お話48 宝探し
季節は小春日和の冬になった。
災害の記憶を後世に語り継いでいくというメモリアル行事の閉幕が近くなると同時に、以前聞いていたうーこちゃんの誕生日も近づいている。
自分としてはこの小さく可愛い子の、拒否権なしの予定が最優先だ。
毎年幼馴染の家で誕生会らしいとのことで、もし今年もそうなら俺は自粛せねばならない。
そうなると最低限渡すものを渡すことにして、心で祝うことにしよう。
贈呈の品はすでに購入済み。
赤と紺のチェック柄プリーツスカートにした。
フェミニンなものを好むうーこちゃんなので、とりあえずは受け取ってもらえるだろう。
今回も惨敗の予想が的中しそうな期末考査の日程を終了させ、短縮授業で午後には家に戻ることになる。
昼からは時間が使えるということで、とりあえずは贈呈相手に予定を聞いてから
自分のための行動を考えよう。
彼女のクラスの近くまで来たとき、苦虫をかみつぶしたような表情の上級生が廊下の壁にもたれてメールをしているのを発見した。
うーこちゃんが所属する演劇部の部長だ。
わかっているのは3年生ということだけで、名前もクラスも知らない。
「気分が悪いときに気分の悪いのと出会ったか」
「偶然ですね、ちょうど俺もその気分です」
嫌みったらしくつぶやく相手にそっけなく答えておいて、彼女がいるべき教室の中を見渡した。背中から部長の声がかかる。
「卯子くんはいないよ。何人かの女友達と一緒に出会いの場へと向かったようだ」
「出会いの場?」
以前俺が数合わせで行ったことのある合コンもどきということか?
「仲のいいクラスの友達が企画したイベントだそうだ。いわゆる付き添いというか誘い水役というか、つまりは餌みたいなもんだろ」
「詳しいですね」
部の懇親会に誘おうとここにきたとき、帰り際に出くわせたうーこちゃんとその友達から直接、かなり詳しい説明を聞いたらしい。
いかがわしい出会いの席に、清純な彼女をダシにして男を漁ろうとはけしからん友達だ、と憤懣やるかたない面持ちで部長が吐き捨てた。
清純か……。
この前の夜のあの大胆さを知っている俺としては、純粋ではあるものの一度決めたら積極的に変態を受け入れる気質ということを知っているぶん、この部長のように単純に解釈できない。
女の子はいろいろな側面を持っているとあらためて自覚する。
少なくともわかっていることは、俺や幼馴染のコーメー君以外には触れることすら難しい女の子、ということだけだ。
それが付き合いにしろ合コンに行くというのは、部長でなくとも心配にはなる。
「うーこちゃんにメールですか?」
「ああ。なるべく早めに離脱するように注意喚起の意味でね」
それでは俺の誕生日祝いはまた別の機会にしようか。
踵を返して立ち去ろうとすると、背中から部長が声をかけてきた。
「たらし君、きみのたらし知識が役に立つときがきたようだ。少々時間をもらおうか」
男同士で買い物。これ自体は味気なさはあっても、それほど不自然ではない。
男同士で女物を買い物。これもまあ相手が女の子ということで、大目に見てくれる時と場合があると思う。
しかしさすがに良好な関係とはいえない俺と部長で女性の贈り物を物色するその姿は、ふたりを知る人にとっては晴天の霹靂だろう。
文化部にふさわしくない極太の首に腕、ラグビー部員のようないかつい出で立ちの部長とこうしてショッピングモール内の雑貨を漁ることになろうとは、予想もつかなかった。
「自分としては図書券でいいと思うんだが、たらしのきみを見て少しは洒落たやつにしようかと」
「俺もセンスないですよ。好みがわからないものは選べないですし」
予算はかなり余裕があるらしい。
万単位のものが出せるというのだが、それはうーこちゃんのほうでお断りだろう。
コスメ系統のものなら毎日使うものだし、値段が少々張っても受け取られやすいかもしれない。
「なるほどハンドクリームのセットか。それなら女の子はよく使いそうだな」
「値段いいのにしても相手から引かれない気がします」
お金は相手が出すということで、無責任な言動が次から次へと。
まあ無難な線だけど、図書券より女の子への贈り物っぽくなるだろう。
そうこうしているうちに時間はすぎ、夕方にさしかかった。
付き添いの対価に喫茶店で暖かい飲み物をすすっていると、メールの受信音を感知。
贈呈品を選び終えてほくほく顔の部長を前に、うーこちゃんからだと見てみると、空のメールだった。
そういういたずらは過去に経験がない。
少なくともなにかしらの文章はいつも入っている。
間違いか見直すと差出人はたしかに彼女だ。
不審に思い、部長にも見せてみた。
「何もなし? どういう意味だろ……たらし君へのいたずらかな」
「そういういたずらをする子ではないですね」
「……内容を打ちこめない状況なのか?」
どういうことか判断に迷うが、何やらきな臭い気がする。
彼女の可愛さからして、相手が煩悩を起こしても不思議ではない。俺とか。
「合コンとやらの相手は誰だって言ってました?」
「……大学生らしいな。主催者である女子の弟の家庭教師つながりだったっけ」
飲みかけのカフェオレを一気飲みして乱雑に置き、立ち上がった。
意思が通じたのか、同時に部長も席を立った。
疑わしきはなんとやら。
いやな予感が的中しないうちに彼女の無事を確認するという意見で一致した。
ひとまず外に出る。
「まずカラオケが最初の場所だ。それ以降は知らないが、そこから探しに行こう。部の後輩の男どもを動員させる」
こういう場合、行動的なこの人の存在は大いに助かる。
俺といえばうるうたんと一緒にいるであろう一慎が頼もしい知り合いだが、邪魔はできないから連絡は控えよう。
ソロで探索だ。
俺から返信や連絡は、万が一のことを考えてやめておく。
人力で見つけて何もないならそれに越したことはない。
息を切らせつつも、ようやくカラオケのあるビルの前にたどりついた。
体力自慢の部長はすでに先にたどりついており、増援を依頼する電話をしている最中だった。
「ここには当然彼女も友達もいないようだ、他を当たろう。部員にも探してもらっている」
「……わかりました。俺はうーこちゃんの家に行ってみます」
ついたとたん目的地は変更。
宝探しのようだ。いやまさにその最中だ。
あくせくと幹線道路脇を走っていると、うるうたんから連絡が来た。
「どうしたのだ九介、学校は昼までだろう。一慎もいるから一緒に夕食をとりたいんだが」
「ああ……そうですね。でもちょっと野暮用で」
断りの返事のあとで、不機嫌に問いただされた。
違います。女の子と一緒ではなく、女の子を捜しにいくのです。
とも言えず、上級生の男友達の付き添いで買い物だと半分本当のことを伝えておいた。
それでもご機嫌斜めなメイドさんをなだめて電話を切り、うーこちゃんの家に向かう。
運動能力が低いせいでいつの間にか小走りに、そしてただの早歩きに、最後にはへろへろになりながらも歩き続けて彼女の家の近くまで来た。
膝に手をついてぜいぜいと息を荒げていると、見知った顔が通りすぎた。
そういえば名前は知らない。
コーメー君と一緒にいたモデル風の美人もどきだ。
ブラウンのロールパン風な巻き髪をかきあげて、こちらを一瞥する。
「やな顔見ちゃった。今日せっかく高くんとデートなのに感じ悪いなあ」
「コーメー君と、デート」
今は些細なことに拘ってはいられない。
呼吸が乱れて言葉を切りながらも、彼の連絡先を訪ねた。
「なにするつもり? またあのちんまいのが関わってるなら教えない」
「関わってる、けど」
「教えないよ!」
「それどころじゃない。あんた後でコーメー君に叱られても知らん……ぞ」
何事よと胡散臭げに首をかしげている。
何事もないかもしれないが、ここは異常事態を想定するしかない。
「連絡もなにも、もうすぐちんまいの家の前に来るでしょ。高くんの家目の前なんだから」
それを聞いて、彼が来るまでの時間にうーこちゃんの家に確認をとる。
もちろん内容は伏せて偶然尋ねた態を装った。
お母さんであろう美人な成人女性が応対に出たが、彼女はいなかった。
女の子の友達からも連絡があったらしい。
その子の連絡先を努めて紳士っぽく、かつ人畜無害な様相で聞き出した。
詐欺師の要素を自ら感じる。しかしながら緊急無罪だ。
理解不能の行動にロールパンは当然何事かと訝しげになっていたが、聞いた連絡先に繋ごうとするとコーメー君が帰ってきた。
俺の姿を見て、さすがに驚きをかくせないようだった。
「めずらしいね。卯子の家になんて夏以来――」
この展開でうーこちゃんが彼と一緒のはずもない、と思わずため息が出た。
しかしコーメー君には知らせる義理がある。大切な幼馴染同士だ。
こちらとしても懸念の確定はないにしろ、万一の想定事態を話すと、無造作ヘアのシャープな顔立ちが一変した。
「卯子……!」
俺が止める間もなく、携帯でうーこちゃんに連絡をとっている。
何度か呼び出しをかけたが、彼女は出なかったようだ。
「くそっ」
いつも冷静な彼らしくない苛立ちを見せて携帯端末を睨んでいる。
それを横目に最前聞き出した女友達に電話してみた。
「えっ、誰?」
「八方九介。うーこちゃんどうしたの!」
自己紹介もわずらわしげに、女の子に対してほとんど理不尽な怒りをぶつけるような形で意気込んだ。
「八方くん?! 卯子ちゃんがカラオケのあと単独でどこかに連れられて……」
詳しい内容を聞き出した。
あの子に目をつけた何人かの男が、合コン進行中に自慢の外見や学歴で彼女にいろいろ話しかけても一向に興味を示さない。
そのうち素っ気無いを通り越して避けだすような態度を見せたため、男同士が目配せで頷きあい、当初の作戦を変更したらしい。
店を出るときになって言葉巧みに分断され、気がついたときにはうーこちゃんの姿が見えなくなっていたとのこと。
「弟さんの家庭教師だってね」
「う、うん」
「なら弟さんからそいつの連絡先聞けるよね」
きつめの問いかけにうろたえつつも、調べた後でかけなおすことを約束して一旦連絡を終えた。
最悪の事態に動悸が止まらない。
端末をしまいこみながら、俺とコーメー君は緊迫した表情を見合わせた。
「場合によっては警察沙汰だ……」
「卯子に何かあったら、そいつは俺がただではすまさない」
青白くなった表情のままシャープな目元をさらに鋭角化させながら、彼女の幼馴染は返答した。
それを合図に状況がわからないロールパンをひとまず家に置いて、俺たちは同時に歩き出した。




