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お話54   初詣から正念場

「行ってきます」

 

 ねぼけ顔の額にチューをして、うるうたんからおでかけの挨拶を受けた。

 さすがに年祝いの晴着というわけにはいかなかったので、チェック柄ロングコート姿だったが、それでもやはり溢れ出るいい女オーラを(まと)っていたのはさすがというべきか。髪を結い上げていたのはお正月だったからだろう。


「ふふ。こうしていると、まるで私は九介のお嫁さんになった気分になるな」

「行ってらっしゃい。俺は今日一日家でぐだってますから、存分に奴を振り回してきてください」

「そうしよう。これは浮気になるのかな? でも君はそんなことしちゃだめだから」


 ご機嫌麗しく鞄を肩にかけ、モデル然とした仕草で格好よくドアの方向へ振り返った。あらためてこの子は稀に見る美人さんだ、と再認識する。


 うるうたんが出て行くと、部屋が静まりかえったなかで天井を見上げてまどろむ。

 一慎と初詣ならその後デートで夕方まで、恋人同士となると深夜になりそうだ。

 とりあえずうるうたんが作っていたおせち料理があるので問題ない。

 タマゴ焼きとかカマボコとかハムとかは俺にも用意できるので、それらの品目をあとで追加しておこう。


 


 

 朝食というには遅い食事をおせちで済ませると、追加品目をお重詰めにしたり、空いた時間で掃除洗濯を正月から遂行して、メイドさんの負担を減らす作業に没頭した。

 時々送られてくる初詣の画像やメールを受けて感想を求められたりした以外は、穏やかで静かな年の始めになっていた。


 のんびりとお茶をすすり、応接間に設置されている何十年か前のステレオからレコードを物色して、知っている名義の円盤へ針を落とす。

 伯父さんの息子さんである親戚の兄ちゃんも結構な音楽バカで、メディアも古臭いものが好みのようだ。

 大音量で流れる3ピースバンドの荒いザクザク音のなか、部屋に添えつけているインターホンが不意に鳴った。

 見れば液晶画面に映る晴着の持ち主が、ハスキーな声とほんわかとした笑顔で(たたず)んでいる。


「明けましておめでとう! 八べえうちだよー」


 おめでとうゴリさんと返答しながらも、玄関まで走って彼女を出迎えた。


「やあいい晴着だね。初詣の帰りかい?」

「そうだよー、家族で行ってきたんよ。八べえにこれ見せたくてさ、うちだけ先に帰ってここに来たの」

「そっか。よく似合ってるよ、綺麗だね」


 赤ピンクの振袖にピンクの髪留め、ミディアムな髪をロールアップしたいつもの髪型にぴったり合う晴着を見て、思わずうんうんと頷きながら凝視した。

 黒目がちな瞳に濃いまゆ毛という、目鼻立ちのはっきりとした可愛らしい顔だ。


「よかった。そう言ってもらえて」


 飛びついてきた眼鏡の美人さんを反射的に抱きとめた。


「せっかくの着物が型崩れするよ?」

「いいんだ。嬉しいんだもの」


 いつ触れてもいい匂いにいい感触。白いうなじがまぶしい。


「おうちの人はどうしたん?」

「婆ちゃんは旅行、うるうたんは一慎と初詣に行ったよ」

「今ひとり?」

「目下留守番中でして」

「ふーん、そっか」


 指を絡めつつ、ぎゅっと手を握ってくる。外にいたのでひんやりと冷たい。


「じゃあ、一緒に初詣いこ?」


 くぐもった声で誘いにかけたあと、顔を上げてにんまりと。

 結い上げた髪が、ね? と首をかしげた際に揺れていた。


「うちが八べえと最初にお参りするんだ」

「了解、じゃあ着替えてくるから中で待っててね」

「うん!」


 上機嫌に鼻歌を口ずさみながらついてくる。

 応接間で熱いお茶を提供したあと、急いで着替えを取りにアパートへ向かった。

 着物というわけにはいかないが、振袖姿の艶やかな連れ合いがいるとなると、いつもの適当な服というわけにはいかない。

 つまり対比として俺は引き立て役ということで、地味目にしつつも釣り合う格好を考えてみた。

 結果メンズスーツということになり、ジャケットもスラックスもグレーのタイト仕様のものにした。ゴリさんに合わせて黒のメガネを着用。


 不器用ながら地味目のネクタイを装着しつつ、婆ちゃん家に戻る。

 応接間に入るといつもの制服とは違う俺の礼服姿に、ゴリさんがめずらしくテンションの高い反応を見せた。


「へえ、いいじゃん格好いいよ八べえ!」

「ありがとう。これでなんとか釣り合いはとれたかも」


 二度目の飛びつきを抱きとめる。

 何がそう興奮させたのか、どうやら肯定的に受け止められたようだ。


「いい男だねー、八べえってほんとはハンサム君なんじゃないの?」

「ばれたか。そう俺は隠していたが――」


 得意気にネクタイに手をあてて独語するも、黒メガネに気付いた彼女がそれをいじくりだしたので、話はすぐに流れた。


「眼鏡も似合ってるなあ。うちに合わせてくれたの?」

「眼鏡っこ同士でペアらしくなるからね」

「うんうん。うちらお似合いだよ絶対」


 近くの神社へお参り。小さい境内で施設も少ないが、気軽にお参りするにはちょうどいい規模の、ちょうどいい距離だ。

 地元の人のみが知る場所のため人影はまばらで、いてもお年寄りや家族連れが多かった。

 

 舞妓さん風の草履をパタパタと鳴らして歩く彼女のペースにあわせ、手をつなぎながら拝殿に向かって歩いていると、ゴリさんの艶やかな姿を見たお孫さん連れの爺ちゃんがかわいーのー、と声をかけてきた。


「めんこい女子(おなご)連れとるなあ。嫁さんに浮気されんように手綱しっかり握っとけよ、若いの」

「ありがとうお爺ちゃん、浮気するのはいつだってこの人だから大丈夫だよー」


 腕に寄り添いつつ、爺さんのからかいに満面の笑みで答えるゴリさん。

 相手のお孫さんらしきお子様におめでとー、とか挨拶していた。

 イメージ通りの子供好きだ。


「この子はきっといいお母さんになるで、手放すと後悔するぞ兄ちゃん」


 若いのから兄ちゃんから呼び名が適当だが、相手が相手だけにスルー。

 しかし前半は完全に同意する。


「そのうえ安産型――」


 爺ちゃんが遠慮のない事実を指摘しかけたので、鈴を必要以上に大きく鳴らしてお賽銭(さいせん)をなげた。

 ゴリさんはお子様にばいばーいとか手を振っていた。

 聞かれずにすんだようだ。


 化粧を施した白いうなじの横顔を視界にとどめながら、婆ちゃんの無事息災を祈る。

 余計なお世話だとしても、あまりにも世話になっているのでそう願わずにはいられない。


「八べえのお嫁さんになれますように」


 あわせた手のままこっちを向いて呟いたゴリさんが、照れたように下を向いていた。

 お嫁さんにしたい女の子というのはまさにこの子のことだろう。

 料理上手で子供好きだし、安産型のアレだし、べっぴんさんだし言うことなしだ。


「ゴリさんお腹どう?」

「え」


 言われてからぷっと頬をふくらませて怒りモードに。


「お腹についてたお肉なんてずいぶん減ったもん。あともう少し」


 むくれて話すうちに盛大な勘違いに気がついて、また顔が真っ赤になった。


「いててて」

「ややこしいこと言う八べえがいけないんよ! おしおきだ」


 照れ隠しに折檻(せっかん)を受けた。頬をつねられながらも再度問い直す。

 やはりお腹はそこそこすいているらしい。

 初詣の後の帰り途中どこかの店に寄ろうと提案するも、ゴリさんから家に来るよう色仕掛けで要請された。

 誰もいないことを確認して、境内の端のほうで今年最初の深い接触。

 拒否することは本能的にも不可能だった。

 

「えっと、ご両親がいらっしゃるんだよね? 俺がお邪魔してもいいのかな」

「おとうと弟妹がいるよ! 気さくな身内ばかりだから大丈夫」

「そっか」


 続けて質問しようとするも、詮索(せんさく)は無用として頷くだけにした。

 それぞれの事情てやつだ。


「おかあは、うちが中学生のときには」

「いいんだゴリさん、変なこと聞いてごめんね」


 遮るように言葉を重ねた。よけいな質問だった。

 面目なく彼女を見ると、つないだ手を強く握って、それでも晴れやかに笑いかけてきた。


「八べえが謝ることじゃないよ。うちにはおかあはいない、それは事実だからね」

「……」

「それ以来家のことはおかあの代理でしっかりやってるの。だからおばさんみたいでしょ、うち」

「懐が広くて優しい、料理上手な女の子だってことだよね」

「いい言い方をすればね!」

「それ以外の表現は思いつかないな」


 おばさんみたいと表現するには、あまりに可愛くて若々しいのでそれはないです、と心のなかで付け加えた。


「ゴリさんのお父さんに失礼のないよう、しっかり挨拶させてもらいます」


 こんないい子の親御さんにいつもの粗相はできない。

 いろいろと気合入れてお邪魔させてもらおう。

 ついでにいえばスーツでよかった。


「なんか、そう言われると結婚の許可をもらう挨拶みたいよね」


 気を使ってくれているのか、明るくにこやかな声が弾んでいる。

 それを聞いてちょっと緊張してきた。


「服装もこれだしね」

「そうだよ。結婚の報告だよ!」

「甲斐性がない男だと、お父さんにバレないよう粉飾しないと」

「いい女はいい男の見る目があるからね。おとうにそれがわかるかなー?」


 いつかどこかで、悪友が言ってのけた台詞と似ている。

 それはともかく、女の子の家に案内されるのはこれが初めてだったりするのだが、少なくとも靴下に穴があいていたり、靴が汚れていたりする状態でなかったことを感謝して、新年最初の正念場に赴くことにしよう。

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