お話73 宴会もどき
一番豪華な部屋は一番離れの角部屋にある。
他の2部屋は2階にあるのだが、こちらは3階だ。
純和風の部屋には、椅子ではなく高級な座布団が敷かれた茶室のような作りの一角があり、そこから水平線が一望できる。
そのすぐ隣に、雄大な海の景色を見下ろせる天然温泉の風呂場があった。
3,4人くらいは混浴できるだけの広さがある洗い場と湯船だった。
なんとも身分不相応な、豪華な部屋だ。ぼっちで泊まるのがもったいないくらいだ。
ソロにもかかわらず、テンションがあがった。
おー、とかはー、とかおっさんのような感嘆の声をあげて、お茶受けをいただきながら、仲居さんに淹れてもらった緑茶をすする。
水平線を見つめながら行儀悪くばりばりと立ち食い。
お茶受けは黒豆のせんべいだった。
長い電車の旅と観光で体に疲労感はあるものの、まだまだ子供。
次にすることは館内の散策だ。
1階大浴場に露天風呂、お土産処にカフェコーナーなど、けして大きくはない旅館にも一通りの施設はそろっている。
海を一望しながらアンティークな作りのカフェでコーヒーを飲んでいると、賑やかで華やかな女の子たちがお土産処に入っていくのが見えた。
無論あれほど可愛い女の子揃いなのは彼女たち以外ありえない。
元気なうーこちゃんの先導で黒髪の美人とポーニテールの眼鏡っ子がまわりの客の視線を集めつつ、店内を見回っていた。
とくに声をかける必要性もなく、ミルクシロップ入りのコーヒーを堪能して景色を呆然と見つめた。春先なので海水浴ができるわけもないが、夕方の砂浜が間近で見られるというのはやはり眼福ものだ。
不意に外に出てみたくなり、ロビー前を通り過ぎて玄関に向かった。
俺と入れ替わりのように、彼女たちが男前ふたりと合流してカフェに足をむけるのを確認しつつ旅館の外に出る。
青から紫、オレンジとグラデーションする空を見上げつつ、砂浜を踏みしめて海からの風を受けた。
ロマンすぎる。なんというか、ナルシズムを満足させるソロでのこの絶景は、日頃みみっちい生活を展開する俺に訴えかけるものが多すぎた。
感動したのか鳥肌が立っている。
砂浜に腰をおろし、しばらく水平線を無心で見つめていると、後ろから気配がした。
振り向けば、この光景が似合いすぎる長身の男前が立っていた。
「カフェから丸見えだぞナル野郎」
一慎がそんざいな言葉をかけつつ隣に座る。
「彼女たちはどうした?」
「上戸にまかせた。浸りすぎて寒いお前の後姿を、俺以外の誰が突っ込むというんだ」
「宿についたらそこでコーヒー、旅情に浸って一服というのはロマンだろ」
「お前たらしのくせにそういう時女を徹底排除するよな。メリハリか?」
そうだメリハリだ。しかしその実俺は男同士が似合う奴で、本来女っ気がある人生ではない。彼女たち3人が物好きなだけなのだ。
「ま、女なんて気ままな生き物だからな。べったりされるのもするのも、時と場合なんだろうよ」
「結構なことで。とりあえずべったりはコーメー君にまかせるよ」
「あからさまな嫉妬とかやっかみがないのが、九介のややこしいところだ」
「今回はお前もな」
「ぬかせ」
体育座りで下を向いた。砂がさらさらと指の間からこぼれているのを一瞥してから、悪友がゆっくり口を開いた。
「相性とか気にしなかったんだが、あいつが現れてからそれを考えるようになった」
「相性……相性ね」
うるうたんとの趣味とか傾向が似通っているというばかりではない。
女のあしらいが手馴れているため、ゴリさんも自然に打ち解けてきたようだ、と奴は独語した。うーこちゃんは幼馴染なので当然仲がいい。
「買い物に散策となるとあの子たちのぶらり歩きはいつ終わるかと思って、そっと逃げてきた」
やせ我慢の寛容に本音を混ぜるあたり、こいつは俺と相性がいいのか。
男同士だが。
重大なことに気がついた。会席料理は部屋食だったことをだ。
男どもは2人、女の子たちは3人でそれぞれ相手がいる本格的な夕食を堪能できるだろう。しかし俺は豪華な1人部屋でぼっち飯。
いかに錚々たる献立であろうと、旅のメインになるであろう食事がソロというのは、あまりにも味気がなさすぎる。
ということで、まずは一慎とコーメー君の部屋を覗いてみた。
いがみあいとか言いあいの食事風景と思いきや、部屋には誰もいないようでロックがかかったまま誰も出てこない。不審に思って今度は女の子の花園に向かった。
湯上り浴衣姿のうるうたん、ゴリさん、うーこちゃんに出迎えられて中に入れば、そこには5人分の会席料理がふたつのローテーブルに並べられていた。
一慎とコーメー君も部屋着になってくつろいでいる。
「おう九介お前もここで食おうぜ」
「いやそれがもう部屋に運ばれたあとでな」
「……ひとり飯か八方」
えっ? と女の子たちが驚き、気の毒そうなコーメー君の顔を見て思わず苦笑いが出た。階が違うし、すでに運び込まれたあとなので今更ここに運んでもらうわけにはいかない。
なるほどこれは俺が1人部屋でよかったと思った。
女の子にぼっちで夕食をとってもらうわけにはいかないだろう。
「とりあえず乾杯しよう九介。宿に入る前に買っておいたものだ」
うるうたんが手ずから渡してきたのは、甘口だが悪酔いしそうな缶なんとかだ。
異議を唱えるヒマもなく、皆がそれを持って乾杯をしはじめた。
湯上りのうえ疲れもあってか皆異様にハイテンションだ。
俺といえば、3階の部屋で会席をかきこみ、メールでうーこちゃんやゴリさんに呼び出されつつ階段上り下りの慌しい夕食になった。
うるうたんを中央に、左右で黒髪の美人を奪いあうような形でなんとか缶の中身を注ぎあったり、いがみあったりしている男ふたり。それでいてうるうたんに強いてお酌するような野郎どもではなく、節度と一定の紳士っぷりで彼女にからんでいた。
ゴリさんは一慎に、うーこちゃんはコーメー君の隣にあって、それぞれへべれけの男の世話をやいていた。険悪より微笑ましいにらみ合いを展開する奴らを見守る女の子たちや、中央の美人さんも楽しそうだ。
俺としてはいい加減部屋での会席料理を完食したいのと露天の風呂に入りたい動機もあって、缶を2本ほど空けてからそっと部屋を抜け出した。
皆ほろ酔い気分で俺に気付く様子はない。
豪華な1人部屋に戻るとすっかり冷えた会席料理の残りをちまちま食べ終え、仲居さんが後片付けをしている間に部屋風呂の温泉に突貫した。
空は漆黒。星がちらほら見える。
砂浜から見た水平線とは違う高い位置からの夜景は、また一風違ったロマンを感じる。
腹を満たして体が温まると次に来るのは眠気だ。
旅行の夜は今からが本番とは思うが、その盛り上がりは奴らとあの子たちにまかせよう。保養所のときと違い、ロック付きの花園へ気ままに入室が出来ないので、このまま朝まで爆睡してやろう。
風呂の間に敷いてもらっていたふかふかの布団に倒れこむ。
今日は特に寝不足だ。意識を失くすのは即効だった。
「……おねむ中です」
メールと着信の嵐に、睡眠を邪魔された幼児よろしく不機嫌な声で電話に出る。
あれから数時間たったようだ。午前0時を回っていた。
「起きろ」
「おやすみなさい」
「九介……」
悲しそうなうるうたんの声に少し目が覚める。
この子は自然に出しているのか、それとも計算なのか、どうしても振り切れなくさせるせつない声をあげるときがある。
一慎とコーメー君がいるときのけんかもそうだし、今がそうだ。
「どうしたんです? メールを見れば酔いどれ連中と楽しそうにゲームかなんかしてたようですけど」
「うん、飲んではしゃいで楽しかったよ。王様ゲームもな」
おっさんかい。誰が言いだしたのやら。
恋人である一慎とうーこちゃんがチューするといううるうたんの命令に、ほろ酔いからマジ切れになったコーメー君の剣幕が面白かったらしい。
当然奴もうーこちゃんもするわけがないが、コーメー君の取り乱しように全員爆笑ものだったとか。
まあ酒と雰囲気で箸が転がっても面白くなるのだろう。
逆にうるうたんとコーメー君が抱き合うといううーこちゃんの命令には、一慎が号泣しかけたのでこれも中断したのだという。
男たちはアレコレ気を使って紳士だったが、女のほうで破廉恥な命令が多いくじ引きゲームだった、と興奮気味に語っていた。
「一番酔いが浅く、世話焼きな五里くんがエロじゃない遊びにシフトさせたので、その後の流れは健全に微笑ましいものになったよ」
「なるほど、さすがお母さんだ」
「そこで私は九介がいないことに気付いた」
「朝まで忘却してくれると助かります」
どん、と部屋の扉を叩く音がした。まさかこの子、部屋の前にいるのか?
ロックをはずして出てみると、浴衣姿で顔の上気した色っぽい美人さんが立っていた。嫣然としてはいるが、いささか不機嫌なようだ。
「なぜすぐ消えるんだ君は」
「いやー、部屋食が冷えたり温泉とかをですね」
「どうして私をおいていなくなるんだ」
どうにも話が通じないので、部屋の中に招いて続きを聞くことに。
ふかふか布団の上にちょこんと座るうるうたんは少しうわの空だ。
まだ酔いは覚めていないらしい。
薄暗い照明のなか、互いに至近距離で正座して話しあった。
「ご飯もおいしかったし、そのあとの流れも楽しくて心地よかったのだ」
「ですか」
「五里くんも明春くんも同じ気分だったろう。笑顔が絶えなかったし」
「それはそれは」
「涙が出るほど笑って、時間を忘れるほど喋って一息つくと、君がいない」
「寝てましたからね」
湯上りで浴衣姿なのは俺も同じだ。襟元をつかまれて引き寄せられる。
彼女の顔が近くなった。美しい黒髪の、綺麗な瞳の端整な顔立ちだ。
これだけで大半の男は撃沈するだろう。
「不安になって顔が青ざめたところで、五里くんがそれを察してくれたのか、宴会もどきは解散になったよ」
「まあ男と雑魚寝というわけにはいきませんしね」
「勿論だ。へべれけの彼らを叩き出して、ほとんど寝ていた明春くんを布団に寝かせてからここに来た」
「ゴリさんはどうしたんです?」
「部屋の後片付けをしたら、ここに来る」
「……」
「宴会もどきが終わったあとは、披露宴だ」
何言ってるのか理解不能。にんまりして頬ずりしだした彼女に固まるも、ロックせずにいた扉からポニーテールを下ろした浴衣姿のゴリさんが姿を現した。
いつも結い上げている髪を下ろしているのでとても大人っぽく、濃い眉の目鼻立ちがはっきりとした美人さんに仕上がっていた。
「さてと、ようやく披露宴だねー」
理解不能の言葉が彼女からも出る。
なんのつもりだこの可愛い生き物たちは……




