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お話57   似ている雰囲気

 俺的に非常事態だ。

 ほうほうの態でご両親に別れの挨拶をすませ、面白がって絡み付いてくる可愛い生き物を引きずる形でなんとか家に出た。

 それまでかかった時間は10分弱。

 

 そしてうーこちゃんを振り切れないまま歩いていると、人気の少ない朝の街道に颯爽とこちらに向かってくる黒髪の美人が歩いてくるのに出くわした。

 モデル顔負けの麗しい彼女がそこにいるのならば、もうひとりは一慎と相場は決まっているのだが、なぜだかうるうたんがひとり早歩きの状態だった。

 距離が近づくにつれて、うーこちゃんとの間に火花が散るような緊張を感じたのはびびりの俺だけだろう。

 ほぼゼロ距離になり、目を細めてご機嫌斜めな表情のうるうたんに対して隣にいる小さい子から口火を切った。


「朝帰りって、立派な浮気ですねー」

「一慎の実家ではあるがな。酔いつぶれている彼についていて、遅くなったから朝までいた。浮気はそこのたらしのほうだろう」


 いつもの仁王立ち腰当てで、糾弾の様相になった。

 スイマセン、と反射的に口にした。


「なんだあ、つまんない」

「君は私にどうしても浮気してほしいようだな!」


 うるうたんがあからさまに残念そうにする後輩に対して、思わず苦笑していた。


「そうなるとキューちゃんを慰めるのは私の役目に……」

「弱った相手に仕掛けるわけだ。顔に似合わず辛辣というか、抜け目ないというか」


 何故か得意顔になってふふんと上半身を反らし、うーこちゃんに豊かな胸を突き出した。


「残念だったな。私がふたりの男に気を向けているといっても、それ以外の男など眼中にないんだ。断じて尻軽ではない」

「尻軽じゃないのはわかります。お尻が結構大きいですもんね」


 相手の胸部と自分のとを比べる動作のうーこちゃん。

 少し悔しそうに、それでも一矢報いている。


「形のよい、大きいお尻はこれの大好物。それは褒め言葉でしかないぞ?」


 君にはないものな、と言外に含みをもたせてにやりと笑った。

 いっそう悔しそうにうーこちゃんがうなっている。

 立ち話もなんなので、とりあえず俺のボロアパートに戻ることにした。

 正月そうそう破廉恥を人目に撒き散らすというのは問題がある。

 

 婆ちゃんが温泉旅行から今日中に帰宅するのはメールで確認済みなので、ふたりの女の子と鉢合わせしていろいろからかわれるのも億劫という理由から、狭いながらも我が家で接待という運びになった。

 歩きながら話をしていると、どうやらふたりともかなり寝不足のようだ。

 つまりはおねむの準備ということになる。

 酒が入った俺も寝入りはよさそうだ。川の字で寝よう。平和的にだ。





 ひとまず婆ちゃん家に戻ったうるうたんと別れ、うーこちゃんをアパートへ招き入れて就寝の用意をする。

 居間にコタツはあるものの、その奥の六畳間に羽毛布団を敷いて本格的に寝に入るつもりだ。コタツでは風邪をひきそうだし。

 パーカーにスウェットという味気ない服装も、着る子がうーこちゃんほどの可愛い生き物となるとキュートさも全開だ。

 彼女自体がフェミニンの塊なので、つまりは着るものはなんでもよかったのだろう。


「準備できたよー。うがいもしたし、あとは寝るだけだね!」


 トレーニングウェアに着替え終えた俺に飛びついて、布団のうえに引き倒してきた。


「父さんと母さんにも紹介できたし、印象もよさそうだったし」

「実像が知られる前にご挨拶が終わってよかったよ」

「浮気もののたらしものだもんねー」

「ばれたらぶん殴られそうだ……」

「あたしだけにすれば問題解決だよ?」


 にひひと笑いかけて掛け布団をかぶせてくる。

 抱き枕そのものと化した俺に密着し、しばしの静寂の間にうーこちゃんが寝息をたてだした。

 感情の切り替えもはやいが、眠りに入るのもはやい子だ。

 まあ彼女に関してはド変態を発動しないだけほほえましく、また健全な兄気分になれるので俺としては一緒に寝てもまったく問題がない。

 問題があるのは――


 うーこちゃんの頭をなでなでしようとすると、頬に何かが押し付けたような重みを感じた。仰向けに転がってみると、綺麗な長い脚で俺の顔を踏みつけるうるうたんの姿があった。

 冷やかに口角をあげている。彼女の姿は黒のタイトスカートのミニに黒ニーソ。

 つまりしみひとつない綺麗なおみ足と、その奥にある布部分が丸見えだった。


「ずいぶんと早いお床入りだな。微笑ましくてつい足が出てしまったよ」

「えーと、もうすこし威力を弱めにしてクダサイ。あとおもいきり見えてますんで、隠していただければ」

「見せているんだよ。君に色仕掛けは有効だから」

「羞恥心の欠片もないんですね相変わらず……」

「君にはな」


 踏みつけながらひと笑いしたあと、一切のためらいを見せず上着を脱ぎだした。

 下着程度ではもはや恥ずかしがる様子はない。

 あっけにとられている間に、タイトスカートも脱ぎだした。堂々と。

 造形美がまる見えの細いモノであると認識して硬直してしまったが、釘付けの好色目線に恥らうどころか、得意満面な満足顔の様子でパジャマ姿へと着替えを完遂していく。もはや見られることに充実感を覚えているようだ。露出狂だ。

 うーこちゃんが一緒だから、前のネグなんとかじゃなくてよかった。

 パジャマならば可愛い範囲で収まるし、理性的にも耐えられる。


「よいしょっと」


 おっさんのような掛け声で羽毛布団に入り込んでくる。

 大きい布団とはいえ、3人ではかなりの密集状態だ、

 うーこちゃんが小さいために、なんとかはみ出ず収まっている状況だった。


「寒いんだ。ぎゅっと強く抱きしめて」

「ハイ」


 うーこちゃんに背を向けて、うるうたんを正面抱きにする。

 大きく息を吐いて顔をくっつけてきた。無言の頬ずりを繰り返していると、そのうちに眠気がきたのか目を閉じて爆睡状態に。

 今回はふたりとも即効のおねむで何事もなく、無事に添い寝を遂げられそうだ。

 安心したのか俺も眠気が押し寄せてきた。


 そしていつしか意識を失い、やがて数時間がたった後でふと目を覚ます。

 何気なく玄関の引き戸が開く物音がした。

 誰かが家のなかに入ってくる気配を感じる。

 鍵の閉め忘れか、とふたりの女の子を起こさないよう静かだか素早く布団から抜け出し、居間に戻る。


 そこにいたのは俺よりわずかに身長の低い無口で物静かな親父、八方六興(はちかたろっこう)だった。

 自分は寝起きがすこぶるいいほうだ。

 驚きつつも、なぜここにいるのか理解できずに歩み寄った。


「えーっと、帰郷?」

「ああ。母さんの実家に新年の挨拶だ」

「そっか。婆ちゃん旅行から帰ってきてたんだね」

「連絡もらってな。ちょうど家の前で合流できた」


 コタツに入りながら、ぼそっとした声で話す親父。

 相変わらず人との交流が苦手なようだ。

 そのくせ女性からは好かれるという母ちゃんの証言があるから侮れない。

 何がいいのかは、人生経験の少ない俺では理解が及ばないのだろう。

 少なくとも顔立ちや雰囲気は少し似ているらしいのだが。


「お茶でも淹れようか?」

「いや、外で缶コーヒーを買ってきた。お前もお婆ちゃんと七瀬さんに挨拶してこい」

「了解。では留守番をお願いするよ」


 無言で頷いてコーヒーを飲んでいる父親を尻目に外へ出た。

 このときは何も考えずに婆ちゃん家で新年の挨拶をしたのだが、久しぶりの親子三代の会話でかなりの時間をすごしてしまっていた。

 もともと存在感の薄い父ちゃんの不在を、ようやく祖母と母が気付く。

 俺のアパートにいることを知った母ちゃんが苦笑しながらそれでも呼び戻しに一足先にボロ家に向かっていった。

 婆ちゃんにお年玉をもらった俺といえば満面の笑顔で感謝の言葉を述べて、母ちゃんの後を追う。


 そしてアパートに帰ったその玄関先で、すでに事件は起こっていた。

 見れば怒り満載、仁王立ちで長身の母親と、平身低頭でうずくまる父親の姿があった。

 奥の六畳間からは、目が覚めたのかうーこちゃんとうるうたんがうつ伏せの体を起こしながらも、寝ぼけまなこの状態だ。


「なに? 母ちゃんそんなに怒ってどうしたの」


 状況の説明を求めながら居間にあがってふたりの間に立った。

 俺より背の高い母ちゃんの怒髪天をつく形相、土下座で震える親父、事態を理解していない半分眠っている女の子たち。

 この様子では俺に理解のしようがない。


「このエロ親父な。ここにいる九介の女友達か彼女だかに左右から挟まれて寝ていたんだ」

「いやあのその」

 

 しどろもどろに顔を上げる親父。

 言い訳をしようにも問答無用に頭をしばかれていた。

 怒り心頭の母ちゃんがさらに追撃を加えながらも俺を見る。


「九介、あんたもこれ殴るかい?」

「いや、遠慮しとく。この人が自分からそんなことするわけがない」


 本気で痛がって頭を押さえる父親と、眠気がとれないのか呆然とする女の子たちを見比べて肩をすくめた。なんとなく状況が読めてきたためだ。


「するわけがない、って実際布団のなかに入ってたんだよ六興は!」

「入っていた、ではなく引きずり込まれた、が正解だろうね」

「あに?」


 怪訝な様子の母ちゃん。

 俺の予想どおり親父もびっくりしていたが、奥の部屋にいる布団のなかの女の子たちも声をあげた。


「キューちゃんと間違って引きずり込んじゃって……」


 目が覚めたであろううーこちゃんが済まなそうにしながらも、俺と親父を交互に見てえへへと笑っている。

 うるうたんはまだ夢見心地で様子であれ九介がふたりいる、と見当違いなことを口走っていた。


「六興、わかりやすく説明しろ」


 彼女たちを一瞥(いちべつ)しながら、親父の頭をはたきつつ先を促した。

 促された相手はほっとしたようでぼそぼそと解説していく。


「奥に人の気配がしたので、ふすまを開けて入ってみるとこの子たちが寝ていた」

「で?」

「なぜここに女の子がいるのかと不審に思い、それでも様子を(うかが)おうと腰をおろしたら」

「待ち構えていたあたしと多聞先輩が、お父さんを捕捉して布団に引きずりこんだ、というわけです」


 最後はうーこちゃんの言葉だ。

 そのときも今も、うるうたんは半分寝ながらの行動だったという。本能か。


「ふーん。では小娘たちは息子だと思い込んでいたずらしたわけか」

「顔も雰囲気も、しぐさとかそのとき出した声も似てましたよ!」


 なぜか嬉しそうなうーこちゃんが、声を大きくして断言した。

 うるうたんは相変わらず九介がもうひとりとか(つぶや)いている。


「息子と、六興が?!」


 彼女たちの反応を見てびっくりすることただならぬ様子の母ちゃん。

 腕を組んで俺と親父を鑑定するように眺めていたが、そのうち得心した顔になってため息をもらした。土下座続行中の親父を見下ろしながら。


「……やれやれ。男前でもないのになぜか特定の女に好かれるこれの特技が、息子にも伝播したというわけかい」

「お父さん、やっぱりたらしなんですね?」


 物怖じしないうーこちゃんに苦笑いで応える母ちゃん。

 そしてようやく我に返ったうるうたんがびっくりして跳ね起きた。


「九介のお父さんとお母さん?!」

「おはよう、今目が覚めたか小娘。隣の子ともども、名前を聞かせてもらいたい」


 そう言われた女の子たちは、背筋をのばして正座しながら名乗りだした。


「多聞うるうと申します」


 頭を深く下げたあと、九介の愛人ですと小声で付け加えていた。


「明春卯子です」

 

 ぺこりと一礼後、キューちゃんの未来のお嫁さんですとの(つぶやき)きが聞こえた。

 この状況でも張り合うふたりは心臓に毛が生えているのだろう。

 母ちゃんがそれを聞き逃すはずもない。

 矛先が俺に向かい、女性関係の事情聴取が始まった。


 正座する俺を見やって、親父はほっとした顔をしている。

 自分と父親がなにかしら似ている雰囲気があると初めて気付かされた、慌しい正月だった。

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