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お話50   そう夢だし

 犯罪そのものの出来事は仲間内だけの話として口外厳禁は当然としても、(くだん)の家庭教師を許すわけにはいかない。

 個人契約ということで足がつかないうちにあの下種野郎は携帯の番号も変え、追求されるのを拒んで雲隠れした。

 なんとかして思い知らせたいのだが、うーこちゃんを合コンに連れて行った女友達が奴を紹介したということで、かなり責任を感じてまいっているらしく、被害者であるうーこちゃんは人がいいのかその友達をかばって、事態の収拾を宣言したのだった。


 演劇部の部長以下、事情を知る男たちは怒り心頭で異議を唱えたが、当事者たる彼女が騒動の長期化を喜ばない様子を見せたため、奴を見つけたらぶん殴って昇天させる、という妥協案で男連中が折れざるを得ない形となった。

 胸糞の悪い事件ではあったが、ひとつだけ救いがあるとすれば、出会って以来棘棘しい間柄の俺と部長が相手を少し認め合った顔見知りに進展したことだ。

 

 向こうからはいまだに恋敵のような敵意を放たれるとしても、自分としてはなかなか心意気のいい男という評価に変化した。

 あの下種どもと同じになりたくないのか、あれ以来以前のごり押しアピールが和らいだようだ。

 うーこちゃんからの肘鉄をくらいつつ、押し引きの引きの部分を明確に強めていた。


 いつまでも過去をふりかえってもいられない。

 なんといっても終業式を迎えたからには、数日後にはクリスマスと正月という2大イベントが続けて発生するからだ。

 独り身であるからこそ、一人暮らしのぐうたらを存分に謳歌してやろう。

 寂しくなんかないぞ。


 ということで、予定というのを早めに調査しておくことにする。

 学校に来るのも今年最後の日だ。

 さっそく心当たりの人物に何人か会ってみた。


「あたしはクリスマスには必ず高明の家族と一緒に、身内同然の家族祝いだよ!」


 なるほど、微笑ましい内輪会というところか。

 ということでうーこちゃんには予定あり。


 教室を移動し、男女混合グループの中にいるゴリさんにスケジュールを聞こうとするも周りに冷やかされて話にならず、外に連れ出して尋ねてみた。


「今年はどうしても利くんから一緒にいたいって頼まれてね」


 先輩にとっては勝負の年がすぐ間近に控えている。

 心情的にも今までの付き合い的にもごくまっとうな用件だ。

 最後に悪友とその美人の彼女にも予定を確認する。


「私はおば様の家で仕事がある。一慎と聖夜を過ごしたいのは勿論だが、こればかりは仕方がない」


 帰宅の道すがら、長身の恋人と手をつなぎつつ俺のいる後ろを振り返って肩をすくめるうるうたん。


「こいつと一緒にいるその間は、代理がいますよ」


 美男美女が同時に足を止めた。どちらも明るい顔になっていた。

 満面の笑みをあらわして俺に叩きに来る一慎をさらりとかわし、微笑んで感謝の意を伝える黒髪の美人ににへらと応対してから、今年俺のとるべきイベントでの行動が決定した。

 ソロ活動だ。前半は家政夫だ。


 


 

 クリスマスイブ当日。

 婆ちゃん家で代理の家事手伝いとして働きだした俺に、雇い主の爆笑が降りそそいだ。


「わはははは! 惚れた女子3人全員に振られたか。ひとりお前は仕事のあと、ボロ家か?」


 遠慮のない豪快な大笑だが、小さいころから聞きなれているので嫌味も悪意も感じない。細かいことに(こだわ)らない婆ちゃんの性格を読みとって、当日に代役としての変更を願いでた次第だ。

 前々から伝えていたら、その爆笑はさらに続いていたであろう。

 さすがに何日も腹を抱えて笑っていられたのでは、鈍感な俺も自分の置かれた状況に気付いて落ち込む。


「わしは息子の家に呼ばれとる。酒飲んで帰りはいつになるかわからんから、お前もいい加減に切り上げて終われな」

「いってらっしゃい」


 まだ笑ってる。

 迎えに来た伯父さんの鳴らしたであろう呼び鈴をうけて、婆ちゃんが出て行った。

 静かになった広い家のなか、すでに終わっている洗濯炊事のあとで掃除をすれば仕事の完遂だ。

 夕方からは雪がちらほら降ってきた。

 さらに音響が吸い込まれて静かになっている気がする。


 階段の拭き掃除を終え、一息ついて熱いお茶を飲む。

 これを飲んだら家に帰って、映画で夜更かしでもするとしよう。

 応接間のソファでのんべんだらりとお茶とすすっていると、メールが来た。


【親公認で高明もあたしも少しお酒飲んでみた~】


 うーこちゃんがほろ酔い状態で笑っているのを想像する。

 楽しそうで何よりだ。やりとりがしばらく続いた。


【キューちゃんなにしてるのー? 多聞先輩や五里さんと一緒かな】

【婆ちゃんの家で掃除してますよ!】

【お婆ちゃんとクリスマス?】

【うちの長老は息子の家で今頃酒をくらってるはず。うるうたんは一慎とデート】

【えっ、ひとりなの?】

【代役の家政夫として仕事を終えたさ! 今一息いれてるよ】


 直接連絡が来た。


「せっかくのクリスマスにひとりじゃ寂しいじゃんキューちゃん! なんならあたしのところ来て?」

「ありがとう。でもまあコーメー君との時間邪魔したくないし、親御さんもいるからね」

「……なんだか冷たいなあ。あたしも多聞先輩も五里さんも」


 いきなりの自虐的な嘆息で返答に困った。

 寂しくないといえば嘘になるが、彼女たちが楽しいならそれに越したことはない。


「いやいや。日頃会ってるし、うーこちゃんの声もこうして聞けたから余は満足じゃ」

「んー……どうせ他の子と過ごしてるだろうと思ってメールしたのになあ。やきもち焼きそこねた」


 部屋は寒いが、スルーされてよけい冷え込んだ気がする。

 彼女の携帯の向こうから、なにやら親御さんらしき人の冷やかす声がした。

 コーメー君も酔っているのか、うーこちゃんの名前を呼んでいるもののろれつがまわっていない。

 これ以上邪魔はできないので、適当に話を終えて電話を切った。

 

 小用で携帯端末をテーブルに置いたまま席をはずして戻ってくると、今度はうるうたんからの着信履歴があった。

 何事かとかけ直してみる。


「おば様の家にいる?」

「なぜカタコト……ええ、婆ちゃん家にいますよ。今仕事終わりでお茶のんでます」

「えっと、私は今日少し遅くなるんだが、おば様には――」

「ああ、心配ないですよ。婆ちゃん伯父さんとこ泊まって、帰ってくるのたぶん昼くらいですから」

「……なに?」


 なに、はこっちですって。

 遅くなるとは大人の話だが、一慎となら許せるというものだ。色々。

 泣くものか、俺は男だ。


「九介、今ひとりか」

「もうすぐ帰って映画でも鑑賞してから寝ますんで、もう切りますよ、イブももうすぐ終わるし、クリスマス本番を楽しんでくださいね」


 少し強引気味に連絡を終えた。

 まあそれくらいの対応は許してほしい。

 俺もまだ子供、好きになった相手がこれからというときに穏やかにはなれない。

 自分がその状況を誘導したにもかかわらず、心のさざなみを静めるのにいくばくかの無になる時間を必要とした。


 目を閉じてソファにもたれかけ、しばらくその状態のまますごして自分を取り戻したあとで家の外に出る。

 鍵を閉めて空を見上げれば、小雪が漆黒の夜にちらついている。

 聖夜にふさわしい演出だ。手のひらに雪をうけながら白い息を吐きだした。


 駆け足でアパートに戻る途中、今度は可愛い生き物その3に認定したむちむち眼鏡っ子からの着信があった。

 雪の降る中、震えながら電話に出る。


「メリークリスマス八べー」

「め、めりー……って、酔ってるのかゴリさ」

「あははは。お洒落なところで少し飲んじゃった」


 夏以来の状態のようだ。利くんにあの暴走ぶりが抑えられるのか。

 まあ、お酒といってもクリスマスに飲む甘めのやつだろうから、酔いも早めに冷めるだろう。


「どうせ~、多聞先輩や明春さんといっしょだろー? この浮気もの!」


 エッグショイ!

 寒さでついくしゃみがでた。

 違いますひとりですと鼻声まじりに返答し、大トラの彼女から逃れるべく早々に回線を切断した。

 ようやくアパートに入ってコタツで人心地がついたと思ったら、今度は眠気が襲来する。

 映画鑑賞をあきらめて、ものぐさにもそのままコタツで眠りについた。





 目を覚ましたものの、まだうつろな視界のまま体を起こした。

 夜が白みだしている。静かな空間に静かにひとり。

 暖かい紅茶でも淹れるようと、目をこすって視界を正常化させる。


「……」


 後ろに暖かくやわらかい感触がする。左右からも同じ体温を感じた。

 そこで後ろから手を回されていることを確認する。

 振り返ってみると、ゴリさんがにこにこしながらこちらを見つめていた。

 長方形のコタツの左側を見る。

 うるうたんが俺の腕にすがりつくようにして、横になりながら見上げていた。

 右にはうーこちゃんがコタツのなかの足に自分の足をからめて、軽い寝息をたてていた。

 

 よし、これは夢だ。しかも生々しいものだ。

 自身の願望が具現化したのか、ソロのクリスマスが肉林の桃色環境になっていた。

 3人の女の子たちを見る。夢なので遠慮せずまじまじを観察する。

 後ろのゴリさんにもたれかかって頬と頬をあわせたり、うるうたんの頭をなでなで。

 うーこちゃんの背中を臆面もなくさする。


「それにしても、夢のなかでさえ可愛いなこの子たちは」


 思わず独り言が口に出る。

 しかし夢とはいえお下劣行為を趣くまま、というわけにもいくまい。

 変態行動は節度と限度だ。とりあえずすることといえば――


「ち、チューしようか。夢だしな。そう夢だし」


 えへへと、おもいきり気持ち悪い口調に気持ち悪い顔になってゴリさんへ振り返る。

 いくぶん驚いた顔をした眼鏡の可愛い子だったが、俺の表情がだらしないながらも本気とわかると、目を閉じて唇を差し出してきた。


 やはり夢だ。すべては俺の思いどおり。

 ぽってりとした彼女の唇へ吸い付こうと標的にせまったとき、横になっていたうるうたんが起きだして顔を両手で挟まれた。

 うーこちゃんも目が覚めたのか、膝のうえに上半身を乗せてくる。

 今の俺は王様、お姫様たちといえど遂行の邪魔はさせない。


 ふとももから鈍痛を感じた。つねられていることがわかった。

 うーこちゃんが不満気に見上げてくる。

 同時に頬からもつねられる痛みを感じた。

 ジト目でうるうたんが威嚇。リアルすぎる夢だ、痛覚もありか。


「これこれ、今俺はゴリさんとチューするの。邪魔はいかん」


 時代劇の悪代官ふうの口調でふたりを叱る。

 夢くらいは意気高々でいいだろう。


「そろそろちゃんと目を覚ましたらどうだ?」


 うるうたんからの怒りの声がする。

 その間にゴリさんからの唇の感触がする。うなじから。


「どうして五里さんにチューするんだよー。キューちゃんいつまでも寝ぼけない!」


 うーこちゃんもぷんぷんと憤りを表している。

 そのうちにいい加減これが夢ではなく、現実かもしれないと思いだす。

 それが本当だとしたら、俺の変態ぶりをまざまざと彼女たちに見せ付けたことになる。現実逃避したくなった。この際無理はないだろう。


「現実に戻ってきたか? 完全に目が覚めたのなら、クリスマスにおける君への最初のアプローチを始めよう。折檻と説教だ」

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