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お話60   君がいなかったら

 男たちが見切り発車で提案した浮気心の検証は、結局勝負に出た一慎の負けがはっきりとしたことで終了した。

 結果的にうーこちゃん、ゴリさんともに相手の男前達に気を向けることはなく、うるうたんは微妙な応対だったとしても、結果的には悪友の想いが報われたといってもいい。

 しかし恋人を会食の席へ無理ぎみにつかせた挙句、ハンサムな無造作ヘアと接近したうるうたんに嫉妬するという本末転倒な態度を見せたため、それを不服とした恋人にコーメー君と仲良くなる姿を見せられるというしっぺ返しをくらっていた。

 さらに彼女以外の可愛い女の子たちと微妙な交流を密かに続けていたことが露見し、黒髪の美人のさらなる怒りを買ったことは奴の大きな敗因だった。

 賭けに敗北した代償として恋人からのきつい折檻と、つんつんやもっさり頭への学食一週間分提供という懐に痛い罰を受けることになったが、誰一人それを哀れむ者はいなかった。俺を含めて。


 内心の暴露というのは結構心にくるものだ。

 あれ以来、3人の女の子への対応に少しとまどっている。

 興味なさそうな顔や無表情でいると嫉妬や怒っているなどと推測されるようになったため、どういう反応をとっていいか判断に迷った。

 嫉妬してもいない時にもそう勘違いされるのは少し悔しいというか、心外だ。





 数日のちの放課後、うるうたんの言動に不安を覚えた一慎は、この子を離してなるものかと今まで以上に彼女へ(かしずく)くようになった。

 今日も放課後デートらしい。

 マメなのは結構なことだ。一途なのは元々だが、あれ以来うーこちゃんとゴリさんへのメールは続いているというから、それだけは認められたようだ。


 悪友と黒髪の美人が濃密な時間を過ごすことが多くなったので、当然俺は時間が空く。利くんの部活部屋に入り浸ることになるのは必然だった。

 それにしてもそろそろ受験生の彼は本格的に試験の時期になり、ゴリさんもそれを影ながら手助けというか胃のバックアップというか、付き添いに忙しい。

 うーこちゃんも部活で多忙なので、基本ぼっちの毎日が続いている。


 珍しく時間がとれたようで、今日は利くんと2人で部室にて四方山話(よもやま)の放課後を過ごす。ときにはゴリさんを義務感から開放して、男女の友達と遊んで気晴らしをしてもらっている、というのが彼の考えだった。


「本来なら君と過ごすのが彼女にとっては一番の幸せなんだろうけどね」

「いやいや。たまには大勢で何も考えず遊びまわる、ってのは必要ですよ。俺では面白味がないし、クラスの仲いい連中のほうが気が晴れるでしょう」

「そうかな」

「そうですよ」


 参考書を見ながらここでも勉強気味の利くん。

 もはや受験のための生活がすべてを占めているようだ。

 互いに無言になって数分がたったのち、本を閉じる音がした。

 眼鏡先輩が俺を正面から本気の顔で見つめている。


「僕にはあまり時間が残されていないんだ。あとはもう進学を決めて、卒業するのみで」


 詳しい受験については無知な自分だ。

 それでも差し迫った正念場ということはわかる。神妙に頷いた。


「彼女に告白して、交際を申し込もうと思う」

「……そうですか」

「君には伝えたかったからね。決心というか意思というか」


 相変わらず律儀な人柄だ。ゴリさんも男を見る目がある。俺は除外して。

 とりあえずその時期を訊ねると、少し戸惑ったように逆に質問された。


「今がいいのか、それとも本懐を遂げた後がいいのか」

「うーん……」


 この先輩のメンタルといえば、外見では想像もつかないほど肉体的にも強靭だ。

 告白が成功すれば何も問題はない。

 しかしもし失敗となると、この人のメンタルでさえも受験に与える影響は無視できないだろう。


「俺なら、受験の後にしますね」

「やっぱりそうか」


 その様子ならすでに答えは出ていたか。

 決心の確認にすぎなかったようで、少し安心した。

 俺がその時期を決めておいて、もしうまくいかなかったらと考えたら責任を感じてしまう。先輩に失礼な話だが。

 夕方の淡いピンク色と藤色の夕日が窓から見える。

 帰り支度を始めた利くんに(なら)って立ち上がった。


「君たちに会えてよかったよ」


 不意打ち気味の利くんのいきなりの言葉に、椅子の位置を直すことも忘れて固まった。


「真昼くんに会えたのはもっとよかったな」


 なにかを達観したような面持ちで鞄に参考書をしまいこんでいる。

 とまどう俺にかまわずそのまま話を続けだした。


「君がいなかったら、僕は本当の真昼くんを知らないまま卒業してただろうね」

「……」

「皮肉なものさ、君がいるからあの子を好きになったってのは。だとしたらやはり僕は君に感謝すべきかな。まったく、その鈍い横面を思いきり殴りたい気分だよ」


 声に出した笑いの波動は、気付かず下を向いている俺の耳にもはっきり届いた。

 ありがとう。

 彼ははっきりと感謝の言葉を口にした。

 返事をしようにも内容が浮かばない。

 意味を捉えかねているのに、返す言葉は(つむぎ)ぎだせない。

 正面に向き合った。そうだと思い立ち、やっと出た台詞が、


「自分もありがとうと……思ってます」


 だった。利くんがいなかったら、おそらくゴリさんとここまで仲良くはなれなかったと思うから。


「なんだい、それは」


 彼が首をかしげて苦笑する。

 利くんが理解しがたいのはあたりまえだ。でも説明するのも違う気がする。

 節目のような会話をしたことで幾分すっきりした様子の利くんに、なぜか肩をぽんぽんとされた。

 間抜けな返しにどんまいか。


 次の瞬間勢いよく扉を開けて入ってきたのは、クラスの友達と遊びにいったであろう眼鏡をかけたポニーテールの可愛い子だった。


「やっぱりここにいたー」


 利くんを見つめてにっこり微笑み、俺のそばで立ち止まって大きく息を吐く。

 走ってきたのかゴリさん。


「どうしたんだい、友達と帰ったんじゃ?」


 にこやかに利くんが問いただす。

 ポニーテールをゆらしつつ呼吸を整えた彼女はこくりと頷き、また破顔した。


「今は利くんといられる時間のほうがずっとずっと大事だものね。だよね八べえ」


 満腔の意をもって同意する。

 この子の優しい心遣いと母性溢れる(たたず)まいは、まさに女性の鏡だ。

 俺基準で。こんないい子は、いいやつを地でいく利くんこそふさわしい。

 嫉妬と羨望のなかでそう思った。


 ゴリさん渾身の笑顔は、先輩の元気の源だ。

 受験勉強の苦しさを俺たちに一切見せないのは、おそらく彼女のおかげではあるまいか。当たらずとも遠からずだろう。


「これこそが君にしか成しえない、君にしか見ることのできない景色のひとコマっていうんだろうね。ずっと記憶に残しておこう……」

「うち被写体になってる。利くん今カメラもってないのが残念そうだね!」


 俺の隣でご機嫌なゴリさんを眩しそうに見つめて、白い歯を見せる眼鏡先輩。

 まだ思い出にふけるのは早い。

 利くんがありがとうを言うべきは、受験が終わってゴリさんの返事を受けた後だろう。こういうときは悪く考えるものじゃない。

 本願成就のあかつきには、俺からもおめでとうと伝えさせてもらおう。


「今日は3人で下校して、どこかに寄って、夜まで遊ぶんだ。それでうち明日からまた頑張れるよ!」

「僕もそれで気合はいるさ。明日からの勉強に身が入りそうだ」


 ショッピングモール内のクレープでも進呈するとしようか。

 彼女はカロリーを気にするだろうが、利くんもむしろ俺の後押しをしてくれるはずだ。

 今日の帰りは遅くなる。うるうたんと一緒に婆ちゃん家での夕食は難しそうだ。

 一慎に連絡して、本命に代わりを務めてもらうことで納得してもらえるだろう。

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