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お話64   誰もが自業自得

 一慎誕生日デートを終えて帰ってきたうるうたんはすでに出来上がっていた。

 俺といえば残念会で温泉に浸かって汗と財布の中身を流したうえ、うるうたんの家事代行として一仕事終えたばかりだ。


 アパートに戻ってから、合鍵で開けたのかへべれけの彼女がコタツにつっぷして酔いつぶれていたのに気がついた。

 俺の気配を察知した黒髪の美人は、夏のあの日のように顔を真っ赤にしながらこちらにふらふらと千鳥足で歩いてくる。


「よいしょ」


 うるうたんを抱きとめ、コタツに座らせる。

 体が据わっていない状態なので、あえて背もたれとして彼女の後ろに回りこんで

腰を下ろした。


 ほどんどおねむの状態なので、会話というのはない。

 よほど楽しかったのだろう、時々ふふっと笑いながら、椅子と化した俺におもいきりもたれて寝に入っている。

 本格的に寝るのならこのままというわけにもいかない。

 羽毛布団を敷いて、奥の六畳間で眠ってもらおうかと考えた。

 そのときゴリさんからのメールを受信する。


「外?!」


 思わず声が出た。すると玄関のすりガラスの引き戸の向こうに、ゴリさんらしき姿が見えた。

 うるうたんを放っておくわけにもいかず、大声で開いているよと伝えた。

 引き戸が開いて顔をだしたのは、予想どおりポニーテールの可愛らしい眼鏡っ子だった。


「ごめんね八べえ夜遅くに」

「いらっしゃい」


 あがって、という俺の言葉に頷いて居間に来た彼女が、すやすやと眠るうるうたんを見て小声で話しだした。


「多聞先輩って今日誕生日だったよね?」

「そう。一慎とデートした後みたいで」

「嬉しそうに寝てるなあ」

「奴の心づくしは通じたのかな」


 昼の出来事を考えると、まあうまく収まったようでなによりだ。

 それよりめずらしい時間に来訪の意図が知りたい。

 尋ねられたゴリさんがとまどったように下を向いた。


「んーと、あのね」

「んー」

「えっと、実は」

「んふふ」


 合いの手はうるうたんの寝言である。

 むずかって姿勢を横にし、熟睡しているような寝息が聞こえ始めた。


「今利くん受験中なんだけど」

「だよね」


 ゴリさんが最近忙しいのはそれのフォローというか、受験時間以外にもいろいろ付き添ったり会ったりしているからで、俺との時間が少ないのはむしろ当たり前のことだった。


「それが終わったら大事な話があるって。もうすごく真剣な顔で」

「……そっか。ついに」

「うん。大げさでなくさ、総括になるんだと思うのその日が」


 その通りだ。大げさなどではない。

 ゴリさんが利くんのために変わろうと決めたあの日からの総括だ。


「考えが決まらなくて」


 唇のすぐ前でいただきますの形で手をあわせ、五本の指を大きく開いた状態で虚空を見つめるゴリさん。


「うち利くんのこと好きだよ」

「そうだね」

「好きだから痩せるのつらかったけど頑張れたし、実際利くんから好意を受けたときには内心でお祭り状態だったもの」

 


 それは知っている。一緒に買い物に行ったとき。このアパートで卓を囲みながら3人でご飯を食べたとき。それから始まったお弁当攻勢。

 そのどれもがこの子が見せた偽らざる親愛の証だ。

 それが伝わったからこそ、利くんもゴリさんが好きになったのだろうと思っている。


「今のうちだから利くん気になってくれてるのかな? 以前のうちみたいに自分に自身がなくて、太ってたりすると相手にしてくれないのかな、とかいろいろ思い込んじゃってさ」

「外見で人の良し悪しを図る先輩じゃないよ」

「ううん」


 かぶりを振って、ゴリさんがあらためて目をまっすぐ見つめてきた。


「外見で分け隔てることをけしてしないのは、八べえだよ」


 そうでもない。美人大好きだし。


「八べえの言葉がうちにとってどれだけの光明になったか、うち以外にはわからないと思うんよ」


 考え込んでしまった。

 確固たる意思があって、ブスともでぶとも思わないと言ったわけではない。

 そのときの何気ない一言がこの子にどれほどの影響をあたえたのか、今更思い知ることになるとは。


「夏とか過ぎるころにはみんな褒めてくれたよ? 痩せるのうまくいったねとか、雰囲気いいほうに変わったねとか」


 謙遜で言えばそう。直球では可愛く色っぽくになった、というのに尽きる。

 痩せたぶん、もともと肉感的であったスタイルがさらに洗練されて男に注目されるようになったという点は見逃せない。


「うちにとって、ほかの男の子は男じゃないの。変わったうちが目当てであって、うち自身を見ているわけじゃないしさ」

「そうかな」

「そうだよ! そういう反応見るたびに、利くんと八べえに会いたくなったり、話したくなってたし」


 外見が変わって態度の変わる奴を、この子は信用できないということか。

 たしかに以前は利くんと俺だけが気安く話してた印象がある。

 出会ったときの県民の森でのこととか。


「ずっと好きだった利くんを見ていたのにね。見ていたのに今日あんなこと言われて」


 沈黙する彼女を黙って見守った。

 吸い込む息が震えている。


「どうして、うち……こんなにも冷静なんだろう。どうしてお祭りにならないんだろう」

「ゴリさん」

「それを口にする利くんは、どうしてあんなにつらそうだったんだろう。そのときのうちの顔はどうして……」


 鼻をすする音がする。どうして涙ぐんでいるのかを問いかけることもなく、彼女が今望んでいるであろう沈黙を保って見守るだけにした。


「多聞先輩が八べえの腕の中にいてくれて、今日だけは感謝してる」


 なにかをごまかすように、あははと笑っていた。

 理解していない俺も口元をほころばせることで、それに応えた。


「襲ってやろうとしたんだ。うち覚悟決めてさ」

「え」


 上げた口角が固まった。襲うってなに。


「先輩が間に入ってうちから守ろうとしてるみたいなその姿見て、ちょっと反省した」

「なにいって……」

「思い込みって怖いね。そこまで突き抜けないと、前へ進めない気がしてたんよ」


 どういうつもりかは知らないが、偶然にしろうるうたんに守られた、ということは確かなようだ。

 ゴリさんも変態の魔の手から逃れたといってもいいだろう。

 俺の理性などあてにならない。


「素直な自分の気持ちって、伝えるのに勇気が必要なんだよね。だけど」


 豆電球の明かりだけでも、ゴリさんの内から放出するような決意とか意思が読み取れた。


「うちは自業自得と向き合わなきゃ。八べえに会いに来て話してる間に、自分ひとりで勝手に解決しちゃった」


 ゴリさんが相談事で来たことに、今はじめて気がついた。

 どあほうにも限度はあるが、彼女の突き抜けた想いより俺の鈍感ぶりのほうがよほど突き抜けていると感じた。

 先ほどからゴリさんが俺から視線をはずさない。

 あらためて何かを感じ取っているような、汲み取っているようなまなざしだった。


「うん、やっぱりうちは――」

「わかりきっていることを自覚するのに、随分時間がかかったな」


 ゴリさんが目を見開く。

 俺も引き声を出して、うるうたんの側頭部を見下ろした。


「起きてたんですかうるうたん」

「少し前に」


 ぼんぼんと頭をぶつけてくる。横顔はすこし不機嫌そうだった。

 寝起きだからとすると、子供か。


「君の想いは、私の想いでもある。私は自覚していたが、それを言葉にするのはどうやら君に先をこされそうだ」

「自業自得なんですね誰もが」


 理解しあった女同士の謎の会話。俺が認識したのは自業自得のみ。

 まさに自分のためにあるような言葉だ。


「間違いを正してくれるこの男は、何よりも代えがたい。君の想いがいかに強かろうと、私はこれを絶対に渡さないから」


 体を起こし、コタツのテーブルに身を乗り出してうるうたんが絶対だ、と二度繰り返して断言した。

 ゴリさんがそれを受けて、ここに来てから最も明るい表情になりながら同じく身を乗り出した。


「女になるのだってうちが先になりますよ」

「どうだか。風呂さえ一緒に入ってない君が言ってもな」

「……」


 首元にしがみつきながら同意を求めてくる黒髪の小悪魔と、身を乗り出して冷たい視線を突き刺してくる眼鏡っ子から即効目をそらした。


「さすがに……うちらのなかで一番の痴女ですね。いつの間に」

「女の戦いに卑怯も何もない。これの弱点をつけば、湯船の中でも喜んで洗いっこ――」

「ヤメナサイ」


 桃色空間になどさせてたまるか。

 ゴリさんの相談内容にそぐわな過ぎる方向はなるべくカットだ。


「とりあえず」


 こほんとセキをして間をとり、ポニーテルを揺らして俺のそばに寄ってきたゴリさんが、密着するうるうたんを押しやってから抱きついて宣言した。


「正直に、ほんとの気持ちを伝えられるようになると思うから、今からしばらく八べえにぎゅってしてもらうね」

間違って先に65話を投稿してしまい、気付いたのが66話投稿の後。

64話の投稿が只今となりました。

ご覧の皆様には混乱させてしまいますが、何卒ご了承下さい。

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