お話76 浮気心
話し好きの盛り上げ上手なうーこちゃんとの時間は早く過ぎた。
一日デートと銘うっても実質半日だが、移動の時間を含めてもあっという間だ。
途中どの席に腰を落ち着けようとも、電車以外の空間では俺の膝の上が定位置。
さすがに慣れてきて一切の煩悩は起きなかった。
それでも人気のない屋内外で隙あらば俺の進呈したアレを披露しようとするのには多大な理性を必要としたし、うーこちゃん自身も色仕掛けのコツというものを心得てきたのか、実質小悪魔然としたあの子たちと変わらぬ攻勢だった。
彼女の保護者を自認するコーメー君が見たら驚倒するであろう内容だ。
ハンサム野郎たちが俺の好きな女の子たちにどう接近しようが、いつだってお前が言うな状態ということで、結果的にゴリさんやうるうたんからすれば、そっけなさこの上ない変態ということにもなる。
温泉旅館に戻り、ロビーのカフェでコーヒーをすすって一息いれた。
さすがにこれだけいろいろ見て回って歩くと疲れも出てくる。
元気そのもののうーこちゃんも少し疲れたのか、落ち着いた様子で紅茶を飲んでいた。慎ましやかで静かな彼女もまた新鮮で、目の前の海岸線を見つつしばしの静寂。
しばらくすると、エントランスに二組目のペアが到着する。
U.K.スタイリッシュのベリーショートが似合いすぎるワイルドな男前と、髪を下ろしたミディアムロングが色っぽい眼鏡の子が手をつなぎながら颯爽と歩いてきた。
一見して楽しんできたのがよくわかる、和やかで微笑ましい親密さが伝わってくるようだ。立ち上がって彼らに手をふると、それに気付いたふたりがそれでも手を離さず、微笑ましく顔を見合わせてからこちらのテーブル席にやってきた。
「デートを満喫してきたようだな」
俺がコーヒーをひとすすりしてから先に声をかけた。
奴は頷いてから、隣のゴリさんに視線を落とす。
「ゴリさんのおかげだ。今日一日、いろいろお世話になったよ」
「いろいろお世話ー? 中立くんも子供かあ」
うーこちゃんのにやけ顔に、ゴリさんもうふふと笑う。
当然のように一慎と連れ立って隣同士で座っていた。
「子供だね。あちこち彼女をひっぱり回してしまったよ」
白い歯を見せてにかっと笑う悪友は、まちがいなく爽やかハンサム野郎だ。
うーこちゃんがいい男だねーとゴリさんに振ると、眼鏡の子もそうだよね! と女の子同士話をしはじめた。
それを横目に、俺と一慎が静かに会話を交わす。
「ゴリさんに感謝しろよ」
「ああ、わかっている」
注文したブラックを一口含んで、奴が俺を正面から真剣に見返した。
「いい子だったろ?」
「いい女だ」
ふっと微笑しつつ、隣でガールズトークに夢中のゴリさんを見てすぐ逸らした。
「色々気を使われて励まされてうまいもの食って遊んでたら、気がまぎれるどころか朝の悩みがバカらしくなったよ」
「ゴリさんの癒しに救われたな」
「救われついでに、本気で彼女だと思ってデートしてきた」
「なるほど。ゴリさんが上気した顔になっているのは、満足させた証だ。さすが手馴れてるな」
日が沈んできたのでひとまず部屋に撤収する。
女部屋に戻った彼女たちを見送って、俺にあてがわれたぼっちの客室に悪友を誘った。
カフェで喉を潤してきたので、ローテーブルに座って会話するのみ。
お互いまだ戻らない美男美女のペアのことは口にしなかった。
ふっきれたのは何もうーこちゃんだけではないようだ。
目の前の悪友もそうだろうし、俺も同様。
「明春さんはいつも通りだけど、お前その顔」
「ん?」
「キスの跡だらけだ」
笑いをこらえるように鏡を見ろと促された。
確認してみると、ゴリさんからは見えない側の頬に強く唇が吸い付いた跡が何個もついている。
「あのときか! しまったこれはなかなか取れない」
「お盛んだなお前らは。チューしまくりか」
「内密に頼む」
「善処しよう」
悪戯気味のその顔では期待できないか。
いつ暴露されるかは知らないが、覚悟だけはしとこう。
お互いデートの内容をぽつぽつ話しだした。
携帯端末に収めた映像や画像を見せ合って、シャッフルデートの経過を伝え合う。
まるで女の子のような経過報告だが、俺には見せない照れ照れ顔のゴリさんや、子供のようにはしゃぐ悪友の珍しい動きに新しい発見が盛りだくさんだ。
「いい女の表情してるなあゴリさん。ときおりお前が彼女をエスコートする場面もあって、お互い支えあってる感じが見てとれるようだ」
「いつもお母さんのような立場だと俺も思ってたからさ。女性として敬って接してたら、あの子も新鮮だと興奮気味だったよ」
相手を再評価できたいいシャッフルデートだった、と一慎がこのイベントを総括した。まだ帰還していないペアがいるが、日が暮れたこの時間もまだ戻っていない。
そうこうしている間に夕食の時間に。
事前に俺と一慎、コーメー君の分を女の子の部屋に運んでもらい、一応6人分の食事を4人の面子で取ることになった。
「まだ戻らないのかあのふたり! どこまでデートしてるんだろ」
うーこちゃんが会席料理のミニ鍋に入っているカニをほじくりながら、皆に問いかけた。一慎は肩をすくめて薄い反応だったし、ゴリさんは悪友の側に立っているのか若干スルー気味だった。
「いいじゃないか。こちらはこちらで二回目の酒宴にしよう」
めずらしく俺が音頭をとって缶なんとかを開封。
アルコールを注入して二日目の宴会を促した。
ただでさえ笑い上戸のうーこちゃんが赤ら顔で笑いが止まらなくなり、ゴリさんはへべれけ状態で浴衣の襟と裾がめくれて変態の視線を独占し、見るなといわんばかりに一慎が俺をはたきにかかる。立場逆だろそれは。
掛け合いなれた悪友とのバカ話で、女の子たちが失笑するのは仕方がない。
男ってほんとにバカだねーとうーこちゃんが感想をもらし、ゴリさんはにこにこ顔で皆を見守っている。
気がつけばうーこちゃんを膝の上に乗せながら飲み食いしていた俺と、疲れをほぐすように依頼された一慎がゴリさんの肩をマッサージしている状態になっていた。
さらにゴリさんが布団へ悪友をうつ伏せにさせ、上に乗りかかって本格的なもみほぐしに入ったのには少し驚いた。親父さんにもときどきこうして親孝行をしているのだろうか。
「というか腰重たくなるほどはしゃぐって、お前ゴリさんとのデートでどんな動きをしてたんだ」
「つい楽しくて走りまくった。石畳の階段とか傾斜とか」
うー、とかくぐもった声を混ぜながら一慎が気持ちのよさそうな声をあげた。
浴衣の眼鏡っ子のマッサージは効き目があるようだ。
皆酔っている。理由あらずして笑ううーこちゃんにつられて俺もうへへと気持ち悪い笑いをもらしつつ、食べ終わった配膳を片付けていると、目の前にデニムショートパンツ部分と、そこから伸びるすらりとした綺麗なおみ足があるのに気がついた。
隣にはこれまた長い脚のジーンズが並んでいる。
柿の種をかじりながら缶を傾けて見上げれば、腕を組んだままの美男美女の姿があった。
「お似合いだなあ。まさにベストカップルって感じ!」
おかえりーとコーメー君に言いつつも、うーこちゃんが俺の膝の上で身じろぎした。
その背後には恋人がようやく帰ってきたというのに、マッサージを受けたままの悪友と、それを続行するゴリさんがいる。
うるうたんの目線は俺と一慎の交互を往復している。
コーメー君は憤然としながら幼馴染を見つめていた。
「部屋に帰ってきてまで腕組んで、お互いお気に入りみたいよ? 中立くん」
ゴリさんが一慎の後頭部に顔をよせてささやくように耳打ちした。
それを聞いて奴が上半身を反らし、本来の恋人を窺ったが、今初めて思い当たったのか、うるうたんがぱっとコーメー君との腕組みを解いた。
「その……遅くなってすまなかった。つい長引いてしまって」
うるうたんがすまなそうに恋人に謝るも、一慎はひらひらと手を振って応対する。
その素っ気なさにコーメー君が眉をひそめたが、口にした言葉は俺に向けられていた。
「卯子、はやくそのたらしから離れろ」
きょとんとしてうーこちゃんが幼馴染を見上げる。
この光景を見るのは初めてなのだろう。彼の眉間には皺がよっていた。
「たらしは高明でしょ? あんたに関係ないじゃん」
「卯子」
ショートボブの小さい子が差しのべてきたコーメー君の手を振り払った。
以外な反応に、コーメー君が絶句する。
うるうたんが布団のそばまで歩み寄って、いつもの仁王立ちをしている。
このときは怒っている証拠だ。
「五里くんのお尻の下で随分嬉しそうだな? お気に入りはどっちだ」
「お気に入りはお互いかな」
ここで場違いのサムズアップという親指立て。
いつもやりこめられる悪友が、今回は堂々と受けてたっていた。
「楽しいからデートも長引く。自分で気付かないうちに腕まで組んでここに戻る。正直逃避しないとやってられねえ」
「……」
「ゴリさんそこだ」
これは効く、とつぶやいている一慎の腰を指圧するゴリさん。
「シャッフルという趣旨でペアを交換した前提のデートだろ。何が問題あるんだ」
「上戸」
一慎がもはや恋敵となったハンサムの名前を呼んだ。
うーこちゃんのすげなさに呆然としていた彼が、視線を移動させた。
「この子から連絡先とれたろうな」
「……ああ」
そこは嘘のつけない性格なのか、コーメー君はうるうたんと顔を見合わせて仕方がなく頷いている。一慎を見つめ直した黒髪の美人が唇をかんだ。
「そうかよかった。これからもデートできるじゃないか」
理解した、と言いたげに頷き、再び枕に顔をうずめる。
その体勢のままゴリさんと自然に会話を再開したため、うるうたんとコーメー君はその態度にあらためて目を見開いていた。
「私が彼ともっと仲良くなってもいいというのか?」
「……そのつもりだったから教えたんだろ。相性良さそうで結構なことさ」
「一慎!」
思わず俺が口を挟んだ。酒のせいもあるとはいえ、冷静にして冷淡すぎる。
悪友が起き上がった。ゴリさんにお礼を言いつつ、うるうたんを守るように肩に手をやって引き寄せたコーメー君と視線を交錯させる。
「熱い男かと勘違いしていたよ。彼女への想いはその程度なのか」
「……こうしないと自分の心がやられる。自衛のひとつだ」
「恋人を引き戻す努力もしないで、自分の脆さを言い訳に使うな」
「俺だけが一方通行でか? それならそれで時間が必要だな。とりあえずふっきれるまでお前らは見たくない」
そばだって立つうるうたんとコーメー君のモデル然とした姿を一瞥して、悪友が目を逸らした。その言葉にうるうたんがはっと身を固くしていた。
「少しおいたをしてもらわないとね多聞先輩には。浮気心に火をつけた高明も同罪」
「浮気……?」
うーこちゃんの言葉に愕然としてしまった黒髪の美人が、青くなった顔を俺に向けた。せつなそうな表情に、つい助け舟を出そうとして座布団から腰を上げる。
「……九介」
近くに寄った俺の存在に気付いて、コーメー君の腕の中からふらふらとこちらに倒れこんできた。震える彼女を抱きしめて、うーこちゃんがコーメー君と話しこむのを横目に、一慎へ向き直る。
「言いすぎなのを自覚してるか一慎」
「してる。でも今はそれを止める術がない」
俺の腕の中にいるうるうたんをそっと見て、一慎が視線を落とした。
ゴリさんが奴のそばに寄り添っている。
「多聞ちゃんが上戸をどう見ているか、自分では理解しがたい心理だからこそ本音だって気付くべきだろ。俺がどうこうするより、それがまず第一だ」
「おいおい」
俺は困惑に肩をすくめたが、ため息を小さくつくのみで、悪友は撤回はしなかった。
「俺と上戸が同じ立ち位置だってことは、少し前から気付いてる。九介は例外としてな」
「……」
心当たりがあったのか、そうか、と納得するような呟きを発したうるうたんは血の気が引いていた。そこへ一慎の決意のような宣言が重なった。
「彼女自身がどう折り合いをつけるのか、それを確認したら俺も覚悟を決めるさ。前向きに、建設的にだ」




