お話78 くたばれ
色っぽい黒のキャミソールと、タイトなデニムパンツ姿が麗しいうるうたんが部屋を出て行く。コーメー君が我を失うのが当然のセクシーな後姿だ。
悪友と無造作ヘアのハンサムとのこれからを3人で話し合うという。
黒髪の美人の誘いを受けた彼らを窺ってみると、うーこちゃんと一緒の部屋から出てきたコーメー君が俺を威嚇しながらも、嬉しさを隠せず気合十分でうるうたんが待つ一階ロビーへと降りていった。
ゴリさんに慰められていた一慎が眼鏡っ子に伴われて女部屋から出てきたのに遭遇して、落ち込みつつも冷ややかだった悪友の現在状況をを確認。
頬に生気が戻り、恋敵に劣らぬ気合が入った熱い男に昇華していた。
ゴリさんに焚き付けられ、元気づけられたのだろう。顔をばんばんと強く平手うちして肩をいからせながら、階段で恋人のもとへ向かっていく。
俺はうーこちゃんとゴリさんを連れて、自分の豪華な一人部屋へ。
ローテーブルに座ってゴリさんのお茶の提供を受けながら、それぞれの経過報告を聞いた。
「高明どうやら本気みたいだね。横槍だろうがなんだろうが、多聞先輩を自分のものにするって息巻いてたよ!」
「うちは逆に冷めて引き気味だった中立くんの男気を刺激して、その気にさせたんよね。俺も諦めない、って発奮してた」
ゴリさんは最初から一慎の味方らしく、男の好みも豪快な悪友のほうが好みのようだ。荒々しい男がお気に入りだとしたら、タイプとして俺は間逆。
ゴリさんの趣味は不可解の一言に尽きる。
コーメー君を悪く言うことはなかったものの、彼に気を向けるうるうたんも含め素っ気無い評価だった。
「ハンサムなのは認めるけど、うちは好きになれないなあの人。目移りしちゃう気持ちは理解してもね」
「あいつの味方したくても、今回は無理。五里さんは正しいよ!」
だよねー、と意見を合わせるる女の子たち。
タイプじゃないから論外、とまで続けて言い切っていたゴリさんと、あいつはもう男として見れないねーとあっさりばっさりのうーこちゃん。
彼ほどの男前であろうと、彼女たちは容赦がない。
ゴリさんの目移り、という物憂げな表情と言葉に微妙に反応をしていたうーこちゃんだが、その時は何も言わなかった。俺は鳥頭なのですぐ忘れた。
「中立くんならどう?」
うーこちゃんがお茶菓子をぱくつきつつ、ゴリさんに詰め寄る。
ポニーテールを揺らしながら、浴衣の色っぽい眼鏡っ子は少し首をかしげてにこっと笑った。
「明春さんの幼馴染となら、断然中立くんかな」
「へえ」
冷やかし気味なうーこちゃんの含み笑い。
ゴリさんは照れもせず、俺がこぼしたお茶をふきんでさっとひと撫でしてから平然と言った。
「荒々しく見えて、中立くんは紳士だよ。逆に彼は王子様風でもちょっと強引そうだもの。浮気するなら中立くんだね」
「えー、キューちゃんの前でそんな移り気なこと」
その気がないから堂々と言える。相変わらずゴリさんは率直だ。
荒っぽくとも強引な男はだめとか、単純な俺には繊細な女心は理解不能。
面白おかしくからかい半分のうーこちゃんも、男に対しては異常に厳しい。
今では彼女に気安く触れられるのが俺だけになってしまったようで、コーメー君でさえ容易に触れさせてやらないんだとか。
どうりで俺に威嚇の目を向けるわけだコーメー君……
一刻半ほどの時間がすぎたあたりで、3人の美男美女は旅館外での話し合いから戻ってきた。
俺の部屋に姿を現したのは、長い黒髪が麗しくもお色気満載な格好のうるうたんだけ。ほかの男はどうしたわけか、男部屋にふたりして戻ってやけ酒らしい。
俺を見るなり飛びついてきた彼女の額突きを胸に受けながら、そのまま離れないこの子を抱きとめたままテーブル前に座り込んだ。
「さっきの修羅場と全然様子が違うじゃん。ふっきれすぎの昂ぶりすぎ」
「そしてこの甘々ぶり……尋常じゃないほど腹立つんですけど」
ゴリさんがしょうがないなあといったため息をつくなか、うーこちゃんは肘立てしながらすっと目を細めている。
詳細をふたりの女の子から尋ねられ、うるうたんは嬉しそうに暴露し始めた。
「私が好きでしょうがないこの鈍感たらしは、ふさわしくない自分より他の男へ気を向けることを薦めてきたんだ。それを彼らに話したところ、あのふたりも問答無用で受けてたってきた。私を本気で虜にすれば、捨てられたと感じる前に私を救えると豪語していたよ。引きまくって退散すると思ったんだけど……これに捨てられたら私は死ぬ、と言ったのに」
「……」
重い沈黙。うーこちゃんの重っ、という遠慮のない叫びが部屋に響いた。
「死ぬって、その、具体的にどういう状況なん?」
ゴリさんがようやく我に返って、あえぐように質問する。
黒髪の美人さんは平然と顔をあげ、満面の笑みを浮かべながら言葉を発した。
「これが私なんか嫌いだ、とかもういらない、とか他の女ができたから以前のようには触れ合えない、とか言われたら死ぬよ? だって生きている意味がないもの」
「うわあ……」
今度こそゴリさんどん引き。うーこちゃんは無言で一歩後ずさっている。
「そうそう、こんな感じで一慎も高明くんも危険な女だと判断して距離をとるだろうと思ったから心底偽りなくぶちまけたのだが、あてがはずれた」
「はずれたとは?」
いつもと変わらず普通の態で、俺がうるうたんへ質問した。
その様子にふたりの可愛い生き物がさらに驚きの表情を見せていた。
「そんなことはさせないって大声で俺が君を守る、とか変態の魔の手から救い出すとか、身を乗り出して抱きつかれた」
「メンタル強っ!」
うーこちゃんは引き気味でも明るい。
この子がいるだけで重い話に光が差すようだ。
「っていうか、これだけ重くて執着の塊みたいな気持ち向けられても平然としてる八べえのがすごいよね」
はーっとあきれたように、もしくは新たな変人ぶりを発見して驚愕の目線を向けてくるゴリさん。変人に上限はない言いたげだ。
「じゃあさ、中立くんと高明に飽きたからもういらないやとか、きつめに言われたら?」
「うーん」
面白がってうるうたんに畳み掛けるうーこちゃんは引くだけ引いた後、すぐに別の楽しみ方を見つけたようだ。相変わらず切り替えが早い。
少し考えてから、当事者は返答した。
「残念で悲しいが、べそでもかいて見送るよ。今度こそいい相手に恵まれますようにって」
「……」
にやにやしかけたショートボブの小さい子が固まった。
この子が石になるのは初めて見る。
何が面白いのか、といった面持ちのうるうたんが特に何の感慨もなく淡々と告げた後の沈黙だ。
「……この差はなんよ」
「ひどいよねえ。あたし久しぶりに高明に同情したくなったよ」
うるうたんの人格分析の真っ最中、男どもからの連絡が来た。俺の召還要請だ。
野郎どもの部屋に行こうと立ち上がった俺の手をつかんで、うるうたんが上目遣いに可愛らしくすぐ戻って来てね? と猫なで声で懇願した。
つまり遅くなったらどうなるか、という脅しだ。
勿論ですと確約し、うーこちゃんとゴリさんの感想のような会話を背中に聞きながらこの場を後にした。
「来たか……大悪党め」
「極悪怪盗のお通りだ」
すでに女たらしという呼び名ですらなくなった。
悄然とするコーメー君から悪党認定、一慎からは盗人呼ばわり。
正鵠すぎてそのままスルーした。部屋が酒臭い。
別の意味の宴会場になっていたようだ。
「来いこのヤロウ」
赤ら顔の一慎に気圧されて、布団の上で飲んだくれている悪友の前に座った。
無造作ヘアがさらに乱れた様相のコーメー君は、ローテーブルに突っ伏している。
「俺だけでなく上戸ともちゃんと本気で向き合ってくれるんだってよ。お前がそうなさいと言ったからなんだってな! ありがたくて乾杯が捗ってるぜ」
「しかし八方の許可がもしなかったら、縁を切られるところだったのは笑えない。この俺が2回も振られた上に、お情けで相手してもらうっていう意味じゃないか」
血走った目を向けられた俺は、コーメー君のハンサム形無しの青ざめた困惑顔を見返した。彼はどうやら酔っても表にでないようだ。赤くもなっていない。
それから絡み酒になり、そんざいに蹴りを食らうこと数度。
遠慮のない衝撃で笑って対応することすらできない。ひたすら逃げた。
「九介に嫌われたら死ぬって、どうやったらうるうちゃん程の女にそこまで……執念とか狂信の域だぞあれは」
コーメー君にお前が死ね、と黙して語られているようで、居心地は最悪。
性能的には俺がこのふたりに敵う部分など何一つないのだが……
男前ふたりのため息の合唱の後、缶を握りつぶす音がした。
それを合図に、ようやく俺もまともに口を開く。
「身内の情みたいなのが俺。男として見たときにあの子の視界に入るのが君らで」
残念ながら他の男は論外だろう。
だが少なくとも、このふたりが外見だけの男ではないことは俺の目からも明白だ。
うるうたんは見るところはちゃんと見ている。
「つまりただいまと家に帰ってきて迎える立場と、高揚感や緊張感を与えて女を意識させる相手とでは、いろいろ役目が違ってくる」
顔を見合わせる酔っ払い。
髪をくるくる巻きつけるような所作でコーメー君が応えた。
「俺たちは男として、八方は身内としての感覚?」
「だと思う」
うるうたんの家族関係は希薄なものだったと邪推せざるを得ない。
彼女が婆ちゃん家に住むことになった過程、男への嫌悪感などが理由としてあげられる。
そういう時に出会ったのが俺で、接するうちにあの子が求めていたものと重なり、そして時間をかけて身内然とした情が生まれたのではないか、そう説明した。
憶測でしかないが、と締めくくった俺に、彼らの反論はない。
初めて聞くうるうたんの内情に、コーメー君の驚愕は大きかった。
そうか、としんみりして頷いている。
そうして付き合い酒を重ねるうちに、帰還を旨とするメールの催促が来た。
それを気取って、一慎が結論を口にした。
「恋とか愛じゃ収まりがつかないから、ほかに誰にも代わりはいないんだと。それがあの子の答えだ。彼女との恋人関係は白紙も同然だな」
折り合いをつけろと迫り、確認しようとしたのは一慎からだ。
だからこそ結果はすでに覚悟していたようで、関係の変化にも驚くほど平然としている。
逆に立場が明確になって、守る立場から攻める側になったことに発奮していた。
嫌われていない以上、また彼女を追いかける、と俺に明言するほどだ。
コーメー君が後ろ手に天井を見上げて黄昏ながら叫ぶ。
心の叫びそのものだった。
「生きていくことの意味そのものだってさ。普通なら重すぎて引くレベルの告白が、俺には羨ましくて仕方がなかったよ! くたばれ八方九介」
コーメー君の鬼気迫る捨て台詞で部屋を追い出された。
蹴り出されたといったほうがいいか。結局は殴られっぱなしの訪問だった。
尻の痛みを抱えて女の子が待つ部屋に戻ったが、ガールズトークはエロ展開になっていたようだ。興奮したままのうるうたんの発案で、裸の風呂、裸の就寝という計画が実行されようとしていた。
他のふたりの小悪魔も異論なく、当然とばかりに服を脱ぎだしている。
させるものかと必死の土下座で懇願、哀願した結果、タオル巻きの温泉、浴衣着衣のお床入りでなんとか譲歩してもらうことに。
2回目ということで血の集結を多少なりとも抑えつつ露天風呂に浸かっている際、俺に密着状態でもたれかかるうるうたんにやんわりと説明してみた。
今までどおり一慎とは友達以上のお付き合いを続けるべきで、自ら交友範囲を狭めるべきではないと。コーメー君との関係も同じことだ。
そしていつか必ず、そのうちの誰かと結ばれることになるだろう。
そうなれば彼女は他者へ見向きもしなくなる。
うるうたんはそういう女だ。
「ふうん」
左右のうーこちゃんとゴリさんを見てから、俺に熱のない視線を向けた。
特別嬉しそうにも、不服そうにも見えない。
君の本音はどこにある、と何度も口にしていた。
「まあでも九介のためなら、そうしてもいい」
「いや俺のじゃなくうるうたん自身のためでして」
「知らない」
ぷいっと顔を背けて駄々っ子状態に。
その可愛らしい拗ね方に、うーこちゃんもゴリさんも微笑んだ。
今は子供モードのようだ。
「九介のためじゃないと、そうしてやらない」
湯気の中の斜め後ろからでも、頬を膨らませているのがわかる。
凛とした大人の彼女しか知らない大半の人からは、信じられない光景だ。
こういう姿を彼らに見せることが、俺の目論見でもある。
「……えーと。俺のためにそうして下さい」
そう言った途端、ばしゃっと水しぶきをあげてこちらに向き直った。
首に手を回した至近距離の通常体勢。
まばゆいばかりに美しく端正な顔立ちが、昂ぶりに包まれていた。
「一慎や高明くんとデートすると、君は私をもっと好きになってくれるのか?」
「……」
また変な解釈が始まった、とばかりに顔を見合わせる左右の女の子たち。
それに比べてうるうたんの顔は本気だった。
「彼らほどのハンサムたちだから気分は高揚するし、私も嫌いじゃないから心底楽しむぞ。九介怒らない?」
「嫉妬はするけど、怒りません」
今日のデートのように、手くらいはつなぎましょうねと言った俺のバカさ加減は救いようがない。
そしてそれ以上されたら動揺し困惑することがわかっていても、そう薦めずにはいられない。
情のために俺といるなどと決心しては、けしてこの子のためにならないと思うのだ。
悲しい性に悲しい業だが、ひとりに絞れない男はこの子にふさわしくない。
「気を逸らせておいて、私を捨てるのか。そうはさせない」
「捨てません」
ちゅっちゅの態勢になったので即効言葉をつないだ。
うーこちゃんやゴリさんが阻止の合図で身構えた。
「彼らに誘われた時は相手してくださいね。あのふたりは中身もあるいい男なんですから、向き合わないと損ですよ」
「九介のために?」
「……俺のために」
少しとまどいながらそれでも答えると、逸らし気味の目線を逃がすまいと両手で顔を挟まれた。同時に両肩にもうーこちゃんとゴリさんの手がかかる。
「デートして楽しそうに帰ってきても、本当に怒らない?」
「怒りません。出迎えながらよかったねと頭をなでなでします」
「そうなのか」
ふうと一息ついたうるうたんが首に抱きついて馬乗り。
さすがに左右の可愛い生き物たちがそれを引き離そうとするも、手と手の攻防を繰り広げながら彼女が叫んだ。
「彼らを手玉にとるほどいい女になれ、ということだな! 女を磨いて来いという趣旨なら納得してあげるよ」
「本気で虜になってくれて結構ですよ!」
ゴリさんが白い八重歯をむきだして叫び返す。
うーこちゃんも尻軽女に渡すわけにはいかないよね、とか呟いて挑発する。
「どう罵られようと九介だけは失うわけにはいかないんだ。誰にも渡すものか」
女の子たちのはしゃいだような声が、波の音が近い夜の海に吸い込まれていく。
押し合いへし合い真っ只中の俺の体は、引っ張られる力の強いほうに右に傾いては左に揺れていた。
ともかくも騒動が収拾した形になって何よりだ。
問題は山積みだが、自分としては逐一心情を読まれないようにすることが課題になる。
そう考え込んでいると、うるうたんがキャットファイトを中断して覗き見るように顔を近づけてきた。口角があがっている。いたずらっぽい表情だった。
「君が今何を考えているか、当ててみせようか?」
スルーした。心頭滅却というのは、何も煩悩時に限ったことではない。




