お話55 新年早々
まるでラグビー部員か柔道部員かを連想させるような恰幅のよい体格の男性に出迎えられて、ゴリさんの実家に足を踏み入れた。
弟さんと妹さんは今遊びに出かけているのか、留守のようだ。
ごつい容貌の、目元が彼女そのものの親父さんにばしばしと肩を叩かれて、居間に案内された。なぜかこの人には他人とは思えない豪快さを感じる。
着流しの羽織を着たダンディな出で立ちで、娘のゴリさんが持ってきたおせちのお重をローテーブルの上に展開して、挨拶もそこそこに日本酒を進めてきた。
いや俺未成年……
「いい男だな」
酒を注ぎながら目をじっと見て語りかけてくる。
ゴリさんが俺の隣に座って、落ちついた雰囲気でそうでしょ、と微笑んでいた。
「利くんもそうだが、君も意思がはっきりしとした目をしとる」
「ありがとうございます」
お酒を受けての返杯をしながらも、内心冷や汗ものだ。
意思がはっきりか……脇汗が出てきた。
注がれた液体を一気に胃へ流して、とまどいを飲みこんだ。
「真昼がよく君の名前を出してな」
「出してるよー」
彼女におせちをよそってもらった。
タケノコ、ゴボウ、カマボコ、カズノコ等々。
ありがたくも遠慮なしにいただきます。
「男っ気の欠片もなかったこの子が夏以降色気づいてきたんで、少し心配になっていたんだ」
「はい」
「君を見る娘の姿」
「え?」
注げ、といわんばかりに杯を差し出してくる。
お酌をしてもすぐ空けるため、ゴリさんにきつく窘められていた。
「娘を見る目のない男ばかりでしばらくは安心できる、と踏んでいたんだが……せめて高校くらいまでの間は」
あまり飲めない酒を注がれるも、緊張のためかなぜかおいしく感じる。
ついつい杯を重ねた。
「美人だろ、真昼は」
身を乗り出して聞いてくる。ゴリさんは顔を赤くして父親を叱るも、俺とて本音を言うのにためらいはない。
「もちろんです。学校でも人気ありますし」
「ほう、あるか」
スタイルもいいし、色気もあるとはさすがに口走れなかったが、まあ親父さんも彼女の現状があらためて認識できただろう。
「いろいろ開発されて、親としては変わっていく娘を見るには複雑すぎるんだわ」
目が据わってきている。それにしてもなに開発て。
危険ワードすぎて応対する気にもなれず、酒を新たに注ぐことでスルーした。
案の定ゴリさんからのはたきをくらっていた。
「理解したわけは、利くんと君を見る真昼の違いだな」
いきなりしんみりしながら酒の入った盃を見つめている。
大きく息を吐きながら、あらためてこちらを睨み付けるように見た。
「利くんとは爽やかというか、可愛らしい間柄に映るんだが」
早々と限界が来た。これ以上になると前後不覚になる。
酌を受けながら辟易として口に含んだ。
「真昼の下着な。えらく細く小さくなっとる。君に見せるためだろこれ」
吹き出したり、器官に入らなかったのを褒めてやりたい。
なんとか俯いて踏ん張り、ゴリさんの怒りながらもとまどった叱責を頭上に聞きながら、酒を強引に嚥下した。
「そっ、れが見る違いにどうつながるんです?」
「娘が男に発情しとる姿見てな、泣きたいのをこらえて飲んでいるんだ」
「……お父さん、酔ってますね」
「くっそお、もう親父呼ばわりか。やはり泣きてえ」
くくっ、と拳を握りしめながら、娘のどつきを平気で受け止める姿は貫禄だが、赤い顔でへろへろに泣く姿は親バカに尽きる。
何言っても無駄だと思った。
「この子は亡くなった母さんそっくりだ。見た目も中身もよく似とる。つまり男の落とし方も、大体想像できるんだ」
ばしばしとグーで肩を殴られても、平然としながら独り言を続行している。
わしも母さんに色仕掛けで落とされたようなもんだ、と身内の話を暴露しだした。
「だがこのぶっとい眉毛はわし似だけどな!」
景気づけに大声で笑い、さらに強くなる娘の打撃を受け流しつつ、急に真面目な顔に変化した。盃をテーブルに置きながら、俺の目を見据える。
「真昼を泣かしたら、子供といえどただでは済まんぞ」
「……肝に命じます」
渾身の親心に答えを選ぶ余裕はない。
できるだけ、との言葉を飲み込んで応じた。
「おとう、八べえはうちがうち自身で勝ちとるものだから」
親父さんの隣に座って、ゴリさんも表情をあらためて見つめてきた。
「叶うも叶わないも、この人を縛ることはうちが許さんからね」
「……」
しばらく無言で娘を見続けていた親父さんだったが、静かに膝を叩いてしんみりとした微笑をうかべた。その目は少し涙ぐんでいた。
「がさつな男親で育ったにしては、心遣いができる子になった」
ゴリさんの頭を撫でつつも、俺を値踏みするように観察して娘に問いかけた。
「この男がそれほど好きか」
「うん」
「結果的に振られても泣かんのんか?」
「泣くよ。でも後悔したくないから、色仕掛けだろうとなんだろうと、とまどってられないんよ」
親子の会話を黙って見つめるばかり。
お母さんそのものだわ、と笑い出した親父さんと、それにつられて破顔したゴリさんとのいい親子関係を拝見するも、アルコールが回りだして判断があいまいだった。
夕方にさしかかりいい加減に時間がおしてきたので、へべれけにもかかわらずゴリさんの家を退出させてもらった。
まあこの状態で妹さんや弟さんが家に帰ってきてもまともに対応できないし、親父さんが注ぐ酒にも対処できない。
玄関先で再度挨拶をしたとき、赤ら顔のお父さんは俺の手を強く握り、「うちの真昼を袖にするなよ」と娘に聞こえないように耳打ちした。
ばればれなのか、ゴリさんの平手打ちを頭にくらっていた。
千鳥足な俺を見て心配になった彼女が送っていく、と連れ立って外に出た。
デニムスカートにタイツ、コート姿の普段着に着替えた彼女と肩を並べて帰途につく。
「八べえ大丈夫なの? へろへろだけど」
「平気へいき、こりぇくらいは」
頬を真っ赤にした酔いどれを見てゴリさんが肩を貸してくれた。
すぐそばに髪をおろしたニット帽姿の可愛らしい顔がある。
「ゴリさんは、美人だねえ」
「……へろへろだ」
すぐそばの彼女から心地よいいい匂いがした。
いかんと思いつつ、抑制のきかなくなった変態ぶりを道すがら発揮させる。
できるだけ体重をかけないように自力で歩きつつ、年末からの紆余曲折に思いを馳せた。
ふらふらの頭でしばらく無言のまま家路に向かう。
俺が沈黙してしまったので、彼女が不審がってこちらを見た。
「気分悪い?」
「どころか、可愛い子に支えられてご機嫌上場ですよ」
「酔っ払いだー。口が軽いなあ」
それでも嬉しそうに笑ってくれた。すくなくとも親父さんの厳命がある。
笑っていてくれるなら、酒などいくらでも飲もうというものだ。
ゴリさんの肩を借りつつも、ようやく婆ちゃん家に到着して応接間のソファに寝転んだ。のどが渇いたのでゴリさんのぶんも用意しようとすると、彼女が代わりに立って食堂へ姿を消した。
一度メイドとしてここに来たことがあるため、手順は心得ているようだ。
何から何までお世話かけて申し訳ない気はするが、あの子には俺は子供に見えるのだろう。
熱いお茶を淹れて戻ってきたゴリさんに、ちゃんと正座して感謝の礼を言葉にしてみた。
「いろいろお手数かけて、たくさんありがとうねゴリさん」
「んーどうしたの? 酔いが覚めた?」
「いやあ、俺あまりにも子供じみたお世話かけてるからね」
床に正座している自分の隣に、ゴリさんが腰を下ろして急須を置いた。
含み笑いをしながらお茶を一口飲んで膝立てしたかと思うと、首に手を巻きつけてきて今年二度目の深い接触へと行動を開始する。
お茶が口移しという衝撃的なものだったが、酔いというのは恐ろしいもので、気がつけば受身どころか攻め手になっていた。
唇同士が離れると、妖しい目つきになった彼女がいつもの体勢に移行してきた。
髪をおろした大人っぽい彼女に、思わずこちらから抱きしめる。
しばらく抱き合っていたものの、煩悩に負けてはならんと思い立って向かったのは、壁際に設置された大きな古いステレオ。
朝に聞いていた円盤はまだレコーダーに置いたままだ。
針を落として、荒削りでパンクがかった音源を室内に響かせる。
俺もそうだがゴリさんも音楽鑑賞同好会の部員だけあって、単純でキレッキレの鋭いリズムは大好物だった。
エロい雰囲気になりかけたが、彼女がこの音源に即効食いついたので、話は一気に音楽談義へと変化した。
相変わらず体勢は対面馬乗り。
大音量のなか、健全な話の所々にゴリさんのイザナイが発揮されたが、背中や腰に手を回すだけで変態には至っていない。
「もっと触ってくれないとつまんないよ」
「肝に命じられたすぐ後なので、自粛中です」
「すぐ解きナサイ」
お気に入りになりそうなバンドの音源でノリがかってきた彼女の手によって、俺の両手は元通り。
いいかげん眠気も出てきたので、この子の胸に顔をうずめて目を閉じた。
寝に入ればいかに変態とて触りようもない。
彼女の優しそうな声が遠くなっていく。
抱っこされたまま意識を失ったのは、それからすぐのことだった。




