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お話79   男のロマン

 顔が土気色の一慎と、かつてない落ち込みようのコーメー君と合流した3日目の朝。女の子たちは対照的に、爛々と生気を(みなぎ)らせるうるうたんの表情は艶やかそのもので、温泉とお床入りで俺の成分とやらを吸収したといううーこちゃんとゴリさんもほくほく顔で機嫌がいい。


 メンタルが強いとうーこちゃんを瞠目させたハンサムふたりが競うようにしてうるうたんへ近づき、最後の旅行の自由時間を共にしようとする。

 バイキング形式の朝食の席で朝から盛った野郎どもだが、狩人の決死の意気込みに狩られる黒髪の美人の返答はあっさりしたものだった。


「かまわないよ。お土産を物色するのに君たちが荷物持ちを担当するというのなら」

「俺は行く」


 一慎の目が光った気がした。魂が戻ったというべきか、明確に振られた実証で逆に燃えたのだろうか。狩人としての奴の決意は固まったようだ。


「引くと思っていたが、中立もけっこうしぶといな」


 ぼさぼさだった髪を整え直して席についたコーメー君の場所は、ちゃっかりうるうたんの隣だった。

 飲み物を意中の彼女に渡してお礼をもらうと、ほとんどの女の子の心をとらえるような爽やかな王子様風の笑顔を見せて、うるうたんを見やった。

 当のうるうたんはにっこりそれを受けていた。


「お前もつきまとうのな上戸(かみと)。しぶといのはどちらだか」


 美人を間に火花を散らす男前ふたり。逆にうーこちゃんとゴリさんに挟まれた俺は、眼鏡っ子の給仕を受けてショートボブの子からあーんされている。


「最終日はお土産や買い物やらで、男は男、女は女で行動するんじゃなかったのか」

「そんなもんはな、却下だ却下」

「八方の提案だろ。変更だ」


 視線をうるうたんに向けつつ話しつつ、俺が立てた予定を拒否する狩人たち。


「あたしは五里さんと女同士の買い物するよー。高明は邪魔だし、多聞先輩に引き取ってもらってちょうどよかった」

「そうだね! 明春さんは部活の仲間でしょ、うちはクラスの友達にいろんなの選ばなきゃ」


 なるほど皆は相手が決まっているのか。

 ならば俺としては大事な用件を消化しよう。

 ハナコにお土産を秘密裏に買うという、最後の目的をだ。


「八べえどうするの? 多聞先輩とこなんかややこしそうだし、うちらと来る?」

「そうしなー? 美男美女の集まりだけど、実のところ戦場だよあれ」

「確かに……イヤイヤ俺は少し婆ちゃん関連で用があって」


 うるうたんのすさまじいジト目を受けて、ゴリさんとうーこちゃんの誘いを辞退させてもらった。


「そうだな、九介はおば様のお土産でお年寄り向けとかもあるだろうから、ひとりで行動しなさい。女など誰も連れずに、厳粛にひとりで」

「……ソウシマス」


 今日未明の話で、彼らと一緒にいることをうるうたんへ奨励したのは俺だ。

 彼女には一切非がない。

 だからなのか、君の浮気は許さんという恐ろしい気概を放つうるうたんに無条件のイエスマンをしてしまった――という態を装ってひとりになれたことは幸運だったように思う。

 これで気兼ねなく婆ちゃんのお土産とともにハナコのぶんも厳選できるというものだ。年寄り臭いものになるであろうことだけが懸念だが。


 食後に部屋に戻り、着替えや帰宅の準備。

 豪華にしろぼっち部屋での用意となるはずが、女の子たちの乱入を受けて何故か4人で身支度することになった。

 目の前で下着姿になり着替え始める痴女たちが、まだ少し恥ずかしいけどねー、などと口走っている。

 臆面もなく造形美部分を見せつけながら、わざと急角度の姿勢で着替えるその様で、どの口がいうのか。凝視してから目線を逸らす俺の変態ぶりも大概だが。


 成分を補給するという彼女たちからすればまっとうな理由で、それぞれからの深いチューをいただいた。当然3連続してのごちそうさまだ。

 少し慣れてきた俺は根っからの悪党なのだろう。

 まあこれからぼっちでの行動なので、俺も強く抱きしめ返して成分とやらの補給をしておこう。





 旅館のエントランスを出た時点で、一時解散になる。

 夕方には連絡を取り合って、ローカル線の最寄駅から本線に合流する中継点の駅まで進んで集合だ。

 元気な明るい声の小さい子と、色っぽい眼鏡っ子が手を振って去っていく。

 威嚇気味のハンサムふたりに睨まれつつ、周囲にいる他人の目も気にしない黒髪の美人から抱擁されるしばしの時間のあとで、俺はぼっちになった。


 かねてから調べていた日曜の駅舎内朝市で、婆ちゃん向けのお土産を物色する。

 やはりここは乾物だろう。イワシなど摩り下ろして粉にし、ダシ成分として使う婆ちゃんならこの選択で間違いなし。

 しかも地元産で出所も安全ということで、ついでにコンブも買い足した。

 地酒や醤油も捨てがたい。

 かさ張る荷物は配送便として婆ちゃん家に送ってしまおう。


 あっさりと年寄りの土産を決め終えたあとは、若い女の子であるハナコの分になる。まさか以前軽口をたたいた温泉饅頭というわけにはいかない。

 酒や海産物などが主流のこの地域では女性向けなど望むべくもないので、うーこちゃんとのデートコースだったジャージー牧場に再来して自家製ミルクジャムやチーズを購入。彼女の手前買えなかったということで、二度手間だがしかたがない。

 他にもアイスクリーム、アイス最中、ヨーグルトやプリン、チーズケーキなど垂涎の品もあったが、賞味期限的に不可能なのでやめておいた。

 配送より直接手渡しだ。


 三寒四温の名残りが残るような少し冷たい風を受けながら、羊やヤギなどの動物を散策して見回って時間を潰したあとで、バス停留所までのらりくらりと歩いた。

 山奥という程でもないありふれた田舎景色のなか、曇り空を見上げつつ杞憂する。

 誕生日も雨だった。今回のぼっちでも降るのかと思うと、さすがにもの寂しいものがある。旅行先ひとりで雨にふられるというのは、ソロ好きな俺だって避けたいところだ。





 お土産を買ってしまえば、後はあまった時間で観光するのみ。

 合流先である本線の大きめの駅まで一足先に到着し、適当なチェーンカフェで休憩と軽めの昼食を取る。

 朝のバイキングで男同士の食い意地を張り合ったおバカな行動の結果、お腹はあまりすいていない。おそらく今頃は獲物を追いかけているであろう彼らも、同じような状況だろう。

 うるうたんに纏わりつくふたりのハンサムを思い出したところで、当人から連絡がきた。


「ようぼっちのたらし野郎」

「……ご機嫌斜めなようで」

「おかげさまでな。今俺はひとりだ。上戸が多聞ちゃんと観光デートに行った」


 一慎の声は実情を伝えるにしては落ち着いていた。

 しかしご機嫌が上場のわけはない。


「あの子がお土産を物色する間、少し奴と話し合ってな」

「ほう」

「あいつも簡単に彼女を諦める気はないらしい。逆に少し前まで萎えていた俺としては、立場がはっきりしたことで以前のように燃えてきた」


 冷たくなったり熱くなったり、忙しいなお前は。

 まあそれでこそ高校生らしいというか。


「旅行が終わると本格的に争奪戦の開始だ。学校が同じで時間のとれる俺と違ってあいつは放課後や休日しかないから、今回の独占は奴にゆずった」

「優しいのか余裕なのかバカなのか……」

(われ)(われ)がの男を多聞ちゃんが気に入るはずがないし、いつもべったりする男も趣味じゃないだろ。押し引きが必要だ。あと質問には慈悲深いと答えておこう。バカなのはお前だろ」


 ほんとにバカ、と再度認定された。

 うるうたんがなぜ一慎とコーメー君をもう一度受け入れる気になったか、その理由である未明の出来事を得意満面で暴露したらしい。


「その思い上がりと独占欲のなさを後悔しろ。多聞ちゃんが心変わりしても同情しねえぞ」


 熱い男ぶりがこいつの長所でもある。

 昨日までの覇気のなさと違い、これこそが一慎たるゆえんだ。


「あの子も抱えていた葛藤やら本音の一部を吐き出したからか、今の姿は俺でさえ見たことがないほど綺麗で凛々しいよ。上戸のやつも他の女を捜す気になれないと見惚れていたな」


 何か言いかけた俺の気配を察して、一慎が鋭く言った。


「謝られる覚えはねえぞ。選んだのは多聞ちゃんだ。彼女からはいろいろ謝罪されたが、惚れてる弱みだから許した。随分前から俺とあの子は気付いていたことさ」


 お前が一番だということをだ。そう悪友は締めくくった。


「……俺の心の整理みたいなものに、お前との話が必要だった。ということで、もう切る」

「ああ。最後に食うのはな、無論ここの駅そばだ」

「おっさんめ。だが当然俺も食うよ」


 最後に少しだけ笑って、お互い回線を切った。

 俺が悪友と立場が逆なら同じように振舞えるだろうか。

 メンタルの強さが違うことだけは理解できたが、うるうたんの自分に(こだわ)る理由が人としてというだけでは、よくよく考えると納得がいかない。

 俺が女なら間違いなく奴を選ぶ。





 やはりというか当然というか、雨に降られて集合時刻に遅れるなか、すでに駅構内のカフェで待機していた土産物満載のうーこちゃんとゴリさんと合流。

 持ちきれないぶんを宅配にしたらしいが、それでも相当の手荷物を抱えていた。

 うるうたんたちが最後に来るかと思えば、すでに美男美女の3人は到着済みらしい。うーこちゃんとゴリさんを置いてどこに行っているのかと尋ねると、なんと駅そばを食らいに行ったとのこと。


「多聞先輩もそれ食べるってにこにこしてたよ。交代制のデート半日こなして元気だよねえ」

「うちは昼がっつり食べたからおそばは諦める。この旅行で確実にアレが増えたもん」


 交代制ではなくコーメー君がより多く時間とった争奪戦だったようだが、あえてそれを説明する必要はあるまい。

 ゴリさんの体重に関しても同様、余計な口は叩かない。

 会計を済ませようとする彼女たちより先に店を出て、俺も駅構内に向かった。

 ここでそばを頂かずにどこで食うというのか。

 早足で階段を駆け抜け、そば処の手前にさしかかると、余は満足じゃの様子でこちらに向かってくる3人の男女がいた。


「遅かったなたらし野郎。もうそろそろ到着する時刻だ」

「なんだと……」

  

 一慎が満腹顔でそうほざくと、コーメー君もほっこりした表情で時間ないな、と呟いていた。美男子たちとのデートで高揚した面持ちのうるうたんも、そばを食べたからではない上気した頬の面持ちで、俺をいたずらっぽく見つめている。


「明春くんも五里くんももうすぐここに来る。食べている時間などないぞ」

「……」


 冗談ではない。安くてうまいご当地味の駅そばを食わずして帰れるものか。

 彼らの言葉をスルーして、そばを注文するために売り場へ向かう。

 うーこちゃんとゴリさんが姿をあらわしたところで、天ぷらそばを食らうのに夢中な俺の襟足をつかみ、うるうたんがその姿勢のまま移動しようとした。


「こればっかりは譲れません。乗り遅れようと、完食するまで離れませんからね!」


 食い意地のはった俺はいつものへらへら顔ではない本気を見せながら、そばをすすった。うるうたんから引っ張られ、うまく食べられない。


「待ち合わせ時間に遅れたのは君自身のせいだ。おそばが食べたいのならおば様の家で私が作ってあげるから」

「ここでしか食えないそばは何よりも代えがたい。男のロマンですから」


 離してください食えませんと憤然としながら振り返る。

 そこにあったのは黒髪が美しい美人の、端正な無表情だった。


「私の手作りより、こっちを選ぶのだな?」

「……」


 すすりかけたそばが口からぷらぷらしている。

 それを見てうーこちゃんとゴリさんが失笑した。

 男前たちはざまあという顔をしている、


「もう一度言ってみろ。ここのそばを食べるために、私と一緒に帰れなくてもいいというのか?」

「あ、あと少しで麺だけは食べ終えて」

「私より、それが大事だと?」


 くだらないことでくだらない言いあいをしている、と周りの人たちが見守るなか、当事者は本気だった。

 駅そばにこだわる食い意地で一歩も引かないつもりの俺と、食べ物と自分と比べてそばを取った俺への憤怒で肩を震わせるうるうたん。

 即行動を起したのは、彼女を姫扱いするふたりの男たちだった。


 両側から抱えられるようにして連れ去られる。食いかけの天ぷらそばが遠くなる。彼らを指示するようにうるうたんが先頭に立つ。

 うーこちゃんとゴリさんは完全に子供の俺を見て爆笑していた。

 そばひとつでどれだけ悲しいんだよー、との声が聞こえる。

 君たちに関してはいつも全肯定だが、これだけはロマンがないと言わせていただく。

 最後の最後で本願を成就できないとは無念極まりない。

 消化不良のまま電車に担ぎこまれ、春の温泉旅行は終了した。

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