お話56 2日連続
ゴリさんに抱きかかえられたまま寝落ちしたものの、夜になって帰りが遅くなっていた娘を心配した親父さんからの連絡で彼女が目覚めた。
それに気付いた俺が不満気な様子のゴリさんを送り返すというあわただしい次第となったが、娘を想う親とすれば男の家に何時間も一緒というのは気が気でないのだろう。
いろいろ触ったりうずめたりとした後ろめたさを感じながらも送り届け、うるうたんが帰ってくる前に婆ちゃん家に戻って待機しておいた。
部屋着に着替えながら遅めの夕食をとり、黒髪の美人さんを待ちぼうけしているうちにまたもおねむに。
今度は堂々とうるうたんの部屋のベッドで熟睡させてもらった。
静寂する部屋の外は夜のはずだった。
まどろみのなかで見たのは朝の光と小鳥のさえずり。
寝ぼすけの俺ではあるが、惰眠をむさぼるにしてもさすがにこれは寝すぎだろう。
睡眠過多で余計に眠い。
欠伸を連発しながら一階を見回るもうるうたんの姿はなし。
つまりはどこかにお泊りというわけか。
朦朧とした頭が急速に冴えてくる。
なにを思うか、それに至るには心の準備や整理というものが必要だ。
とりあえず気を落ち着かせるために熱いお茶を淹れ、食堂にて呆然と佇んだ。
ずいぶんとひさしぶりの瞑想の時間になる。
本能でこれ以上動揺したくないと訴えているのか、携帯端末は見ないことにした。
まだまだ自分を取り戻せていない。
不意をつかれた着信音で文字どうり心臓が跳ね上がる。
相手が誰なのか確認しないまま速攻電話に出た。
「あー、キューちゃん起きてたんだね。あけましたおめでとー」
「やあうーこちゃんか、おめでとう。今年もよろしく」
明るく可愛い元気な声を聞いて、なんとなくいつもの調子を取り戻せた気がした。
この子からはいつも元気のもとをもらっている。
話をするうちに心が晴れやかになってくるのは、俺の現金さもそうだがうーこちゃんの人徳というやつだろう。
「昨日の夜遅くに、故郷から家へ帰ってきたばかりなんだ」
「疲れているだろうけど、早起きだね」
「だってさ、早くキューちゃんに会いたいんだもん」
この天性の癒しっ子は、天然の嬉しがらせだと再認識。
今の状況だけに、その優しさは惚れてまうやろに繋がりそうだ。
「今、おうち出れる?」
「予定は空き放題なので、どこへ行くにもお供できますぜ」
「よかったあ。ちょうど家の前についたとこ」
「なんですと」
電話に出たまま玄関先へ飛び出すも、その姿はない。
周りを見渡して、家とは俺のボロアパートだということに気付いた。
小走りにアパート前に駆けつけると、誕生日に進呈したチェックのプリーツスカートとダッフルコートを着た可愛らしい生き物がにっこり笑って佇んでいる。
「ありゃ、お婆ちゃんのおうちだったのか」
「だねえ。それにしてもうーこちゃんは何着ても可愛いな」
「ありがとーね!」
飛びつくように抱きついてくる。
寒い中歩いてきたせいか、頬が冷たい。
暖めるかのように抱きしめてじっとしていると、その姿勢のまま彼女が問いかけてきた。
「多聞先輩は?」
「奴と一緒だと思う」
「五里さんは?」
「親父さんや妹さんたちと家じゃないかな」
「ようし」
声とともに顔を手で挟む慣れた動作。
にっと白い八重歯を見せて白い息を吐きながら額を合わせにくる。
これもいつもの動作だ。
「ならちょっとあたしに付き合ってもらおうかな」
「了解しました。少々お待ちを」
ゴリさんのときと同じように、着替える間婆ちゃん家の応接間でお茶でも飲んで待ってもらう。
その際、しっかりした服着てきてねといううーこちゃんの要請があったために、思考停止ということでまたもスーツを選択して応接間に戻った。
うーこちゃんのリアクションは朝早々テンションが高かった。
「いいじゃんいいじゃん! キューちゃん格好いいね、これなら堂々と紹介できるよ」
「紹介?」
「うん。父さんと母さんにね」
「……」
まあ正月というのは挨拶の行事だと思うけど、それにしても2日連続て……
胃腸がきりきりとするが、うーこちゃんのためと思い直してとりあえずは気合で眠気を追い払った。
しかしこの格好でご両親に面会とは、うーこちゃん何させる気だ?
「八方九介と申します。うーこ……明春さんにはお世話になっておりまし」
「あははは。明春さんだって! いつもの呼び名でいーよ、キューちゃん」
あまり似合わない畏まりの俺を見て、うーこちゃんがお腹をかかえて笑った。
それにつられて彼女のご両親も笑いに誘われたようだ。
身長があまり高くらっしゃらないが、ひょうきんでお茶目なお父さん。
うーこちゃんをそのまま大人にしたような容貌の無口で美人なお母さん。
去年の冬に遭遇した暴行未遂事件の要点を娘であるうーこちゃんから年始に告白されたらしく、一応それを助けた形の俺に対面したいということで、こうして家に連れてこられたという次第だ。
おふたりからは誠心誠意の謝礼のお言葉、さらに銘酒もいただきながらの挨拶を済ませると、次には娘の相手としての人間鑑定が始まった。
そこのところはゴリさんの親父さんとまったく変わらない親心のようだ。
「高くんを見ているとほかの男が色あせて見えるもんだが、どうよ母さん」
すでに出来上がっているのか、顔を赤くして酩酊状態のお父さんが俺に対する判断を無口なお母さんに丸投げした。気を使ってもらってすいません。
「……」
ほとんど喋らない無口な美人さんに見つめられて肩をすくめた。
俺としてはコーメー君のようなシャープな男前と比べられても、完封負け以外の結果が思い浮かばないので苦笑いしか出てこない。
隣のうーこちゃんはおせちを俺によそいながら、興味津々で母親を見つめている。
「……卯子、えらい」
いつしか俺がよくやった、サムズアップという動作を娘に向かってビシっときめた。
それに応じてうーこちゃんも片目を閉じて同じ動作を返した。
「卯子が男を家に連れてくるだけでも天変地異だ」
娘からのお酌を受けてご満悦に笑うお父さん。
家族しか分かりえない認識で俺は蚊帳の外だ。
「母さんのお墨付きか。娘を事件から助けてもらったことといい、君は昔の僕にそっくりだな!」
「えっ、お父さんにそっくり?」
「……内面のひと、ということ」
うーこちゃんの疑問にお母さんがぼそっと説明。
内面……それ利くんだ。俺は内面変態の振られ野郎だったりする。
目利きが間違いとばれないように、外面だけは取り繕っておかねば。
「うんうん。キューちゃんいつでもあたしの味方だしね!」
「なるほど、卯子一筋の律儀男なわけだ」
赤ら顔の酩酊親父が俺に酒を注いでくる。
いかん。いやな方向に話題が向いてきた。
そして絶妙の間合いで着信。さらに相手はうるうたんだった。
スルーするか?
いや、隣のうーこちゃんに覗かれてすでに相手が黒髪の美人さんだとばれている。
冷や汗と貧乏ゆすりで葛藤する俺から携帯端末を取り上げ、勝手に電話に出るうーこちゃん。よし詰んだ。
「八方九介は只今電話に出ることはできません。またあとでおかけなおし下さい」
「……」
電話の向こうの反応までは読みとれないが、あきらかに息をのんでいる気配がする。
それに反比例して隣の小さな可愛い子がいたずらっぽく笑い、新年早々、女同士因縁の対決が始まった。
「なぜ九介の電話に君が出る?」
「キューちゃんはあたしのものだから?」
「それは私の所有物だ。今すぐ返してもらおう」
俺にもたれつつ会話の応酬をしているので、うるうたんの声と内容をすべて把握できている。間違いなく切れかけていた。
「無理ですね! いま両親に紹介しているので」
「なるほど、君の家か。今すぐ行く」
うーこちゃんが俺に端末を渡してにっこり微笑んだ。
携帯の回線はすでに切れていた。飲酒のためではない寒気がした。
「多聞先輩、ここに来るんだって」
君は俺を昇天させる気ですか?
作中の表現では携帯端末のなかにスマートフォンも含んでいます




