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お話77   精神丸裸

 一慎の放言に殴りあいすらなかったものの、コーメー君との睨み合いに一触即発の状態になったため、一旦解散してそれぞれの部屋に戻った。

 うーこちゃんが幼馴染と一緒に男部屋へ、ゴリさんが付き添って一慎と女部屋に、ぼっちの俺の部屋にうるうたんを引き取ってしばらく様子を見ることにした。


 せっかくの旅行がぶち壊しの様相、と普通は思うだろうが、うーこちゃんの表情は暗くなかったし、ゴリさんもいずれはこうなるとシャッフルが決まった時点で予想していたようで、一慎をなぐさめるかのように背中をさすって笑顔でほかの4人を見送っていた。

 悪友は恐ろしいくらい冷静だったので、落ち込んでいたのは幼馴染から冷たい反応を受けたコーメー君と、浮気だと自覚させられて呆然とするうるうたんだけだということになる。

 

 豪華な一人部屋の照明を暗く調節して、敷かれた布団の上に座るよううるうたんを誘導した。ここで彼女が求めるのは肌と肌の接触だ。抱きしめあったまま無言で、しばらくの沈黙が漂った。

 事態の重さにうるうたんが泣くかと思われたが、青白い顔をしながらも唇をかんで耐えている。

 そして長めの時間が経過してから、彼女が弱々しくもしっかりとこちらを見て、かんだ唇を開いた。


「高明くんほどの男に言い寄られて、私は舞い上がったのかいい気になっていたらしい」


 独り言のように呟きだしたうるうたんだったが、上戸くん、から高明くんへと呼び名が変化したことに本人は気付いていないようだ。一慎がここにいないのは幸いだった。

 話がよけいややこしくなりそうだ。

 しかし悪友が静かに固い意志をあらわしたのは、この微妙な心境の変化を無意識で汲み取ったからなのだろうか。コーメー君と自分とを秤にかけろとけしかけたほど、ふたりの様子は親密だと俺も感じていた。


「彼のために服も選び抜いたし、デートも率先して楽しんだ。その間、ほとんど手をつないだり腕を組んだり……」


 夕方の山頂で絶景を見下ろしている間、指をからめだしたコーメー君に応えて笑顔で見上げた際、キスしそうになったという。さすがに俺が鼻白んだ。


「私がそれを受けるはずもない。でも内心はどうだったか、と尋ねられると返答に困るものだった」

「心では、応える準備はあったということですね」

「……かもしれない」


 俯いたままのうるうたんが小さく返事をした。

 猛烈な嫉妬心が沸いてきたが、それこそ今が覚悟のときか。


「うるうたんは、一慎とコーメー君のどちらが好きなんです?」


 俺の問いかけに、反射的に見上げて赤くなった瞳を向けてきた。震えているのは身体だけではない。目の奥もだ。


「つまり一緒にいてどきどきする相手は」

「……」

「両方?」

「今は、どちらかというと……」


 一慎とはずっと付き合ってきて、慣れもあれば解ってくれるであろう信頼感もある。

 コーメー君との出会いは新鮮で、タイプが違うハンサムの接し方やそつない動作のひとつひとつに、過去にない高揚感を感じてしまったという。

 つまり俺には高揚感を感じないということで、それも少しへこんだ。

 結論として俺よりも一慎よりも、無造作ヘアのハンサムに対してときめきを感じていたことは、明確に聞くまでもないということだ。


「自分の心に素直になるのは、理屈でいうほど楽じゃないかもですが」


 うるうたんの綺麗な髪をなでる。覚悟のときだ。

 俺はこの子をしっかりさせて見送らねば。


「一慎との関係を解消したとしても、正直でいましょうね」

「九介」


 嬉しいのか悲しいのか、どうとでもとれるせつない表情になったうるうたんの頬を手で挟んだ。


「コーメー君も本気でうるうたんに惚れてるようですし、あとはうるうたんが応えるだけですよ」

「……もしそうなっても、君は私のそばにいてくれるのだろう?」

「もちろんです」


 俺の言葉に安心したように微笑んだうるうたん。儚いようで美しい笑顔だ。

 しかしこれまでのような距離ではいられない。

 今度こそ、俺は彼女への依存から脱却しないと。


「うそだ!」


 急に胸倉をつかまれた。力強く引き寄せられ、唇がつくかと思うほど近くでうるうたんが叫ぶ。


「今の君は嘘をついている! 私にはそれがわかる」

「……ちゃんとそばにいますよ」

「近くにいるだけだ。君は私のそばで、どこかにいってしまう」


 禅問答か。なんとも言い返しようもない複雑な顔しかできなかった。

 避けた視線は挟んできた彼女の手によってしっかりと固定された。

 見つめる切れ長の、すこし薄い茶系の瞳。

 泣かずとも赤くなったそれは、一瞬でも見逃すまいと少しも揺らがない。

 逆に俺は避けたいがために目は泳いでいた。


「私を捨てるのか」

「……」

「もう心を添えてくれなくなるのだな」


 ふっと彼女が笑った。何か悟ったのか、いくつか交わした言葉のなかで彼女は自己解決したように、得心した頷きを見せた。ほんのわずかに浮かんだ涙をそっと拭いている。


「九介がそんな悲しい顔をするなら、もういい。私は高明くんとは今後接触しない」

「え」

「そばに君が感じられない、振り返っても君がいないような毎日になるなら、そんなものは呼吸する価値すらない人生だ。生きていてもしかたがない」


 無茶苦茶なことを言う。それにしても俺は今悲しい顔をしていたのか?

 もしそうなら最大の失敗だ。

 こうなることを覚悟して最近はすごしてきたつもりだが、そんな本音まるわかりな感情をだだ漏れさせるとは、練れていないにも程がある。


「今さら顔を隠しても遅いぞ」


 くっくっと笑いをこらえている。さきほどの落ち込みようや泣きべそはどこへやら、勝手に理解して解決した感がある面持ちだった。

 髪をさらっとかきあげ、うんと頷いて対面馬乗り状態に。


「私のために、私のためにだ。いつでも九介は、自分は後回しだ」


 唇との距離が近い。彼女は身を乗り出し、俺は仰け反る。

 ちなみに体の柔軟性は、圧倒的にうるうたんが上だ。


「男性不信だったからな私は。母はともかく血のつながらない父とやらの存在は、私にとって嫌悪の対象でしかなかった。そんな男だけじゃないことを教えてくれたのは君だ。だから一慎とも付き合おうと思ったんだよ」


 逃げの限界がきた。うるうたんの唇が近くなる。


「君がいるから他のいい男ともちゃんと向き合える。いいか、君がいるからなんだ」


 ちゅっちゅと音がする。自分との接触だが、もう他人事だ。心頭滅却。


「それなのに高明くんと私がそういう関係になったら、もう自分は用済みなのか? そんな顔をして、心をどこかにやってしまうのか。もう少し強い男だと思っていたよ。そんなに私が好きなのか」

「……」


 そういう角度から攻めるか。

 相手を追い込むときに重宝しそうな、異常に鋭すぎる感性だ。

 だが返答などできるものではない。


「私が好きで好きで大好きで、だからこそ自分のことは後に考える。依存しているのは私なのに、自分がしていると考える。その顔はなんだ……嬉しそうで悲しそうで笑い泣き寸前じゃないか」


 涙が堪えきれなくなったのか、頬を伝って雫が落ちていく。

 チューしながらはともかく、笑って泣いているのはうるうたんです。


「あまり君が強いと、私が先に疲れてほかの男に逃避してしまうところだった。そう、君は思っていたより少しだけ弱い。そしてそれは私にとって幸いだった」

「……弱い男はうるうたんにふさわしくありませんよ」

「平気な顔で他の男を薦めながら微動だにしないような、冷たい男を知っている。それを強いとは言わない。そんなのはあいつだけで十分だ」


 吐き捨てるように彼女は嫌な顔をした。

 もしかして自分の本当の父親のことか? 詳しくはわからない。

 

「でも君は私のことが大好きだからつい顔に出る。私が九介と抱き合っていて幸せだと常々感じているのは、相手に何も求めない想いをいつも受けていたからなのかな、こうやって」


 肩に頭を預け、背中に手を回して抱きついてくる。

 お互いの鼓動が聞こえるであろう密着さだった。

 先程から精神は丸裸にされている。これは恥ずかしい。

 自分の頬が熱く赤くなるのは止められない。穴があったら入りたい。


「一慎も高明くんもいい男だ。だが九介の想いまでには至らない。彼らはそこまで自分を殺して私の全てを受け入れるほど、バカでも無頓着でも変人でも変態でもない」

「……すばらしい褒め言葉ですね。今心が折れそうです」

「あはは」


 恥ずかしまぎれにくっそと俯いたが、顎を持ち上げられ深い接触に入った。

 ヤケになるとはこのことだ。俺がこの子に慰められてどうするのか……肉体的に。

 そして思いたったように彼女が唇を離した。

 

「九介が望まないなら、私は彼らと接触しない。だから君の正直な意見が聞きたい」

「……素直に吐き出していいですか」

「かまわない。だが私を捨てるとかいうなよ? そんなことをほざいたらこの場で死んでやるからな」


 目の前の美人さんは、この場合正真正銘の本気だから恐ろしい。

 しかし捨てるなどもってのほか。そうされるのは俺だろう。


「……私が九介を手放すものか。何度でも言ってやる。君のような男は他にいないんだ」


 表情から読まないで心を。自尊心ふるぼっこで治療が必要だ。

 あとで温泉に入ろう……

 えっと、と前置きしてから次の言葉を(つむ)ぐのに多少の時間を必要とした。

 気を取り直してうるうたんと見つめあう。


「一慎やコーメー君の本気を、ちゃんと受け止めてやってください。彼らは基本的に一途で、立ち振る舞いも堂々とした本物の男ですよ。うるうたんのような美人が活きてくるのは、あのふたりのそばでこそです」

「……ああ、私も好きだよ彼らが。つまり君はこれからも一慎や高明くんと仲良くなりなさいと、そう言いたいのだな」

「好きなのに俺が許可しないから接触しない、なんておかしいでしょう。俺はうるうたんに幸せになりましょうねって言いたいんですよ」

「ふん、もはや賞賛に値するやせ我慢だな。自分を吐き出せと言ってるのに、また私のことか!」


 首の骨が悲鳴をあげるかと思うほど、きつく強く締まる。

 胸を押し付け抱きしめてくる圧迫に呼吸が苦しい。


「わかったよ。九介がそうしてやせ我慢を極めるというのなら、私もそれに応えてあげる」


 耳にかかる吐息が熱い。

 そのぷにぷにの部分を噛みながら、うるうたんは宣言するように独語した。


「彼らの本気を受け止めて、ちゃんと相対すればいいのだろう? どうせあのハンサムたちと恋をさせようという魂胆だろうが、私が幸せでいるためには、君の存在は必要不可欠なんだ。身を引こうとすることは絶対許さない。逆に嫉妬させて泣かせてみせるからな! それはいつも私が君にされていることなんだ」

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