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お話63   裸の付き合い

 目の前に駄々っ子がいる。

 不機嫌にむくれて腕を組み、あぐらをかくその姿は女の子なら可愛らしいかもしれないが、それをしているのは長身の色男だ。

 少なくとも男としての目線で言えば、気持ち悪いと認定できるだろう。

 ショッピングモール裏の小さい公園に男ふたり、一慎が憤りをあらわしているのには訳がある。


 うるうたんの誕生日デートをしていた奴の予定では、ショッピングモールを出たあとのムフフな展開として夜景が見えるホテルでの食事を計画していたらしい。

 それが偶然うーこちゃんとコーメー君の幼馴染ペアに出会い、すぐにふたりっきりになりたそうな奴を尻目に、以前からうるうたんに好意をよせるコーメー君が押し迫っていつまでも離してくれない。

 そうでなくとも彼と楽しげに話すうるうたんも気に食わない。

 うーこちゃんに至っては幼馴染をたきつけて後押ししている状態だったという。


 そのうちに我慢ならんと強引に連れ出そうとしたのだが、うるうたんがなあなあの態度を取り続けたため、ついには怒り心頭で一人で逃走。

 思い立ったら親友の家、とばかりに俺のアパートへ愚痴をこぼしにきた奴をなだめて、何とかショッピングモール近くまで連れてきたという次第だ。


「あいつと仲良くしている彼女がいけないんだ」


 手渡したホットの缶コーヒーを一口のんで、奴がぶちまけた。

 嫉妬深いのは俺も同じ。だがさすがに自分の彼女の誕生日にこの有様では、こいつに同情もしたくなる。


「まあまあ。うるうたんはそんなにでれでれだったのか?」

「ちがうな。どちらかというと上戸(かみと)の奴のほうが積極的で、それをいなしている感じがした」


 呼び捨てだ。そうとう怒ってるな。


「それの何が気に食わないんだ」

「多聞ちゃんはちょっとやそっとの男には見向きもしない」

「おう」

「しかし男前でもあいつくらいの美男子になると、話は違ってくるだろ」


 一気に缶をかたむける。酒ならこいつはもうへべれけだろう。

 アルコール分解に馴れてない肝臓だろうし。


「まあ、コーメー君は王子様っぽい出で立ちだしなあ。いかにも女の子が好きそうな」

「受け流しつつも、多聞ちゃんも嬉しさを隠し切れない態度なんだよ」

「まあ、男は美人好きなら女も美男子好きだろうしな。うるうたん自身もそう語ってたから」


 くくっと目頭を押さえる悪友。真似事ではなく、わずかに涙が浮かんでいた。

 世話の焼ける奴だ。ここは俺の出番てやつだな。





 一慎を公園での寒空のなか待たせておいて、俺はショッピングモールでうるうたんたちと合流した。

 建物奥の人気の少ない休憩所にいたため、見つけるのに彼女にメールで確認をとったくらいだ。

 長椅子にすわるうるうたんとコーメー君。

 いかにも気安げで仲がよさそうに見える。

 いつもなら俺に飛びついてくるうーこちゃんも、先日の件でおかんむりなのか、ぷいと横を向いてスルーの状態だった。


「何しにきた浮気もの」


 うるうたんも同じで怒りは継続中だ。

 こうして見ると、コーメー君とはお似合いの美男美女に映る。

 あいつが妬くのも無理はない。


「一慎怒ってますよ」

「放っておけばいい。このくらいで嫉妬する小さい男に誕生日を祝ってもらうのも悪いだろ」

「俺なら満足するご招待を案内できますけどね」

「そうしてもらおうかな」


 にこりと顔を見合わせるふたり。

 もう付き合っちゃいなよ君らとかもう一人の俺があほうな戯言をほざいたが、自分としては一慎の味方だ。


「行きましょう。奴が公園で待ってます」

「行かない」

「ってさ。俺とデートに変更ということで」

「うんそうしよう」


 俺の説得に耳を傾けず、まるで恋人同士のように顔を近づけて話す姿を見つめて(きびす)を返した。


「うーこちゃんまたね」


 去り際におかんむりの小さい子へ挨拶し、出口へ向かう。

 早足で公園に戻り、燃え尽きた感のある座り方で俯く悪友に声をかけた。


「一慎今回はあきらめろ」

「……なに?」

「あの子には、少しお灸が必要だ」


 誰がどの口でいうのか、心に少し痛みが走ったが、今回ばかりは話が別だ。

 びっくり顔で見上げる一慎に、隣に座って肩を組んだ。

 しばらく腹にすえかねる出来事を忘れてバカ話で間をたもった。

 そのうち中学時代を思い出してきた俺たちは、男だけで残念会でもやるか、という運びになった。

 このとき俺と奴はコーメー君という恐ろしい恋敵のことを忘れていた。鳥頭だ。

 

 途中で残念野郎たちにメールと電話の接触があったが、以心伝心でふたりともスルー。

 場所を変えてあほな話の続きをすることにした。

 公園の出口まで来たところで、息を乱したうるうたんと、その後ろに幼馴染のふたりが立っていた。


「連絡したのに、なぜ出ないんだ」


 はあはあと呼吸を整えつつ、一慎につめよる。

 すると奴はそれを完全にスルーして俺に向き直った。


「会場は、おまえのアパートか?」

「いや」


 ほとんど見たことのない恋人の態度に、うるうたんが唖然としている。

 うーこちゃんも驚き顔だ。


「毎回そうでは芸がない。裸の付き合いというのはどうだ」

「……てめえ。ノーマルな俺に向かって」

「あほうかお前は。この寒空だ。何種類もの温泉が恋しくないかってことだ」


 返事のかわりに肩組をもらった。

 そのまま公園を後にしようとする怪しい男たちに、スルーされた黒髪の美人の声が飛んだ。


「一慎」

「誕生会は、そこのハンサム君で間に合わせてくれ。俺は変態と肝試しの湯船に浸かってくるから」

「ふざけろ。俺もノーマルだ」


 恋人を一瞥(いちべつ)して去ろうとするその前に、コーメー君が立ちはだかった。

 少し怒っている。


「少々、意趣返しがひどいんじゃないか」


 うーこちゃんも後ろで頷いている。

 しかしながら、一慎も俺もいつでもぼっこぼこというわけにもいかない。


「人の恋人に手を出すその口が言うのか? いいからこの子連れて消えちまえよ」


 隣の奴の顔は本気だった。恋人にとって大事な日を一緒にすごそうとするのに邪魔されて、怒らない男はいないだろう。

 それを嫉妬といわれては尚更。

 それにしても自分の心に突き刺さった台詞があったようだが、都合の悪いことは俺もスルーしておこう。

 さすがに俺も邪魔してまでうるうたんと一緒にいたいとは思わない。


「九介」


 やるせなくなったうるうたんが俺に救いを求めている。

 悪友はこの場を早く立ち去りたいようだったが、彼女のこの顔を無碍(むげ)にできるほど俺の心は強くない。


「うるうたんの誕生日を台無しにしようとしてるのは、まぎれもなくうるうたん自身ですよ?」

「……」

 

 唇をかんで下を向いている。

 最初のからかいが、意地になってここまで展開したのだろう。

 この恋人同士は負けん気で似たもの同士でもある。

 説得に来たのが絶賛スルー中である俺なのもひとつの要因だったかもしれない。


「コーメー君ほどのいい男と仲良くなるのは、女の子にとって心地いいかもしれません。でも今日は、今日だけはそういうのだめでしょう」


 お前がいうな。もうこれが頭の中でがんがんと鳴り響く。

 その声が実際の音となって俺の耳に一切入ってこないというのも不思議ではある。

 うるうたんは泣きそうになりながら神妙に頷いているし、コーメー君も事態の深刻さを理解したうーこちゃんにぽかりと頭を叩かれていた。

 うーこちゃんは小さい身体をもっと小さくしながら、幼馴染をけしかけたのは自分だと言って一慎へごめんなさいをしている。


「明らかに一慎のほうがうるうたんに惚れているからといって、今回みたいな態度はダメです。こいつの全力の心遣いを受けたいっていう女の子なんて、うちの学校だけでどれだけいることか」


 つまりうるうたんは幸せものなんです、と結論付けた。

 そうお前が言うなの合唱で頭が痛い。

 気丈にいつもの凛々しさにもどったうるうたんが、悪友の傍まで言って頭を下げた。

 すまなかった、とはっきり言葉に出していた。

 悪友といえば、この展開についていけず目が泳いでいる。

 いったん突き離したものの、結局はベタ惚れなのでぐらついているようだった。


「コーメー君、君は彼女に本気か」


 ぎこちなく近づきあって手を握っている恋人同士を尻目に、俺は無造作ヘアのハンサムに近づいた。


「お父さんとしては遊びでは困るんだけどね」


 火花が散ったように思えた。コーメー君の視線を強く感じる。

 彼に近づきつつも、俺の目線は一慎とうるうたんに注がれていた。


「俺が本気でいっていいと?」

「君が本気になりかけているのなら、諦めるのは今だ。ここの道は険しいから」


 ごめんね? と上目遣いに抱きつくうるうたんに、もはやへろへろのふにゃふにゃで抱き返す一慎。思わず笑いがこみあげた。

 うーこちゃんもあらあらと口に手をやってにんまりしている。


「それは八方九介としての感想かな」

「ハンサムはなるべく少ないほうがいい。願望だな」


 誕生会してね。もちろんです! などという外野の声にやれやれの動作で応えながら、コーメー君に向き直った。


「あいつはうるうたんを優先するようだ。俺の予定は空いたし、今回だけは君も振られるだろうから俺と残念会をしよう」

上戸(かみと)くん」


 恋人の腕の中にいるうるうたんがこちらの会話を察知して声をかけてきた。


「私のわがままに君をつき合わせてしまったようだ。すまなかった」

「……いや」


 コーメー君が処置なし、といった様子で上を向いた。うるうたんはあらためて恋人の胸に顔を埋めていた。


「何もしないうちに振られた気分だ。女の子にここまであっさり見切られたのは初めてだよ。意地でも本気になりたくなった」

「気にしなーい高明。相手が悪かったね」


 うーこちゃんがぽんぽんと幼馴染の背中を叩いている。


「相手? 俺が中立にそれほど劣るのか……」


 悪友がコーメー君を上戸と呼ぶように、彼も一慎を呼び捨てにしていた。

 お互いさまか。


「ちがうねー。あんたが勝てないのはキューちゃんだよ!」

「……」


 何故か大威張りで腰に手をあてているうーこちゃんに、皆の視線が集まった。

 この美男子やワイルド野郎の悪友が俺にかなわないものといえば……

 それは変態さだ。色魔の俺に対抗するには、君らは少しまじめすぎるのだ。


「あんたよりキューちゃんのほうが素敵だよ。今のあたしにとってはね」


 にっこり満面の笑みで俺の手を握ってくる。おかんむりが解けたのか?

 買いかぶりにもほどがあるけど、今のところはその態でいてもらおう。

 いいアシストだうーこちゃん。


「だってあたしはキューちゃんの中身を知ってるんだもん。多聞先輩もそうだよね」


 同意を求める相手は、ひょこっと顔をだして満開の笑顔で返事をしていた。

 中身か。さっきと同じ感慨しか思い浮かばない。


「八方」


 俺も呼び捨てかい。

 だがしかし彼の意気消沈した面持ちを見れば、つっこむ気もうせた。


「今から裸のつきあいと行こうか。君が企画というのなら、君持ちで残念会だ」

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