お話66 前向きに
卒業式を終えた3年生の知り合いを祝うべく、近場のカラオケ店でバーティルームの予約を取り、そこで数時間の送別会もどきを企画することになった。
知り合いは無論行永利先輩であり、もう一人は演劇部部長だ。
理由はうーこちゃんが参加するから。以上。
面子というともう大体決まっている。
祝う側は俺と一慎、3人の可愛い女の子たち。
他に演劇部の部員やうーこちゃん繋がりでコーメー君もと考えたが、演劇部ではすでにお別れ会というのを数日前に済ませており、コーメー君の参加は恋敵として認定しているであろう、一慎の悲壮なまでの反対で沙汰やみとなっていた。
そしてお別れというこの最後になって、ようやくこの人が蘭条正という姓名だということを知った。
それぞれ知る人知らない人がこの7人の中でも発生しているので、首と腕の太いラグビー部のような風体の演劇部部長は、必然的に俺かうーこちゃんが相手になる。
同級生である利くんとはそれなりに話せるようだ。
「初めて名前を知ったという様子だな。たらし君は最後まで男に興味なしか」
あらためて乾杯しながら、ピザを口にくわえて蘭条先輩が苦笑した。やはり部長で通そう。蘭条って粋な名前では俺が釈然としない。
部長を中心に、俺とうーこちゃんが左右に座っている。
10人部屋のスペースなので、向かい側では利くんを中心に、歴史友達である一慎が音頭を取りつつ、ゴリさんとうるうたんがおかずを取り分けたり、それを口にあーんとかしたりしている。まるで客商売のアレのようだ。
本命の可愛い眼鏡っ子と黒髪の美人がそばについている以上、彼の顔は極楽で緩みまくっていた。
受験の疲れもとれるだろう。合格発表はまだ先らしい。
「聞きましたよ。うーこちゃんから」
利くんのにへら顔を見ながら、俺もピザにかじりつく。
うーこちゃんがお手拭をくれた。
「ピザがうまく感じるんじゃないか? 正直な感想として」
「どうですかねえ」
部長は演劇部のお別れ会の際、けじめとしてうーこちゃんに告白し、部員全員の前で堂々と振られている。そのことを俺は彼女から聞いていた。
「わかっていてもな、男にはそうしなきゃならん時がある」
「あたしはみんなの前ではどうかなって思ったんだけどね」
大柄な自分の体の横からひょこっと顔を出す彼女をなぜか嬉しそうに見下ろして、部長が笑った。
「皆がいるから、結果として言えたようなものだ。ふたりきりで振られたら、誰が茶化してくれるというんだ」
「たしかに部の仲間がそのあと囃し立ててたもんね! 気を使われるのが嫌な人だからって」
振った当人であるうーこちゃんもまったく悪気なく、からっとしたものだ。
おそらくその対応も部長が望んだものだろう。
「失恋を笑い事にするために、卒業式まで待ったわけだ。後腐れがないしな!」
わははと大笑した部長に葛藤や未練はない。
少なくとも表面上はそう感じた。
「今日ここにお邪魔させてもらうことで、卯子君とちゃんとお別れできる。段階を踏んで着地ってやつさ」
「繊細ですからね男は」
「そうだ。俺のような外見でも、君のようなたらしでもな」
なぜか再度の乾杯。うーこちゃんも参加していた。
そしてお別れ会の最後、おっさん感覚の部長たっての希望によって、一本締めで終了の合図となった。
皆別れ別れに帰路についていく。
一足先に手を振りながら去って行く部長を見送った後、うるうたんと一慎がペアで、俺はうーこちゃんとともに歩き出した。
利くんはゴリさんとつもる話があるだろうと察した俺達は先に帰ろうとしたが、眼鏡の先輩がそれを呼び止めた。
皆に聞いてもらいたいらしい。
利くんの表情を見て、心当たりのある者は理解した。
話の場所として心当たりがあるのか、彼は先導して先に歩いて行く。
ゴリさんをはじめ俺たちも後を追った。
ついた所は、高速道路高架下のバスケットコート。
なぜ彼が騒音のする、しかし人気のない場所を選んだのかは後で知ることになる。
ゴリさん以外の女の子は長椅子に座って、当事者の利くんとその相手を固唾をのんで見つめていた。俺と一慎はその近くで立ち見の状態だ。
「蘭条の話を盗み聞きしてたんだ」
頭をかきつつ、言い訳するように利くんが言った。
なぜ多人数の前でという俺たちの疑問に対する答えだろう。
しばらく無言で虚空を見つめていた
眼鏡先輩が、意を決して目の前のゴリさんに向き直った。
車の行き交う振動音が頭上から聞こえる。
長椅子の女の子たちが身動きしたのか、軋んだ音がした。
「はっきりと、君の気持ちで答えてほしい」
ここからはゴリさんの顔は後ろからしか見えない。
風が吹いていないのに、彼女のポニーテールが揺れた。
「僕は君が大好きだ。真昼君が大好きだ」
間をおいて二度言わずとも、彼の気持ちはよく知っている。
けれど利くんの昂ぶりがそう言わせたのだろう。
一切の違和感は感じられなかった。
でも少し気になったのは、利くんは想いの告白をしたのみだということ。
その先のことが彼から語られていない。
ゴリさんの表情は見えないが、俯いたり顔を上げたり、さすがに落ち着かない様子だった。
それが少しの間沈黙としてあらわれたものの、あえて促すことを利くんがしなかったため、自分たちもやるせない思いをしながら見守っていた。
「……なんて皮肉なんだろう」
ゴリさんが呟く。その意図を測りかねて、彼女以外の面々が身を乗り出した。
「利くんに振り向いてもらいたくて痩せたり、身なりを意識したりしてたんだ」
えっ、と眼鏡先輩が口をあけた。
俺らには周知の、彼には初めて聞く事実だろう。
「うち、利くんが好きだったんだもん」
「……」
完全に固まるというのはこういうことか。
自分以外の人がそうなるのは初見だった。
「だんだん仲良くなっていくのが楽しくて、好きな人に見てもらえるのは嬉しかった」
ゴリさんの横顔が見えた。
可愛いのはいつものことだが、綺麗だと認識したのはこのときが最初だ。
「うちをいつも見守ってくれている人がいたから、安心してこう、一直線にね」
手振りで、一直線を形容していた。かなり控えめに。
「周りもうちを褒めてくれるようになったし、自信とか、前向きに考えるようになったし」
「それを僕は近くで見ていたよ」
「うん」
ふたりが見つめあっている。
そして利くんのほうが昂ぶっているいるにもかかわらず、冷静にも見えた。
「夏にね、みんなで海に行ったとき。そこで、少し前から意識していたことが明確にわかっちゃった」
心当たりがあるうるうたんと俺だけが反応した。
「利くんが好きで、でも踏み出せなかったうちを最初に見つけてくれたひとのこと」
「……」
「振り返ると、いつもうちを見ていてくれたひとのことを」
振り返ったゴリさんと視線があった。
利くんもそれにつられて俺を見た。
「うちは」
向き直ったゴリさんを見返して、利くんが大きく息を吸い込んだ。
「八方九介が大好きです」
騒音がする空間に、沈黙が漂った。
女の子たちも俺も悪友も当然声はない。
視線をそらさず、しっかりと相手を見据えているように見えるゴリさんに、利くんは満足げな微笑みを浮かべていた。
告白した利くんと、それに対する返事のゴリさん。
はっきりとした答えなのか曖昧なのか、判別できずに少しとまどいながら俺達は顔を見合わせた。
「つまり前向きになった彼女から、前向きに振られたってことさ」
振られたと公言する眼鏡先輩のすっきりした表情と、どう反応していいかわからないそのほかの面々のそれとが対照的だった。俺を含めて。
「ごめんなさい、ってのは違うと思うんよ」
少し赤い目をしたゴリさんが、こっちを振り向いた。
「だって利くん好きなんだから。けど、うちは茨の道を選びたいから」
逃げ道を断つんだ。
そう彼女は笑って利くんに近づいた。
「僕の扉はいつでも開いてる。油断してると引き込むよ?」
彼にしてはめずらしい諧謔に、ゴリさんは今度こそ声にだして笑っていた。
握手しようとした利くんの思惑に反し、ゴリさんは相手を抱きしめていた。
やや逡巡したものの、彼も背中に手を回して抱きしめ返していた。
3度目の沈黙。鼻をすすったうーこちゃんがいつもの調子を取り戻して、飛び上がるように立ち上がった。
「うんそうだよ! 五里さんごめんなさいじゃなくて、ありがとうだよね」
「ありがとうだな。行永先輩がいなかったら、何もないし何も始まっていなかったはずだ」
うるうたんも賛同して起立した。
「……そうだね。ありがとうだ」
ふたりの女の子の意見を耳にしたゴリさんが、利くんを抱きしめながら頷いている。
そのままの体勢で、彼女は耳元で囁いていた。
騒音で声は届かない。でもそれを聞いたであろう利くんの満足そうなすっきりとした表情が、そのときくしゃっと歪んだ。
一線を越えた感情を垣間見たような気がした。
悪友は思わず下を向いていた。
うるうたんがそれに気遣わしげな視線を向けたが、俺には当然理解できない。
うーこちゃんは何か察した様子だった。
「僕の用件はこれでお終い。皆話を聞いてくれてありがとう」
いつまでも離れないゴリさんの肩をつかんで、やさしく引き離した利くんが俺たちを見ながら頭を下げた。つられてうーこちゃんと俺も下げた。
「みんなとも今日でお別れだ。君たちと会えて楽しかったよ」
「俺もですよ先輩」
近寄って握手する一慎と利くん。
歴史友達同士気があっていただけに、感慨もひとしおだろう。
俺といえば反応にとまどった。この場合正直になるべきだろうか。
「このままさようならってのは……」
途中で口をつぐんだ。
それは自分が言える義理ではない。
「寂しいのは誰だって同じさ。僕もそうだけど、けじめだからね」
利くんが目の前に来た。
「でも……この子たちを背負いきれないとわかった時は、君をぶん殴ってでも取り返しに来るよ」
胸倉をつかまれた。赤い目をした利くんを見下ろす形となった。
「それが君に対する精一杯の意趣返しだ」
気圧されて、無言でこくりとするのがやっとだった。
これほどの想いに対して、俺はゴリさんに何をしたというのか。
鳥頭なので、実感というのがなにもない。
「僕はここで少し気を静めてから帰るよ。今日だけは、八方君が彼女を送ってもらえるかな」
「わかりました」
俺が答えるより早く、悪友が俺を押しやって歩き出した。
ゴリさんもうるうたんに促されてその場を後にする。
肩越しに利くんが長椅子に座り込むのが見える。
騒音がする場所を彼が選んだ理由が、やっとわかった気がした。




