お話68 アレにしよう
利くんの大学合格の朗報を、歴史友達である一慎から聞いた。
実家から通える大学ということで、これからも友達として付きあっていくらしい。
男の友情というやつか。
ゴリさんもそれを聞いて嬉しそうだった。
ああいう成り行きになってしまったが、やはり好きだった相手の人生の岐路ということで、随分気にしていたようだ。利くんがあえて彼女に合否を伝えなかったのも、男として共感できた。
悪友の友達としてなら、これからも会う機会はあるだろう。
それまではしばらくのお別れだ。
何日か経ったとある昼休み。
今日はうるうたんの体調不良ということで、ご飯は食堂で済ますことになった。
大盛りのうどんを互いにすすりつつ、彼女の容態に心配しつつも深刻になっていないのは、不調の原因が仕方ない女性のソレだからだった。
女の子の問題は女の子ということで、ゴリさんやうーこちゃんになにもかも丸投げしている常態だ。今は保健室にいるはずだから、あとでご機嫌伺いに行くとしよう。
専ら食事中の話題は、近々訪れるバレンタインのお返しの件だった。
「なに日和見ってんだ? お前もお返しするんだろ」
「いやいや」
俺が現物を貰ったのは花子のみ。
むろんこれは最重要機密で口外するわけにはいかない。
「彼女たちから貰ってないものを、返すってのはおかしいな」
「言いやがる」
うどんの汁が飛ぶから、食いながら話すなっての。
「俺は多聞ちゃんのほかに、明春さんや五里さんからも貰ったぞ? 当然義理だけどな」
「おまえは体が炸裂してしまえ。あと禿げろ」
こいつが可愛い生き物3人だけの成果なわけがない。
ダンボールの空箱満杯にするくらい受け取っているはずだ。
「彼女たちお前からのお返し期待してる様子だったけどな」
「……」
どういう了見だ?
俺は何も聞いていないし、貰った事実はない。
確認するためにも、とりあえず保健室に行ってみた。
室内にはベッドで横になるうるうたんと、椅子に座っているうーこちゃんがいた。
ゴリさんは席をはずしているようだ。
「明春さんありがとうね。多聞ちゃんどう調子は」
椅子に腰掛けながら、一慎が女の子たちと話し出す。
今朝会ったときとは違い、うるうたんも血色を取り戻したようで安心した。
俺も同様席についたが、当然とばかりにうーこちゃんが膝上に乗ってきた。
しばらくうるうたんの容態についてあれこれ話していたが、そのうちに悪友が食堂での会話内容を彼女たちに伝えると、ふたりとも俺の顔を見つめて当たり前のように口を開いた。
「お返し? 期待しないわけないじゃないか。君が女遊びをして帰るまで、君の家で待っていたんだから」
「そうだよ。浮気して帰ってくるキューちゃんにチョコあげなかっただけで許したんだから、気持ちというか心を返してもらわないとね!」
なに言ってるのこの生き物たちは。
心って……
「た、多聞ちゃんの本命は俺だよね?」
別のところに心配をした一慎が隣の恋人をおそるおそる窺った。
うるうたんは胸を張って頷いた。
「無論だ。これの場合はな、逃げないようにするためのエサというか罠というか」
悪友の顔がやるせない表情になった。
喜んでいいのか心配すればいいのか迷っているようだった。
「心といいますと、現物ではダメということで」
「あたしは心と現物のふたつでもいいんだよ?」
「私としては、身体の――」
うーこちゃんのいたずらっぽい返答はともかく、うるうたんが一慎の前で恐ろしいことを提案しようとしたので、無条件で相手の要求を呑んだ。
どうやら女の子たちのほうが一枚も二枚も上手のようだ。
現物はともかく、心とは何かよく考察せねばなるまい。
その後授業に集中できず、考えにふけって放課後を迎えたのは当然の成り行きだった。
放課後。音楽鑑賞同好会唯一の部員となったゴリさんが提供する場所で、要求の返答をすべく俺が最後に入室した。
すでにゴリさんうるうたんうーこちゃんの3人は席につき、一慎も当然その場にいた。挨拶もそこそこに、授業を一切スルーして思いついた提案を述べてみる。
つまり、春休みを利用した温泉旅行で心づくしのおもてなしをしようというのだ。
「温泉かー、いいじゃんそれ。あたし夏海行ってないからみんなと初めての旅行だね!」
前のめりで喜色をあらわして同意するうーこちゃんの声に、ゴリさんとうるうたんがにこりとしながら顔を見合わせて頷いた。
どうやら賛成してくれたみたいだ。
「現物は14日に貰うとして、心のおもてなしを春休みに受けるわけか。いいじゃないか」
うるうたんがふふと笑って髪をかきあげた。
流し目の色気が強烈だが、悪友の威嚇も凄絶だった。即効目を逸らした。
3人分の宿泊費を貧乏な俺が賄えるわけもない。
そのことを平身低頭で告げると、彼女たちは一斉に破顔した。
息ぴったりの反応だった。
「うちが欲しいのはお金でなくて気持ちなんよ?」
「旅行費くらい自腹で出すさ。そこで君のおもてなしを受けるのが私たちの望みだからな」
「お金は大事だけど、キューちゃんはもっと大事だもんね」
腕に抱きついてくるゴリさんと、肘をついてこちらを凝視するうるうたん、膝の上のうーこちゃんが三者三様のリアクションで俺に告げてくれた。
求められているのは奉仕の心。
少なくとも財源としての自分に期待はされていないようだ。
接待温泉旅行として春休みまでに予約を取っておこう。
毎年年末に婆ちゃんが利用する温泉宿なら、コネで部屋の確保はなんとかなるだろう。
しかしながらさしせまっているのはホワイトデーだ。
実際チョコをもらった花子には会ってお返しをしなければならないし、女の子3人へ現物を進呈するという用事もあってかなり予定がタイトになっている。
夕方からは花子に、それまでは同学校の彼女たちにそれぞれ何かを贈ることにした。
翌日になってから、花子との出会いに関わりがあるクラスメイトのつんつん頭に、ホワイトデーに何を贈るべきか尋ねてみる。
一慎とは違う意見も必要だ。悪友なら無難に甘食ということろだろうが、一応彼女持ちのこいつの意見も聞いておきたい。
「まだ決めてねえけど。っていうか、お前山野辺花子にチョコ貰ってたんだよな。どうするんだ?」
教室外の廊下の壁にもたれて携帯端末をいじりながら、画面を見たままつんつんは逆に聞き返してきた。
「義理の彼女には義理っぽいものと思ってる」
「つまりお前もまだってことか」
違うクラスの友達であるもっさり頭もやってきた。
待ち合わせていたのか、奴も会話に参加しだした。
「八方もいるならちょうどいい。俺らの彼女に何返したらいいのか、お前も関係あることだから付き合え」
ハナコとこいつらの彼女は同じ女子高で友達同士だ。
6人とも皆面識だけはある。
「なかなかいい物が浮かばないからよー、アレにしようと思ってるんだぜ」
「アレ? お前まさか本気か」
つんつんが顔をあげてもっさりとにやにやにながら小声で話しだした。
そのうちに相槌をうって互いにハイタッチ。
にやけた顔のまま俺に肩を組んできて、左右の耳から爽やかでない台詞をほざいてきた。
「今日放課後俺らにつきあえや。お前もこの企てに参加させてやるから」
お返しを選ぶ算段なのなら是非もない。しかし企てってなんだ?
いやらしい面持ちも気にかかる。まるで鏡を見ているかのようだ。
可愛い女の子たちや悪友のぶらぶら歩きの誘いを辞退させてもらい、つんつん頭ともっさり頭の男3人で目的地に向かった。
近場のショッピングモールより広く大きい店舗の数で賑わっている、駅前に新しくできた商業複合施設だ。
ここならうるうたんたちの現物も、ハナコへのお返しも厳選して見て回れるだろう。
そう思いファッションアイテムなどの雑貨屋を巡ろうとしたところ、つんつんともっさりから襟足をつかまれて別の方向へと連れ去られていった。
奴らの進もうとしている先には女性下着専門店が見えた。
……ああわかった、こいつらはバカだったのだとあらためて実感する。
なんとか店前で引き止めてその訳を聞いてみた。
「お前らのにやけ顔の理由を理解した。しかし下着って何考えて……」
「なにって、彼女に下着を贈るのがそんなにおかしいか?」
つんつんが不思議そうに俺を見る。
もっさりも同意見のようだ。
「いや、男子高校生が女性下着専門店へ3人で足を踏み入れる異常性をだな」
「女の子がつけるものを女の子へ贈る。そのためにこの店に入る。それのどこが異常なんだ?」
おかしくはないのか。しかし店内の従業員はともかく、女性客からするとむさい男が入店するのは迷惑だろう。
「まっとうな理由があって買い物するのに、それを遮る権利は女にはねえな」
もっさりが威勢のいいことをほざいた。
満腔の意をもってつんつんも腕を組んで頷いている。
そうこうしている間に、俺を引きずって店内に侵入していく。
すさまじい行動力だ。奴らに恥やためらいというものはないらしい。




