お話70 新しい発見
口元にミートソースをつけながら麺をすする花子に負けじと、俺もベーコンのペペロンチーノをかきこんだ。
彼女が選んだのはパスタ専門店。
麺好きな花子がソースを拭きながら、女の子っぽいだろ? とかのたまう姿に咳き込みながら一応頷いていた。
「春休みにな、あの子たちとどこか遠出しようと約束してるんだよ」
「ほう」
麺をすする音が交差する。
不器用な俺は一応スプーンで麺を受けてからフォークを回していた。
「あの男どもも一緒に行くらしいんだけど、あんたを誘えって言われてる」
フォークがこちらを向いていた。麺が絡んでるぞ。
「あいつらからまだ話聞いてないけど、だいたいいつ頃くらいになる?」
「4月入ってすぐかな? そのほうが暖かいだろ」
「3月の間に温泉行くから、そのほうがありがたい」
パスタを口一杯に頬張りつつも、こっちを見た。リスのようだ。
「ふぉふぉう……女もいっふおだな?」
「口の中無くなってから話そうか」
苦笑しながら花子がこぼした麺の残骸を拭いた。
いつもうるうたんやゴリさんにしてもらっているが、今回立場は逆だ。
「彼女いないのに女っ気あるって、結構選り好みしてるんだなコイチロー」
「いやまあその、スイマセン」
「ははっ。モテるっていうアタシの見立ては間違ってなかったぜ」
なぜか大いばりで腰に手をあててふんぞり返っている。
さっきから行動が子供っぽくて可愛らしい。
「美人かその子」
「恐ろしいほど美人で可愛いね」
「勝算は?」
「あるようで、まったくない」
ぶっとペペロンチーノの唐辛子を吐いた。
花子が笑いながら頭をはたいたからだ。
「甲斐性ねえなあ。もっとしっかりせんかい!」
「そういう花子の甲斐性は?」
「それ以前に好きな男がいないからな」
ぐびりとウーロン茶を飲み込んでメインを完食。
甘食のチョコレートケーキを注文した花子をよそに、俺はまだメインを食べ残している。
「今のとこ唯一の男友達のコイチローがいるから別にいいよ」
「紳士たれとのご期待には応えるつもりさ」
「そうしてくれ。あれこれ気を回さないでいい相手ってのは貴重だからな!」
にかっと白い歯を見せて笑う花子とにへら笑いの俺。
変態が自動装置と化している自分には、眩しいくらいのお友達オーラだ。
俺としても彼女の望みと合致する思いなので、この子とは健全な付き合いでいこう。
「女どもに任せていたら、買い物とかおしゃれな食い物とかになりそうだからさ」
「女の子はそうだろな」
「しかし、アタシの行きたいのは北のほう、山とか滝とか自然なやつなんだよ」
くるくるとフォークを回しながらチョコレートケーキを一刺し。
一口で半分無くなった。
「電車を乗り継いで駅からハイキングだ」
「結構歩くんだろ? 皆二の足踏むかも」
「だったらふたりで行こうぜ」
「そうしよう」
男同士の会話のようだ。ここに一慎がいても違和感はない。
窓越しに暗くなった空を見つめて、何気なくぼーっとしていると、
花子も指輪を見つめて沈黙していた。慣れねえなあ、とか独り言が聞こえたが、笑い声まじりの様子だった。
今回の食事は花子のおごりだったため、店を出てすぐご馳走様とお礼を言っておく。
「どういたしまして。それより温泉行くのなら、おみやげ頼むな」
「饅頭か、了解した」
「少しはひねれよ」
彼女のほうが背は高い。がっしりと肩を組んできて歩き出した。
「家の近くまで一緒に」
「コイチローはいつだってアタシを女扱いするんだな」
幹線道路の広い歩道を歩きつつ、前を見ながら花子が呟いた。
「毎回会うたびに新しい発見があるから、おもしろいよあんたは」
「紳士たれってのは、そういうことです」
男女の友情は可能なのか。
ないとばっさり切り捨てるには、自分はまだ子供過ぎる。
今のところアリであってほしいという願望があるのみだ。
現実はこれから見知りおくとして、とりあえずは難題に自ら挑戦しよう。
花子を家付近まで送った後、国道を南に下っていつもの街道に出るために信号待ちをしていた。
そこへ10人ほどの男女グループが、向かい側の歩道を俺の家方向に進んでいくのが見えた。
同じ学校の制服だ。盛り上がっているのか、賑やかな声が聞こえる。
特に誰なのかの確認をとらず横断歩道を渡ると、そこから数人が分かれてこちらに向かってきた。当然お互いに気がつく。相手はA組の男女だった。
「おう八方じゃん。なにしてんだよひとりで?」
「ペペロンチーノを食ってきた」
「一人暮らしの哀愁か」
「察してもらって話が早いよ」
顔見知り程度の仲である男と会話中、近くにいた女の子が向こうの歩道にいるクラスメイトに向かって叫んでいたが、届いていないようだった。
俺のよく知っている可愛い眼鏡っ子の名前だ。
信号が変わりそうだったので彼らと別れて、数人の男女が待っている場所まで小走りで向かった。
目当てのポニーテールの女の子は、そのうちの男のひとりと心安げに話している。
いい笑顔をしていた。花子といるときの俺もこういう表情だろうか。
俺に初めて気付いた彼女が、八べえだーと飛びつくように抱きついてきた。
周りの冷やかしの声が耳から耳へ抜けていく。馴れというものだ。
臆面もなく俺も抱きしめ返した。
「うちら友達とお返しの会開いてもらってたんよ。チョコのお返しね」
ゴリさんは顔をあげて、先ほど話していた男と目線をあわせていた。
相手の男は南方系の濃い顔をしていた。
もしかしてゴリさんの郷里と同じ出身かと推測した。
「八べえ何してたん?」
「ご飯食べてきた帰りだね」
花子のことは言うつもりはない。多少心にくるものがあるが、こちらとしては一切後ろめたいものがない会食だったと自負している。
俺も彼女と同郷っぽい男とのことはスルーだ。
それぞれ付き合いもあり、交友関係を問い質すとキリがない。
それはつまり、うるうたんもうーこちゃんも似たようなものだ。
これだけ可愛い子たちだと、男のほうで放っておくわけがない。
「今日貰ったアレねえ」
「おっと」
言いかけたゴリさんの唇を人差し指でそっと押さえた。
その動作にまた男女のはやしたての声がしたが、当のゴリさんはうんうんと頷いていた。さすがに破廉恥そのものの贈り物なので自重したようだ。
「じゃあ真昼ちゃん、また明日ね」
濃い顔の男と残りの連中が帰っていく。
おやすみーと手を振る彼女にもう一度振り返った男は、俺を一瞥してから手を振って彼女に返していた。
送るよという俺の言葉ににっこりしたゴリさんが腕を絡めてくる。
街道沿いの歩道を歩いていると、夜空を見上げながら彼女が口を開いた。
「さっきの人さ。おとうと同じ出身の人なんよ」
「同郷ね」
「おとうがね。うちは生まれはここだから」
「同じ地域の人っぽいと思ってたよ」
俺の言葉に、ゴリさんがこっちを見上げた。
「……何?」
「ううん。立場が逆なら、うち絶対嫉妬するなあって思って」
「友達でしょ?」
「うん。さっきの子たちみんな友達」
相手はそう捉えてないかもしれないが、彼女の認識はそうだろう。
「八べえは心が広いというか、おおらかなんねえ」
「そうでありたいけど、それは大きな間違いさ」
以前合コンもどきをした際は嫉妬したが、今回はグループでの友達付き合いだろう。
そこまでこの子を束縛する権利はないと言えば聞こえはいいが、俺も今しがた同じ友達とご飯を食べてきたばかりだ。それこそ何も言う資格がない。
「妬いてくれないんだね」
ぎゅっと腕に力をこめてくる。妬かせようとした行動ではあるまいに、この子の自然な気持ちにあれこれ指図できるものか。
「ゴリさんいい顔してたよ。それを否定するような焼きもちってのは」
「うち嬉しそうだった?」
俺の頷きを見て、ゴリさんが唇をかんだ。
しばらく無言で歩いたあと、立ち止った。出した声は小さい。
「もしうちの気持ちが他に向いても、八べえそうやってうちより嬉しそうにするんだろうな」
「それはない」
「……」
寂しそうな横顔に即効否定すると、少し赤くなっていた目をこちらに向けた。
「鼻水と涙垂れ流しにして無理くり笑うよ。よかったねえって」
焼きもちどころか怨念の祝福をするとのたまうと、彼女が瞼をこすってあはっと笑った。
「そういうときは、真昼戻ってこい! って言うんよ?」
「ゴリさん戻ってこい! か」
「真昼」
「……」
名前で言いなさいと催促された。
何度目かの要請の結果、名前を呼び捨てにして言うと、再度抱きついてきた彼女は完全にいつもの明るく元気なゴリさんに戻っていた。
「貰い物をいつ見せてあげようかな。確認してもらわないとね!」




