
さすがに触れただけでもわかるほど、それは熱くなっていた。
「……やばいか?」
「自覚してないみたいだけど、熱がある」
帰ろうと促す俺を見上げて、火照った顔で微笑んだ。
めずらしい弱気な表情だ。
「せっかく初めてのオールで歌いきろうと思ったんだけどなあ。こういうときに限ってこれかよ」
「機会はいくらでもあるさ。親に叱られるぞ、熱で遊びに行くなんて」
「アタシは先週から一人なもんでな! 帰宅しても誰もいねえよ」
父親は地方、母親はそれを世話をしに行ったようで、あと何週間かは戻らないと説明してもらった。つまり彼女は病気のまま留守番ということになる。
「送り狼だ。そのまま家に上がるぞ」
肩をかしながら、ふらふらした彼女をふらふら支えながら歩き出す。
ワードが彼女の琴線に触れたのか、わははと笑っている。豪快さは健在だ。
「乙女の一人暮らしに、煩悩を起こした男をか? 心を洗って出なおせ色魔」
「熱を測った時点で洗いまくった。ちょっとそういう事態には経験がある。親友を信じろ」
「……」
男っぽい対応で拒否しようとした花子だが、今こそ時と場合だ。
この子がどう思おうと、放って帰ることは変態紳士の名にかけて許さない。
「俺から変な動きがあったら、ぶん殴って家から叩き出せ。それまでは頼りなくとも人手があると思って我慢してくれ」
市営住宅っぽい作りの平屋に案内されて中に入った。
花子は家に誰も呼んだことがないそうだが、それを気にしたとしても、俺のアパートのほうがよほど古いし脆い気がする。
つまり彼女が何かを思ったとて、こちらとしては些細なこととして流すしかない。
4畳半の部屋にあるベッドに体を横たえた彼女は、本格的に熱を自覚し始めたのか少し荒い息をつき始めた。言葉を交わすのも億劫そうだ。
日ごろ風邪のひとつも引かないということで、薬の置き場所もわからないという。
薬を買いに外に出ている間、花子には寒気がするなら厚着を、熱いのなら水分をとって体を少し冷やすことなどを言い含めた。
何か言いたげな彼女をにへら顔で制すると、失笑しそうになる相手を置いてドラッグストアに一走り。
点滴効果のあるかもしれない飲み物、ゼリーやアイスクリーム、脇の下や熱い部分を冷やすシート、薬などを購入して取って返し、服を着込んで寝ていた花子へ飲み物とアイスを進呈した。
特にバニラアイスは好評だったようで、うまいを連呼してそれを平らげていた。
この時点で薬で熱を下げるのは得策ではない。
体温計を計って出た結果危険を伴うほどの高熱ではないので、肌着を取り替え汗を拭きつつ自力で体内のウィルスを熱で始末するのが妥当だろう。
熱で病原菌を排除するのに熱を冷ますのでは話にならない。
「楽しみで昨夜寝れなかったからさ。熱いけど今なら眠れそうだ」
「うんそうしな」
「……世話かけてすまないな」
ありがとうと聞こえた気がしたが、花子はすでに目を閉じていた。
この部屋で俺も待機だ。彼女から風邪がうつらないよう、気休めのマスクやらうがい薬やらで対処する。
夜は長くなりそうだ。
「コイチロー」
花子の声で、うとうと気味から我にかえる。
彼女の顔を覗き込んだ。
深夜を過ぎたあたりで目覚めた花子に水分を補給してもらい、汗をかいたぶんの着替えとふき取りを遂行してもらう。その間俺は部屋の外だ。
「ちょっと楽になったかも」
ゼリーをぱくつきながら、血色を取り戻した花子が窓の外を見て呟く。
まだ熱はあるようで、引き続き警戒は必要だ。
アイスが特にお気に入りの彼女、在庫がなくなったのでおねむに入ったらコンビニで調達してこよう。鍵は信用の証で一旦貸してもらった。
寝て起きて汗を取って着替え、カロリーと水分を摂取する。
一連の行動を繰り返すうち明け方近くになった。
花子の額に手をやると、以前より下がっているのか熱いというほどでもなくなっている。まだ風邪気味のようなので、薬は遅かれ早かれ飲む必要があるだろう。
白み始めた窓の外を見る。結局アパートに帰らなかったが、今はそれぞれがいい距離を保っているので、何も問題はない。
今回に限っては携帯端末をマナーモードにすることで、接触を控えている。
確認もまだだ。俺がこの家を出るときは、花子の熱が下がりきるあたりだろう。
日曜の今日までは付ききりで一緒にいようと思う。
一人暮らしの病気というのは、かなり心を折る事象だ。
誰かがそばにいるのといないのとでは、気の休まりようが違う。
俺はまだ近くに婆ちゃんがいるだけ心強い。花子には誰もいないのだ。
ベッドの下で腰掛けながら仮眠しつつ、時折彼女の容態を確認。
熱はまだあるが、寝息は安定している。
明日からの学校はひとまず休みになるだろう。
場合によっては俺はここから登校になるかもしれない。
朝になり、目覚めたとき必要な水分、ゼリーなどを花子が手が届く距離においてひとまず帰宅。着替えと明日の登校の用意やそのほか入用の補充をすませてから、居間で一息ついた。
携帯端末の着信を確認。皆それぞれ忙しいのか、相手との経過報告くらいで急用はない。返信する時間はないのでスルーして花子の家にもどった。
途中ショッピングモールでまともな食べ物を購入。そろそろアイスやゼリー以外を口にしたほうがいい。
「帰ったのかと思った」
花子の家に帰還すると、新しい肌着に着替え終えた彼女がぼさぼさの髪に寝ぼけ眼で、ゼリーをちまちま食べていた。
小動物のような動きは初見なので少し吹いた。
なんだよと言いたげなお子様モードの花子に好物のアイスなどを手渡すも、まともな食事をしてもらうべく、生ものが入っていない梅五目のちらし寿司などを勧めてみる。
「寿司?」
「寿司飯は弱った胃にはいいんだぜ? 生ものはないし、おなかすいてるなら食べてみな」
半信半疑で花子が一口。
思った以上に当たりだったのか、そのままぱくぱくと食べ始めた。
「梅の香りがしていけるわこれ! 全部食える」
「では俺もいただきます」
「いただきまーす」
俺もお相伴にあずかる。無言で寿司をむさぼり食うふたり。
いきなりかき込みすぎてむせた花子に、お茶を飲ませる。まさに子供の世話だ。
「なんだか兄ちゃんと一緒にいるみたいだな!」
「兄さんいるのか」
「……いなかったわ」
「なんじゃい!」
親戚の兄ちゃんがいるけどな、と大笑いしながら寿司を平らげた後アイスを続けて摂取。食欲はあるようで、熱は完全に峠を越えたように感じる。
ようやく薬の出番か。
「コイチローはいつ家に帰る?」
あとはひたすら寝るだけになった花子が、横になる前に俺に聞いてきた。
今の花子の様子はまるで子供のようであり、保護欲がわいた自分にとってそれを振り切るなど思いもよらない。
「ここで今から泥のように眠りに入る」
「布団ないけどな」
「変態紳士はいつでもどこでも、枕がわりの座布団があればおねむできる。素で寝ても問題ないように、少し厚着してきた」
「なにからなにまで用意いいなあんたは」
意味不明のサムズアップをしてみせると、おそらくそれを理解してないと思われる花子も親指立てして応えた。
お互いが分かっていない動作を合図に部屋は静寂の間へ。
睡眠不足の俺はすぐに意識を失った。




