お話61 男友達
下駄箱、机、教室のロッカー。
ありとあらゆる密閉空間へ、報われぬ愛を求めて右往左往する男たちの目立つ一日がやってきた。
本命にしろ義理にしろ、日頃の女性受けが実績となってあらわれる一大イベントに、学校中の男たちが色めき立っている。3年生は受験も控えて休みも多く自由登校が多いので、全校生徒というわけではなかったが。
クラスの男どものなかには、興味ありません、とばかりにポーカーフェイスの奴もいるが、そんな強がりは女の子にはお見通しらしい。
がっつく男というのは正直な奴らで、俺もそれに習っていろいろ家捜しの動きを示していたのだが、その動きはつんつん頭をはじめとする他の男子生徒から露骨に疎まれた。
「てめえがそんなにがっつく必要ねえだろ! どうせあの美人さんとか小さい子とか眼鏡の子からもらってんだろうが」
胸倉をつかまれたりこづかれたり叩かれたり、様々な好意ある歓迎に髪型もネクタイも大いに乱れたが、それは事実ではない。
一限目開始の時点で、誰からももらっていない。
もらったのは、朝に一慎と登校する際にうるうたんから手渡された弁当だけだ。
ちなみにその時点で悪友は彼女から手作りチョコをもらっていた。
だのに、俺にがっつくなと?
あの女の子たち以外に義理すらもらえる可能性がない自分には、切実な問題だ。
そんなことでは中学時代の自分とまったく同じになってしまう。
休み時間。そわそわしながらも廊下を見ても誰も来ない。
昼休み。さりげなく中庭とか体育館裏とか同好会の部室とか、自分の行動範囲へ
わざとらしく姿を見せ、期待するも誰にも会わず。
さすがに気持ちがあせって午後の授業を上の空で過ごし、放課後に至る。
誰も来ない。
……。
なるほど夕方近くになってやっと理解した。
振られ野郎に乾杯だ。
学食で缶コーヒーを買い、にがい想いとともに一気に飲み干す。
ふてくされて下校しようとすると、クラスメイトのつんつん頭がいつものもっさり頭を連れてにやけ顔でやってきた。
「お? なにたらしの九介クン。君もしかして収穫なし?」
「……おかげさまで」
腹を抱えて爆笑する二人。
そこまでオモロイことか? つまりはざまあみろ、といいたいのだろう。
「俺らこれから彼女と会うしなあ。本命にもらうから義理なんていらねえや」
つまりは学校では君らも収穫なしか。
何を言っても妬みにしか聞こえないから無言にしとこう。
「多聞先輩どうした?」
「一慎とデートだ」
「明春と五里は」
「うーこちゃんは部活で、ゴリさんは用事でもう帰ってる」
ゴリさんは利くんと一緒なのだろう。
一緒にいるべきで、それには何も思わない。
「そうかいそうかい」
にやにやと嬉しそうな二人。ご飯がうまいと言いたげな顔だな。
「もてないうえに義理すらもらえない八方に朗報だ」
今から他校の彼女と会う予定の彼らから、ひさびさの名前を聞いた。
「俺らの彼女の友達に、合コンのときいただろ。山野辺花子ってでかい女」
「ハナコか!」
思わず叫んでしまった。
昨年の秋、合コンの付き添い同士で意気投合した豪快で明快で、声も身長も大きい一本気な女の子だ。
「お前結構あの子と仲よさげだっただろ。相手もかなりお前を気にいったようだったらしいし。俺の彼女の話だが」
「あれ以来それっきりだったんだけどね」
「コイチローにもう一度会いたいなあとかよく独り言いうもんだから、彼女が今度会わせるって約束したらしいんだわ」
「俺らつながりでいつでも連絡はとれるしさ」
もっさりもつんつんの言葉を補足する。
なるほど。たしかに連絡先は聞かなかったが、そういうつてでいつでも会えたわけか。迂闊だった。
「ところで、コイチローってなんだ? お前のあだ名にまったく関連性が見えないんだが」
それはスルーしておいてくれ。俺と花子だけの内輪ネタだ。
つんつんともっさりの彼女が馴れた様子で手をつないだり、恋人同士の内密の会話を繰り広げるなか、出会って2度目でしかない男女が久々にもかかわらず、テンション高くハイタッチから始まる挨拶を展開した。
ちなみに場所は幹線道路沿いにあるファーストフードの店先である。
「やっと会えたな、鈴木小一郎」
「八方九介」
ハイタッチのあと手をつかみあって腕相撲のような体勢に変化させた後で、本名を名乗ってみた。
「コイチロー、元気そうでなによりだ」
「……君もね、ハナコ」
どうやら彼女の中では、俺の名前は小一郎で確定らしい。
それならそれでもうあだ名と割りきってしまおう。
「おい何やってんだ、中に入るぞー」
二組のペアがあきれたように一瞥して先に入店していく。
つかんだ手を離して俺が中に入ろうとすると、花子が襟首部分をがしりと捕らえて引き止めた。
首がしまってついむせる。
「ほれ」
振り向いてみると、南方系の濃い顔立ちの花子が満面に笑顔を浮かべながらも、少し照れたようにして簡素な包装につつまれた品物を目の前につきだしていた。
「あいつらの前じゃからかわれるし、恥ずかしいから今渡しとく」
強引にそれを手のひらへ押し込んで、花子は先に自動ドアの向こうへ走っていく。
確認してみるとようよう今朝から探しもとめていた、甘くて溶けやすい宝物だった。
先に注文を終えていた彼らのもとへ座ったが、恋人同士の位置どりに自然に俺と花子が対面して向かい合うことになる。
何かしら言いたげな女の子たちの目線と含み笑いで、花子が照れ隠しの難しい顔をしている。鈍感な男たちが何も気付かず別の話をふっている間に、俺は貰った甘い物をそっと鞄のなかに避難させた。
ちゃんとお礼を言っていないが、ここで感謝されるのは花子の本意ではなさそうだ。
あとでちゃんと述べさせてもらいます。
「ちょっと花子あんた何力抜いてんの? ぼーっとして」
「アタシの仕事はもう終わった。あとは消化試合だ」
注文した紅茶をを荒々しく吸い込みながら余所見で答えている。
女の子たちは互いの顔を見て笑いあっていた。
ひとしきりどうでもいい話で小一時間ほど過ごした後、以前合コンのときにも立ち寄ったアミューズメントパークに移動した。
男ふたりと背の高い女が球技の施設で童心に返ったかのような歓声を上げるなか、俺と2人の女の子がそれを見つめる形となって外側から立ち見。
「あまりにも男っ気がなさすぎるからさあの子」
男たちを華麗な足さばきで翻弄する花子を見つめて、彼女の友達がやれやれと言いたげに親愛のこもった呆れ顔で呟いた。
「本人も相手を見つけるつもりがないし、やっぱりあれだけ身長高かったり性格が豪快で男前だと、どうしても男だって寄り付かないんだよね」
「だからせめてこういう日くらい女の子っぽいことしたらどうかなってね」
友達2人の心配をよそに、花子はつんつんともっさりを完全にリードしていた。
身体能力も男以上か。
「花子嫌がってたけど、あんたになら渡してもいいってことになってさ」
「ありがたい話です」
今日一個も収穫がないとさすがにへこむところだった。
花子の都合といえど、俺としてはもらえるだけでも救われた気がする。
「あんた花子をどう思う?」
女の子2人のうち髪を束ねたほうは花子たちに声をかけ、もうひとりのもじゃもじゃっ毛で気の強そうな子がこっちを見て様子を窺っていた。
「いい子だね」
言葉を選んだ。
ゴリさんの時に思ったことを口にして関わりをもってしまったが、今回は慎重でいたい。
花子は俺にとって気を散らさない希少な異性と思っているからだ。
この友達にけしかけられたとはいえ、花子も同じ気持ちだろう。
「いい子なのはあたしらのほうがよく知ってるよ、女としてどうかってこと」
「……一本気そうで大雑把で豪快で繊細な子かと」
口にはしないが、花子は南方の生まれなのか眉濃く唇厚く、どちらかというとゴリさんのようなはっきりとした顔立ちだ。
ともすれば本人が女を意識さえすれば、大柄だが美人になるであろうことは想像に難くない。女の子に対する許容の範囲が広い、つまり節操がない俺にとって花子は十分女の子に値する。
ただし今は仲のいい友達でありたいと思うし、お互いに気安い異性としての存在でいたいとか考えているのだ。
「はぐらかすねえ。たぶんあんた他に好きな子でもいるんだろね」
3人ほど……。
さすがに他校の生徒にまで気の多い変態とかの印象を与えたくないので、どうとでもとれる反応にしておいた。
ゲームを終えた3人が戻ってくる。
息切れの男たちが長椅子に座り込み、それぞれの彼女から手渡された飲み物をがぶ飲みしていた。
花子といえば汗をかきながら息も乱していたが、平気な顔でつっ立っている。
「いつ見ても勝ってるな花子は」
お茶を進呈しながら近づいた。
それを受け取って豪快飲みし、大きく息をはいて破顔する。
男前の白い歯が見えた。
「普段身だしなみとか周りの目とかどうでもいいぶん、こういう勝負くらいは拘らないとな!」
こぼれたお茶をぐいっと手の甲で拭きとる動作は男そのもの。
後頭部をがしがしと引っかいて即答はさけた。
「アレ、今日中に食えよ? 既製品じゃないんだから」
他の連中へ聞こえないよう耳打ちしてきた花子に、なんでもないような風を装って頷いた。手作りとは意外なことで、内心は驚きものだ。
外に出るとすっかり夜になっていた。
今からがデートの本番とばかりに、皆解散してそれぞれの相手と過ごすことになったようだ。
「よう八方、お前らまたあっさり解散か?」
つんつんがひそひそ話をしている女の子3人を見ながら、肩を組んできた。
「もらえるものはもらったんだろな?」
「……なぜそれを」
傍らのもっさり頭がにやにやしながら腹に一撃を入れてきた。
わかっていたので咄嗟にガードした。
「今日の目的は、あの子がお前に渡すものをちゃんと渡せたかという後見だ。どうやら仲介の甲斐があったようだな」
「感謝しろ? これでお前は義理すらなしという大半の男の中から抜け出せたんだぜ」
こいつらにご足労いただいたのがなんとも無念だが、花子と再会できたので素直に感謝しとこう。
「コイチロー、こいつら今から別行動だってさ。アタシらもメシいこうぜ」
男としか思えない口ぶりで花子が歩み寄ってくる。
意味あり気なにへら顔の男どもと、なぜか嬉しそうに花子を見送っていた彼女
たちと別れて、初めて2人っきりになった。
「んーやれやれ、あの子らのおせっかいにも困ったもんだわ」
おっさんのような掛け声で背伸びしながら、幹線道路沿いに出るまでの路肩のない道を縦列に進む。前に歩いてるのが花子だ。
「このアタシに今日みたいなあまあまなイベントに参加しろってさ。幸せだと他人にもそうなってほしいもんかねえ」
「そのおかげで俺も収穫ゼロにならずに済みそうで、助かったよ」
「なんだい、コイチロー学校の女からもらえんの?」
振り返るその顔はきょとんとして少し意外そうだ。
「完封負け寸前でした」
「なんじゃい! ならアタシを拝むことだな」
後ろ歩きしながら肩をしばかれる。前方不注意だぞ花子。
「ということでメシはコイチローがおごってくれるんだっけ。ご馳走様」
「しっかりしてるな君は」
苦笑しながらも彼女を前へ向き直させた。まるで男友達といるようだ。




