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お話71   相性

 温泉旅行の打ち合わせと称して出発前日にわがアパートに集合したのはいいものの、その面子の中に当たり前の如くうーこちゃんの幼馴染であるコーメー君がいることに、因縁の相手である一慎が難色を示していた。

 居間のローテーブルでうるうたん、ゴリさん、うーこちゃんが女の子同士の会話で賑やかに盛り上がるなか、奥の六畳間では野郎3人がむさくるしくも刺々しい応酬を繰り広げている。


「卯子が行くのなら俺も当然参加だろう。うるうちゃんもいるし」

「うるうちゃん、だあ? 馴れ馴れしいのにもほどがあるぞ軟派野郎」


 ギリギリと歯を食いしばる悪友の凄みを受けても、平然とお茶をすする無造作ヘアのハンサム。居間にいる黒髪の美人の姿勢のいい後姿を見てにこりと微笑んだ。

 絵になる男だ。一慎とは別の方向性で、うるうたんとはお似合いだろう。


 女の子たちが目的地である旅行案内の雑誌を見ている。

 道中の行程について仲良く相談しあっているようだ。

 微笑ましい彼女たちとは違い、ギスギス感漂う男前同士の会話は続く。


「振られたのは振られたで、好意を持ち続けるのは俺の勝手だし」

「明春さんに同情しとこう。お前の女々しさに乾杯だ」


 なぜか俺の湯呑と乾杯。

 寒々しい言葉が飛び交う間も男連中は旅行中のイベントというかアイデアを考えているのだが、そこで出した企画は男だけ女だけの時間を作るとか、シャッフルして終日ペアで過ごすとかだった。

 2泊3日の集団行動にメリハリを利かせるための思いつきだが、彼女たちもそれに乗っかってきたことで、そのアイデアが遂行されることになった。


「あたしたち女同士の買い物とかもあるから、ちょうどいい考えかもね」

「それは八方の案。シャッフルは俺だけどね」


 覗き込んできたうーこちゃんに幼馴染のコーメー君が答えた。

 一慎が難しい顔をしている。


「ペアを代えるって具体的になんだ?」

「くじかなんかで決めればいいさ」


 悪友の質問に、うるうたんが立ち上がってこちらに近づいてきた。

 眩しそうにコーメー君が彼女を見上げている。


「運命でつながっているなら、私は君とペアになるだろうし」

「無論だよ多聞ちゃん!」


 力んで黒髪の美人の手を握る一慎。

 心配そうなその表情に、コーメー君が苦笑した。

 一度振られたにしては諦めきれないのか本気なのか、不明瞭な態度に俺にも判別はつきかねる。


 それから居間に6人が集まって適当に作ったくじ抽選の結果、物議を(かも)し出す組み合わせが出来上がった。

 俺とうーこちゃん。一慎とゴリさん。そしてうるうたんとコーメー君。

 提案した無造作ヘアのハンサムが一番驚いていたようだ。

 悪友は泣きそうになって恋人を見つめたが、結果は結果、多数決もあってシャッフルは決定した。


 さすがにばつが悪そうにコーメー君が一慎を(うかが)っている。

 彼としてはそこまでの悪意というか企みはなかったようで、テーブルに突っ伏した無言の彼をなだめるうるうたんに、目線で謝っていた。


「ゴリさんと一緒じゃ不服か一慎」


 俺が助け舟を出すと、失礼な態度だったと気付いた奴がばっと跳ね起きて、眼鏡っ子に頭を下げていた。


「わかってるよ中立くん。うちより多聞先輩のが美人でいい女だものね!」


 笑いをこらえるようなゴリさんの冗談に、一慎があうあうと慌てふためいた。

 めずらしく奴が皆のおもちゃになっていた。

 一緒になって笑う俺へうるうたんの視線が突き刺さる。

 お茶のおわかりを淹れに台所に立った際、彼女がすぐ後ろについてきて急須を用意しだした。



「無表情じゃない」


 俺の顔に接近しながらも器用にお茶をたすうるうたんを見返す。

 六畳間からなだめようとするコーメー君に反発する一慎と、それを見て笑ううーこちゃんとゴリさんの笑い声がする。


「今君は笑っていた」

「え。ああ」


 近い近い綺麗な顔が。たしかに俺は笑っていた。

 その時うるうたんも笑っていた気がするが、であればなぜ今この子は不機嫌なのか。


「つまり無表情じゃない」

「そうでしたね」

「……」


 唇をかむうるうたんにどうしたんです? と小声で聞いた。

 女の子の感情の動きについていけてない。


「ペアが決まっても私に対する反応がないのに、五里くんには気遣っていたな」

「あれは奴の失態でしょう。あんな落ち込まれたら彼女の立場がない」

「五里くんに篭絡(ろうらく)されたから私なんかもういらないということなのか」


 私を捨てる気だと呟いた彼女に、理解不能になりつつも慌ててそれを否定した。


「妬いてもらいたいのだ」


 かんだ唇を尖らせて、お子様になったうるうたんの可愛らしい表情に思わず小さく笑った。すぐに肘うちがきた。


「うるうたんが嬉しそうなら妬いてましたよ。でもいつもの凛々しい美人さんだったので」

「本当か?」


 近すぎる顔がさらに近くなる。

 いいかげん後ろの連中に気付かれそうなので、何様だという言葉をほざいてみた。


「いい男とペアだからといって、あまり気を許してはだめですよ?」

「わかっているよ。ふふ心配性だな君は」


 接近しすぎた距離でうっかり顔を動かしたため、この子の頬にちゅーをした結果となった。

 彼女は言葉とこの行動で満足したのか、淹れたてのお茶を持って居間に戻っていく。

 嫉妬しすぎてもしなさすぎてもダメというのは非常に対応が難しい。

 相手に関心を持ちつつ縛らないなどという巧妙さは俺にも一慎にもない。

 そういうのはコーメー君の得意技だろう。

 つまり相性でいえば彼が一番ということになる。

 それこそが嫉妬すべき点なのかもしれない。





 出発は早朝。皆眠気眼(ねむけまなこ)で快速列車に乗り込み、途中下車の駅までうとうと。

 楽しみで寝不足なのはどうやら俺だけではなかったようだ。

 いつも元気なうーこちゃんも船を漕いでいた。

 数時間後に駅についたときには、眠気のとれた一慎が駅そばを食べることを力説。

 チープな食べ物が大好きな俺が賛同し、男には似合いの朝食も女の子には不承不承だったが、立ち食いのそばを一口すすったゴリさんが絶賛。

 料理長たる彼女が太鼓判を押したためか、うるうたんとうーこちゃんもがさつな男たちに混ざって完食していた。


「見た目やイメージで男の食べ物と思っていたが」

「旅行気分がでてきたねー」


 女の子たちの感想に悪友が腕を組んで頷く。

 そうだろうそうだろうと独語していた。


「電車の旅といえば駅弁だが、野郎どもの旅情を誘うのはやはり駅そばだからな」

「おっさんか君は」


 コーメー君がめずらしく突っ込んでいる。

 奴の駅そば好きは俺の影響だ。中学時代に男ふたりの旅行で完全に洗脳してやった。

 もともとこの旅行は婆ちゃんの肝いりで発生したものだ。

 コースとしてどうしても年寄り向けの観光になってしまうが、宿の代金の一部や

お土産代として結構な額の援助をしてもらっていた。それに報いるためにも神社仏閣巡りで応えなくてはならない。

 俺や一慎はもともとそれに対して抵抗がないが、女の子たちには興味が薄いかもしれない。だがしかし老舗和菓子店なども立ち寄る予定なので、少しはフォローできるだろう。



 途中下車してからは全国で2つだけしかない黒木の鳥居を持つ神社や、歴史好きの一慎が先導して見て回った望楼型の天守閣がある城、江戸時代に都市開発された城下町を散策など、年寄りが喜びそうな観光巡りで映像や画像を携帯端末に収めて、婆ちゃんの出資に応えた。


 意外にもコーメー君は興味深々だったし、懐の深いゴリさんにも受けがよかった。

 ガーリーなもの好きなうーこちゃんと、芸術はともかく歴史に詳しくないうるうたんは付き合いといった程度のリアクションだったが、大自然のなか古き良き風景を歩いているそのうちに、心身に安らぎを感じ始めたようだ。

 若者らしくないのんびりとした旅の行程にも、さほど退屈や飽きというものを感させない様子になっていた。


「初めての発見がいくつもあるね! あたしがこういった観光で楽しいって思うなんて」

「同感だ」

「うちは最初から楽しいよー」


 女の子たちもリラクゼーションという意味で楽しんでくれているらしい。

 歴史バカの一慎は満腔の意をもって頷いていた。

 次は彼女たちの望みを叶えるべきだ。つまりは甘食だ。

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