お話80 バカなら任せろ
「気持ちいい風だな!」
最寄り駅を降りて、花子がうーんと背伸びをした。
女性として大柄な彼女だが、こうして後ろから見ると長い脚にデニムのスキニーパンツのラインは秀逸だ。エロ格好いいというのかこれが。
ベージュのブーツ、ニット素材のベージュのパーカーもよく似合っていて可愛らしい。仕草や言動が必要以上にがさつで男っぽいというのは、異性に煩悩を起こさせない彼女なりの処置なのだろうか。
仲良くなった男友達がこの子を女として意識したとき、その関係は気まずくなるらしいが、一概に男が悪いとは言えないのかもしれない。
そうと断定するには、花子はスタイルが良すぎるのだ。
「ここから滝までちょっと距離あるぜー? コイチローへばるなよ!」
背中のリュック越しに俺を振り返る。
にかっと嬉しそうに笑う彼女は、いつにもましてテンションが高い。
以前の約束どおり彼女の女友達とは集まって即別行動になったが、服やアトラクションやらを見て回るの一般的なデートより、こういう自然を感じる風景での散策が花子のご所望だった。
つんつんともっさり頭の俺の男友達は自分の彼女たちについていったので、当然別れ別れになる。そのことで奴らに冷やかされたが、紳士協定らしきものを結んでいる形の俺と花子には、どこ吹く風だった。
観光案内所でマップをもらい、準備万端で出発する。
沿道の土産物店が軒を連ねるなか、名物の香ばしい揚げ物の匂いに気をとられつつもテンポよく歩き進む。
脚の長い花子に合わせるのは大変だ。短足の俺はちょこまかと後ろを追った。
舗装された道と適度な上がり坂の道中には、開花真っ只中の桜がちらほら。
風情あふれる古そうな建物の食事処にノスタルジーを感じながら橋を越える。
枝垂桜 も見かけた。
濃いピンクの絢爛な花びらがわずかに風で揺らいでいる。
雲の少ない春晴れに花子が何度も背伸び。
できるだけ上半身だけを集中して見つめることにした。
この健康的で快晴の空の下、感じるのは大自然へのロマンだ。
他のであってはならない。
ふと気がつくと、俺に向かって目の前に花子が立っていた。
眉の濃さでゴリさんに劣らず、たれ気味の目元はパンダかなんかを想像させる。
どちらかと言えば、鋭利さよりほんわかした顔立ちの子だ。
人によっては評価が別れるが、節操のない俺にはメリハリの利いたスタイルのよさもあってか、十分可愛らしく映る。
「コイチロー」
彼女が俺の名を呼ぶ。
ぽってりとした唇を見つめると、急に肩を組んできて耳打ちしてきた。
「あの子らと別行動になったのは、ほかに理由がある」
「……とは?」
「青山って奴と佐々木って奴、いるだろ」
「え?」
「あんたの友達じゃねえか! つんつんした頭ともっさりした頭の男だよ!」
「……」
青山と佐々木か。鳥頭ですぐ忘れるから、これからも奴らはつんつんともっさりだ。
「あいつらさー、なんだか変に気を回してアタシとコイチローをなんとかしようとしてるんだよ」
「おふたりでごゆっくり状態だな」
「そんなんじゃないって何度言っても聞きやしねえ」
奴らの背後にその彼女の意向が働いているのかもしれん。
友達である花子にも相手をってなもんだ。
「アタシが欲しいのは気兼ねない友達だよ。男女限らず、バカやれる奴な」
「バカなら任せろ」
「自己申告を受けてバカ認定してやろう。惚れたのどうのとややこしい仲間はな、今必要ない」
肩を組みながら歩きつつ、空を見上げる男前なハナコの言葉。
つまり俺がいる美男美女の集団とは相性が悪いわけか。
いいことを聞いた。今までもこれからも、ハナコの存在は機密にしておこう。
彼女も必要ないと言っている。
気兼ねないという部分に賛同するからこそ、俺もハナコとこうして会っているわけだし。
「温泉饅頭」
「……お」
「忘れてねえだろうな。お土産だ。食い物のうらみは恐ろしいぞ?」
「終着点の滝の前に休憩処がある。そこで渡そうと思って」
肩を組みつつも前を向いていたハナコがふーんとの反応。
しばらくして俺を見つめながらたれ気味の目を細めた。
「やっぱりあんたはアタシを女の子扱いするのな。最初からそうだった」
「女の子でしょ君は」
苦笑して花子を見返す。一応頷いていたものの、首を傾げていた。
「最初は男扱い、そのうち何かにつけて触ってくるような今までの奴らとは違うんだな」
「違わないよ。紳士たれとの要望があるからそれを封印してるだけさ」
彼女のスキニーパンツ姿に変態が発動しかけたが、そこは言えない。
「封印を解いたら?」
「……ただの色魔だ」
「変態かよ!」
ぷっと吹き出すハナコの横顔は、実に生き生きとした表情だ。
恋愛をからめてこない間柄というのは、俺のような変態でも爽やかな空間を演出することが出来るらしい。というか悪友の一慎とでも一緒にいるような気安さだ。
ちなみに一慎とコーメー君は旅行後、うるうたんを巡っての対決が本格化した。
今日のデートはコーメー君とのこと。
意気揚々と朝に俺のアパートへ報告に来たうるうたんの笑顔は眩しかった。
身内のような俺では感じ得ない高揚感やらときめきやらで満たしてくれる相手こそ、黒髪の美人さんの相手としてふさわしい。
考え事を観察されていたのか、不思議そうな面持ちでハナコが見つめている。
色魔だと暴露したからにはそう呼ばれることを覚悟しなければ。
しかしあくまで俺は紳士だ。
近隣にも観光名所と知られる大滝の前で、休憩処の椅子に座ってしばしの瞑想。
春ということでベストシーズンをはずしているものの、滝が流れる谷間全体に漂う空気はやはり癒しの空間だ。
色鮮やかな秋や、緑が生い茂る夏に比べて地味でも、そのぶんリラクゼーションをゆったりと感じることができる、四季の移ろいってやつだ。
実際観光客もいくぶん少なめながら、だからこそ落ち着いた雰囲気で絶景を臨むことができた。
落ちてくる水の流れは環境音楽として聞いても心地いい。
肩を並べて背伸びやあくび。
花子が差し出してきた健康飲料を何気なくいただいた。
お礼を言って返したのを、彼女がまたそれを豪快に飲み干していた。
まさに男同士の関係だ。花子はおしゃべりでもあるのに、この大自然を前に言葉は少なめだった。口数が多いとはいえない俺と一緒なら尚更か。
ここで温泉旅行のお土産を進呈することにした。
ジャージー牧場のミルクジャムとチーズ。
あとはそばを食べ損ねた駅周辺で物色した黒豆きなこのバウムクーヘン。
小麦粉を使わずお米を米粉にして作った、すべて地元産で作られた名品だ。
「オイオイ、意外すぎてびっくりだわ! アタシのお土産にこんなモン買ってきてくれるなんて」
「どれも甘めだが、大丈夫かな」
「問題ねえさ! ありがとうよコイチロー」
さっそくチーズを口に放り込み豪快に食いだすハナコ。
うまいなあと連呼しつつ、俺と肩を組みながら風景を端末に収め始めた。
「お土産も女扱いって、徹底してるなあんたは」
「木刀とか思い浮かんだが」
「饅頭だろ、木刀はさすがにねえよ!」
わははと大笑するハナコがチーズをぽろぽろ服に食い落とす。
それを見て俺はゴリさんよろしくハンカチで拭いたり取ったり。
「コイチローといるとアタシは女なんだなとか思うよ」
世話を焼いている態になった俺を見下ろして、静かに彼女が呟いた。
友達然として振舞っていても、ハナコはどうしたって女の子だ。
煩悩を起こしたりせずとも、対応は男というわけにはいかない。
「あんたの女扱いは嫌じゃねえな」
「女の子である前に友達でもある。無理難題に挑戦しているのさ」
「せいぜい頑張れや」
バシバシ肩を叩いて他人事。君の話だぞ。
「仲良くなると、こういう感じでもっと男言葉になるんだよな」
「色気より食い気、食い気より男気か」
「アタシが女っぽくなってみ、気味悪いだろ?」
性格と言動と顔が男っぽいのに、体だけやたら女を強調してるからなあと困り顔だった。気味悪いとは思わないのだが、そこはんーと考えるフリをしてあえて紛らわしておいた。ゴリさんの場合とは事情が違うようだ。
往復5キロほどの上がり降りを歩いて、名所の行程は終了となる。
先の旅行といい今日といい、自然にまみれた春休みだ。
おっさん気質の俺にはのんびりとしたこういう遊びが性に合っている。
そういう意味では、花子とは相性がいいのだろう。
皮肉なことに、相性が一番いい相手とは親友ということになるのか。
おしゃれやちょっとした感性でうるうたんと相性のいいコーメー君、ゴリさんと同郷でお互い通じ合う何かを感じられたクラスメイトの男など、巡り合わせは様々だ。うーこちゃんとは兄妹愛といったところに落ち着くのだろうか。
しかしながら手を出しているから論外だが……
先日無念の駅そば辞退を余儀なくされたので、近場とはいえ本線に合流する中継点にて本願を果たすことにする。男気のある花子が異論を挟むはずがない。
ふたりとも早食いの真髄を見せ付けるようにしてあっという間に間食し、心残りや食い意地を満たして遅めの昼食を終えた。
本線を途中で下車し、いつもの堤防沿いを南に下る。
家までとどめのウォーキングだ。
土手から河川敷を歩いたり、河川敷から車通りのある街道に出たり様々な道のりを越えて進む。春休みなので家族連れやお年寄りも多く見かけた。
ときおり桜の木が満開ぎみに咲いている。
その下で花見をしている人もいた。一本だけの桜だとしても、風流だ。
健脚の花子の脚は速い。俺も負けじと続いてしばしの競歩もどき。
しばらくして見えてきた川沿いのおしゃれなブラジル風建築の焙煎工房を横切る際、カフェテラスに見知った女の子とあまり知らない男を発見する。
眼鏡がよく似合う、ポニーテールが可愛い色っぽい彼女だ。
同席するテーブルにはゴリさんと同じ濃い系統の顔をしたクラスメイト。
彼とふたりきりなのか、お互いにこやかに見つめあい、お土産らしき物を渡して
仲よさ気に話しているようだった。
早歩きのなか、それでも横切ればゴリさんの視界に入る恐れがある。
ここは花子を誘導して堤防沿いを外れ、街道を南に下るようさり気なく移動した。
「せっかく気持ちいい風だっていうのに、どうした?」
「花子の家は街道の方向。自然を満喫したあとは洒落た場所でもどうかと」
普通の徒歩にもどり、幹線道路を南に下ってショッピングモールに向かう。
洒落た、と言えるものでもないだろうが、おしゃれに程遠い俺にはそう捉えることができる。
それは花子も同じなのだろう。
服とか小物見るのかよー、とむずかゆい顔をしていた。
アパート近場の施設とは違い、洒落た専門店が多いここは若い恋人たちで溢れている。場違いかとも思ったが、緊急避難とその理由付けでここに来ざるを得なかった。
「メンズ見るんなら、付き合うぜ?」
「……そうだな。ハナコの男気なら――」
メンズとレディースが混合するまさに恋人のためにあるようなショップに入店しようとして、ぶっと噴出した。
店の奥にいたのはよく知る美男美女。
黒髪の美人が女性店員涙目のセンスで、相手の男に服を選んでやっている最中だった。無造作ヘアのハンサムに服を合わせて見せ、うんこれがいいなと頷いている。
コーメー君が満足そうに、嬉しさをかくせないようにうるうたんを見返す。
どうだ、といわんばかりの彼女にさすがだよ、と気安く応えていた。
うるうたんがそうだろう、と満面の笑み。
より親密さが増したその姿は、恋人同士以外の何者でもない空気を醸し出していた。これくらい私が出してやるから、と手をつなぎながら会計に向かったふたりの背中を見送って、やっと我に返った。ここもどうやら危険地帯のようだ。
「おいコイチロー!」
固まった俺に大声で呼びかける花子。
それに気付いたのか彼らが振り返ろうとしたとき、花子の腕をとって一目散に逃げ出した。逃げるのは俺の数少ない特技だ。
発見されていないことを祈りつつ、ショッピングモール外に退散する。
「なんだなんだ、さっきから逃げまくりじゃねえか」
「知り合いだ」
「……友達ならいいんじゃねえか? 会っても」
「いやあ」
微妙な笑顔で、長椅子に座っている花子に飲み物を進呈する。
俺も横に腰をおろしてアイスコーヒーをすすった。
「アタシと一緒だと、連れに会いたくねえか?」
少し声を落とした花子の言葉に、少しむせた。
なんという勘違い。しかし彼女に事情が知りえるわけもない。
「ちがうちがう! 俺が、彼らと会っちゃいけない時と場合だったんだよ」
「なんだ、時と場合って」
「見守らなければならない時と、邪魔してはいけない場合だ」
「ふうん」
ストローでコーラをひとすすり。
濃い顔立ちながら整った横顔のハナコが夕暮れの空を見上げながら口を開いた。
「あんたもいろいろあるんだな」
「ハナコだってそうだろ」
「ま、アタシの場合は単純さ。いやらしい目で見るようになったら、それで終わり」
「せつねえなあそれこそ」
男の本能てやつには逆らえない。俺もいつこの子と終わりになるかわからんぞ。
「コイチローには特別甘くしておいてやるさ。もらったお土産も、口にしやすい甘食ばかりだし」
何気に抜け目ないぞ花子。
にやりとしたかと思えば、仰け反って長い足を組みだし、そっぽを向いて言った。
「だってあんたアタシに何様だとか偉そうにとか言わねえんだもん。自意識過剰とかさ。贔屓するには十分な理由だろ」
「バカですので、そんな考えに至りません」
「ははっ、そうだバカだったな! コイチローは大バカだった」
あたしもそうだー、とか叫んでいきなりテンションが上がった彼女に引っ張られ、ショッピングモールを後にする。
いろいろ感慨深いものがあるが、そこは気がつかないふりでいよう。
さしあたっての目的は、この女の子と親友になれるべきか否かだ。
でもバカの前に大はついてないぞ。何気に昇格しないように。




