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お話53   いい年でありますように

 年内に帰省するつもりだった。

 大晦日は実家で、母ちゃんの作った年越しそばを食らうつもりで荷物をまとめていたのだが、茶色がかった黒髪の美人メイドさんに一言で却下されて予定は白紙になった。

 いつもどおり拒否権はない。

 おそばも婆ちゃん家で作ってくれるという。

 アパートでまとめていた荷物は強制的に没収され、うるうたんの部屋に保管されている。許可が出るまでは入室禁止だそうだ。


「家庭的な五里くんは家族で過ごすし、両親の帰郷について行った明春くんがいないという絶好の機会に、どうして君を実家に帰さねばならないんだ?」

「一慎とはどうするんです? 初詣とか」


 少し遅い夕食時、年越しそばをすすりながらうるうたんとふたりの食事風景だ。

 婆ちゃんは年末恒例親族と温泉地へ旅立ってしまい、年明けまでは帰らない。


「明日には行こうかと思っている。それまでは君を独り占めしていたいんだ。ここでふたりきりだしな」


 お茶を淹れながら艶やかに微笑んだメイドさんが、隣に座る椅子を微調整してぴったり横についてきた。


「誕生日もクリスマスも、結局は肩透かしをくらう結果になっただろ? それを取り戻すまでは、君を実家に帰さない」

「それを取り戻す、とは?」

「私が満足するまでという意味だよ」


 いたずらっぽい表情で肘をついてこちらを見つめている。

 至近距離なので彼女の美しい髪と触れあった。さらさらだ。


「一緒に寝るのは当たり前、一緒にお風呂もな」

「……却下します」

「却下は却下だ」

「身持ちの固いうるうたんらしくないですよ?」


 そばのダシを勢いよく飲み込む。

 こぼした汁を拭きながら、柔らかい声を発して彼女が微笑んだ。


「私は基本的に貞操観念が強いぞ。一慎にすらキス以上のことはさせていない」

「……」

「ましてや他の男など論外だ。できればあまり近くにいてもらいたくない」


 そういえば学校や外にいるときのうるうたんは、徹底的に異性は近寄るなオーラが出ている気がする。いつしかの河川敷で3年の男子生徒が鉄火面のような、と形容しただけはある。


「下心に背筋が凍るかと思ったり、そうでなくとも無意識に触れられそうになると、強烈な拒否感が出る」


 たしかにこの子ほどの美人なら自意識過剰ということはないし、実際うるうたんに目をつけている男は数知れないだろう。

 年上の男前から同級生の口がうまい奴やら、明るく楽しい性格の良さそうな下級生まで、彼女にまとわりつく男子生徒を幾度となく目撃している。


「まあ私も女だからハンサムは好きだけど、それ以上に男には心意気が必要だと思っているからな」

「そうでしょうとも。一慎は外見の良さより、雄雄しい性格が魅力ですからね」


 男は顔より心。うるうたんが語ると何故か陳腐さが満載で根拠のない自説でも、説得力がある気がする。


「異性を見る目が君と会って変わったかもしれないな」

「……まあ俺は見た目古臭いですからねえ」

「何を言う。君は中身も外見(そとみ)もいい男じゃないか」


 横から身を乗り出して下から覗き込んできた。

 

「その奥二重な鋭い目も、すこし鷲鼻の高いそれも、男にしては上下にバランスの整った唇も、すべて好みだ」

「恐縮です」


 細かく正確に分析される自分の顔立ち。

 確かによく見つめられるし、俺も彼女をよく見ている。


「つまり君は外見もいいし、内面いたっては奇特かつ懐の広い変人なんだよ。そばにいて安心する変態というのは、私の価値観を変えるには十分な要素だろ?」


 上げて一気に突き落とすのはいつものこと。

 甘い言葉ばかりでないのはうるうたんらしい。

 椅子を引いて立ち上がるメイドさんを見上げる。

 ふふん、となぜか得意気に仁王立ちしていた。


「ということで安心したいから、お風呂に入るぞ。煩悩を起こしてもかまわないからな」

「入らないし、起こしません」


 ――多分。自信はないが、させじという意思ならたった今発生した。

 手をすべらせて(どんぶり)を床にぶちまけなかったことを、このときだけは自画自賛したいと思う。

 彼女の仕事着がいつのまにか床にふわりと落ちたことを確認したからだ。

 当然視線は硬直した。


 夏に着ていた勝負水着を穿いたうるうたんの後ろ姿。黒のやつだ。

 海では上にボトムを重ねて見えなかったが、今はそれを脱いでティなんとか一枚になっていた。


 ……。

 やはり描写は控えさせていただく。

 芸術的卑猥であるとだけ説明しておいて、とりあえずは土下座だ。


「勘弁してください」

「ちょっとだけ。何もしないから」


 土下座する男と、堂々と際どい水着をこれ見よがしに披露する女の姿は、滑稽(こっけい)の一言に尽きる。

 性別が逆転したかのような会話をこなし、一進一退の攻防は続いた。


「水着ということで折れておいたほうが今のうちだぞ?」

「どういうことです?」

「君がここでお風呂に入ってるときに、裸で入りたくなったら困るじゃないか」

「痴女だ……」

「なんとでも言え。私は君と裸のお付き合いをしたいのだ」


 おっさんか。今年の汚れは今年のうちにな、とか意味不明なことを口走りつつ、俺の手をとって脱衣所に連行しようとする。


「一慎でさえチューどまりなのに、俺と肌をあわせてお風呂って不自然極まりないですよ」

「どこが?」


 脱衣所に向かう廊下をすたすたと早足で進む。すぐ左に応接間がある。


「不思議に思わないうるうたんが不思議ですよ」

「君は私の宝物で、私のモノだ。それを手ずからごしごしと洗うんだよ」

「……ああ、なるほど」


 そういう認定が秋頃にあったな。忘れていた。

 つまり俺はモノであり、その前の扱いはペット。

 ペットと裸でお風呂に入る、というのは愛護者からするとさほどおかしくない行動なのだろうか。ネコとかと入っている動画を見たことがある。


 脱衣所のドアが開かれる。

 目の前の脱衣用カゴには、着替えの寝間着の上に、堂々と下着がのせてあった。

 この家に来て、この子は恥じらいというものを実家に忘れてきたようだ。


「ふふ、私が一番最初に九介とお風呂。他のふたりに先駆けだ」

「そんな張り合いせんでくださいよ」


 逃げようとする俺の襟首をつかんで、上機嫌でにこにこしている。

 言い訳、言い訳は……


「そう、俺だけ裸というのはまずい。せめて水着があれば」


 無言で指差す方向に、何やら男物のビーチウェアが洗濯機の上にきれいに畳まれていた。


「君へのクリスマスプレゼントに私が買っておいたやつだ。いつかこの日が来るかと思って、部屋にとっておいた」

「……完全にやる気ですね」

「やる気は君が出してくれればいい。不可抗力でしかたがなく私が受け入れる形が望ましい」


 この攻め方ではいつしか押し切られて騒動になってしまうであろう。

 彼女の気持ちがそれで済むならふたりきりの今のうちに、こうなればサッと入ってサッと出る、カラスの行水で難を乗り切ろうと妥協した。


 ネイビー色の水着に着替える際、一点を凝視される。

 どエロにも程がある痴女っぷりだ。

 口に手をあてて笑っていたのはどういう意味か。

 落ち込まないうちに、さっさと風呂場に直行だ。


「湯船に浸かる前にな、頭と体を洗ってから一緒に入ろう」

「偶然ですね。俺も先に洗ってから入るんですよ」


 お互いの背中を洗いっこ。心頭滅却の心構えで難敵に挑む。

 変態の好物である造形美の部分をわざと立って洗わせる彼女こそ、変態ではなかろうか。

 視覚的にあまりにも凶悪で卑猥なため、このときの記憶は頭がのぼせて不透明だ。

 逆流した血が下半身に集結しないよう、無表情の無感情になっていた。

 それを見てうるうたんが笑いを堪えている。やはりおもちゃにされているようだ。

 方向を逆にして前部分もお互い洗いっこしようとしたため、それだけは折れてもらって代わりに髪を洗いあうことにした。


「思うまま適当でかまわないぞ。君が先に出た後あらためて丁寧に洗うから」

「二度手間ですねえ」


 恐る恐る美容師する俺と、要領よく洗髪をこなすうるうたんとが体を綺麗にした後で、ふたりでも十分入れる広さのある浴槽に浸かる。

 入浴剤の匂いがたちこめるバスルームが静まりかえった。

 寄りかかるようにしてうるうたんが体を預けてくる。

 腕のなかに抱え込む形で、彼女と密着していた。


「今年はいろいろあったけど、これでようやくさっぱりしたよ」


 首だけふりむいた横顔は上機嫌に輝いていた。

 頬を赤くしているのは、室温のためなのか判別できない。


「深いちゅっちゅもしたし、一緒にお風呂も入ったし、お尻も洗ってもらったし」

「言葉にしたらいかに俺が下種で変態か認識されるので、控えてもらっていいですかね?」

「いーやーだーよ」


 勢いよく立ち上がり、造形美が至近距離でお湯をはじいた動きをしたかと思えば、いつもの対面馬乗りに移行。


「幸せだ。こうして君と抱き合っていると、私は本当にそれを実感できる」


 嬉しいを連呼しだした。来たか以前のアレが。


「この安心感と幸福感。そんな安らぎを感じさせてくれる男など他にいない」

「一慎はどうなんです?」

「彼にはドキドキする高揚を感じている。頼もしいし、いい男だと思うよ」


 ぱしゃっと顔に湯をかけられた。手で挟まれて滴が取り払えない。

 自然に目を閉じる状態になった。


「尻の軽い、浮気ものの鏡だよ私は。まあお尻は重いからその限りではないかな」


 吐息が近い。視界の狭いなか、額を重ねあっているのがわかる。


「五里くんも明春くんもきっとそうなのだろう。他にいい男がいようが、君だけは別腹だ」

「ケーキかなんかみたいですね」

「食べようとしてもいいところで消えたり、引いたりするからな。なおさら追い求めたくなる」


 薄目を開けると、ぺろりと舌で唇をなめていた。

 狩人は男と決め付けていたが、どうやらそれは間違いのようだ。

 単に俺が弱すぎるだけか。


「九介じゃないと、君じゃないとこの想いは抱けない。もし嫌われたら私たち、いや私はたぶん……」


 恐ろしい言葉を口にした。またしても描写は規制させてもらった。

 自ら昇天させるようなことはしてはいけないし、させてはならない。


「それに比べると、私の裸や体なんかを君に捧げることなんて造作もない。だって、命がかかってるんだから」


 理解した。やはりこの美人さんは昂ぶっておられる。

 そしてこのモードに入ると、俺も自動的に冷静になる。

 血の一点集中も拡散できた。

 自分でしっかりと髪を洗うという彼女を残し、脱衣所に出たのはそれからずいぶんとあとのことだった。


 うるうたんの気の済むまで向かいあい、抱擁と接吻の攻勢をのぼせ上がるまでくらったためか、食堂に戻る際には千鳥足になっていた。

 今年最後の抱き枕の使命が、俺にはまだ残っている。

 いつものように最後に誰かの鉄拳をくらうことなく、試練の荒行は朝まで続くはずだ。


 先にうるうたんのベッドで寝ていた俺だったが、うとうとしている間に髪を乾かし終えた彼女が掛け布団のなかに忍び込んできて、上から覆いかぶさってきた。

 おめでとう、と耳元でささやく。

 日付は1月1日、午前0時を過ぎたあたりだった。


「今年もうるうたんにとっていい年でありますように」

「今年も来年も再来年もそのあともずっと、九介とこうしていられますように」


 この時ばかりはお互い笑いあって、何故か拝んだ形となった俺の手の甲に重ねて、うるうたんも手を合わせた。


「明けました。おめでとうございます」

「君といられるこの瞬間が、いつだってめでたいんだ。ありがとう九介」


 紅潮した頬に弾んだ声、瞳をうるませて笑ったかと思うと、急に目元が妖しくなり誘う表情に。

 身じろぎをする際、大きく開いた寝間着の胸元が揺れた。

 むせかえる色香がこぼれ落ちるようだ。アレとかコレとか。

 

 うるうたんの息遣いが荒くなり、俺の心中で読経が唱えられると荒行の合図だ。

 彼女の眠りが先か、自分が気を失うのが先か、迎え撃つたびに大胆になるこの子の色仕掛けが開始した。

 そして以下省略。

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